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踏破者(前編)

 ついに、待ち望んでいたこの日が、やって来た。


「お………おい、見ろ……

 ついに、来たぞ……!!」


 モルフェは隠し部屋に避難させたから、おれの言葉にムニムニうなずくのはスライムたち。にぎやかしのために急いで招集した。


 魔女ばあさんに初踏破者として「記念に入り口の壁に名前を彫っていいですか?」とたずねたら「ふざけるな」と怒られて………あれからどれだけの月日が経っただろうか?


 長い、長かった。やっとだ。


 バカにしない程度で、バカでもクリアできる難易度をめざすという難題に挑み続けて、ついに──おれは、やった! やったぞ!!



 ──いや、やったのはおれではなく、目の前の彼だけど。

 そんなおれに、今度こそ初の『【日替わりダンジョン】踏破者』はドン引きした。


「…え……なに、なにこれ?

 おれ、まだ入って来たら、マズかった……?」


「いいえ! ぜんぜん!!

 ボス部屋まで到着、おめでとうございます!」


 スライムたちが花びらをまきつつ、にぎるとパフパフなるラッパを鳴らして皆で歓迎する。

 クラッカーやテープは、武器だと誤解されそうなので今回はやめておいた。


「なに!? さっきから何なの!!

 ちょっと一旦(いったん)、落ち着こうぜ!?」



 おれたちの熱量に冒険者が(おび)えてしてしまったので、一度、仕切り直しになった。




  ◆ ◆ ◆



 本日の【らせん坂の日】を登り切り、初の踏破者となった彼の名はアラン。

 基本的には単独(ソロ)で活動している上級冒険者で、斥候系の仕事を専門にしているそうである。


 魔物狩り(モンスターハンター)よりも宝物探し(トレジャーハンター)を本業にしたいのだけど、需要と供給の関係でなかなかそうもいかず、現在は副業で防衛施設の助言役(アドバイザー)なんかもやっている……という世知辛(せちがら)い世情まで教えてくれた、気さくな方だった。


 最近、(うわさ)のサウスティアのダンジョンに(いど)んでみようとやって来て、三日ほどかけてここ、ボス部屋に到着してくれたらしい。


「…けどな? ここってマジで日替わりなのな?

 初日でしっかり調査したつもりが、二日目の変わりようったらもう……マジで、ガッカリして……」


「あ、聞きたいです、聞きたいです。

 お茶とかお出ししましょうか?」


「…………もらって良い?」


 休憩用のテーブルと、お茶セットを載せたカートをスライムたちが運んできて、そのまま感想を聞く流れになった。


 アラン氏は二日目はすぐにあきらめて帰宅。他の冒険者たちから情報収集。

 それらをふまえて一日で一気に攻略するか、【日替わりダンジョン】が一巡するのを待ってじっくり攻めるかで悩んだ末、三日目の今日に勝負をかけて、どうにか成功したとのこと。


「初の踏破者です。おめでとうございます! 安心しました!」

「あ、ありがとう………あんしん?」


 厳密には二人目……いや、実はアテナとティアもやったっぽいから……何人目だ?

 とにかく、正式な冒険者としては初である。


「がんばって難易度調整したつもりだったんですが………あなた以外、まだ誰もここまで来れないんです」

「ああ、それね」


 そんなに難しいダンジョンなのか? というおれの疑問にアラン氏は「人による」という、わりとふつうな回答をくれた。

 現にアラン氏も、昨日と一昨日は途中で「あきらめた」わけで、得意、不得意はあるだろう、と。


「今回は、滑り落ちなければ良いだけだったから他よりも簡単に感じた……

 …と思ってたらさぁ、なに、あの後半戦!」


 ああ、後半。後半……ってなんだっけ?

 あまりに誰もやって来ないので、自分で何を設定したのか思い出すのも大変だった……


「えっと、後半は、たしか……

 …坂から流れるぬめぬめ粘液のことですか?

 それとも魔法減衰術式ですか?

 あとは、波打つ形のでこぼこ勾配(おうばい)と……滑り降りてくるお邪魔スライム?」


「全部だよ!!

 見てよ、これ!? まだヌメヌメが落ちない!」


「…スライムさん、何か()くものを貸してさしあげて?」


 アラン氏が前半戦で「滑り止め」として使っていた座標固定魔術が、後半は使えなくなってかなり苦戦したそうだ。

 波打つ床は、足場としては有利かと思いきや、一定のリズムで登れないのがひどい難易度だと好評(?)だった。

 あと、スライムがムカついたそうだ。


 おおむね、こちらの(ねら)い通りである。

 …なんていま言ったら、怒られそうだ。


「…それは大変でしたね」


「本当だよ!?

 …あー、ついでに聞きたいんだがよ、じゃあ坂の下の落とし穴の方も、やっぱり無効化術式とか、かかっちゃってるわけ?」


「今はありますね。移動系魔術を制限できる仕組みにしました。

 穴も垂直じゃなくて円錐(えんすい)構造にしているので、(かぎ)づめやピッケルで壁に取りつくとかも、やり(づら)いかと」


「徹底してるなぁ、おい」


「それでもがんばって一番下まで無事に到着できた場合は、蘇生ではなく、非常口から入り口まで()()()帰れます。

 ただし、かなりの距離は覚悟してもらいますけど」


 蘇生費用の銀貨一枚の支払いも不要だ。

 かなりの長さの階段を自分の足で、従業員(スライム)(はげ)まされながら、延々と登り続けるはめになるけれど。


 わざわざスライムが付き添うのは応援というよりも、入り口に戻る頃にはもう夜になっているだろうから……場合によっては街まで送り届ける案内役として、という配慮(はいりょ)である。


「なにそれ、こわい」


「一応、落ちたら負けですからね。

 ほんとうは穴の下で刺し貫くとか燃やすとか、(おぼ)れさせるとか溶かすとかも考えたんですけど……

 …ある意味、一番心にくるのは『落ちた分だけ自力で登る』かな、と思って」


「さすが、殺意がハンパねぇ」


 その流れでおれも質問を返してみた。

 ずっと前からの疑問、そこに穴があると分かっているのに「どうして命綱とか使わないのか?」。


 その答えは、以前モルフェが答えた予想でほぼ正解だった。


 建築関係者とか高所作業者とかは仕事でちゃんと命綱とかを用意する場合もある。

 だが、冒険者の場合はだいたいが高所と「敵が」セットでやって来てしまう。


 ロープなんて体につけていると、逃げられないどころか、むしろ魔物に切られたり奪われたりしてかえって危ない。

 だから命綱なんてつけないらしい。


 もっと言えば、自信が無いなら高所は避けるべきで、そういう依頼は高所で戦える技法を身に着けてから受ける話である。

 そして上位の冒険者たちなら魔術師や、魔術を刻んだ道具を使って落下に対処するらしい。


 …それも結局、動きを制限する術になるので、多用はできないらしいのだが。



 色々と話を聞いていると、アラン氏がふと思い出したように苦い顔をした。


「…あっ。

 そう言えば、あいつらと一つ、約束しちまったことがあった……」


「約束?」


「ああ。万が一、おれがボス部屋までたどり着くことがあったら、ダンジョンマスターに直談判(じかだんぱん)してくれって頼まれちまったことがあってな?

 まぁ、あれだ、酒の席で出てきた戯言(たわごと)だと思ってよ、一つ、聞き流しちゃくれねぇか?」


「はい、なんでしょうか?」


 するとアラン氏が、戯言(たわごと)にしては真剣な顔つきでおれにたずねた。


「……あの、な?

 ここで死んだら見ることになる、『悪夢』があるだろ?」


「あ、はい。

 三回に一度は、悪夢ですね」


「三回に一度と、()()()()()()に見る悪夢、だろ?」


 言われてみればそうだった。

 落下死ばかりでトラウマにならないようにと、死んだ冒険者にモルフェが夢をみせて(いや)そうとしたのだけれど……


 …ぜんぜん冒険者たちが()りないので、むしろ「何度も死ぬな、いい加減にしろ」という警告をこめて悪夢を見せることにしていた。


「そうでしたね。それが……なにか?」


「あれ、どうにかしてもらえねぇか?

 って頼んで欲しい、って話で、な……」


 どうにかして欲しいのはこっちだ。

 モルフェの「ポリシーに反する」のを曲げて、無理に悪夢をみせているくらいで……


「ん? どうにかして欲しいって?

 …十()回目でびっくりさせちゃいましたか?」


 なんだか嫌な予感がしながら、モルフェに何を厳命したのか思い出す──


   ──三十回目に突入したド阿呆共(あほうども)には容赦(ようしゃ)なく、

   そこでしっかり(とど)めを刺せ──



「──…ちがう。

 ()()()()から、度肝(どぎも)をぬかれちまった奴が、大勢いるんだ」



 ……はぁ!!?

 三十回目!? ウソ、だろう……!?


 おれが思わず後ろを振り向いてしまったら、スライムたちが一斉にムニっと(たて)に曲がった。

 …って、マジか!? ほんとうに三十回、死んだやついるのかよ!?

 しかも、大勢!?


 おいおい、モルフェもなんで今までずっと黙って……って、言ったところで仕方が無いのか……?

 すでに十回以上は悪夢を見てきて効果の薄い連中に、さらなる悪夢をみせる? もともと不本意だったものを、さらに悪化させるのか?


 …そう考えると、むしろモルフェの方が困っていたんじゃないのか……?

 おれの配慮が足りて無かった……


 …はぁ……でも三十回は、さすがに……


「…あれっ! でも、ちょっと待って下さい!?

 それって、ボス部屋の日と定休日を除いてもそうなら……

 …ほぼ毎日きて、毎回死んでる計算になりません!?」


「…あー……やっぱり、そうだったんだな……」


 やっぱり!? 予想通りってことか!?

 どういうこと!?


「…なんてこった……毎回……いや、まぁ、状況は分かりました、けど……

 ……でも、どうにかしろって……どうして欲しいので?」


 おれからは……がんばれ、としか?


「だよなぁ!? おれにも分かんねぇ!」

「オイッ!?」


「ああ、ゴメン、ゴメン! 悪かった!

 ただ、分からねぇ気持ちならおれも分かるってことだ!」


 でしょう!? あなたがおれの立場なら、そう思うでしょう!?


「…毎回きて、蘇生費用の銀貨払って、お金とか大丈夫なんですか?」


「そっちの心配なの?

 まぁ、それなら大丈夫だぜ! 酒代の方がやつらの財布によほど深刻だからな!」


「それはそれで、大丈夫なのか?

 …まぁ、幸せならそうなら、それで……それはともかく。

 毎回死んで、『冒険者として』も問題があるのでは?」


「そっちも心配しちゃう?

 それは、まぁ、自己責任だからなぁ……

 …そういう意味では、やつらに頼まれて冒険者たちの意見を代弁したが、おれの個人的な意見としては『いいぞ、もっとやれ』だ」


「もっとやれ?」


 上級冒険者のアラン氏としては、後輩たちに思うところがあるらしい。


「やつらの酒代もいっそ(すべ)てむしり取って、ここでどうにか、少しでも更生させてやって欲しい!」


「更生……」


 ここはそういう施設では無いのだが?

 それをふまえて「どうにかしろ」って? …難易度が高ぇよ!


「そういう経緯なら、悪夢を見せるのをやめたとしても、むしろ逆効果か……?

 じゃあ、蘇生費用を値上げ? ここってもう初心者向けのダンジョンなんだろ? 初心者に、値上げ?

 一部の筋金入りの変態どものせいで初心者たちがひどい目にあうという構図に、なりかねないぞ……」


「………」



 ………。



「…持ち帰って、検討させてください」

「お、おう(検討してくれちゃうのかよ……)」


 なんだか余計な宿題が増えてしまった。



「………この流れで、さらにおねだりするのも悪いが」


「え、なんです、まだ何か?」



 アラン氏は申し訳なさそうにおれに頼んだ。


「やっぱりおれと、戦ってみちゃくれないか?」




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