我が家の果て
慰霊碑、のようなものだろうか?
ティアに「みんなの場所が欲しい」と言われて、それならばと、このダンジョンで最も安全な場所を提供することにした。
少し広めの明るい空間。
地面に広がる美しいお花畑と、その中央にある祭壇、そこに浮かんだ手の平サイズよりやや大きめのダンジョンコア。
そんな「ダンジョンコアの間」の、入り口側の片隅に間借りするようにちょこんと置かれた、大き目の石。
その石に、まるで寒くないように上着を着せてあげるように、これまでずっとティアが身につけていた赤黒い外套をまきつけた。
おれとモルフェとアテナの三人──とアテナが抱えたスライム一匹は、その様子を離れた位置から見守っていた。
あと一匹の暗黒タコは、古参の四匹に気をきかせたのか、今回は上で留守番しているそうだ。
大き目の石の前に膝をついて、しばらくじっとしているティア。
そんなティアの後ろ姿に、四匹の精霊たちが何を話しかけているのかは聞こえない。
ただ、振り返ったティアは、四匹の精霊たちを抱き寄せるようにして……くすぐったそうに笑っている。
その姿におれは、ようやく安堵した。
初めて見る、ほんとうのティアの、その笑顔。
みんなの場所。
かつてティアを守り、散って逝ったという精霊たちの、安住の地。
彼女の長い旅路はここで、ついに……ひと区切り、ついて……再び、歩き出せるようになったんだ……
…こんど、ティアの服も買いに行かなくちゃなー。
……サウスティアの街にティアを連れ歩いても、もう大丈夫だろうか?
街の人にいきなり囲まれて、胴上げとかされたりしないだろうか……?
おれの腕を引くように抱き着いたのはモルフェだった。
「こっちだよ、アルジィ」
「んっ!? え、何が!?」
モルフェの声が、おれの耳をくすぐった。
「あのティアちゃんたちの姿が、アルジィの言ってた『わがやの果て』だよ」
◆ ◆ ◆
いつの間にかティアの周りに増えている、羽のはえた小人たち──妖精。
お花畑とティアとフェアリー。
四匹のちいさなケモノたちも含めて、とても幻想的でよろしい光景なのだろう、が……
「…おれはフェアリーなんて、ダンジョンコアで作った記憶は無いのだが?
モルフェかアテナ、どっちかが作った?」
「違うよアルジィ、あれは自然発生したほうのフェアリーだよ?」
「…サウスティアではフェアリーが自然発生しちゃうのか……春先とか、駆除が大変だな?」
「駆除しないよ!? 害虫とかじゃないから!」
モルフェ先生によるこの世界での小妖精まめ知識。
ああいう感じのフェアリーは、魔物というよりも自然現象の延長みたいな感じでふわっと発生するらしい。
朝露、木漏れ日、そよ風、フェアリー、みたいな感じで。
そんなフェアリーも、年月を経て存在が安定して、知恵や言語を獲得していく。
どんなフェアリーが「育つ」のかは、その土地次第。
たいていの場合は無害で済むが、悪しき土地で育つフェアリーは悪しきものに、いわゆる「魔物」となり人を含む他の生物たちを襲うようになってしまうのだとか。
それがさらに大きくなったのが「大妖精」で、国を救ったり滅ぼしたりして、伝承に残ったりするらしい……
「…やっぱり害虫じゃねーかよ」
「それは例外というか、フェアリーって、あまり人前に姿を見せないものだから」
「…びっくりなことに、まさに今、しかも我が家で、ばっちり遭遇しているのだが?」
「…なんでだろうね?」
ティアがフェアリーに好かれやすい体質、というのはあるらしい。
そういう才能がティアにはあるらしく、精霊たちを体内に憑依させたりできてしまうのもそれ関係の才能だとか。
あのティアのペットの四匹の精霊たちも、ある意味ではフェアリーの上位種みたいなものらしい。
ただし、ティアがフェアリーや精霊に好かれることと、どこかからフェアリーが侵入してきていることはまた別の問題である。
「うちのセキュリティはそんなに甘いのか?
それとも、虫一匹の侵入も許さない、なんてのは非現実的なのか?
…あそこにふわふわ浮いてる『コア本体』に聞きたいけれど、いまは端末の手持ちが無い……」
「…アルジィ、アテナちゃんが」
モルフェに言われて振り向けば、アテナ……の手に抱えられたスライムがふるふると横にふるえていた。
「…そうか、おまえがいたか。
それは否定のフルフルか? うちの警備は完璧です、ってことか?」
おれの言葉にムニっと縦に曲がるスライム。そこにモルフェが質問する。
「もしかして、ダンジョンコアとは関係なしに、ここにフェアリーが生まれたのかな?」
再びムニっと縦に曲がるスライム。
なるほど? そうか? じゃあ、感想言おうか?
そんなバカな。
「つまりあれか? その理屈だと我が家には、おれのあずかり知らないところで突然、得体の知れないフェアリーや、謎のキノコや、呼んでもいないアンデッドが床からにょきにょき生えてきかねない、ってことなのか?」
湿気が多くて壁がカビてきた、どころの騒ぎじゃねぇだろそれ。
モルフェの「それは、さすがに無いよね?」という言葉に、スライムが縦にムニムニ曲がった。
「…縦横ムニムニだけじゃ、ちっとも状況が把握できねぇ。
あとでタブレット端末持って行くから、どこに何が発生しているのか詳細に説明して……?」
おれの目の前に、上からスーッと降りて来た一匹のフェアリー。
「「………」」
かわいらしい妖精、というより、妖しさ成分の方が多めのフェアリーだった。
黒い羽根から鱗粉みたいにキラキラと零れる藍色の光。不思議と引き込まれる美しさがある。
モルフォチョウ? なんか、こんな雰囲気の妖艶な蝶っていなかったっけ……?
それがしばらくおれと見つめ合った後……おれの鼻先にチュッとして、口元を手で隠してニコニコしながら、ススーっと飛び去っていってしまった……
「……それで、アルジィ? いつ一斉駆除するの?」
「あれっ!? モルフェさん、さっきと言ってること違くない!?」
しかもニコニコしながら駆除とか言うなよ、怖ぇから!
現れたと思ったらすぐに見失ってしまうところは、さっきモルフェが教えてくれた自然現象という言葉がぴったりだった。
…あんまり駆除駆除言ってたせいで、「部屋で発見したとほぼ同時に殺虫スプレーを手に取ったのに、もう見失っている小虫」なんて言葉が浮かんでしまうが……
…ちなみにモルフォ蝶を含む一部の蝶は、花だけでなく、死体にも群がったりするらしい。動物まめ知識である。
そんな小虫、じゃなくてフェアリーたちにティアはたかられてしまっている。
黒フェアリーはさっきの一匹だけで、あっちはふつうの青や緑のフェアリーだから安心……して良いのか?
だんだん「駆除」が頭から離れなくなってきた。
「…駆除の件はさておき、少し、困ったことになってしまった」
「どうしたの?」
「あの『みんなの場所』といい、自然発生中のフェアリーといい、ちょっと動かすのが難しいものが増えてしまった」
「そうだね?」
このダンジョンコアの間は部屋ごとダンジョン内を移動できるから、動かすのが難しいというより、撤去できないものが増えたという言い方が正しいのだけど。
「モルフェにも、いつか言ったよな? いざとなったらこのダンジョンを破棄して逃げるって」
「うん。そうだね」
「……できなくなった」
「あっ」
せっかくティアのために作った『みんなの場所』。
それを「夜逃げするから一旦、壊すぞ!」なんてティアに言えるか? むりだ。
それにあのフェアリーみたいなのが増えて来ちゃって、その上、ティアに懐きでもしてみろ。置いて行けるか?
…避難訓練とかすれば、フェアリーたちもちゃんと参加してくれるのか?
悩みの種が増えたおれの顔を、モルフェがうれしそうにのぞき込む。
「…おい、モルフェ。なんでニヤニヤしてるんだ?
おれは今、悩んでいるんだぞ?」
「別に~? ボク、ちゃんとアルジィのお手伝いするよ?」
「………」
「おい、アテナ? なぜ今、おれを二度叩いた?
まぁ、がんばりたまえ、とでも言いたのか? おまえも他人事じゃないんだぞ?
…おい、なぜスライムにまでおれを叩かせる!?
おまえはダンジョンコアの化身だろ! むしろおまえが話題の中心だろうが!?」
わがやの果て。
話の前後はうろ覚えだけど、モルフェに押し倒されたせいでよく覚えている。
魔女ばあさんに、なにかを言いかけた時の言葉だった。
どうやらおれは、いつの間にか、わがやの果てを守り続けなければならなくなってしまったようで……
「…おれの顔がそんなに面白いのか、モルフェ?」
「別に~。 …フフッ!」
…困った事態のはずなのに、モルフェがあんまりにもうれしそうにニコニコするものだから……おれも思わず、もらい笑いしてしまうのだった。
ここで「クロスティアの勇者」の章は一区切りです。おつかれさまでした~。




