事情聴取(前編)
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──言い争いの声に目を覚ませば、見慣れた天井だった。
どうやらここはおれの部屋で、良く分からないメンツで言い争っているようだ。
「其方は一体、この小僧にどんな戦い方を仕込んだのじゃ!?」
激怒しているヘビと、
「ご、ごめんなさい」
なぜか謝るモルフェに、
「ですが、あなた方の精神魔法を回避できる人族なんて、それこそ高位の魔術師くらいしかいないのでは?」
彼女を弁護しているタコ。
「だからといって、あやつの呪いを正面からまともに受けるなぞ正気の沙汰では無いわっ!!」
「ですから、その狂気のおかげで勝ったんですよね?」
「待って! 悪いのはぜんぶ、ボクだから!
…いつもの練習の時に、つい……」
「「…つい?」」
「…じゃなくてっ!?
だって、でも、ほら、あんまり手を抜いちゃうと!
…逆に、ボクがアルジィに堕とされちゃうから、ボクもそれなりに本気ださなくちゃいけなくて……」
「…堕とす?」
「どんな堕とし方なのか興味がありますね?」
「それは……ボクもいつも手探りで……」
「「………」」
「…このことは、アルジィにはナイショだよ?」
「なにがナイショなんだ?」
「わぁお!!」
「おや? お目覚めでしたか?」
「…ようやく目覚めおったか」
「…おまえらは、なんでおれの上に乗ってるんだ?」
ヘビ、タコ、居眠りするネコ、ついでにスライム……スライムは関係ないだろ? 誰が乗せた?
再び天井に視線を戻し、少し状況を整理する。
「おれが、自分の部屋のベッドで倒れているということは………おれは、負けたのか」
「違う!!」
おれの眼前にシャーッと鎌首をもたげたヘビ。
ちょっと、怖いんですが?
「おぬしは、真っ向勝負であの呪いの魔女を倒した!!
その上、ティアとわれらを背負って、家まで運んで、気を失った!!
おぬしは、完璧にやりとげおった!!」
「…おまえらは無賃乗車だろ?」
「黙れッ!! 目を覚ましたなら、そのまま安静にしておれ!!
二度と、あんな無茶をするでないッ!! 分かったかッ!?」
「え、あ、はい」
状況はさっぱり分からないけど、どこぞの魔術師の精神魔法を好んで浴びる変態ではない。
やらないで済むのなら、おれだって二度とやりたいものではない。
なんだかすごい怒ったヘビは、そのままティアに抱え上げられた……良かった、ティアは無事だった。
それとクソネコの方も、のしのしとおれの顔の方へと歩いて来た。
「どれだけお礼を言っても言い足りないけど、それは後にしておくニャ。
いまはアルジさん、寝ておくニャ」
そう言いながら、同じくティアに回収されて、タコの方は……なぜかアテナの頭の上に移動。
そして残ったスライムはアテナが無事に回収した。そうか、やっぱり犯人はおまえか。
こうしてぞろぞろとちびっ子とケモノたちは退室した。
残ったのは、モルフェ。
「…目覚めて早々、悪いが、少し話をさせてもらうよ」
と、魔女ばあさん。
ここから魔女ばあさんの状況説明という名の、事情聴取が始まったのだった。
◆ ◆ ◆
まず前提として、精神魔法で攻撃を受けた場合、その時の記憶は残らないこともあるらしい。
受けた側が防衛本能的なもので自然と忘れてしまうからからだ。
忘却できないと、夢の中で学習したり洗脳したりができてしまって、それが現実とまざると記憶の整合性がとれなくなったりで、わりと危険になる。
あえて強引に「記憶を刻む」となれば、それは作り変えるとか壊すとかの禁忌の魔術に分類されて……
「……ボクはアルジィにそんな酷い夢は見せて無いよ?」
「…いや、冒険者たちの方」
「今そっち!? …それはもちろん、ダンジャンコアの力も借りて十分に気を付けてるから」
そして今回、おれはそういう気配りとは無縁のやつとの戦いになった。
ものすごく体や心に疲労感を感じるのに、ほとんど何も覚えていない。
…なにかトラウマ級の「夢の中での戦い」を、きれいさっぱり忘れたらしい……
「…だからおれ、ほとんど何も覚えてませんよ?
事情を聞くなら、術をかけた側に……あ。そういえば、あれ、どうしました?」
クソヘビの話だと、おれが勝ったという話だったが。
「とっ捕まえて、全部はかせたよ。だからその証言が合ってるか、あんたにも確認させな!」
「ですから記憶に無いんですってば」
そんな困った魔女ばあさんとおれを、困った顔で見るモルフェ。でもモルフェは止めずに、同席した。
魔女ばあさんはそのまま構わず、寝台で身を起こしたおれに「何があったか」を話し出した。
「まず、呪いの魔女の術の中で、激闘の末にやつを倒したおまえさんは──」
「──待った! ストップ!
おかしい! なんか今、すごく物語を端折った!?」
省略しすぎだ!
少年マンガの単行本の三冊分くらいの内容をいま、秒ですっ飛ばしただろ!?
おれの抗議に魔女ばあさんは、しかめっ面で返して下さる。
「…ありとあらゆる責め苦に対して、あんたはそれらをさらに黒く染めなおして反撃した、って聞いてるが?
その『あらゆる責め苦』について、聞きたいかい?」
「あ、いえ、結構です」
右手の恋人と、左手の両親、
あなたはどちらを手放───グェッ!?
苦悩? 葛藤? 後悔!?
そんな贅沢は後回しですね!!
「…何をやろうが、あんたは一貫して『それはさておき、おまえを殺す』で返したそうだよ」
…………それは。
そういう戦いだったのならば、おれの行動で正解では?
…とは、なぜか反論しづらい雰囲気である……
「とにかくあんたは、ついに呪いの魔女を縛り上げた。
それで……あんた、なんでこの時に『解呪』を選ばなかった?」
「いや、だから何があったのかなんて、おれには記憶が……
…ん? 待って? その『解呪』って………なんですか?」
「…ハァ。やっぱり、そういうことかい」
「ごめん、ごめんね、アルジィ……」
呆れる魔女ばあさんと、顔を両手でおおったモルフェ。
そこでおれが初めて知った、新しい技『解呪』。
本来、精神魔法でお互いを閉じ込めた場合、解呪の権限、つまりその戦いを強制終了させることができるのは『戦いの主導権をにぎっている側』になるらしい。
つまり、最初は術者側が、そこから反撃して術者を倒した場合は術をかけられた側が、精神世界から抜け出す鍵をにぎっているそうだ。
「…初耳です」
「ボクとアルジィの訓練の時は、いつもお互いが同意の上で、そろそろ終わろうって話になってたから……」
「つまりあんたは、解呪はあんた次第だって事実を知らずに、相手の解呪を待っていたわけかい」
「おそらくは、そうですね?」
記憶に無いから分からないけど、話しの流れから、そうだと思う。
その後、呪いの魔女をボコボコにしたおれは(?)、今度はそいつをグルグルまきに縛り上げたらしい。
「縛り上げたそいつの目の前に座って、ひたすらそいつの目をじっと見続けたそうだよ、あんたは」
「え。なにその高度な変態プレイ」
「アルジィがやったんだよ?」
ただ、なんとなく理由は分かった。
さっき「あらゆる責め苦」を応酬しあったって言ってたから、ふつうの責め苦は効果が薄いとおれは判断したのだろう。
それでもっとも相手がいやがるものが何かと考えた結果……無言で見つめる、になったのだろう?
そしてそのままおれは、呪いの魔女が怒り狂おうが、叫ぼうが、恫喝しようが、誘惑しようが、謝罪しようが、懇願しようが、泣こうが喚こうがすべて無視して……無表情の冷たい目のまま、呪いの魔女の瞳の奥の魂を覗き込むがごとく、じっと、見つめ続けていたという……
「…怖っ、なにそれ!?」
「アルジィが、やったんだよ?」
「やがてその恐怖が快感に変わっ……とにかく、あいつの反応が変わると見るや、おまえさんは次の行動に切り替わった」
「おや?」
今度は、縛り上げた呪いの魔女を中心に、らせん状に、謎の呪文を延々と地面に書き始めたのだという……おれが?
「それがなんの呪文なのか、心当たりは?」
「知りませんが!?」
おれの方が聞きたいんだけど、おれに!?
だが、そんなおれにモルフェが助言する。
「…しりとり、だったんじゃないのかな?」
「あ! うん、たぶん、それだ」
そんな気がする。
ようするにおれは、自分が解呪できるとは知らないまま、相手の出方を待ち続けるのにももう飽きたのだろう。
それで暇つぶし兼いやがらせとして、そいつを中心とした地面に……終わらない長文を書き続けるなら、しりとりあたりが手頃だったに違いない。
「すごいな、モルフェ。良く分かったな?」
「…ボクはなにもみてないよ?」
「…続けるよ」
縛った魔女の周りで、謎の呪文(=おれの前世の言葉による、しりとり)を無言で書き続けるおれ。
だが、それを「らせん状」に書いている以上、周回を重ねるごとに、呪いの魔女からおれはどんどん遠ざかって行く。
「そこであいつは悟った。このままおまえさんが、自分を置き去りにして精神世界の果てへと消えちまうつもりではないか、と」
「でしょうね」
「でしょうね、ってアルジィ」
おそらく、その時点でおれはもう覚悟が決まっていたと思う。
なにせ専門外の分野での戦いだ。最低ラインは「刺し違える」あたりに設定していたことだろう。
相討ち覚悟で、敵が折れるのを待っていたんだ。
だけど……広大な精神世界の真ん中で、グルグル巻きにされた女を中心に地面に書き連ねられた壮大なしりとりと、おそらく何日もかけてだろう、徐々に少しずつ遠ざかって小さくなっていく、その作者(=おれ)の姿……
おれが言うのもなんだけど、この「戦い」、ちょっとシュールすぎじゃないですかね……?
そんなおれたちの壮絶な戦い(?)も、いよいよ佳境をむかえていく。
「いよいよあいつは焦ったが、おまえさんを止める術など思いつかない」
だろうなー……泣き喚こうが無視して無言で見つめ合っていたくらいだし?
「地平線の彼方に消えかけているおまえの姿に、あいつは混乱しながら決死の思いで、神に祈って──」
「──わあああ!!」
どうしたモルフェ!? 急に叫んで!?
…あの女、神に祈ったりするのか? むしろ神を呪う派のほうじゃないのか?
…それでも最早、万策尽きて、神頼みするくらいしか思いつかなかったのか……おや?
「……?」
「…えっ、あっ……にゃんでもにゃいよ、アルジィ?」
「…髪切った?」
「なんで!? 何で今、そんな細かいことに気付いちゃうのかな!?」
えっ、なんでって……髪はのびることはあっても、引っ込むことなんて無いから、だが……?
おれたち二人に、魔女ばあさんはせき払いして、話しを続ける。
ああ……ああ!! 女神様! 夢神様!!
私は………わたしはぁああ!!!
…アルジィにはドン引きだよ。
「…コホン、とにかく、その祈りに乗じて強引に呪いをこじ開けた。
そこに様子を見に行ったあたしが、ついでにあの魔女を捕まえた。
おまえさんの方は、半分無意識のままティアを運んで……ほぼ自力でここまで戻って来たってわけさね」
「そうでしたか……えっと、ありがとうございました?」
記憶がまったく無いせいで、どうお礼を言えばいいのか分からないけど、とにかく強引に助けてくれたらしい。
おれの中途半端なお礼に、魔女ばあさんは口をへの字に曲げて、モルフェはすすっと視線をそらして……なんだか微妙な空気になってしまったのだった。
【余談 ~過去の会話より】
「なんだこの服? 女神か? 一体、いつ着る服なんだ?」
「ん? …降臨する時?」
⇒ 着ました。




