のりもの(前編)
ティアのために乗物を用意した。
巨大スライムだ。
…なぜこれを用意したのか、理由があったはずだけど……すっかり忘れてしまって、結果だけがいま目の前にある。
まずはおれが試乗してみたけれど、気持ち悪いくらいに快適だった。
前に進む感触が無い。自転車や自動車のようなタイヤが地面を踏むような感覚が全くなくて、宙を浮いているような静けさのまま前に後ろに移動する。
そして進行方向に制約が無い。多少の慣性はあるのだろうけど、いきなり斜め前とか真横とかにも動けてしまう。
「…最初は怪我人の輸送とかに使えば良いと思ったけど……気を付けて使わないと、すぐに酔う。
予測できない方向に予想外の速さで移動するのは、振り回されるような感覚がして気持ち悪い。
だから、慣れるまで気を付けて乗って欲しい」
想定外に上級者向けの乗物だった。
その上、さらに。
「えっと、いりません」
ティアに納品と乗車を拒否されてしまって、おれと巨大スライムは震えた。
「あの、えっと……クーンとイアが、悲しんじゃいますので」
ヒヨコとカメの精霊たちだ。
まだ体調が回復せずに「ティアの中で」休み続けているらしい。
そんなヒヨコとカメが、それぞれ空と水上を移動するティア専用の乗物として活躍していた。
そこにおれが別の乗物なんて用意したら……ティアの言う通り、復職した時にものすごく悲しんでしまうだろう。
「そうか。事情も知らずに余計なことをしてしまって申し訳なかった」
「いえ! お気持ちだけ! いただきます。うれしかった、です!」
「では、帰るぞスライム号!」
そのまま巨大スライムに乗って立ち去るおれと一匹に、モルフェがツッコむ。
「帰るって、ここアルジィの家だよね? どこに帰るの?
あと、背中。アルジィにしがみいてるよね? アテナちゃん」
背中が重いのは日々の心労のせいだと思ったら、アテナだった。
「アテナ、君の言わんとすることは何となくわかるが、それは却下だ」
「………」
どうやら乗りたくて仕方がないらしい。だが断る。
そしてモルフェが助け舟を出す。
「どうしてダメなの? アルジィ?」
「モルフェ……この子はただでさえ、しゃべるのもサボって自動翻訳に依存しきってるんだぞ?
ここでさらに移動手段まで提供してみろ? いよいよ何もやらない子になっちゃうだろ」
特に危険なのは、この乗り物が自分の意思で動けることだ。
しかもダンジョンコアの分身みたいなもの。おそらくおれよりも賢い乗り物だ。
きっとアテナに忖度して、何も言わないアテナの行動を完全自動化するだろう。
「…それは……困ったね?」
「だろう!? …おい! まだ話の途中だ! 無理なご乗車はおやめ下さいお客様!?」
どうにか乗車しようとするアテナと、阻止するおれ。
ツヤツヤしているせいでおれも一緒に滑り落ちそうだ。
…なんだか、動き回るロボット掃除機の上を奪い合うネコみたいな気分だな!?
「くそっ、こういう時にムダに強い子はやっかいだな……!」
「…!」
「なんだ、おまえ!? そんなに気に入ったのか!?
…よし、そこまで乗りたいなら、条件次第で許可しよう」
「………」
「下着をつけろ」
「!?」
いやがらせじゃないぞ?
だって、このスライムは半透明だから……乗る角度によっては、かなりマズいことになっちゃうだろ?
「…気にしているのは、男であるおれ一人かもしれないけれど」
「ボクもずっと気にしてるからね? アテナちゃん、聞いてくれないけど」
良かった、今度はモルフェもこっち側だ。これで二対一、こっちが与党だ。
驚愕するアテナをおいて、モルフェに聞く。
「なんでこの子は、こうも頑なに下着をつけたがらないんだ?
おれが女性ものの服でも強要されるような気分、みたいな感覚なのか?」
「うーん? …解放感、かな?」
開放感………服の下に水着をきるような違和感なのか?
それなら気持ちは分からないでもない……けど、許すかどうかは別問題だ。
………。
「……なぁ、モルフェ? もしおれが下着をつけずに──」
「聞かないでよ!?」
うん。やっぱりそうだよな? おれ、間違って無いよな?
おかしいのはアテナの方だと確認できて良かった。
◆ ◆ ◆
モルフェが切羽詰まった声で「このままだとアルジィまで下着をつけなくなっちゃうよ!?」と、やや引き気味のアテナを真剣に説得している姿は放っておいて、おれは納品できなかったスライムを元の場所に片付けに行った。
途中で、ネコ、ヘビ、タコが合流してきた。
ていうか、どけ。轢くぞ?
「今おれは車庫入れ中で忙しい。あと、こっちの通路には立ち入り禁止だと言ったはずだぞ?」
「そんなこと言われても、そんなおかしなもの、気にするなって方が無理だニャ」
「いかにも怪しいおまえを監視するためだ」
「なぜこちらは立ち入り禁止なんですか?」
このまま三匹とも、スライムで甘轢きしてやろうかと思ったが……
…今となってはこいつらも部外者ではないわけだから、そろそろ理由も説明しておく。
「ここから先は研究施設だ。
危険なものも多いし、将来に関わる研究もあるし、わりと繊細な実験も多いし、危険なものも多いからだ」
「危険って二回言ったニャ」
「やっぱり危険な研究をしておった、こやつ」
「その大きなスライムも研究成果なんですか?」
立ち入り禁止も気にせずについて来るから、仕方がない、このまま連れて行くことにする。
「ここだ」
「…うっかり、おしおき部屋に来ちまったニャ……」
「おや、ここは訓練場かなにかですか?」
「…あっちに並んでいるのは、スライム……なのか……?」
おれが下車したスライムが、そのままスススと静かに奥へと進んで行って、一番端に車庫入れを終える。
おれが乗っていたスライムから、順にだんだんと小さくなっていくスライムたち。
サイズ順に並んでいる彼らの一番最後にいるのは、手のひらサイズのスライムだった。
「…なんだ、これは……」
「じっと見てると、遠近感がおかしくなるニャ」
「ぜんぶ同じ色、形なのがすごいですね。展示してあるんですか?」
「いや、おまえらが見ているから、ちゃんと整列して待ってるんだろ?」
「「………」」
おれが手を叩きながら「はーい、もう仕事にもどっていいぞー」と声をかけると、並んでいた大から小までのスライムたちが業務についた。
その業務。
これがソニャンが「おしおき部屋」と言った理由だろう。
アスレチック施設で、跳ねたり飛んだりして遊び回っているスライムたち……ではなく、これは運動能力の測定である。
「帝都にはネコを放し飼いにする喫茶店があるそうですね?」
「ネコカフェなんてあるのか? だがここは違うぞ。スライムたちとふれあうためにつくった部屋ではないからな?」
「…てっきり危険な魔物の研究でもしておるのかと思えば」
「なんだ、おまえはスライムの潜在能力をなめてるな?」
「こ、ここは危険だニャ! はやく撤退するニャ!」
「よし、おまえ、ちょっと行って運動して来い」
連行されながら「ぎにゃー、働きたくないニャー!」と悲鳴を上げるソニャンは、スライムたちに任せるとして、残りの二匹にこの部屋の目的を説明する。
「ダンジョン内の従業員たちとは別で、外回りを担当しているスライムたちがいる。
おもに周辺地域の調査と斥候をやってもらっているんだけれど、従来のサイズだと敵に見つかり易くて潜伏や隠密行動には向かないんだ」
「なるほど?」
「かといって、小型化すると当然、運動性能が落ちてしまう。
それに加えてダンジョンから離れれば離れるほど、彼らは魔力の供給を受けられなくなって不利になる」
「彼らはダンジョン産の魔物ですから、そうなりますね」
「そこでだ。そもそもサイズごとにどの程度の性能差があって、性能限界はどこにあるのか、計測する必要があるわけだ。
理論値だったらダンジョンコアから分かるけれど、実際に動いてもらわないと分からない情報が沢山ある。
改良するからこそ、まずはデータが必要だった」
「見た目は遊んでいるように見えますがね?」
「見た目はそうだが、ちゃんと彼らは正確な情報をダンジョンコアにフィードバックしてくれているぞ?」
「…ソニャンのやつは早くも限界なようだが?」
「スライムに負けるな、たまにはちゃんと運動しておけ」
太るぞ? ネコはもっと運動する生き物じゃなかったのか?
ちなみにこの日の「運動性能計測値」。
総合成績でソニャンは下から二番目だった。
それなのに、各種目の最高記録と最低記録をすべてソニャンが総なめという、良く分からない結果となったのだった。




