わがやの女神(1)
実はモルフェはものすごく肝が据わっている。
試したつもりは無かったけれど、話していて分かることもある。
「ネズミと鉄の器、それと少量の火を用意するんだ」
「え、急に何!?」
ちなみに急に話し出したこれは「動物を使った拷問、あるいは処刑法」についてである。
具体的な方法にはふれないでおくけど……過去にはそういうことも行われていたらしいと、前世で読んだ「拷問の歴史」に書いてあった。
「アルジィにはドン引きだよ」
「だからおれのオリジナルじゃないんだって。
…こういう風に、動物の大半は人よりも爪や牙で勝っている。
ネズミといえば病原菌が恐れられているけど、その攻撃力もかなりのものだ。
だから、ダンジョンに魔物とか用意しなくても、実はネズミで十分なんじゃないか? …という話をしたかったのです」
つまりネズミーランドである。
…怒られそうだから、これ以上は掘り下げないが。
「うちも陸、海、地獄と、各種ご用意したほうが良いだろうか?」
「最後はいらないんじゃないのかな?」
話を戻そう。
こんな感じで、おれがまじめに相談すれば、モルフェはどんな内容であろうと付き合ってくれる。
ふつうの女の子ならドン引き、あるいは卒倒してもおかしくないような残忍な話であっても、彼女はまじめに答えてくれる。
「たしかに、洞窟や廃墟に大量に発生するネズミもいるみたいだけど……」
「魔術さえ封じてしまえば、たぶん冒険者たちにもネズミが勝つだろう?」
うちのダンジョンには少しずつ、魔力の減衰術式を書き足している。
うちのダンジョンの弱点の一つとして「宙に浮けたら簡単に攻略できる」というのがある。
なにせ落とし穴しかないからな。
だから空中歩行とか飛行とかを魔術でやられてしまうのは、なんとしてでも邪魔してやらなければならない。
どのみち減衰術式は必要になるのだ。
だけど、思ったよりも簡単な話ではなかったようだ。
「実はね、アルジィ、封印系の魔術は禁忌の術に分類されるんだよ」
「そうなの?」
その理由。
おれの前世の感覚で言えば、強大な電磁波を放って精密機器をすべて破壊する、みたいな話らしい。
この世界では魔術や魔法の道具が一般的で、あらゆるものに魔力が宿っている。
それらを封じたり壊したりしてしまえば、どうなるか?
人の生活の営みが破壊されてしまうのである。
なお、封印や減衰を強力にすれば「即死」の魔術になったりもするらしい。
「もしかして、うちで使ってる減衰術式はかなりマズいのか?」
「あれくらいなら大丈夫だけど、強くしすぎると危ないっていうのは知っておいた方が良いよ」
「ちなみに、モルフェさんはその即死の魔術とやらを?」
「…強い魔術は、それだけ反動も大きいんだよ」
「人を呪わば穴二つ」
「うん。そういうこと」
モルフェ先生には、今後ともおれにそういう「常識」を教えて欲しい。
その日の日替わりダンジョンは【円柱渡りの日】だった。
底の見えない大穴にニョキニョキはえた無数の円柱をぴょんぴょん飛び渡って、ゴールを目指す日である。
そしてこの円柱、後半になると微妙にサイズや高低差があって、遠近法の錯覚と合わせて冒険者を騙す仕組みになっている。
だけど……そもそも後半までたどり着く冒険者がいない。
即死の魔術なんて、必要なかった。
今日もまた一人、冒険者の「あー──…」という叫び声が奈落の底へと消えていく……
「…モルフェは、冒険者たちに夢を見せるのは大変じゃないのか?」
「どうしたの、急に?
…ボクはちゃんと、安全には配慮しているからね?」
モルフェは【いきなりボス部屋の日】以外の通常日は、死んだ冒険者たちに夢を見せている。
死のトラウマを薄めるための活動なんだけど………冒険者たちが調子にのらないように三回に一度と3のつく回数は悪夢をみせることにしている。
「悪夢の方は心配してない。
だけど、相手が望む夢を見せてやるというのは……大丈夫なのか?」
「?」
「おれだったら、かつてお世話になった連中を八つ裂きにする夢を望む、かもしれない」
「そんな夢は見せてあげないからね?」
人の「欲望」なんてだいたいがイカれたものだと思っている。
むしろ、苦しみに満ちたイカれた現実を生き残るためには、おかしな妄想でバランスをとるくらいの方が、正常に生き延びられることだろう。
「そんなイカれた夢や欲望を毎日相手にしていたら、気を病んでしまうのではないかと、心配で?」
「そんなこと、気にしなくても良いんだよ?」
事も無げに返すモルフェだが。
……おれみたいな奴、あるいはおれの想像を超える狂ったやつらの夢に付き合っているモルフェ……
「どうしたの?」
「…なんでもない。いや、なんでもある」
「どっちなの?」
「おれの心情はさておき、よくよく考えてみればそんな苦行に、モルフェを付き合わせるのはおかしな話だった」
「最初に言ったけど、ボクはそういうお仕事をしていたから大丈夫だよ?」
モルフェは、ものすごく肝が据わっている。
「それにボクが好きでやってることだから、ぜんぜん気にしなくて良いんだよ」
彼女はその「お仕事」を、一体いつからやり続けているのだろうか……?
「…どうして、そんなことをやり続けているんだ?」
「ん? 人の心を、助けたいって思ったからだよ?」
「………」
その言葉に、無言になったおれにモルフェが優しく微笑む。
「誰かを助けたいって思うことは、特別なことじゃないんだよ?」
モルフェの言葉を聞いていると、温かく不思議な気持ちになってくる。
…けれど、彼女を想うと。
なんだか……少し……
……それなら「君を」助けるのは、誰なのか? とか……
…もっとおれは「モルフェ」を知らなければならないらしい。
◆ ◆ ◆
ダンジョンマスターになって以来、結構な数の冒険者たちを倒してきた。
倒したなんて言うのはかなり、やんわりとした言い方だ。
七日に一度の【いきなりボス部屋の日】だけとはいえ、対人戦というかなりヤバイ行為を続けている。
なんどやっても慣れないし、慣れてはいけないはずのものだ。
…なのに、最近は変な方向性で慣れて来た。
冒険者が「白い炎と化すギリギリのさじ加減」の見極めができるようになってしまった。
ここまでやればもうおれの勝ちで良いだろ? そうだろダンジョンコア!? …という感じでアイツ(?)の判定基準を探るのが上手くなってきてしまっている。
だから殺傷ではなく気絶(?)でも倒せるようになってきたのだけれど……
…冒険者たちにとっては「危険で容赦ないダンジョンマスター」でいてあげた方が、対魔物の訓練として役立つのではなかろうか? なんて悩みをかかえている今日この頃である。
「おつかれさま、アルジィ!」
モルフェの安堵まじりの微笑みで、殺伐とした気持ちから元の世界へと戻される。
とてもありがたい話ではあるのだけど……
…実はこれも、ものすごく異常な光景だ。
侵入者をぶっ殺すおれと、ぶっ殺したおれを労うモルフェ。
ほのぼのしていて良いのだろうか?
では正常な反応とは、と言われると?
…毎日こんなこと繰り返していることで徐々に殺人鬼として覚醒していくダンジョンマスターと、それに付き合わされて日々、闇堕ちしていくヒロイン……そんなディストピア展開は誰も、得しないな……?
その一方で、アテナに関しては、わりと平気そうな気がしてしまう。
なにせ彼女は、毎日の訓練でなんの躊躇もなくおれをぶっ殺しにくる子だからだ。
ものすごく強い上に、素が美人なせいで非現実味が強いというか。
…日本刀という「人を効率よく斬る為の刃物」を美しいと感じてしまう感覚に似て……いやいや! そんなたいそうな奴じゃないぞ、あいつは!? ただのやりたい放題の自由人だ!
「どうしたのアルジィ?」
「え。あー、うん、いつもモルフェが訓練に付き合ってくれるおかげで、助かるな―って」
適当にごまかしたけど、嘘は言ってない。
うちの訓練でいつもモルフェがおれに使う魔法は、実は玄人向けの戦い方だった。
熟練の魔術師は、火魔法は直接攻撃よりも牽制に使うことが多い。目つぶしや足止めなど、次の攻撃の布石に使う。
その一方で水魔法を直接攻撃で使ってくる。石礫よりも発動の早い、使い勝手の良い打撃攻撃として多用してくる。
炎の槍とか水の刃とかは、止めとして登場する魔術のようだ。
前衛の戦士が相当がんばらない限りは、詠唱の途中でおれに阻止されるから、あまり出番が無い。
「…そして、精神系の魔術に至ってはもう、痛くも痒くもないくらいになってしまった」
「良く分かんないけど、痛くないからってまともに受けたらダメだからね?」
「でも、『0.1モルフェ』くらいだったら、そのまま押し切って早く倒した方が安全だぞ?」
「おかしな単位を作らないでくれるかな?」
そしてモルフェ本体は油断したところに『3モルフェ』くらい平気で出して来るので、あまりあてにならない単位ではある。
それはさておき。
弱体化系の魔術は精神由来のものも多い。
おれを足止めしたつもりの魔術師が「なぜ!?」という顔をしているのをみると、なんだか申し訳なってきてしまう、今日この頃で……
「…モルフェは、いつもおれにどんな精神攻撃をしかけているんだ?」
「え。
…ほら、アルジィ! もう次の冒険者さんを呼ぶから準備して!」
モルフェは逃げ出した。
モルフェのおかげであの「呪いの魔女」に勝利した。
つまり、あの呪いの魔女以上のなにかを、モルフェはおれにやってるはずで……
…まぁ、あの訓練はおれだけではなく、モルフェの練習でもあるのだから別に良いのだけれど。
魔力抵抗がかなり強いらしいおれが、モルフェの色んな実験(?)の役に立っていることを願っている。




