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わがやの女神(2)


 【いきなりボス部屋の日】に、少し変わった挑戦者が現れた。


 一人で(いど)んで来た彼は、徒手空拳(としゅくうけん)で戦う神官。

 そんな彼は、これまでの冒険者たちの中でも上位か、あるいは最も強い部類に入るであろう青年(少年?)だった。


 しかもこの彼、戦い方が──



 ──…(あご)鳩尾(みぞおち)、急所を(ねら)う技は(するど)く、入れば一撃で相手を戦闘不能に追い込むであろう()えがある。

 それでいて目や首、(ひざ)や関節のような、再起不能や後遺症になるであろう部位は()けて攻撃してくる。

 明らかに「こだわり」のある戦い方だった。



 さらに素手(すで)

 ゆえに、超近接戦。



 牽制(けんせい)や連撃の一つ一つが完成されていて、いわゆる「()将棋(しょうぎ)」的な(たく)みさ。

 一手の間違いも許されない、そんな(すご)みのある攻撃を緩急つけて、ずっと絶え間なく(たた)みかけて来る。


 だから。しんどい。

 接近戦(インファイト)ゆえに、避けようがない攻撃。

 この手の戦いは、必然的に地味で痛い削りあいになる。


 魔術師姿のおれと、神官の「長衣(ローブ)」。

 (そで)(すそ)のゆったりとした服から、飛び出す打撃。

 (ひざ)(ひじ)の向きと動き、急所の位置も見えづらくて……おれと同じ「小細工(こざいく)」のための服装かと疑ってしまう。


 肩や腕や足、時には頭や腹筋という急所以外のあらゆる部位で相手の攻撃を(しの)ぎ、いなしながらも、(なぐ)り続ける。



 そのダメージと疲労の蓄積(ちくせき)は、やがて受け止めきれないものになって……──



「──参りました! 僕の負けです!!」


 ようやく彼が()を上げて、数歩下がってから(ひざ)をついた。


「…負けも何も、これなら引き分けでしょう?」

「ご覧の通り! まだ立っているのはあなたの方です!」



 そういうことならと、おれもその場で正座した。



「あなたは冒険者たちの中で一、二位を争う強さでした」

「うわぁ、うれしい気づかいだなぁ……!」


「あなたまで正座しないで下さい、これはおれの……クセみたいなものなので」

「それなら僕も、むかしは良く土下座させられていたので」


 戦っていた時とは別人のように、すっかり(さわ)やか表情の彼。

 話を聞けば、彼は冒険者ではなく、いつもは帝都でふつうに聖職者の仕事(?)をしている神官らしい。


「さて、いきなりで不躾(ぶしつけ)ですが……」


 そして、この質問のためにわざわざサウスティアまでやってきたのだとか。



「あなた、邪神の信徒なんですか?」



 …邪神?


 突然、何を言ってるんです?

 と、聞き返すのは簡単なんだけど……



   ──だから夢神を(せん)する邪神を今すぐ──



 …そんな不法侵入者を叩き出したことを思い出す。

 なんだか迂闊(うかつ)な答えを返すと、厄介なことになりそうな予感に、少し慎重に返していく。


「……そもそも、邪神って何なのですか?」


「それは……悪しき教義によって人心を惑わし、堕落(だらく)させる神、ですかね?」



「悪しき教義で人心を……

 …やっぱり、穴に落ちた冒険者たちに夢を見せてたのがマズかったですかね?」


「ああ、このダンジョンの『夢』の(うわさ)のことですね?

 …たしかにそれも邪神の定義の一つとされていますが………あなたはきっと、それが必要だと思われたのですよね?」


 それはおれではなく、うちの「邪神さん」の仕業(しわざ)です、とは言わない。

 せっかくだから、他の疑惑についても確認してみる。


「では、銀貨一枚で蘇生の件がマズいのでしょうか?」

「うーん………そっちも、良かれと思われたのですよね?」


「…あとは、初心者講習会?」

「ああ! 面白い試みですよね、それ! 僕も時間があれば受けたかったなぁ!」


 なんだか、想像以上に好意的な反応、なのか?

 それ以外だと……ティアをうちで預かったり町長の呪いを解呪したりの、あんまり公言できない話になってしまう。


「では悪しき教義って?

 そもそも、教義なんて、だいたい表向きは『立派なもの』がほとんどですよね?」


「………」


 教義にせよ、学問や思想にせよ、古くから続くものはそれなりに完成するものだ。

 間違っていれば淘汰(とうた)され、生き残るために洗練される。


「それなりの教義でそれなりの善人を集めておかないと、本当に悪しき教義で集まった組織なんて、放っておいても自滅しますよね?」

「クフッ、そのとおりです……!」


 うん? おれは何を言ってるんだ?

 それより、おれが何を言いたいのかと言えば……


「…神や教義はなんであれ、問題は、ダンジョンマスターである私では?」



「………」



 別に邪神は悪くない、そして、


「もしおれに文句があるのなら、今日みたいな日にこうやっておれのところに来ればいいわけで……別に何も、問題は無いのでは?」

「!」


 こうやって【いきなりボス部屋の日】に、おれを倒しに来ればいい。

 実際、倒しに来ている連中が外に並んで待っている。


 つまり……邪神がどうこうは、わりとどうでも良いのでは? と言いたい。



「えっと……我がダンジョンは、求めし者、訪れし者そのすべてに扉は開かれてます。

 …とでも言えば良いですかね? 邪教っぽく?」



 おれの言葉に神官さんが爆笑した。


「──ッフ! アッハッハ!

 良い! それ、最高ですね!?

 …もしも扉が閉まったままなら、それはもう、ダンジョンでは、ないですよね……クフッ!」


「たしかに!?」


 それから彼は、次の冒険者が(ひか)えているので手短(てみじか)にと言いつつ、そんな話を突然はじめた理由もおれに教えてくれた。


 帝都で今、邪神論争が起きているらしい。


 そういう論争はわりと定期的に起きるもので、本当は彼自身まったく興味がない。

 それでも、組織としては旗色(はたいろ)を明確にしておかないと思わぬ形で信徒を巻き込んでしまう場合もあって……なんて愚痴(ぐち)を彼は話し出した。


「でも、あなたと直接お話しできて、とても良かった!

 帝都に戻ったら、余計な手出しをすれば火傷(やけど)しそうだって、僕から進言できそうです!」


「えっ、大丈夫なんですか? そんな余計な口出しをすれば、あなたの立場が……」


 そんな邪神やら邪教やらのきな臭い話には近づかないのが一番だと思うのだけど……と忠告すれば「大丈夫、あなたとは十分に()()()()ましたから!」と彼は(こぶし)を上げて非常口から元気に帰って行ったのだった……



 そんな彼が信奉するのは「愛の神様」らしい。


 …愛について「(こぶし)で語り合う」のか? 一体どこの世紀末覇者だ、おまえは?

 この世界の宗教は色々とおかしいようだ……



「アルジィ、うまいこと丸め込んじゃったね?」

「失礼だな、モルフェ。おれはちゃんと語り合ったらしいぞ?」


 いつものように小休止のたびに顔を出すモルフェが、小さな声でつぶやいた。


「…ありがとう、アルジィ」


 無言でただ、手を振って返した。



 いきなり襲いかかってくる冒険者だっているくらいだ。

 ああいう「常識人」が相手なら、むしろ大歓迎である。





 …ただし、こちらは「連戦」。

 不公平(?)だ。

 でも、そんなの顔に出せるわけもなく。

 この日は今までで最もやせ我慢が(つら)くて長い【ボス部屋の日】になってしまったのだった。




  ◆ ◆ ◆



 モルフェさんは、おれの理想が服を着ている姿である。


 うん、言っていることがおかしいが、実際にそうなんだから仕方がない。


 とはいえ、一歩間違えば今ごろは「崖から落ちても銃で撃たれてもわりと元気な変態系ヒーロー」が目の前に座っていたかと思うと、ちょっとしたホラーでもある。


 食卓で、おれの前に座っているモルフェ。


 彼女の隣に座るティアが用意したマッシュポテトがとてもおいしいと、照れるティアを()めている。


 …まぶしい。

 二人の温かな姿には、後光がさして見えてしまう。


 そのピカピカを、もう30ルクスくらい下げてくれないと、落ち着いて食事が食べられないじゃないか。食べるけど。


 おれの隣ではアテナが黙々とごはんを食べ……食べ終わって、次を要求する。

 そのおかわりをモルフェがニコニコ用意する……なんだ、お母さんか?


 さらに隣のテーブルにはケモノが五匹。


 ヘビ、ネコ、ヒヨコ、カメ、そしてタコ。

 ティアの強い要望でやつら用のテーブルもすぐ隣に別に用意して、同じ時間に食べている。


 こうして見ると、すっかりにぎやかな食卓になったものだ。


「アルジィもおかわり食べる?」

「いや、大丈夫だよ」


 まぶしいお姉さん。理想という名の違和感。


 …例えるなら、朝からものすごく甘くて度数の高いブランデーとか飲まされて酔っぱらっている背徳感、のような?

 あるいは、モフモフしたカワイイ動物たちの中におれ一人、ヨレヨレのスーツ姿で(まぎ)れ込んでるという場違い感、みたいな?

 うれしいけど、何で? 良いのかこれで? という不思議。


「…どうしたの、アルジィ?」


 モルフェと目が合う。


「…魅了耐性を上げようと思って」

「なにそれ、フフッ」



「…もうおなかいっぱいだニャー」

「胸焼けするやつめ」

「仲良きことは良いことですね」

「いかにも」

「………」



 いつの間にこうなった?

 そして、いつかはこのまぶしさに慣れるのだろうか?


 でも、そんなことよりもっと大事な。

 今日も目の前の二人がそれを、おれに教えてくれているような感じがして、つい……目で追ってしまっていて……



「さっきからどうしたの? ボクに見惚(みと)れちゃった?」


「…モルフェは、髪は伸ばさないのか?」

「えっ。 ……の、伸ばした方が、ボクに、似合うかな……?」




「「………」」




「髪を伸ばしておけば首への攻撃を防──」

「アルジィ? 髪型は、敵の攻撃を防ぐために選ぶものじゃないんだよ?」



「…まだまだ道のりは長そうだニャー」

(おろ)かな」

「アルジィさんらしくて良いのでは?」

「それもまた良し」

「………」




 外野がうるさい、あと、モルフェの笑顔がこわい。


 おかしいな? おれはモルフェのためを思って言ったのに?

 ヴァイキングとか、昔の戦士はだいたい髪やヒゲを伸ばして斬撃に備えていたんだぞ?

 …なんて、いま言ったら、ますます怒られそうな気がしてならない……



「…アルジィ? なにか余計なことを考えてない?」


「モルフェさんは『心が読まれて困っているおれの気持ち』を察してくれると、うれしいです」



 そんなおれを、ティアまで「がんばって下さい」と応援(?)して下さる。

 ありがたいけど、できれば何をどうがんばればいいのか、もう少し具体的なアドバイスを頂きたい。


 そんなおれたちのやり取りをおかずに、三杯目をおかわりするアテナ。

 おれか? 今度はおれが君のごはんをよそうのか? そうか。おれもお母さんか。


 たくさん食べて、すくすくと成長して欲しい。



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