わがやの女神(3)
「モルフェが欲しいものは何?」
「どうしたの急に?」
いつもニコニコしているモルフェだが、彼女は自分の欲しいものをほとんど要求してこない。
「買った服だってほとんど着て無いし?」
「着てるよ? それにアルジィには言われたくないかな?」
たしかにおれはずっと同じシャツとズボンしか着ていない。
モルフェは、勤務時間はおれ合わせた服を着ているらしい。
タンクトップにおれのシャツ。
…でも朝と夕食もおれのシャツで、休日もおれのシャツの場合が多いから……いつ他の服を着てるんだ?
「それに、あれから追加の服も買ってない」
「いくつ買ったと思ってるの?」
「ほぼ、店主が押し付けた形だけどな?」
「クロッシュさんと、アルジィがね?」
実はあんまり気に入ってもらえなかったのだろうか?
「アルジィの前で着てあげようか? クロッシュさんイチオシのやつを、夜に」
三段階に分離するやつか?
それとも降臨する時に着るやつか?
いずれにせよ「おれを殺す服」……なんで買っちゃったんだろう?
「…それはともかく。
おれは自分の好きな和室を作ったり、欲しい食材をモルフェに買ってもらったり、わりと好きにやっている」
「それって『生活に必要なもの』だからね? アルジィこそ、ちゃんと趣味を持った方が良いよ?」
「今はおれの話では無いし、そういうモルフェの趣味は、なんだ?」
「みんなの喜ぶ顔を見ることだよ?」
……それ自体は良いことではあるんだけど……うーん…?
「…あのな、モルフェ。
それって、趣味は仕事だ! とか心にも無いこと言ってたおじさんが定年退職を迎えると同時に燃え尽きて、何をすれば良いのかも分からぬ日々を漫然と過ごしているうちに、これまでずっと放置してきた妻がとうとう離婚話を……なんて事態になりかねないんだぞ?」
「アルジィにそのまま返すよ?」
「おれは定年前に色んな意味で燃え尽きたから、それ以下だ」
「…コメントしづらいよ、アルジィ」
その結果として、今ここにいるから結果オーライ(?)なのか。
おれは良いとして、モルフェが本当にその「趣味」を楽しんでいるのなら良いのだけれど。
なんとなくモルフェのそれは「仕事」のような気がして心配で。
するとモルフェが反論しだした。
「でも、それならアルジィ、このまえボクの希望で浴場を広くしてもらったよね?」
「それは『その方がティアたちが喜ぶ』からだったよな?」
「ボクだってほら、いつも街の朝市で、好きなものを買ってるよ!」
「おれやアテナが好きな食べ物ばかりだよな?」
「…アルジィにいつも色々任せっきりなのに、ボクだけがわがままなんて言えないよ」
「その任せっきりのおれのサポート役として、おれに付きっきりの君が何を言っているんだ?」
「………」
「ほんとうに『君が』欲しいものは、何もないの?」
「……………じゃあ、『アルジィ』を」
「それはいつでも好きにすれば良いとして、他には?」
「!?」
そんなびっくりした顔をなさらなくても。
おれ、そんなにおかしなことは言っていないぞ?
だいたい君は、おれの支援役なんて厄介ごとを神に押し付けられて、ここに送り込まれちゃったんだぞ。
そんな君がおれを好きなようにしたところで、文句なんて言うわけがない。
「すでに好き放題の子も一人いるだろ。おれの膝に乗ったり、おれの部屋で宝探しに勤しんだり」
「あ、そっち?」
「どっちだ。別に良いんだぞ、君も好きにすれば。おれが抵抗するかどうかは別として」
「…そんなこと急に言われても」
考えてみれば、おれもモルフェも、ダンジョンコアなんておかしなものがあるクセに欲望が無さすぎる。
ある意味、似た者同士ってことなのか?
「ふつうの人なら欲しい物とかが、もっと、こう……
…やたらデカくて鈍器以外の使い道が無さそうな宝飾品とか、糖分がちょっとした毒物レベルのスイーツとか、社長の地位とか酒池肉林とか、あと……世界の半分とか? そういう欲望があるものだろ?」
「それってぜんぶ、アルジィが『もらって困るもの』だよね?」
…あれっ? ほんとだ?
オススメのものを言ったつもりが、おかしいな……?
「と、とにかく、すぐにとは言わないけれど、なにか欲しいものがないか考えてみてくれ。
……本当は、おれの方から察してプレゼントしてあげるべきなんだろうけど……拳大のダイヤモンドとか、欲しい?」
「えっと、それはちょっと……
…そうだ! それなら」
「ティアとアテナの話は無しだぞ? あと精霊たちも」
「!」
さっきの話の流れで、もうそれかよ。
「…じゃあ、冒険者のみんなを」
「血祭りに?」
「ちがうよ!?」
「別にそれでも構わない、冒険者やサウスティアの街の人たちにして欲しいことがあるなら協力するから、いつでも言え。
だけど、そっちはぜんぶモルフェの後にする」
「!」
彼女が遠慮するものだから、他のみんなを人質(?)みたいにしてでも、彼女の願いを聞き出したい。
「…わかった、何か考えてみるよ」
笑い返したモルフェ。
笑ってごまかした、ともいえる。
そう。
笑う直前のその顔はたぶん……戸惑いの色だった。
そうか、そんなにも深刻なのか。
欲しいという発想そのものが、無かったのか……?
さっきはおれも適当なことを言ったけれど、考えてみれば案外、的を射たことを言っていたような気がしてきた。
モルフェがおれの元にやって来たことや、冒険者たちに彼女が「夢」をみせていること。
それらがもし、彼女にとっては「仕事」だとして。
彼女はその仕事をいつ、退職できるんだ?
…もっとはっきり言ってしまえば、彼女はどれだけ長い年月を「仕事」に費やして来て、いつになったら解放される日がやって来るんだ?
他の誰かの望む姿になってしまう神。
おれが彼女の立場だったら……耐えられるのか?
──みんなの喜ぶ顔を見ることだよ?
…みんなではなく。
君は、本当はどうなんだ?
◆ ◆ ◆
意外なことに、その日の夜におれはモルフェに呼び出された。
夜の茶室。
屋内なのに、星々と月明りが空(=天井)に輝く中、静けさを湛えた石庭と、その片隅にはささやかな竹林もある。
そんな風景を、いつものように正座して眺めるおれ。
「…つぎはやっぱり、鹿威しか? それとも池か……」
そして、おれの膝を枕に、うれしそうに横たわっているモルフェ。
「えへへ」
モルフェのリクエストにお応えして、膝枕中のおれである。
それ以外は特に要求されず、ただただ枕を遂行している。
「………」
「ー♪」
…こんなので良いのか? とは思っているけど、楽しそうだから好きにさせておく。
手持ちぶさただからつい、頭とか撫でてしまうけれど……なんだ、ネコか? かわいいな?
ちなみにここには、ついさっきまでアテナもいた。
おれたち二人の姿を発見したアテナが、おれたちの周りをぐるぐると周回して「空いてるスペース」を探し始めたので、おれが「今夜はもう満席だ」と拒否した。
はっきり言わないと優しいモルフェが半分ゆずったり(?)しかねないから、おれから言った。
そんなアテナが、再び茶室に戻って来た……ティアの手を引いて。
「あっ。こんばん……はわわ!」
「「こんばんはわわ?」」
すると茶室に入って来て、アテナはティアをおれたちの側に横たえた。
「えっ? アテナちゃん? ここに? 寝れば、いいの?」
「………」
T字型。ティアの腹を枕にしてアテナが寝た。
「………」
「??」
「…すまん、ティア。すぐに飽きると思うから、付き合ってあげてくれ」
「ごめんね、ティアちゃん?」
「は、はい、がんばり! …ます?」
何をがんばれば良いのか分からなかったようだ。
二人とも小柄だから膝ではなく腹にしておいたのだろうけど、そういう問題ではない。
せめて、何がどうしてこうなったのかを説明してから協力してもらえ。ティアが困っているだろう?
だけど主犯はいつも通り、沈黙を続けたままだった。
「………」
「…寝たな。自由人め」
「ほら、ティアちゃんも」
それからティアも、二人ともすぐに寝息をたて始めてしまったようだ。
とはいえ、今はもう夜。
眠くなって当たり前だ。ならば良い夢をみてほしい。
「…二人にとって、安心できる場所だからだよ」
「そうか? …君も眠っていいんだぞ?」
「えー? どうしよっかなー?」
おれの膝に頭をのせたまま、コロコロと寝返りをうつモルフェ。
器用だな? 楽しそうでなによりだ。
おれが「いるか?」と声をかければ、どこからともなく現れるスライム。
そんなスライムさんに眠った二人にかけるための掛ふとんを用意してもらう。
気をきかせてやって来たスライムの「集団が」、おれとモルフェの代わりに全部やってくれた。
器用というか、二人が起きないように移動させたり布団をかけたりを「無音で」そっとやっていく姿は……なんだかちょっとだけ怖さを感じてしまった。
おれも同じように、寝ている間にうっかりダンジョンの外とかに搬送されても、気が付かないんじゃないだろうか……?
視線を戻せば、モルフェはおれの方を見ていた。
そしてうれしそうにまた笑った。
…おれも少しは、欠片くらいは君の『夢』になれているだろうか?
無邪気に笑う君の姿に、そう思わずにはいられなかった。
その近くでは夜行性のネコが散歩していました。
「激甘だニャ」




