のりもの(後編)
なりゆきでタコとヘビに、うちのダンジョンの立ち入り禁止区域を案内することになってしまった。
だが、ここで終わるとおれはスライムカーやらスライムカフェやらを開発しているおかしなダンジョンマスターだと思われかねない。
仕方がないので、もう少し別の研究施設の方も二匹に案内することにした。
ヘビはおれの腕から肩にまきついて、タコはおれの腰にポーチみたいにまきついた。
……不本意だが、移動するのにこっちの方が早いとタコに言われて、仕方なしに受け入れた。
「ここは農場だ」
「「農場……?」」
一見すると農場というよりも工場みたいに見えるかもしれない。
おれも前世で、こういう「土を使わない、全自動化」された農場を初めて見た時には驚いた。
「これ、水だけで育てているんですか?」
「そうだ。ダンジョンコアに水やりから日照まで任せている」
ひとまずトマト、レタス、ネギあたりのそれっぽい野菜から試している。
「はて? こんな作り方をしなくても、たしかダンジョンコアは食料も創造できましたよね?」
「そのダンジョンコアが無くなったらどうするんだ?
サウスティアの将来にそなえて、こういう研究も必要だろ?」
貯水槽がわりの『水石』なんて便利な魔法のアイテムがあるくらいだ。水だけで栽培する方法も確立しておいて損はない。
「…なぜ、サウスティアの将来なんておぬしが考えるのだ?」
「おれが死んだりダンジョンコアが奪われたりしたら、ティアはどうなる?
ダンジョンコアだけに依存しているような生活は、将来、ティアが困るんだぞ?」
もちろんモルフェとアテナも困るだろうし、サウスティアの街だって困るだろう。
余裕があるうちに、試せることは試しておくべきだ。
「その理屈だと、アルジィさんはいずれサウスティアからクロスティアまで成長させて、やがては大陸全土まで支配するおつもりですか?」
なんで家庭菜園に勤しむだけで、世界征服まで飛躍するんだ?
「そんなつもりはないし、おれに為政者の適性はない。
…おれみたいな偏屈どもを説き伏せたり、なだめすかしたりしながら、街の成長とバランスを保ち続ける町長さんのようなお仕事は、おれにはできない」
「「………」」
平和な場所を安全にするお仕事ではない。
苦労の多い場所や足りない状況を、いかに運営するのかが管理者たちのお仕事で……
………もう失敗が確定しているプロジェクトを、いかに不時着させつつ部下に大怪我させないように細々と手を回したり準備したり、暗躍したりごまかしたりする姑息なお仕事だ。
マイナス10をマイナス3くらいにリカバリしつつ「てめぇ、なんでマイナスなんだよ!?」とキレられる仕事……仕事というか、忍耐ゲージとカネを交換する作業か罰ゲームのようなもので……
「…やがてそれは、この工場のように全自動化されて、ほぼ脳死状態のおれはルーティンワークを淡々とこなしていくだけのマシーンと化す。そう、人生とは──」
「──おい、戻って来い!」
「モルフェさんを呼んだ方がいいですかね!?」
呼ぶな。心配するモルフェの姿におれが心配になる。
「──…コホン。
とにかく、ここの野菜で上手く育てられるものがあったら、同じ仕組みをサウスティアの街に提案するつもりでいる」
おれの提案に、タコはまだ懐疑的だった。
「どうですかね? やはりこれは、ダンジョンコアあっての仕組みでは?」
「そうでもないかもしれないぞ?
水源さえあればどうにかできるかもしれない」
その説明もかねて、次の部屋にも案内することにした。
「…こっちの部屋は、我が家の周辺や、地下についての調査結果を集めた部屋だ」
「模型が多くて、なんだか博物館みたいな部屋ですね?」
「………」
そう言われてみれば、おれはこの居住区自体が「展示物ゼロの博物館」みたいなイメージだったから、ちょうど良かった?
さておき、ダンジョンを地下に広げるからには地質調査は必要で、それに並行して水源調査も行っていて、水源があればさっきみたいな野菜を育てることもできる、という繋がりである。
作成したミニチュア版サウスティアの前で、二匹に説明する。
「どうやらサウスティアの街の井戸水は、こっちの水脈から染み出してきている水を汲んでいるらしい。
水源も複数あるから、もっと直接的に水源を繋いでしまえば水が涸れる心配も減りそうなんだけど……これは失敗できない作業になるから、慎重に調査を進めている」
「それは、この模型の緻密さを見ればわかりますね」
「おれも専門家では無いからなー……おまえらに分かることがあれば、ぜひ、おれやダンジョンコアに教えて欲しい」
「私、ある程度は分かりますよ?」
「ほんとに!? ぜひ、色々とご教授ください!」
おれとタコの会話の横で、腕にまきついたソリューが神妙な様子でつぶやいた。
「…おぬし、実は色々と手を広げておるのだな?」
「たしかにダンジョンマスターっぽくありませんよね?」
「なんだ? じゃあ、ふつうのダンジョンマスターの仕事って、なんだよ?」
「それは、おぬし……」
「人を呼び込み罠にはめて、ダンジョンの糧にするお仕事ですよね?」
「……やってるよ?」
おれの言葉に、ソリューとタコが反論する。
「あれが? いっそ、こちらの方が本業のようではないか」
「これまで見て来た各部屋を、すべて人や魔物の牢獄や宝物庫にでも入れ替えた感じを想像してみてください」
……なるほど。
たしかにタコの言う通り、そっちの方がダンジョンっぽい。
「…でも、地質調査もせずにダンジョンを広げて、うっかり水源にでもぶち当たって、我が家が水没でもしたらどうするんだ?」
おれの率直な疑問に対して、タコが恐ろしい事実を明かして来た。
「実際、何度も水没しながら作ってるんじゃないですか?
ダンジョン内に湖や、水没都市があることも珍しくないですからね」
「…わりと、行き当たりばったりなんだな?」
「そういうものですよ、ダンジョンマスターの大半は」
なぜか事情通のタコに、ダンジョンマスターの世知辛い現実を聞いていると、ソリューの方はなんだか大人しくなってしまっていた。
「……ティアをこの男のもとに連れてきたのは、正解だったのだな……」
最後に、もうひと部屋、案内しておいた。
「ここは通信系の技術を研究している」
「薄暗い部屋ですね?」
「…またスライムか?」
暗い部屋に、複数のスライムたちが研究に従事している。
「見ろ。このスライムは、ちょっと光る」
「「………」」
なんだか呆れた視線を送られている気がするので、ちゃんと説明する。
「も、もちろんそれで終わりじゃ無いぞ!?
これは……説明しづらいから、実演した方が早そうだな」
壁をはさんだ位置に、スライムとタコの二匹を置いて来て、反対側にはおれとヘビが移動する。
「そっちの方から、何か短い単語をスライムにこっそり伝えてくれ」
するとすぐに、壁の向こうで光がチカチカと明滅するのが見えた。
それを確認したおれは、壁の向こうへと再び行って………タコを鷲づかみにして戻って来た。
「おや? 分かりましたか?」
「…こいつ、卑猥な単語を送って来やがった」
「送った? なんだ? 通信系の魔術か?」
「違う、さっきの光だ。モールス信号を……えっと、光を信号にして暗号文を送る仕組みだ」
おれとダンジョンコアであらかじめ、どのリズムの光がどの文字を表すか決めておく。
あとは文章を、リズムにそって送ればいい。
「スライム同士で光を中継するようにすれば、遠距離を一瞬で伝令することも可能だ。
もちろん光ではなくても、音でも記号でも構わない。
重要なのは、相手が気づかれない形で情報を素早くやりとりできることだ」
「諜報員みたいなことやってますね?」
「…魔術では、ダメなのか?」
「もちろん通信用の魔術があるなら、それを使っても良いけれど……
ボス部屋で戦って分かったけれど、魔術って、使う時に魔力の大きさや揺れで『使っている』ことがバレちゃうだろ?
つまり、こっそり使うのには向いてない」
「…それを感知できるのはおぬしか、我らか、高位の魔術師くらいのものだ」
「その高位の魔術師の裏をかくことこそ、必要だろ?」
別のスライムたちの方へと移動しながら、説明を続ける。
「光の強さは魔力量で、消費魔力は術式の改善で効率化できる予定だ」
そして、台座にのったスライムをペタペタさわると、強めの光で輝いた。
「こんな感じで、照明にも使える」
「それはわざわざスライムにする必要はなかろう」
ただの照明なら、ソリューの言う通りだ。
だが、タコの方は察しが良かった。
「…もしかして、照明と監視を兼ねるおつもりですか?」
「!」
「そうだ。魔力供給さえどうにかすれば、ダンジョンにも街にも配置できる」
防犯カメラ機能付きの照明、みたいなものだ。
どちらかというと、いくらでも監視網を作れるダンジョン内よりもサウスティアの街の治安維持のための仕組みである。
さりげなく照明代わりにスライムたちを設置しておいて、非常時には連絡役も兼ねてもらう。
別にさっきのような暗号でなくて、もっと単純な「点滅三回は警告」みたいなルールにして、街の住民にも伝えておけば防犯にも役立つことだろう。
再びソリューが神妙になってしまった。
「…本当におぬし、色々とやっておるのだな?」
「おれというより、スライムとダンジョンコア任せだけどな?
おれは計画や指示だけだから、大した仕事はやっていない」
するとタコがまた蒸し返してきた。
「やはりアルジィさん、為政者に向いているのでは?」
「違う、これは………結局、スライムたちが優秀だからできるんだ」
わりと色んな本に書いてあった。
組織やプロジェクトが成功するかどうかは最初に誰が集まるかで決まってしまう、と。
単純な強さうんぬんではなくて、まじめさとか誠実さとか、何をやりたいかで集めるべき人が変わるということで……
「……その点、おれは今、ものすごく恵まれているってことだ」
「……それはむしろ、わらわたちの方が──」
突然、目の前のスライムが赤い光で、パパッ、パパッと明滅した。
「赤二回、注意信号!」
「「!」」
おれが気づいたことを確認して、スライムが本文の方を信号で伝えてくる。
「…侵入者だ」
「なんじゃと!?」
「おや、どちら様でしょうか?」
「……おれのスライム号を、盗みに入った奴がいる!!」
「…アテナ様では?」
「…他にはおらぬであろうな」
さっきのおれとアテナのやり取りを見てないはずのタコとソリューにも分かってしまったらしい。
それだけ我が家に慣れてくれたようで何よりだ。




