もうひとつの理由
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「──…ッ!!」
…………ああ。
そういうことか。
どうりで今まで目覚めが良すぎると思ったら。
そうか……「いつもの悪夢」を見ていなかったから、だったのか……
ティアをダンジョンまで連れ帰った日から、おれの療養生活が始まった。
あの女魔術師との戦いは想像以上におれの負担になっていたらしい。
らしい、というのはそもそもおれに戦いの記憶が無いからで、何が起きていたのか知らないからだ。
それでもモルフェの推定だと、呪いの術の中でおれは数十日以上は延々と戦い続けていたらしい。
しかも相手は、かつてクロスティア地方を脅かし続けていた「呪いの魔女」。
無事でいられるわけがない……らしい。
「だから絶対安静だからね?」
「あ、はい」
…実際、体調はあまり良くないので、言われた通りにおとなしく休んでいた。
ダンジョンの方はアテナがボス部屋で待ってくれることになった。
入り口の掲示板で「急な変更のお知らせと謝罪」の掲示といっしょに「七日間予定表」の【いきなりボス部屋の日】を通常の日替わりダンジョンの日に変更した。
ボス部屋を楽しみにしていた人(?)がいたら申し訳ない。
……だけど、小さな女の子に「泡だて器」やら「巨大しゃもじ」やらでボコボコにされてしまった日には、きっとこの先、冒険者をやっていく自信を失ってしまうことだろう。
だからこの変更は、おれからの優しさだと思って欲しいな? …そんな裏事情なんて知る由もないだろうけど。
ティアとクソ精霊たちについては、モルフェが気をきかせて面会謝絶にしてくれた。
正直、いま謝罪されたり泣かれたりしても、おれは気がきいた言葉を返してやれる自信が無い。
だが、この子は違う。
メンカイシャゼツ? なにそれ? おいしいの? くらいのマイペースである。
「………」
「…どうしたアテナ? 休憩時間か?」
「………」
「…なんだ? 添い寝か?
…このベッドは特別製でもなんでもないからな? たぶんおまえの部屋のやつと同じ寝心地だぞ?」
そのまま三分間ほど、おれの隣で勝手に眠るアテナ。
ちなみに枕はおれの腕である。
「………」
「……そうか。満足したか」
そして去っていくアテナ。
おれの腕は元の位置にちゃんと戻してくれた。やさしい。
……なんだか彼女を見ていると、それはそれで安心するこの気持ちは何だろうか?
慣れ、なのか?
あの傍若無人っぷりに、つい日常を感じてしまう自分に、ちょっとだけ戸惑った。
◆ ◆ ◆
思った以上に体調が悪かった。
あれだ、風邪をひいたりした時に、初期症状から本格的なやつに移行する感じに似ていた。
夜になるころには、かなりまずい状況で………頭が……ぜんぜん働かなくなっていった……
「…おれが死んだあとは、ダンジョンを破壊するなり継続するなり、好きにしてくれ」
「なに言ってるの、アルジィ?」
「…大事な……話だぞ……終活は…」
「そうだね、だいじだね? でも、ボクがそんなの許すと思う?」
…そうだ、終わる前に、聞いておきたいことがあった……はず?
「……モルフェ、おまえ……ずっとおれの悪夢をいじっていた、な…?」
「………うん。
でも、ただ隠していただけだからね?
改変なんてして無いよ?」
だからだ。
いつも寝覚めは最悪だったはずなのに。
こっちの世界では、まだ一度も朝を呪ったことが無かった。
すっきり寝覚めたことなんて、過去に一度も無かっただろう?
なのに、なぜ見落としていた?
「…おまえ……他にも、おれに隠していることとか無いのか?」
…一体何を聞いているんだ、おれは?
やめておけ、聞くな。
人に隠し事があるのなんて、当たり前だろ?
それくらいのことがなぜ、分からない?
「…そうだね。
アルジィに怒られないように、今のうちに教えておくよ」
…何を答えるつもりだ?
だから、やめろ。
いやな予感がする、言うな。
モルフェの冷たくて気持ちの良い手が、おれの目の上をそっと隠す。
その手が遠ざかり、再び戻った視界の正面に、いたものは……
「…おい、どういうことだ。それは?」
おれだ。
鏡と違って左右逆では無い、おれの姿だ。
………なぜ?
なぜ!? そんな理由は聞くまでも無いだろう!!
「いざという時のために、アルジィを守れるようにだよ?」
「あのクソ神!!! 身代わりだと!?
……おまえに、そんなことまで背負わせたのか……!!」
ちがうよ!? わし、そんなの頼んでないからね!?
なんて幻聴まで聞こえてきやがる!
「そんなことなんかじゃない。大事なことだよ」
「ふざけるな!!
おれのために、他人のために、身代わり!?
最低だ、最悪の仕事だそんなものは!!
そこからおまえは何を得る!?」
「誰かのために生きることは最低なんかじゃないよ、アルジィ?」
「…ああ、ああそうだろう。
それで自分が満足できるのならば、それも良いだろう。
人助けをする自分自身にちゃんと酔えるのならば、それは良いことだ。
だけど、それが義務だと感じているならやめておけ……やめて、くれ、よ……」
…祖母は、世界で一番まともで、賢い人だった。
「…誰かを支えになんてして、その誰かがいなくなったら、おまえ、どうするつもりだ?」
あの腐りきった町の住民たちの中で祖母だけが、おれに優しかった。
「人はわがままだ。自分のために人を利用する。
自分を磨かず他人を汚し、自分はまだキレイだなんて勘違いして喜ぶやつらだ」
その祖母がおれに謝った。
「…まじめにやって何が悪い、人にやさしくして何が悪い、コツコツ努力して何がおかしい、弱い者がなにかを克服しようと藻掻き続ける姿の、何がおかしい……!!」
何か問題が起きるたびに、ごめんなさいと、おれに謝るんだ。
「世のため? 人のため? なんだよそれ?」
あのやさしい祖母に、謝罪させるような存在である、おれ。
おれだって、好きでこの世にいるわけじゃ、ない。
「…毎日、毎日、苦痛に耐えることで報酬を、報酬を! 手に入れて!
次の朝日と共に再び、苦痛に耐える権利をもらえる……地獄!!」
もう、問題は起こせない。
これ以上、悲しませるわけにはいかない。
ただただ耐えるだけの日々だった。
「…もう嫌だ………人助けなんて、二度とやりたくない……関わりたく無いんだ、もうっ!! 耐えられないっ!!」
…そんな中で、あの祖父だけは別だった。
何か問題が起きるたびに、それをさらに大きくして笑い飛ばしやがる大悪党。
あいつがいなければ、おれは………あいつのせいで、おれはかろうじて生きることを選んでしまった。
「…もう、耐えられない。
一人に、してくれ……」
なのに、まだ終わらない。まだ続いている。
「……町長も、ティアも、弱っちい冒険者たちも、おれの前に連れて来るなよ……もう、見たくない……」
だれか、たすけてくれ、おれを。
「……オワリが欲しい、救ワレなくちゃ、だめなんだよ……」
「…そうだね。アルジィ」
頭痛も吐き気も酷すぎて、自分が何を口走っていたか良く分からない、覚えていない。
…ただ、夢をみた……ような気がする。
……ずっとずっと、ずーっと昔。
まだ悪夢なんて知らなかったころ。
知らないはずの、知っている子と、なぜだか一緒に笑っていたような。
眠るおれの隣で、なぜか一緒に添い寝してくれているような。
……悪夢以外の夢だった。
そんな奇跡が、おれに起きたような気がしたのだった。




