力に、再び、ふりまわされる(前編)
事前に魔王さんに聞いた通り、帝国と魔王国の境目にあるサウスティアの地へとやってきた、おれ。
そこは周囲をゆるやかな野山に囲まれた、緑豊かな街という印象だった。
そこそこの人口の、どの地域でも取れる野菜と畜産が主産業の、そう珍しくもない地域。
帝国と魔王国は敵対国であっても交易はふつうに行われている。
そんな両国で交易しようとする商人たちに中継地点として利用される地域がここである。
交易都市はもっと北側にあるけれど、豊かな物流の恩恵はこのサウスティアの街にも流れてくる。
決して都市とは呼べない田舎街だが、それでもこの街の住人たちは物資不足で困ることも無く、そこそこに豊かに穏やかに過ごせている。
…というのが、町長からの説明だった。
今おれはベッドの上で体を起こした姿の町長と話をしている。
町長はやつれていた。
闘病中とは聞いていたが、その姿は中年というより老人にも見えてしまうくらい儚げだった。
あの白い謎空間に彼の代わりに娘さんが来ていたことにも納得できる。
そんな町長が、ある程度の説明は娘さんから聞いていたようで、おれに労いの言葉をかけてくれた。
「あなたも色々と大変だったそうですね。まずはこの街でゆっくりと骨休めして下さい」
「…あ、ありがとうございます」
その言葉はとてもうれしい。
でも、あなたの方が大変そうで心配ですが?
言ってるそばから咳込んでしまった町長を、娘さんが「大丈夫?」と背中をさすっている状況で……ほんと、大丈夫ですか?
いろいろと教えてほしいことはあったけど、あまり長居すると負担をかけてしまいそうだ。
…よし、もう帰ろう!
おれも大変だけど、自分より大変な人を見ると何だかもう……大変だ!
いろいろと許容値オーバーだ!
おいとまするタイミングをうかがうおれに、町長さんが苦しそうに……なんだかまた別の理由で苦々しそうな顔で、話を切り出した。
「…ところで、とても言い辛いのですが、あなたに伝えておかなければならないことがあります」
「は、はい。なんでしょうか?」
申し訳なさそうな顔をする町長。
「もうじきここに、『ダンジョン調査隊』が派遣されるのです」
「…はい?」
ダンジョンちょうさたい?
ここまでの話の中でダンジョンっぽい施設なんて一件しか出て来ていない。
おれんちだ。
実はこの街の地下が巨大ダンジョンになってるんですよーハハハ、とかのオチでも無い限りは、我が家のことだろう?
「おれんちを、調査?」
まだ何もやって無いのに、引っ越し直後に「危険建築物所持の疑いで逮捕する!」とかで突入されるのか?
もうバッドエンドか?
はやいな、おい?
「いや、君の家が彼らに発見されたという話では無いんだ。
これは、なんというか……ここに以前から続いている悪習で」
ダンジョン調査隊。
それは調査を名目にした、嫌がらせの部隊であると町長が語った。
危険や異変の調査だ! と言いながら、街や住居、耕作地や牧草地、地域一帯のあらゆる場所を兵士達が「荒らし回って」いるらしい。
そして荒らされるのが嫌ならば「調査協力援助金」という名のワイロをよこせと強請ってくる。
脅迫というか、盗賊みたいな活動を行っている集団だった。
「もちろん、ダンジョンの調査自体は必要な活動なのですが……」
…各地の治安を維持するため、ダンジョン調査も必要だ。
ダンジョンとか、巣穴とか、危険地帯の調査は各地で領主や都市長とかが定期的に行うらしい。
実際、放置された危険地帯から得体の知れない何かがコンニチワして街が滅ぶ事件というのも、過去にいくつもあったのだとか。
地域に害を与えかねない場所や施設の存在は領主や国が把握して、場合によっては制圧する必要がある。
見落としが無いように現地調査部隊には臨機応変な「多少の柔軟な運用」も許されており……というのが、今も盗賊まがいの部隊が野放しにされている理由なのだとか。
つまり、どうやらおれのマイホームは、地域を滅ぼしたり賊どもを呼び寄せたりする要警戒区域だった。あたまいたぁい。
「まだ何もやっていないはずの私の家が、すでに地域に多大なご迷惑をおかけしているようで、まことに申し訳ありません……」
「違うよ!? 君は何も悪くは無いんだ! …悪いことする予定なんて、無いよね?」
もちろん無い。
我が家で得体の知れないペットを飼ったり、得体の知れない物質がわき出したり、得体の知れない侵入者たちを得体の知れない罠で得体の知れない物質に変えたりする予定など、まったく無い。 …無いよな?
とはいえ、ご近所様に迷惑をかけたらいけない。
この街の裏山をちょっと登ったところがおれの新居になる予定だったけど、予定変更だ。
すでに迷惑をかけ始めている今、さらに手遅れになる前に……
「…えっと、そういうお話でしたら、短い間でしたが大変おせわに──」
「──待って待って、落ち着いて、君!」
安住の地を求めて旅立つ覚悟をきめるおれを、町長が引き止める。
「君が気にすることは何も無いんだ。
ダンジョン調査隊の連中も、わざわざ何も無い山の中まで探し回ったりはしないはずだ。
もちろん、私達も君のことを彼らに話す気などまったく無い。
つまり、彼らが立ち去るまでおとなしく待っていて欲しい、こちらが迷惑をかけてすまない、という話だよ」
なるほど、それなら安心……
…ん? むしろ、そういう何も無いはずの場所をちゃんと調査するための「ダンジョン調査隊」じゃないのか?
ほんとうに何のために存在している組織なんだ? そいつらは?
そして町長さんはダンジョンのことは黙っていてくれるらしい。
それはすごくありがたいけど、それで良いのか? …なぜ?
複雑な気持ちのおれに、町長が人差し指を顔の前に立てつつ、彼の本音を付け加えた。
「それに、これは私の打算でもあるのです。
仮にダンジョンが近場に存在するのなら、街にとっても恩恵があるのです」
なにが恩恵かといえば、ダンジョンでしか取れない素材や鉱物がたくさんあるらしい。
「人為的に制御されたダンジョンというのはとても貴重な場所なんですよ。
そういうダンジョンは一部の地域で領主や商業組合が占有している、なんて噂を聞きます。
ここにもそれがあるのなら、私達だってぜひともあやかりたいと思っていますよ?」
鉱山や油田みたいな扱いなのかな?
魔王さんの話だと将来的には「なんでも作れる」みたいな話だったから、町長のいう通りなのかもしれない……?
そういうことなら、ご近所さんにもうちの採れたて(?)を喜んで提供するけれど……
「…街に貢献できるなら、私もできる限りのことはしたいとは思いますが………まだ何もないダンジョンですし、ご迷惑をおかけするかもしれませんよ?」
「まだ何も無いのに、どうやって迷惑をかけるつもりだい?」
「貴重な鉱石とか採れるかわりに、得体の知れない匂いや煙が漏れ出てくるかもしれませんよ?」
「有毒でなければ構わないさ」
「貴重な薬草とかキノコとか採れるかわりに、得体の知れない歌や音色が夜な夜な聞こえてくるかもしれませんよ?」
「一体どんなキノコなのかは気になるが、案外、娯楽の少ない街の住民達にはウケるかもしれないよ?」
「…厄介な調査隊、とか呼び寄せてしまうと思いますよ?」
「それは残念ながら、君がいてもいなくても同じことだ。彼らを追い払う良い案が無いか、一緒に考えてくれるとうれしいよ?」
「………」
「………」
…おれの次の言葉を穏やかな顔で待つ町長。
うれしいけれど、落ち着かない。かえって不安になって来る。
「…どうして、そこまでおれを受け入れてくれるんですか?」
「うん? それはさっきも言った通り、私達にも利益が……ああ」
町長は何かが分かったような顔をした。
「君の疑問の答えなら、簡単なことさ。
静かで穏やかに見えるこの街も、実は苦労が多い。
この街の住民達は、その苦労を共に乗り越えてきた。
助け合うのは当たり前のことなんだ」
………。
「だから何となく分かる。
君も苦労してきたのだろう?
見ての通り、私もこんな有様だ。
だからこそ、お互い、力を合わせてがんばってみないかい?」
…おかしい。
きもちわるい。
めまいがする。
それが消えないように、逃がさないように、手でしっかりと目にふたをする。
目が熱くて、にじんでしまう。
「……こんなの、現実には存在しない世界、だ」
「…フフ、それは困ったね? 彼のほっぺたをつねってあげてくれるかい、ソーニャ?」
町長さんの娘さんがオロオロしながら手を伸ばして来たので、おれは丁寧にお断りした。
こんな夢なら、いっそ覚めないでいてくれた方がうれしいくらいだ。
…だが、話はここで終われなかった。
呼んでないやつらが、もうそこまで来ていたのだ。