ティアちゃんのドキドキ勇者タイム(前編)
◆ ◆ ◆
サウスティアのダンジョン。
冒険者たちが誰ともなく一息つき始める昼のひととき。
魔物が出現しないダンジョンだからこそ……まれに出現するスライムさえも、「昼休み」と営業終了時間には引っ込んでいくと分かっているからこそ、こんなダンジョンのど真ん中でくつろぐなんて異常な光景がそこにあった。
そんな自然発生した昼休みに、なにやら楽器の音色のようなものが流れてきた。
「…っ!? なんだ! 新しい罠か!?」
「落ち着け、落ち着け。
ここのダンジョンの罠は、ほぼ落とし穴だけだ。
万が一ほんとうに新しい罠だった場合はもう、あきらめろ」
何度もこのダンジョンに通っているベテラン達は慣れたものだ。
ここではもう【日替わり】で驚き続けてきたのだから、いまさら昼に不思議な演奏が流れてきたところで………実はすごく驚いていることを隠し通せてこその、ベテランでもある。
「…なんだこの音? 弦楽器か?」
「…めちゃくちゃうまい演奏じゃね?」
冒険者の一人が、ふと思いつく。
「なぁ? これってあれだろ? 音声放送ってやつだろ?
帝都の喫茶店で流れてる、とかの?」
なんだそれ? と聞き返す冒険者たちに、別の冒険者が答える。
「いや、出資者さえいれば小都市でも流れてるぞ?
クロスティアでもやってるの聞いたことあるぜ」
「出資者って……」
その言葉に一部の冒険者たちが、複雑な心境で互いの顔を見合わせた。
「「……(…つまり、おれたちのことか…?)」」
彼らが「蘇生費用で」出資しているのである。
サウスティアのダンジョンは初心者にやさしい。魔氷の収益で暮らしていける。
だが中、上級者には厳しい。魔氷だけでは彼らの武具の維持整備費用と相殺されてしまうのである。
もちろん、初心者たちに混じって浅い場所だけで魔氷採取に勤しめば黒字にはできるのだが……そこまでやるなら普通に冒険者組合で依頼をこなした方が良い。
それでもサウスティアに通い続けてしまうのは、敗北続きの日替わりダンジョンに対する口惜しさと意地。
……それと、どうかしている強さのあのダンジョンマスターから「鍛え直してもらうため」であった。
それはさておき。
なんだか楽し気な演奏がそっと引いて行く。
そこに続けて、聞こえてきた女の子の声は──
──みなさーん、こーんにーちはー♪
ティアちゃんのドキドキ勇者タイム、
はっじまっるよー♪
…ちょ、ちょっと、このセリフ、
恥ずかしいです……───
「「──!?」」
なんか始まった!?
冒険者達が互いに顔を見合わせる。
「おい、この女の子って、まさか……」
「自分で言ったぞ、勇者ティアって!?」
「クロスティアの英雄だぞ!? ありえねぇ!」
「勇者を騙る方がありないわよ! 本物でしょ、これ!?」
えっと、この放送は、
いつもがんばる冒険者のみなさんに、
ステキなお昼のひと時を楽しんでもらえるように、
わたしががんばって……完全台本? で、お届けします!
「…なんだ? 完全台本って?」
「一言一句、台本通りにしゃべってます、って意味だ」
「…せつねぇよ、ティアちゃん……」
「…私は好きだけど? 完全台本。安心感があって」
それではさっそくですが……あっ、
ちょっと!? タコさん! あっ、あっ!
それ、だめっ! あっ!?
「「!?!?」」
あっ、やっ!
タコさん、それさわっちゃ! あっ!
やっ! だめ、そこはだめ!
タコさぁん! タコさ──
──オイィッ!! くそタコぉお!!
放送事故だろうがぁあッ!!!
──ガー、ザー────………
「「………」」
──…ポロン♪ ポン♪ ポロン♪
(以降、弦楽器の演奏)♪ ───
……………。
「……タコさん」
「……完全台本?」
「…最後のダンジョンマスターだよな!?
お、おれのティアちゃんに、一体なにが……!?」
「あんたのティアちゃんじゃないわよ?」
そして冒険者達は、とても気まずそうに互いの顔を見合わせたのだった……
◆ ◆ ◆
「辞世の句があるなら、早く詠め」
磔にした暗黒タコを急かすおれ。
「お待ちを」
「なんだ、そんなので良いのか?
あと13文字までなら墓石に刻んでやれるが?」
「文字数制限!? 少ないですね?!
そうではなく!? 説明する機会を!」
辞世の句なんだから、五七五か、さらに七七で十分だろ?
欲張りなやつめ。
──お待ちをと スルメゆらめく 秋の浜
──おれが詠んでどうする、タコにゆずれ。
ともかく、さっきのあれは「暗黒タコがティアの台本を隠すという、かわいらしい悪戯」だったそうだが、ちっともかわいく無いし、そういう問題では無いのである。
とりあえずモルフェ(多芸)にステキな演奏を弾いてもらって誤魔化しつつ、いまいち状況を理解していないティアもその隣に置いてきた
タコは連行。鷲づかみで。
だから今は、このタコを庇うであろう心優しい弁護士たち(モルフェ、ティア)は不在である。
「さて。タコの足は八本。
一日一本として、七日後には最初の一本は復活するのか?
…ああ、そうか。
だから人は手足でニ十本で……二十日ってことなのか?」
「人の指は二十日では再生しませんよ?
あと、そろそろ言い訳をさせて頂けませんか」
あのダンジョン内放送は、今後のティアのために始めたものだった。
ティアに仕事を与えつつ、冒険者たちにはお昼休みの憩いの時間を提供しつつ、さらに済し崩し的にティアの存在をこのサウスティア周辺に浸透させてしまおうという作戦だったのだが……初日から大失敗してしまった。
この暗黒タコのせいで。
磔にして良い感じの酒のおつまみへと進化中のタコが、まだ発言を許可してないのに勝手に言い訳を始めやがった。
「手っ取り早く聴取者を獲得するために、もっとも有効であろう人気商品を投入してみました」
「…ああ。
たしかにエロは万国共通のキラーコンテンツだろうよ? そこは認める。
だが、初回から最終兵器を投入してどうする?
無垢なティアに、上級者向けなタコプレイを? 音声のみで冒険者にお届け?
開始と同時に末期じゃねーかよ、この放送は」
「そうですか? うまく行けば冒険者の皆様がいれぐいですよ?」
「むしろ迷惑だ、それは」
おれを殺しに来ている冒険者たちの数をこれ以上増やしてどうする?
それでなくても既に入れ食い状態で、町長さんと「そろそろ収益の折半はやめない、アルジィ君?」「いえいえ、そう言わずにお納めください」と銀貨(蘇生費用)を押し付け合っている状態なんだ。
「それに、だ。そんな『いかがわしい放送で精神攻撃』という倫理なき罠を発明してみせた主犯は、一体、誰になると思っている?」
「…私ですよね?」
「違う! おれだよ!!
完全台本宣言のあとに、あどけない勇者にあられもない声を出させたダンジョンマスターは、おれになるだろ!?
おれもめでたく代表取締役主犯、変態ダンジョンマスターに就任だよ! ありがとう!!」
「…大変申し訳ございません」
「おれの方はともかく、これがティアの黒歴史にでもなったらどうする?
ティアが将来、耐え難い過去に身悶えする日が来てしまったら、おまえ、責任もってその八つ足をすべてタコ焼きにしてティアに恭しく奉納しろよ?」
「黒歴史だなんて、そんなに大袈裟なものでしょうか?」
「おまえなぁ……」
ソリューのやつにティアの過去は少し聞いた。
ティアは育った里では奴隷あつかいだった。
魔族と人族の混血児というのが迫害の「最初の原因」だったらしい。
そして巫女という名の生贄として、土地の精霊であるソリューに差し出されたのだが……なんだかんだあって、ソリューも他の精霊たちも根こそぎティアのものになった。
…そんな苦労人の彼女には申し訳ないが、それでもおれは、彼女の身の上にどこぞのクソガキの生い立ちを重ねてしまっている。
「…きっとティアは、失敗を許す者がいない環境で育った。
もちろん、おれたちは彼女を迫害する気なんてないが、まだ彼女は『もうあとが無い、失敗は許されない』と思い続けているかもしれない。
彼女と遊んでやってくれるのはうれしいけれど、もうしばらくは、もっと色々と気をつかってやってくれ」
「あなた、ものすごく心配性なんですね?」
そういう意味では、ティアの隣に自由人を貼り付けといたのは結果的に正解だった。
もうしばらくは、アテナに感化されながらティアに「ちゃんと不真面目に」育って欲しい。
「とにかく、なんでも良いから、まずはティアに成功体験をさせたかった」
「ほほう?」
これは結構、重要らしいが、いざやるとなると難しい。
「いいか? 某国では会社の仲間が集まってやたらとホームパーティーを開くという。
あれは一説では、初対面のやつらが協力して食事をつくったり楽しんだりして『一つのプロジェクトを成功させた体験』を共有するためにやるらしい。
それだけ何かを成功させる機会は少なくて、貴重で大事なものなんだよ」
「なるほど?」
おれは絶対にそんな陽キャパーティなんて行きたくないが、その試み自体はすばらしいと思う。
「その一方で、人の失敗が大好物な者たち。
魔物どもがおまえの失敗を、炎上を、飢えながら待ち続けている。
夢破れた者たちが、おまえもこちらだ、さらに下だと、おまえを引きずり込もうと狙い続けている。
成功は貴重で儚い……多くの者たちの手に、それは届かないんだ……」
「………」
「…だからこそ、成功が『存在する』ことをまずはティアに、知らしめてやる必要があるんだよ」
ぶっちゃけ、政治的に重すぎる問題である勇者を、同じく問題を抱えたダンジョンマスターであるおれが、一体どうすりゃ良いんだよと思っている。
だからやけくそで、ティアちゃん放送局を始めてしまった。
どうせ隠しようが無いのだから、いっそ前面に押し出してやろうと、先手を打った。
…おれの懸命な説明に暗黒タコも納得したのか、静かに深く、うなづいた。
「わかりました。
もっとも危ういのは、あなたです」
ん?
「ですがご安心を! わたしはあなたの味方です!
私なら、あなたの数少ない友になれそうですよ!」
「なんで、そんな結論!?」
ティアの心配をしてもらうつもりが、なぜかおれが暗黒タコに心配されてしまって………おれの数少ない友枠の貴重な一席に人外が着席してしまったのだった。
…えっ、なんで?
一方、あの放送の後。
冒険者たちの方はさんざんだった。
ティアの喘ぎ声を聞いた彼らの半数は自主的に、戦略的撤退。
撤退しなかった残り半数は、わりとあっという間に次々に穴へと転落。
午後からの参加組が現れるまで、ダンジョンは静かになった。
暗黒タコは一夜干しにして反省をうながした。
「あれっ!? やっぱりこのままなんですか!?」
「ちゃんと墓石には『お待ちを』と彫ってやるから安心しろ」




