新戦力と変わらぬ日々(後編)
第二ダンジョンの話を却下したあとも、なんだかアテナの頭の上のタコはしつこかった。
「私、新しいダンジョンの作成に関われるのは深海大迷宮以来のことで、とても楽しみなんです」
「だから、うっかりニセ街は作っちゃったけど、ダンジョンをつくる予定は無いって言ってるだろ」
あとなんだ、深海大迷宮って?
おれに一体、どんな「別荘」を期待しているんだ?
「そんなに迷宮を作りたいなら、それこそおれのあずかり知らない海の底で、一人で好きなだけ作って来い」
おれの冷たい言葉に、タコがより悲しい現実で反論してきた。
「……それが、深海だけに、ほとんど誰も来てくれなかったのです」
「……そうか。深海ならば、そうだろうな」
なにせ宇宙に行くより難しいって言われてるからな、深海は。
「あんまり誰も来ないものなので、うっかり召喚しちゃった方々にも、何もしないままお引き取り頂くことになってしまいまして」
「うっかりで召喚するな。
おまえが前に書いた『回廊魔方陣』とやらは、まさか、それ関連か?」
それこそ深海の生き物みたいな外見の、不思議生物たち(危険)を召喚するつもりだったんじゃねぇだろうな?
「ですが、彼らもまだ帰りたくないと言い争いになってしまいまして……その点では、場所が深海だったおかげで誰にもご迷惑をおかけせずに済んだのですが」
「それ、絶対に『言い争い』だけで終わってないやつだろ?」
「……なので、このダンジョンのような冒険者の皆さんがいらっしゃる温かい場所は、素敵だと思います」
「そこは、諸説あるけどな?」
その冒険者たちはおれの命やダンジョンコアを狙ってやって来てるんだからな?
…かといって、将来に備えてダンジョンコアを育てておくには冒険者たちをある程度は呼び込み続ける必要はあるし……悩ましい問題を抱えている。
「そして、素敵な別荘の候補地が見つかることを期待してます」
「だから、探してねぇし作らねぇって言ってるだろ」
それからしばらくの間、またタコをのせたアテナに(アテナの上のタコに?)、第二ダンジョンについて無言のプレッシャーを与えられる日々が始まるのだった。
◆ ◆ ◆
ダンジョンの営業時間終了後、いつもの自主訓練を始める。
この訓練に、とうとうティアまで参加するようになった。
より正確には、ティアと、ティアの中に入ったソニャン。
正直、この子を戦わせるのは……とは思ったものの、肩書きが「クロスティアの勇者」である以上は多少は鍛えておく必要もあるので……とても悩ましいが、ティアがやる気に燃えている間はおれも止めないことにした。
その結果、猫耳と尻尾をはやしたティアが、床にデローンと倒れている。
「おかしいニャ………なんでアルジさんは我が輩の動きについて来れるニャ……!?」
息も絶え絶えに抗議したのは、ティアの声でしゃべるソニャンである。
…ソニャンの方がしゃべってる、で良いんだよな? これ?
「…うーん? 速さで翻弄するの自体は悪くは無いんだけど……」
「ちっとも翻弄できなかったニャ!」
「違う、できてるぞ。
だからこそおれは、おまえが攻撃できる部位、届く範囲を限定して、誘導して、そこにおれが攻撃をおいて、おまえがそこに飛び込んで来るように仕向けたんだ。
あとは呼吸の問題だけだ」
「……ショックだニャ」
「そうだな……もっと、緩急をつけたらどうだ?
具体的には、もっと意識的におそく動け。
おまえの速さなら相手を見てから動いても間に合う場合がほとんどだろ?
全力でなくてもおまえの攻撃は当たれば勝ちなんだから、まずは落ち着け」
虎モードのティアは爪が鋭い。剣や鎧を引き裂くほどに。
おれとの訓練の時は爪を丸めている代わりに、ちゃんと当たったらティアの勝ちというルールにしている。
「そんなこと言われたのは初めてだニャー……
あとは、我が輩の分までソリューにがんばってもらうニャ」
「わらわはやらぬぞ」
部屋の隅でとぐろをまいて、タコと一緒に見学しているソリュー。
「おや? ソリューさんはやらないので?」
「暗黒卿……おぬしと違って、モルフェ殿の魔法が効かぬあやつを相手に、わらわには勝ち目など無い」
ソリューは眼光による精神攻撃のほかに、ティアに入った状態だと宙に浮いたり火を吹いたりもできるようだが………その場合は、おれも全力で棒でも投げてティアを撃ち落とすことになってしまう……
「…相性が悪いというか、おれとそいつが戦うのなら、まず状況をつくるところから始まるのだろうな」
「う、うむ、そういうことだ」
「なるほど、分かります分かります」
うちに来る冒険者たちだって、単独でおれに挑んでくるのは剣士が大半だ。魔術師が一人で来ることはほとんど無い。相性の問題である。
その一方で、得体のしれないタコ相手はおれが断った。
こいつはもう、訳が分からないから手加減のしようがない。本気の殺し合いにしかならない予感がある。
「おぬしでも戦いを避ける相手がいるのだな」
「当然だ。むしろおれは戦いを避ける派だ」
「なにか誤解があるようですが、私だって絶対にアルジィさんと戦いたくなんて無いですよ?」
その後は、おれ、モルフェ、アテナの訓練のためにちょっと場所を移動した。
今日は「狭い場所での戦い」を想定した訓練をやるために、専用の場所をダンジョンコアで作っておいた。
本当は、これはおれもやりたくなかったが、ダンジョンである我が家の性質上、通路とか部屋とかの狭い場所での戦いも想定せざるを得ないのである。
「えっと、二人きりでクローゼットの中とか、お風呂の中とか……?」
「うん、そこは想定してなかったなモルフェさん?」
どんなエロハプニングだそれは。
あと、うちの風呂は人が増えてから広くしたのでもう「せまい場所」ではない。
「…まあ、モルフェの想定していた広さと大して変わらないのかもしれないけれど」
到着した広間は、その真ん中にさらに厚めのアクリル板みたいな壁で狭い部屋を用意した、訓練用の特別室。
…なんだか巨大な水槽みたいにも見えなくもない。
「…なんだか我が輩、あれを見て寒気がしてきたニャ」
「きぐうだな、実はおれも、いつもヤル気のないケモノをあそこに閉じ込めて毎日無言で見続けてやる用途を、今、思いついた」
「アルジィ、ティアちゃんの前だよ?」
怖がるソニャンにティアが心強い(?)声をかけた。
「その時は私も一緒に入ってあげるから、大丈夫です!」
「…閉じ込められる前にやつを止めるのだ、ティアよ」
「その時は私もご一緒して良いですか?」
そんな新しい用途のことはさておき、本来の目的である訓練の方をさっそく始めることにする。
「まず、先手はモルフェ。三秒後におれも反撃するからそのつもりで」
「うん! ボク、がんばるよ!」
おれとのモルフェの戦いが始まった。
…一度はこういう練習も必要だと覚悟はしていたつもりだったのだけど、やっぱり悪い意味で、想定通りの展開になってしまった──
──モルフェは、詠唱や術式を省略した「魔法」でその場を埋め尽くした。
魔力的な衝撃波で、おれの魔力抵抗を一気に削り取る作戦だった。
三秒耐えて、あとはおれも「殺られる前に殺る」。
こういう場面だと、あまり工夫のしようが無いというか、考えている余裕もない。
結局、力押しのモルフェに強引に押し返すおれ。
我慢大会みたいな展開になってしまって……──
──…どうにか無理矢理に押し切って、おれがモルフェを床へと組み伏せた。
「…うぅ、やっぱり勝てなかったぁー」
「…やっぱりこうなった……滅茶苦茶、しんどい……」
「しんどいで済む規模の魔法戦じゃねーニャ」
「すごい、です」
「…ほれ、暗黒卿、出番だぞ?」
「えっ? 今の見て、それ言います!?」
そして小休憩と軽い意見交換をはさんでから、次はアテナ。
その手には、巨大しゃもじではなく、対おれ殺しである泡だて器を左右の手に持っている。こいつ、本気である。
「…泡だて器?」
「ケーキでも作ってくれるのかニャ?」
「両手に持ったら、何も作れぬだろう?」
「わたしは八つまで持てますよ?」
「あれを持ったアテナちゃんはすごいから、見れば分かるよ?」
そして戦闘が始まった。
もちろんこいつ相手にハンデなんてない、向こうも最初から全力で飛び込んで来た。
「…チッ、こっちも二刀にするべきだったか……!?」
泡だて器対策におれが用意したのは十手。
おれの前世の、時代劇で役人とかが持っていたあの鉄の棒だ。
手元の鉤で相手の武器をからめとったりする点で、アテナの泡だて器に対抗する意図があったのだけど──
「──こいつ…!」
「「!?」」
せまさを利用して壁を、走り出しやがった。忍者かおまえは!?
その上さらに──泡だて器からシャボン玉!? 魔法かよっ!!
「ほんとに、次から次へとやってくれる……!!」
モルフェがやった衝撃波攻撃の小規模版、魔法爆弾あるいは空中機雷と化した無数のシャボン玉だった。
だが、そうなればもう対策もほぼ同じ形になってきて……つまり、我慢大会になった。
シャボン玉爆弾はすべて無視。
痛くて仕方が無いが、それでも無視。
本当に危険なのはシャボン玉ではない、アテナだ。
こいつから意識を離せば一瞬のうちにやられてしまう……!
自身の忍耐力まかせに強引に接近戦に持ち込んで、数合、打ち合い、壁際まで強引に追い込んだ。
アテナの武器を弾き、片手を押さえ、おれの拳と壁でアテナの腹をはさみこみ、寸勁──至近距離から止めの一撃を放つ、その直前の形になった。
「…こうさん」
「……ハァッ! ゼェ、ゼェ……
…こいつ、今頃になって、急に、魔法なんて、使ってきやがって………ほめてねぇよ!?
ほめてるけど、ほめてねぇっ!!」
ふだん表情がひかえめのクセに、こういう時だけ、イタズラ成功みたいな顔しやがって……!
「やっぱりアテナちゃんはすごいね!」
「「………」」
モルフェがうれしそうにニコニコして、他が目を見開いたまま固まっていた。
あとは、おれとアテナとモルフェの三人でいつも通りの意見交換。
こういう閉所での突発的な戦いだと、なにか事前の準備でもない限りは、先手必勝以外には特に良いアイデアも思いつかなかった。
言い換えれば、やっぱり事前の準備が大切だ、と。
アテナが意表をついて魔法を使ったのも、他におもしろいこと(…おれはおもしろくない)が思い浮かばなかったかららしい。
それはそれとして……別件で、ティアから「目のやり場に困る」という意見が出た。
…それはアクリル板が透明なのが問題ではなく、アテナの生活習慣の方に問題があるのだ。
そのワンピース姿で壁を走ったり飛んだりすれば、下からめくれて当然だ。
だから今日は下ははいてるとかじゃなくて、上もつけろと言っているんだ。
モルフェとおれで再び説得にあたったのだが……やはり彼女の意志を変えることはできなかったのだった……
「…下着をつけない方が、強くなれますか?」
「それは、おれに聞かれても……おいアテナ! 無責任にうなずくな!」
「ティアちゃん、それはあとで私とお話しよう?」
「我が輩はいつも全裸だニャー」
「私はその上、しっとりしてますね」
「…おぬしら、話がややこしくなるから今は黙っておれ」




