ティアちゃんのドキドキ勇者タイム(後編)
(即興の怪談(?)が始まったせいで、少し長めです。)
その後、ティアには次の課題を与えることにした。
あの放送事故のせいで、彼女に実績と充足感を与えることに失敗して、おれは焦っていた。
そこで与えた次の課題は、「わたしの考える初心者向けダンジョン」を紙に書いてみよう! である。
…課題なんて言ってみたものの、実はこれ、本当に解決して欲しい問題でもある。
うちのダンジョンはずっと迷走し続けているのだ。
当初の事情はさておいて、今もなお【日替わりダンジョン】と【いきなりボス部屋】の二形態が混在し続けているのが、やっぱりおかしい。
ダンジョンを本気で攻略したいのならば、相反する二つのダンジョンのうち、どちらか片方だけに注力すれば良いはずだった。
もっと言えば、【いきなりボス部屋】なんて舐めた日に全身全霊をぶつけるつもりで、十分な準備の上で挑んでくればいいだけのはずだった。
だが、フタを開けてみれば、いまだに【日替わり】も【ボス部屋】も、常連共は毎日欠かさずやってくるのだ。
……なぜだ? 毎日出席ってなんだ? 義務教育か?
常連ってなんだ? 楽しいのか? ダンジョンが?
なぜ【日替わり】と【ボス部屋】の両方に来る? 選べよ一方を、あるいは懲りろ。
…だめだ、消費者の需要がさっぱり理解できねぇ……
「…だから、藁にもすがる思いでティアにもご意見を出して頂きたい」
「わ、わかりました!」
「そしておまえらは、帰れ」
「そんなひどいこと言わないで欲しいニャ」
「私たちも微力ながらお手伝いしますよ?」
「………」
そんなティアに出したはずの課題について、頼んでも無いのに参戦してきた一派がいた。
最近、我が家に現れた新興勢力『フリーダム派』。
構成員はネコ、タコ、当主の三名である。
いつも食事で利用している広間で、テーブルの上に紙をおいてお絵かきに勤しんでいるように見える女の子とケモノたち。
だが、その実態は新しいダンジョンについての設計であるから、ちっともほのぼのしていない。
そんな中で、参加したくせにやる気のないネコ。
一体どこのタコにもらったのか知らない墨を手につけて、紙にペタンと肉球を押している。
「ニャッ」
紙の真ん中ですらない。雑すぎる。
…そんな紙を、「やりましたニャ」とでも言いたげにおれに提出して来やがった。
「………」
「………」
「……なるほど。お疲れ様です」
「…ふつうに怒ってくれたほうが、まだ安心するニャ……」
いいや。これがおまえの本気なのだろう?
だからおれも、おれなりに本気で解釈して、答えてやろう。
「…つまり、こういうことなのだろう?
──冒険者たちは、ダンジョンの床にひとつの肉球らしき足跡を見つけた。
それは、愛らしいネコの子の足跡のように見えたが、その周囲にはネコどころか生き物の一匹すらも見当たらない。
先を急ぐ冒険者たちは、首をかしげつつもその足跡を放置して去って行った。
しばらく進んだ場所で、ふと彼ら冒険者たちのうちの一人が後ろを振り向く。
するとそこには『二つの』ネコの足跡があった。
スッと背中が冷える感触に、あわてて周囲を見渡すも、やはり生き物の姿はない。
ならばなおさら危険と感じて、冒険者たちは先を急ぐ。
彼らは再び振り向いた。振り向いてしまった。
後ろに増えた四つの足跡。もちろん周囲に気配などない。
彼らは走る、もう振り向いてはいけない。
その恐怖と生存本能のままに、得体の知れぬ何かを振り切るつもりで彼らは走った。
それでも振り返らずにはいられなかった。
振り返るたびに増える足跡。
八、十六、三十二、六十四、百二十八………走っても、走っても、振り返るたびにそれらは増える!
それでも彼らは走り続けて、ついに出口が見えてきた!
だが、やはり。
彼らはまた、振り返ってしまった。
振り返った数、その数、合計十六回目。
彼らを取り囲むように現れたのは───六万五千五百三十六のネコの足跡。
隙間なく現れたそれは、彼らの悲鳴すらをも呑み込んで……
………その後、彼らを。
冒険者たちの姿を見た者は、誰も──」
「──違うニャ!!
我が輩の愛らしい肉球にそんな呪いはこもって無いニャ!!
アルジさんの頭の中は一体どうなってるニャ!?」
そうか。
残念ながら、ソニャンから合格はもらえなかった。
「そうか、これじゃなかったか………
…じゃぁ、こんなのはどうだ?
そのダンジョンの行き止まりに叩きつけられるように残っていた赤い肉球の跡は──」
「──やめるニャ!!
その即席怪談はよすニャ! 我が輩が悪かったニャ!!
……ほんとに怖ぇニャ、もう一人で夜中にトイレに行けないニャ……」
「そうか? 心配せずとも、その足跡は一つ残らず、おまえのだぞ?」
「我が輩に押し付けないで欲しいニャ!?」
シャッと走ったソニャンの向かう先は、生温かい笑みでこちらのやりとりを見守っていたモルフェ。
さすがクソネコ、我が家でもっとも安全な場所を早くも覚えやがった。
「助けてニャ! アルジさんがいじめるニャ!」
「あんまりソニャンちゃんをいじめたらだめだよ、アルジィ?」
…おかしいな。
おれは、まるでやる気のない課題提出に対して、真摯に丁寧に向き合ってやっただけなのだが……解せぬ。
そして次におれに課題の紙を提出してきたのは、フリーダム派当主のアテナだった。
「………」
「…うん、今度は一体どんな新淫語を開発して……うおっ!? なんだこの迷路!!」
いつもの掛け軸が出て来るのかと思ったら、ちゃんとした(?)迷路だった。
しかもそれは、とてもフリーハンドで描いたとは思えないような、精緻で見事で複雑そうな迷路だった。
「うおぉぉ……なんだこれ……見ていて目がチカチカする……!
……ここが入り口で、こっちが出口で?
…ダメだ、脳が拒絶する。
とてもじゃないけど、クリアする気がわいて来ねぇ……」
「初心者むけ」
「初心者向け!? …ちょっと君、初心者に多くを求めすぎなんじゃないですかね?」
するとアテナは珍しく、ちゃんと言葉で解説をつけた。
「ここに、初心者むけの魔物がいる」
迷路の真ん中に、牛さんの顔が描れている。かわいい。
「…ああ、この真ん中の円になってる広間ね?
知ってる。
あれだろ? 顔だけ牛のマッチョマンが待ってるんだろ?
それ、初心者向けじゃないからな? 英雄向けの化け物だからな?」
しかもこの円形広間、迷路を四分割するような十字路の中心として繋がっている。
迷路攻略途中に必ずミノタウロス広間(あるいは牛頭馬頭ランド?)を経由する設計になっていた。
入り口一つに行く先三つ。
ミノタウロスから逃げながら進むにしてもハズレ二つを引いた場合は、むしろミノタウロスに行き止まりへと追い詰められる構図になってしまっている。
武勇と幸運にめぐまれた英雄以外は、おおむね死ぬ。
進めないというよりも、出られないの方に重点がおかれている迷路である。
「うん。非常によくできている。不採用だ」
「!?」
「なぜ、そこで目を見開いている?
ミノスの大迷宮をうちに加えろと?
一体、うちの日替わりダンジョンをどうしたいんだ、おまえは?」
なんだよもー、のびのびと高難易度のやつ作るなよー、もー。
うちに来る冒険者たちは、坂道と穴を用意しただけで全滅するんだぞー? もー。
だからこれ以上「難しいダンジョン」なんて求めてねーんだよー、もー。
そして次はタコである。
「こんな感じでいかがでしょうか?」
「だから、なんでおまえらが大活躍なんだよもー、これはティアへの課題なんだぞ、もー」
暗黒タコが提出してきた紙は、アテナと似た感じの迷路だった。
迷路の複雑さはアテナよりも簡単そう…………いや、違うな、これ!?
「…おい、この何かの模様みたいな無駄に美しい迷路は一体なんだ?」
「回廊魔方陣です。
この入り口に入ってすぐの場所で、まず冒険者たちを四組に分断します。
そして、彼らに回廊を歩かせることで、彼らの命で術式を編ませます」
「なに恐ろしいこと言ってるの? 君?」
「終点は中央祭壇。
この四つの階段は彼らの足並みをそろえるために、段数と勾配で速度を微調整する仕組みです。
そして同時に到着した彼らは、彼らの命をもって扉を開くのです!」
「どこへの扉だよ!?」
まさかボス部屋じゃねーよな? おれ、そんな風に登場したくねぇぞ?
「それは………開いてからのお楽しみ、ということで」
「我が家で、異界への扉を、開くな」
なぜ開く? 開いてどうする?
うちのダンジョンで邪神召喚でもさせる気か?
おれがいつ「邪神を召喚したいなぁ」なんて言った?
頼んで無ぇんだよ、これ以上の不慮の新戦力の追加なんて!
「…おれが召喚して欲しいのは………安らぎだよ」
「それは………専門外です、すみません」
「あ、あの……」
ものすごく申し訳なさそうに、おれに紙を提出したティア。
その後ろには助言してあげたのであろうモルフェがニコニコしている。
「…すごくなくて、ごめんなさい……」
紙に大きくかかれたものは、いかにも手書きの「ほほえましい迷路」だった。
「……そう! これ! これだよ!!」
「ひゃっ」
「おれは、こういうのを待っていたんだ! 正解だ! やっと正解者があらわれた!
このまま『子供向けのなぞなぞにマジ回答して出題者を袋叩きにする教授たち』みたいな構図が続くのかと思ってヒヤヒヤしていたら……
…おめでとう! そしてありがとう、ティア! 君がいてくれて本当に良かった!!」
そう、これがまさしく初心者向けのダンジョンだ。
上からみた瞬間に、スタートからゴールまでの経路がわかってしまうくらいで、ちょうど良いんだ!
「見ろ、おまえたち。これだ。これが正解だ。
英雄向けとか、邪神召喚とか、怪談とか、おれは求めてねーんだよ」
「………」
「ふむ、奥が深いですね」
「怪談を考えたのは我が輩じゃねーニャ」
そんな一人と二匹は「ふつうの正解」が物足りなかったのか、魔物の追加とか、魔方陣の追加とか、休憩所の追加とか改善案をねじ込んでこようとしてきたので、すべて却下した。
そしておれは、唯一無二の正解を【ティアちゃんのどきどきダンジョンの日】としてすぐに採用しようとして、モルフェに却下された。
「あのね、アルジィ?
これ採用しちゃって、うまくいっても、いかなくても、ティアちゃんが困っちゃうでしょ?」
「そこは……その迷路の難易度でも冒険者を足止めできるように、迷路の『広さ』を大都市並みにして、バランスをとろうかと……」
「そうやって難易度あげたら、結局、アテナちゃんたちの案と一緒だよね?
きっとアルジィ、ただ冒険者が楽しいだけのダンジョンでは終わらせないでしょ?
ティアちゃんに見せたいの? ティアちゃんが作った迷路で、冒険者さんたちがひどい目にあう姿を?」
「見せたくありません、すみません」
「「………」」
モルフェの言葉に、冒険者たちをもっとひどい目に合わせる予定だった一人と一匹も、無言でスッと目をそらした。
…だが、そっちで「ほら、我が輩のが正解だったニャ!」と抗議するクソネコ。
おまえのはただの肉球スタンプだろ、そっちはそっちで反省しろ!
その後、初回から物議をかもしだした昼休みの放送については、そのまま続けることになった。
ティアがそれを強く望んだからだ。
「もう一度、やらせてください!」
「えっと……それはぜんぜん構わないけど、無理してない?」
「大丈夫です!」
もしかして……おれが追い詰めてしまったのか? と思って我が家の最後の良心のほうをチラッと見れば、ニコニコ笑っているだけだ。
前とは違って、本人の純粋な意思か興味で言っているのなら……ティアが満足するまでやってもらうことにした。
「…だが暗黒タコ、貴様は別だ。
次に冒険者たちの前でティアに恥をかかせてみろ?
今度は干物では済まさんぞ……一本ずつではない、毎日少しずつ、刻んでやる」
「もちろんです。全力でサポートしますので、大船に乗ったつもりでいて下さい」
「おまえのその自信は、一体どこから来るんだ?」
「もちろん、この愛らしい体の中からです」
「アルジィも、ちょっと過保護じゃないのかな?」
結局、放送はすぐに再開した。
そしてついに、うちのダンジョンに「昼休み」が定着するようになった。
一生懸命なティアといたずら暗黒タコの組み合わせは、なぜか冒険者たちには好評だ。
なにげにモルフェの演奏も、聴取者の心をつかんでいる。
そんな【ティアちゃんのドキドキ勇者タイム】が、ダンジョン以外でも放送されるようになるのは、もう少し先の話である。




