踏破者(後編)
初めてボス部屋まで踏破してきた冒険者のアラン氏。
彼はトレジャーハンターを目指しているなんて言ってたくせに、ボスとの戦いを希望してきた。
「だって、ほら? ここまで来て戦わないまま終わっちまうと、他のやつらにヒヨったなんて言われちまうから……」
「あー、それは確かに、冒険者ってそういう職業っぽいですよねー」
戦いを生業とする以上は、やっぱり舐められたらおしまい、みたいな話なのだろう。
むしろハッタリでも良いから強そうに見せた方が、依頼主を安心させることもある。
ただ、アラン氏は少し、違うようだ。
「いいですよ? じゃぁ、まずはテーブルを片付けましょうか?」
「おっ、いいのか? …なんか悪いな」
気さくに笑って話しちゃいるが、目の奥は、笑っていない。
「では片付けながら、ルールを説明しましょうか?」
「ああ、頼むよ。でも入り口の説明はちゃんと読んでから入ったぜ?
…お一人ずつお入りください、って、そういう罠かと思っちまったけどな……」
この人は強い。
一人でここまで来た、本物だ。
これまで気さくに話していた間も、ずっと、こちらに隙を見せなかった。
これが上級冒険者なのかと、感心した。
「…では、確認しましょう。
非常口はそちらにあります。入り口までの途中にある魔氷は好きなだけ持ち帰って頂いて構いません。
ですが、死んだ場合は入り口横の『落とし物センター』へ直送なので魔氷は無し、蘇生料金は銀貨一枚です」
「…ックック、本当にあるのかよ、非常口」
それに【いきなりボス部屋の日】だって一人で入ってくるのは少数派だ。だいたいの冒険者はチームで入って挑んでくる。
「無理ばっかり聞いてもらって悪ぃな。
だからと言っちゃなんだが………もしおれが勝っても、今日のところはその非常口から引き返すよ」
不敵に笑うアラン氏に、おれは返す。
「お気持ちはうれしいですが、蘇生料金はしっかりと頂きますよ?
今までずっと、すべての冒険者に、そうしてきましたので」
「…いいねぇ。嫌いじゃないぜ、そういうの」
テーブルを片付け終えたスライムたちが、部屋の外へと退場した。
おれはアラン氏を部屋の中央へとうながす。
そしておれたち二人。あとは開戦を待つだけになる。
「手加減してもらっても?」
「可能な範囲で、としか」
「おいおい、至れり尽くせりじゃねぇか……ヨォ!!」
アラン氏と戦った数は、三回だった。
一戦目は、様子見ともいえる軽めの突撃。
だが上級冒険者の様子見などに付き合いたくは無かったので、初手のフェイントを無視して喉元に即座に棒を突き付けて、黙らせた。
二戦目は、わりと普通の戦いで、正攻法。
彼は短剣の使い手で、少なくともこれまでの冒険者の中で一、二位を争うであろう腕前だった。
こちらも正攻法で打ち合って、12手目で足を払って喉元に棒を突き付けた。
そして三戦目。
おそらくここで、彼は様子見をやめて仕留めに来た。
投げ放たれた筒状の道具は、閃光爆雷。
光と音、さらに熱波まで混じって、視覚、聴覚、嗅覚に触覚までをも焼き潰す。
特殊部隊に突入される立てこもり犯みたいな状況………だが、これは「想定済み」だった。
感覚器官をやられた時に、どう逃げるか、どう戦うか?
モルフェならば、アテナならばと、色々と試した結果の答え。
魔力だ。
万物にあるというそれを知覚することは、すなわち、万物を知覚できることになる──
──なんて境地にまでは至っていない、おれ。
だから今は「だいたいその辺にいるやつ」目がけて、全力で穿つつもりで、棒を投げる。
視界と音が返って来た時、アランは仰向けに倒れていた。
「……カっ……貫通し、ては、いねぇ………けど、死ぬ……」
「ボス部屋で回復薬を使えたのはあなたが初です」
「こっ、光栄、だなぁ……おぃ……」
「…四戦目は?」
「……かっ、勘弁、してくれ……!」
ご満足いただけたようで、なによりです。
◆ ◆ ◆
ちょっと死にかけたアラン氏は、休憩がてら、おれといっしょにボス部屋で冒険者たちの攻略映像を観戦した。
なんだかもう、すっかりうちのお客様になっていた。
それぞれの画面でご活躍中の冒険者たちの、苦戦っぷりや散りっぷりにアラン氏は画面を指さしながら「なんだこれ!? なんだこれ!!」と爆笑していた。
たいへんイイご趣味でいらっしゃる。
あの面白い連中、実は、あんたの同業者だからな?
そんなご満悦のアラン氏に、せっかくだから聞いてみた。
「…こういう時って、冒険者たちはあんまり協力し合わないものなんですか?」
「あー……領主主催の定例の依頼だったりは、みんなで協力するけどなぁ。
監視者がいて、常連がいて、おおまかな段取りやら達成・中断条件やらも明確になっているからな」
だけど、それ以外の依頼や、うちみたいなダンジョンも含めた依頼外の冒険、そんな中で冒険者たちが共闘するのはまれなのだとか。
「力を合わせて戦ってもよー、結局、負けちまった場合なんかは、後で揉めるだろー?
あの時のおまえの動きが悪かった、おれは活躍した、みたいによ?
それで勝ったら勝ったで、今度は報酬の分配なんかで揉めるのよ。
同じチームの仲間ですらケンカになるのに、よその冒険者なら、なおさらだ。
だから、冒険者同士は原則、不干渉ってのが暗黙の了解みたいなものだな」
「なるほど。それは一理ありますね」
「助け合わないってわけじゃないぜ?
ただ、横から手を出す場合は、あとで手ぇ出したことを恨まれるのも覚悟の上で、声かけてから手助けするものだな?」
アラン氏が、画面の向こうで坂を滑り落ちる男たちを見ながら、フッと笑う。
「…つっても、だいたいの奴は手ぇ出しちまうんだけどよ、バカだから」
「それはそれで、なんというか……嫌いじゃないですよ、そういうのも?」
「だろ!? それが冒険者だ!」
結局、アラン氏は営業時間終了まで観戦して帰ることになった。
「…本当に、誰も……半分にもたどり着かねぇんだな……?」
「はい。これがうちに来る冒険者たちの、現状です」
「…カッコ悪ぃところ見せちまったな。
…なんなの? 『それが冒険者だ!』なんて言っちまったおれが、恥ずかしいじゃん……!」
「そこはもう、唯一の踏破者であるアランさんが『おれこそが冒険者だ!』って言えば良いのでは?」
「ヤメテ! それ、もっと恥ずかしい!」
その後もアラン氏はたまに、うちにやって来るようになった。
おれの中ではもう、彼は相談役の位置づけだった。
ボス部屋まで来ても、彼と再戦することはもう無かった。【いきなりボス部屋の日】も彼は来ない。
それ以外の【日替わりダンジョン】は、彼はボス部屋まで来れる日と来れない日があった。
彼が言った通り、どうやら得意、不得意の問題もあるらしい。
なお、彼から「穴が深ぇよ!!」という苦情を言われた。
どうやら穴に落ちてしまった上で、魔術か道具かで落下死だけは防げたようだが……落ちた分だけ、穴の底から非常階段をがんばって上って帰ったとのこと。
真っ暗な穴の底からトボトボと、延々と続く階段を上っていく。
そんな中で、付き添いのスライムたちが唯一の心の慰めだったという。
実は、穴から生還したのはアラン氏が初である。
その偉業を称えたら、微妙な顔をされてしまった。
あと、穴が深いことに関しては、穴に落ちないようにがんばって下さいと聞き流した。そこの苦情は受けつけない。
◆ ◆ ◆
さて。アラン氏から依頼のあった、ダンジョンでの落下死が三十回を超えた変態どもへの対処の件。
これについては、ダンジョン講習会という名の「反省が必要な連中を、反省させるための会」を開催することで解決を目指した。
ダンジョン講習会の会場はサウスティアの街、冒険者たちが泊まる宿、兼、酒場になっている場所。
酒場でやるけど当然、酒は出ない。
それどころか、眠気防止用の超にがいお茶を飲みながらの講習だ。
参加費用は銀貨十枚。蘇生費用の十回分。
この講習会に最後までまじめに参加した者は、落下死の回数が零にリセットされる。
つまり、三十回の大台にいよいよ近づいた愚か者どもが、悪夢回避のために銀貨十枚の罰金を支払う仕組みである。
そんな講習会の講師はスライムさん。
顔つきだけは歴戦の勇者な連中が、スライムが無言でめくる紙芝居を凝視するという異常な光景。
紙をめくる音だけが、昼間の酒場に響き渡る。
そんな透明でプルプルした講師が、紙芝居の重要なところをぺしぺし叩いた。
紙には「きけんをかんじたら、むりせず、にげる」と書いてある。
「「きけんをかんじたら、むりせず、にげる」」
冒険者たちが復唱し、講師がぷにっと縦にうなづき、再び紙を一枚めくる。
もう一度言おう、異常な光景だ──
──紙芝居はおれが文面と絵の内容を考えて、モルフェの手伝いのもとティアが書いた。
前回の「私の考えた新迷宮」の結果をふまえて、アテナとタコには手伝わせなかった。
案の定、世界の武器シリーズ(アテナ画)とか暗黒魔術の全て(タコ作)とか、無駄な資料を提出してきたので、それらはそのまま、おれの部屋の引き出しに死蔵しておいた。
ソニャンには表紙の一回だけ手伝うのを認めた。肉球一つペタンと押して、やつは満足そうに去って行った──
──講師がスライムなのは、ダンジョン側からの強い意思表示である。
問答無用、質問不可、いいから黙ってこの内容を一言一句その脳にたたき込め! というメッセージだ。
ふつうの人なら「スライム!?」と驚くだろうが、うちの「落とし物センター(命ふくむ)」の従業員はスライムで、ここにいるやつらはそこの常連。
いっそあのプニプニしたやつの姿に、安心感すら覚えるかもしれん。
そんなおれの冒険者たちをバカにした内容のダンジョン講習会。
冒険者たちには「ふざけんな!」くらいに思ってもらって、もう二度と死なない気概を見せてもらいたいのだが……
…残念ながら、そんな講習会が、冒険者たちに好評だった。
違う。
そうじゃない。
疑問を感じろ、怒れ、恥に思って、もっと反省するんだ、おまえらはっ!!
そして、さらに後日、町長さんの家で。
「アルジィ君につくってもらったダンジョン講習会の紙芝居。
あれね、冒険者組合のクロスティア支部から、言い値で買い取らせて欲しいって言われてるんだけど……どうだろう?」
……そうか。
あの紙芝居を買い取りたい、か……
「町長さん? この場合おれは、どうするのが正解なんでしょうか──
1.冒険者たちの教育に熱心な冒険者組合に感動する。
2.教育してあれなのか?
そのしわ寄せがこっち来てるぞ! と怒る。
3.よりにもよって紙芝居だぞ!?
おまえら何の疑問も感じないのか! と嘆く。
4.もはや万策尽きて、
紙芝居に望みを託す冒険者組合に同情する。
──…一体、どれが、正しい反応なんでしょう?」
「ぜんぶ正解で良いと思うよ?」
そっちの件はすべて町長さんに判断を丸投げすることにした。
これはこれで、あまりに問題が多すぎるので。
冒険者相手に銀貨十枚で勝手に講習会を開いている件、講師がスライムの件、作者が勇者の件、背後にいるおれの存在……どこをどう切り取っても問題にしかならないのに、さらに「おれが表立って冒険者組合と交渉」なんてできるわけがない。
町長さんにお任せして、もう、ぜんぶ忘れることにした。
…そして忘れた頃に、町長さんに「冒険者組合から続編の打診が来てるんだけど……」と言われて再び頭をかかえるのは、もうしばらく後の話である。




