地域密着型ダンジョンマスターと冒険者達(1)
◆ ◆ ◆
サウスティアの街の裏山に新しいダンジョンが発見された。
その噂の内容から考えても、大した期待はされてなかった。
どこかの秘境の奥ならばまだしも、二つの国を行き交う商人達で賑わうクロスティアの、その南方の街での出来事だ。
金の匂いがする話なら、商人経由であっという間に広がっているはずの話で……つまり、まだできたばかりの小さなダンジョンで、金にはならない規模のものなのだろう。
いわゆる「ダンジョンコアのあるダンジョン」ですらない。
自然発生した洞穴か、どこかの魔術師が籠城するための研究施設か。
いずれにせよ既に攻略済みか、荒らされた後か、それが冒険者を含む多くの者達の予想だった。
だが、その予想は裏切られた。
その「サウスティアのダンジョン」は一部の冒険者達にはすっかり人気で、初心者向けで、難攻不落という、わけのわからない方向性で有名なダンジョンになりつつあった。
領主や商会が管理しているような、いわゆる「特殊なダンジョン」に、そのサウスティアのダンジョンも仲間入りしようとしていた。
つまり、冒険者組合も「共存」を容認しているダンジョンだ。
それどころか、冒険者組合クロスティア支部はサウスティアのダンジョンと、そこに通う「冒険者」に対してかなり好意的で、擁護する側の立場を取り始めた。
実際、「サウスティア組」などと呼ばれ始めている冒険者達は、最近になって急速に実力をつけ始めていて、しかも荒くれ者の冒険者にしては妙に「礼儀正しい」という。
つまり、安心して仕事を任せられるという評判の「サウスティア組」だ。
ここ冒険者組合クロスティア支部は、魔王国と帝国の交易都市という場所もあって、その依頼内容は主に「賊からの護衛」という厄介で苛酷な依頼に偏りがちだ。
だから商人達にとって「実力と礼節」を備えた護衛はもう、金で殴ってでも雇い入れたい人材で、死活問題なのである。
そんな事情からサウスティア組の冒険者達は、耳聡い商人達に人気急上昇中だったのだが……
サウスティア組は困ったことに、「サウスティアから帰ってこない」という習性(?)もあった。
交易都市クロスティアから「ちょっと行ってくる」と出かけたきり、そのままあちらに居着いてしまうという。
あんなダンジョンしかないような、娯楽も何もない田舎街で、一体なにをやっているんだ? と商人達も首を傾げているのだが……そこは、行ったものにしか分からない事情があった。
(答え:日替わりのダンジョンに毎日のように通っている)
ついには自称サウスティア組という偽者までも現れてしまっている。
(ただしサウスティアダンジョンの話題を振れば、すぐにバレる)
とにかく、そんなサウスティアのダンジョンとその冒険者達。
クロスティア地方という特殊性に埋もれがちながらも、徐々にそして確実に、その名を広めつつあるのだった。
そんな場所に、この地へと初めて訪れる「普通の荒くれ者の冒険者」がやって来た。
「おい、そこのおまえ! 横入りせずにちゃんと並べ!」
「はぁ? 並べ? 何言ってんだてめぇ?」
列の最後尾、人の良さそうな青年の前に息を吸うように何食わぬ顔で「割り込んだ男」に、他の冒険者が注意した。
「見れば分かるだろ、全員が順番待ちしてんだよ」
「はぁ? 順番待ちぃ? てめぇ、あたま湧いてんのか?」
「なんだ、分からんのか? 冒険者組合の受付で『並べ』って、習わなかったのか?」
「うるせぇ! 敵の塒の前で並んで待つ馬鹿がどこにいるんだ、って話だよ!」
割り込み男は怒鳴り散らすが、対する常連冒険者はまるで気にせず、困った子に言い聞かせるように扉の上を指さした。
「ほら見ろ、扉の上、一組ずつ入れって書いてあんだろ?
他の注意書きも読み聞かせてやろうか?」
「クソがっ!! 黙れザコ!!
おれが入って、秒殺してやるって言ってんだよ!!
むしろありがたく思え!!」
こういう冒険者もたまにいる。
それはこのサウスティアのダンジョンに限らず、どこにでもいるという意味だ。
そして、こういう冒険者が「たまにしかいない」のは、そういう冒険者は……そう遠くないうちに「消えてしまう」からである。
そうやって我を通せるほどの実力があるのならば、どこかの領兵とか、商会の専属護衛とか、もっとマシな職業にでもつけばいい。
冒険者になっている時点で、その大半は実力の足りない「ならず者」だ。
かといって、実力が無ければ死んでしまうという大きな矛盾を抱えている。それが冒険者という苛酷な職業の実態だった。
その上でさらに、実力以上の魔物と戦うのならば冒険者同士の最低限の礼儀や冷静さは必須の技能であって………信頼できない、魔物以上に厄介な冒険者などは、状況次第では「まっさきに排除」するのが、命をかけて戦う熟練冒険者達の間では暗黙の了解にすらなっている。
第一、そんなに横入りしたいのならば、最後尾の人の良さそうな青年の前ではなく、いっそ「先頭に」割り込んでみせろという話で……
…なんて指摘は、わざわざしない。
放っておいても「そういう冒険者」はそのうち消えると分かっている。
いちいち横入りに文句を言ってくれる冒険者の方が、むしろお人好しなのである。
「あの……?」
ところが、その最後尾の青年は善意によって彼に前をゆずった。
「僕なら構いませんよ? 早く終わるのであれば、ぜひどうぞ」
「「!」」
その言葉は、「僕はまだどれにするか決まってないので、お先にどうぞ?」と屋台で前をゆずるような感覚からのものだった。
先ほどの「秒殺してやる」発言を受けての、まったく他意などない親切心だった。
青年もここに初めて来たがゆえに、その言葉が「どう解釈されるのか」いまいち分かっていなかった。
だが、その言葉を「理解した」冒険者達は口々に同じことを言う。
「おう、そういうことなら、おれも前をゆずってやる」
「そうだな、おれも」
「じゃぁ、おれも」
「…は?」
「おや? 僕まで?」
早く終わるのだから、別にいいやという話だった。
それどころか「何秒で終わるか」をひそひそ賭け合う有り様だ。
人の良さそうな青年まで一緒に前をゆずられたのは、「お前、良いこと言った」という冒険者達からの感謝(?)である。
「わぁ! まだ心の準備ができてないのに、もう目の前だ!
でも良かったですね、先頭までゆずってもらえて!」
「………」
何が起きたのか理解が追いついていない「先頭の男」と、二番手の青年。
二番手の彼はうれしそうに、先頭の彼に気さくに話しかけ続けた──
──なんでも、ここのダンジョンマスターは帝都にもその噂が広がり始めているくらいに強いらしい。
発見までの経緯やダンジョンの規模から考えて、ここはまだ「若いダンジョン」だと専門家からは分析されている。
にも関わらず、まだ誰一人として攻略に成功したものがいないのだ。
実は、素性を隠した実力者達がこのダンジョンに何人もやってきているはずなのに……──
「──それで、今は『殺意の高いダンジョン』として有名なのだそうです。
なんでも回復薬を使うひまもなく殺されてしまうとかで」
「ちょっと黙ってろ」
善意で話しかけてくる青年に、一番手の男が不愉快そうに言い捨てる。
こんなはずじゃなかった。
いつもであれば、他の連中を下げて自分を上げるのが、彼の準備運動のはずだった。
なんなら他のやつらを煽りに煽って巻き込んで、一緒にボス部屋になだれ込むくらいの腹づもりだった。
騒ぎや暴動、混乱こそが彼の得意な戦場だった。
大勢の中でどさくさ紛れに漁夫の利を得るのが、いつもの彼が、ほぼ無意識でとっていた「戦術」だったというのに……
…ところが……いま一人、目の前の大扉を見上げていた。
びっくりするくらいトントン拍子で、戦いがもう、目の前にせまってきてしまった。
盾にできる者も、踏みつける者も、状況を押し付けてやれる生贄役も、まだ何も用意できて無い。
いつもならもっと……いつもの冒険者なら……なんだ、これは?
その他大勢にの中に紛れ込むことができない……自分よりも弱者が、いない状況なんて……
…あれっ? 本当に今日はおれ、一人で……
「…おっ、おい!?」
青ざめた彼が思わず振り向いたのは心細さか、あるいは生存本能か。
だが、それすらも分かっているとばかりに「三番目」に待つ一行が、問われるまでもなく彼に返した。
「安心しな新入り、ここじゃ何人で来ようが同じことだ。
もし十人で入ったとしても、そのまま一対一が十回になる。それだけのことだぜ」
「そっちの兄ちゃんも言ってた通り、回復薬すら使えずに一撃でやられちまうからなぁ! ハッハッハ!」
妙に達観した「常連の冒険者達」が、彼の考えているであろう内容に、聞きたくもない回答を返していく。
「それでも俺達があえて一緒に入るのは、連携を確認したいからだ。命がけでな」
「おまえは命がけで連携の練習なんて、やりたくないだろ?」
「だったら、一人で入るのが正解だ」
「ほら、もうすぐ出番だぜ? 今のうちに集中しておかねぇと本当に秒殺だぞ?」
だから前を向け、と言って話を終える。
会話が終了してしまい、先頭の彼もまた、目の前の扉と向かい合わざるを得なくなった。
二番目の青年も「それもそうですね」なんて言いながら、自分の精神統一を始めてしまう。
「………」
今度こそ、誰もしゃべらなくなった。
扉を前に、彼は息を飲む。
恐ろしく長い一秒、一秒が、刻々と、沈黙とともにゆっくりと、だが確実に過ぎ去っていき、そして……
◆ ◆ ◆
扉の上の表示が「取り込み中」から「次の方どうぞ」に切り替わり、二番目に待っていた青年が「あっ、僕の番ですね!」と扉を開いて足取り軽く入って行った。
それは先頭の彼が入ってから、七秒後。
新記録・同着だった。
ただし冒険者達は「向こうの準備でさすがに七秒くらいはかかるだろ?」と思っているので、実質ゼロ秒と解釈している。
それでも冒険者達は彼を笑ったりはしなかった。
むしろあのダンジョンマスターを相手に、開幕直後に飛びかかって行ったのであろう「潔さ」はいっそ褒めてやりたいくらいだったのだが……
…その後、蘇生直後に従業員に襲い掛かった「彼」は、そのまま「二回目の蘇生」へと突入することになる。
ここは従業員も、実は強い。
こうして彼は、悪い冒険者の一例として長く語り継がれることになってしまったのだった。
その一方で。
「…あの神官の兄ちゃん、長いな……?」
七秒で終わった彼の後だからこそ、次の「人の良さそうな青年」は余計にその差が際立っていた。
こっちはこっちで、最長記録を樹立する勢いである。
一体なにが起きているのか? と首をかしげる冒険者達の中、彼らのうちの一人がこう告げた。
「……おい。
たぶんあの神官、アィウェオだろ?」
その言葉に他の冒険者達がギョッとした。
「「飢餓のアィウェオ!?」」
「「撲滅神官!?」」
ここに本人がいたら「僕、飢えても滅ぼしてもいませんよ!?」と抗議したであろう二つ名であるが、それくらいに彼は帝都でその名を馳せていた神官だった。
ある意味で彼は、冒険者にとっての天敵である。
具体的には、悪人に対して「拳で愛を説く」らしい。
本人は強く否定しているが。
だいたいボス部屋に単独で挑む者など、相当、腕に自信があるのであろう戦士くらいだ。
魔術師や神官で一人で入る者など、まず、いないわけで……その結果として、あの神官が何者なのか逆に見当がついてしまった。
やがて三十分が経過した頃、「非常口から」その神官の青年がひょっこりと帰って来た。
蘇生ではなく、まさかの非常口。
だが、戻って来たということは、本当に、まさか………冒険者達は固唾を飲むが……
「いやぁ! 完敗だー!」
とてもうれしそうに出て来た彼は、フゥと息をついてから、つぶやいた。
「…神ではなく彼が、いつでも相手をしてやると言われてしまいました……」
「「………」」
「フフッ! こんなにくやしいなんていつぶりだろう!? うれしいなぁ!
ああ、これが仕事で無ければ僕もまだサウスティアの街に居着いたのに……くやしぃ!
…あれっ? わりといつも口惜しがってますね僕!? アハハハ──」
冒険者達が見守る中、ちょっと怖いくらいに上機嫌なまま、撲滅神官はそのままダンジョンを去って行って──
──そんな逸話がまた、彼とダンジョンマスターの両名の名を、轟かせていくことになるのだった。




