クズ v.s. クズ、最下位決定戦(後編)
おれがこちらに来る前に、暗黒タコに渡されたGPS、兼、クソネコの夜食。
そのタコ足をクソネコがポロリと地面に落としてしまえば、落ちたのではなく「ポチャンと沈んだ」。
地面が歪み、湖面と化して、そこから飛び出す無数の触腕。
おれの身長をはるかに超える大きさのタコ足たちが蠢いて、狼たちに襲いかかった。
「ニャッ!?」
「…暗黒卿め」
「たっ、タコさん!?」
まさかの踊り食い。ただし喰らうのはタコ側。
素早いながらも手際よく、触手一本が狼一匹を、にゅるりニョロリと次々につかみ取っては地面の中へと沈み消え……
…あっという間に、一匹のこらず連れ去った。
さらに言えば、赤とか黒とか狼たちがばら撒いたものまでもすっかり消え失せて、まさに文字通り「跡形も無くなった」……
静寂の中、おれはクソネコに苦情を言った。
「…もったいない。
おれが夜食として渡した時に食べておけば、きっと異形に超進化して、今頃はもう、おれたちも家に着いていたぞ?」
「んなわけねーニャ!? お腹壊すだけだニャ!!」
「…腹を壊すだけで済むわけなかろう」
「…タコさん……ありがとう……」
だが、暗黒タコの功績は、狼たちを一掃してくれたことだけではない。
最大のお手柄は、隙をつくってくれたことだ。
「…おい!? 上だ、見ろ!!」
クソヘビに言われた方向を見たティアとクソネコが目を瞠る。
そこには、首を押さえて藻掻いている女の姿。
「「…呪いの、魔女……!!」」
憎悪のこもった言葉を発した一人と二匹。
黒の霧に隠れていたその姿を、ついに現したその魔術師らしき女は、
「「………?!」」
そのまま、ぐしゃっと地面に落ちた。
「さっき『声を聞くと魅了される』って言ってたな?
他に、注意点は?」
おれの問いかけに、ティアの肩の上で放心ぎみのクソヘビが答えた。
「あ!? ああ!
…声を聞くな、目を見るな、匂いを嗅ぐな、近づくな。
やつは、それそのものが呪いの塊のようなもの……そんなことよりっ!!
おまえ、あやつに何をした!!」
「なんだよ、全部だめって……つまむ用のトングとか用意しないと、処理もできねーのかよ?」
そこまで危険なやつだったとは。
おれは服の裾から、あの女めがけて投擲したものを取り出した。
「……なんだ、それは?」
「五円玉……じゃなくて、穴のあいた銅貨二枚を紐で結んだだけの、『ぜったいに人に向けて投げてはいけない玩具』だ」
そしてそれは今、あの女の首に巻き付いている。
つまり、投げた。おれは悪い子である。
「…それで……そんなもので、倒したのか……」
「…ぜんぜん気付かなかったニャ」
「……すごい、です」
全員が、暗黒タコの一発芸に気を取られた隙に投げつけた。
いる場所は気配で分かっていた、なんて女魔術師の方は思ってもみなかったのだろう。
わりとあっさり、その細首を絡めとった。
…けど、これ、髪を編むか束ねるかしていたら防がれてたぞ!? あぶない、詰めの甘さに、いま気が付いた……
「…それに、本当は銅貨は三枚で投げた方が軌道がずっと安定する。
だが、クソジジ……これの使い手は『なんだか負けたような気がする』なんてしょうもない理由で、二枚一組にこだわっていた。
だから、おまえが使う時は三枚で……じゃなくて、絶対にまねしちゃダメだぞ、ティア?」
「は、はいっ」
「それよりも」
「?」
ついでだから、もう少し説明しておく。
「意識の外から飛んできて首を狙う何か。それにとっさに反応できないと、ああなる。
そもそも何が起きたのか理解が追いつく前に、あのザマだ。
大事なのは、相手の隙をつくこと、自分に隙をつくらないこと。
今日は大事なことを学んだな、ティア?
注意一秒、ケガ一生、だ」
「…はい! 注意一秒、ケガ一生!」
「物騒な教訓を復唱するでない、ティア」
「どっちかっていうと、今日学んだのは『一撃必殺』だニャ」
そんなおれの言葉をよく学んだティアが、あちらをじっと見つめて口にした。
「………まだ、です」
「そうだティア。よく見ている」
「「!?」」
ボッと燃え上がった白い炎で、女魔術師が包まれた。
その火柱が今度は、おれがダンジョンで見慣れたあの光景の逆再生をするように、炎から人の形へと戻っていく。
「……なんなの………なんなのよっ!!
あんなオモチャで! 貴重な切り札を!! 使っちゃったじゃないのよッ!?」
「まったくだ。
おれの大事な銅貨二枚のオモチャを燃やしやがって、どうしてくれる?」
「アルジさん、怖いの相手に呼吸するように煽ってくニャ」
「こやつのようにはなるなよ、ティア?」
「…えっ!? えっと……」
そのまま人型に戻った女魔術師が、怒りと嘲りの入り混じった笑みで、おれに対して命令した。
「…ねぇ、そこのアルジさん?
そこの四大精霊二匹と、カオスティア、捕まえて私に献上なさいな?」
「「!?」」
「…だが、断る」
「「?!」」
クソヘビがおれを小声で叱責する。
「おいっ、アルジィ!! やつの目を見るな、言葉を聞くなとあれほど言ったであろうがッ!!」
「…つまり、おまえが初対面のおれに仕掛けたアレと同じだろ?」
「そ、その件については反省して……違う! そうじゃない!!
いまのわらわでは、あやつの足元にも及ばぬわ!!」
じゃぁ、違わないだろ。
おまえも、あいつも、いつもの訓練でモルフェがおれに使うそれの──足下にも、及ばない。
「──それよりも、朗報だ」
「何がだ!?」
「ここで決着がつくぞ?」
そう言いながらおれは、おれの心にまとわりつくそれを、逆につかみ返した──物理ではなく魔力的なやつだから、引っ張った? 噛みついた? とにかく、離れないようにこちらから意識を結んだ。
「…どういう、ことかしら?」
「ハハッ、おまえらの悪運も大したものだ!
家出したかいがあったな? ちゃんと不安の元凶がこうして釣れたじゃないか!?」
クソヘビの「おい!? やめろ!!」という悲鳴が、どんどん遠ざかって行く。
音が、視界が、真っ暗闇の果てへと消え去って………
何も無い。
敵、以外は。
…ああ。これは。
これなら、こういうのなら慣れていた。
あのクソジジイ相手の練習。
あいつを全力で殺りにいく時、覚悟を決めろ、と同じやつ。
それでようやく「練習」になる、あれと同じ。
いつかぶっ殺してやるつもりだったのに、勝ち逃げされた。
…とにかく、いまはもう……
…塗りつぶせ。
もっとも、こいつがあいつ以上だとは到底───
「──私を前にして、他の想い人のことなんて、ひどいじゃない?」
「──…これは失礼。申し訳ない。
ですが、ここから先はもう、あなた一筋ですよ?」
「そうね、私と繋がることができるなら、あなたにも分かるでしょう?」
「…と、言いますと?」
「どいつもこいつもクズばっかり。
正義なき力は暴力? それ、本気で言ってるの?
結局、最後はみんな仲良く暴力じゃない」
「ええ、ええ。
弱肉強食が自然の摂理と嘯きながら、互いに憎しみ合い背中を刺し合い、文明文化と真逆の方向へ直進して、そのまま滅びてしまえば良い、私のあずかり知らない場所で」
「これはね、布教よ。推してるの。
あなただって弱者を甚振るのが大好きでしょう?
腕力で、権力で、金で、多数決で、ありとあらゆる理不尽を振りかざして!」
「わかります、わかります。
ルール違反を指摘されたら、ルールの方を変えてしまえば良いというその政治的発想!
それでも支持を得なければ周りに袋叩きにされてしまうから、正義を求め続ける矛盾、まさに人の性!」
「何も間違ってないわ! 誰もが望んでいることだもの!
上下をつけなきゃ生きていけない、誰かを踏まなくちゃイキもできない!
そんな人という罪深き生物たちの偽善に満ちたな性癖だもの!」
「まさに!
ただし『反撃できない弱者相手に限る』という注釈つきで、己の正義をのびのびと振りかざす自称反逆者達!
そんな貴方方を縊り殺して! 断末魔を奏でたい私ッ!
まさに、貴方と私は同類で、みんな仲良く地獄行きですね!」
「…………」
「…………」
「……あなたがカオスティアに執着しているのは、かつてのあなたを救いたいという女々しい願望。
一緒にしないで欲しいわね」
「怒り、憎しみ、孤独、渇望。
己の才に追いつけない者達が、己を排除した場所で温かな世界を作っているのが解せない、許せない。
そんなあなたには、勇者や精霊なんかよりも、サボテンの鉢植えがおすすめですよ?」
「──……フフッ、アハハハハハ!!
こんなに誰かを殺したいと思ったのはきっと初めてだわ!!
ありがとう! きっと今夜はこれ以上ないくらい醜悪な作品を作り出せそう、あなたの、亡骸で!!」
「─…クックック!
私もこんなに酷い気分は前世以来ですね!!
今夜は最高の八つ当たりができそうだ! ステキな出会いに反吐が出ます!!」
「遺言はあとでじっくり、時間をかけて、聞いてあげるわ。
ステキな言葉は墓標に刻んであげるから、せいぜい一滴残らずしぼり出しなさい?」
「あまり焦らすのもいけませんね?
気遣いのできる私としては、前戯なしの本番からで良いですね?
苦痛も暴力も、前から後ろからイキ継ぐ間もなく、注ぎ込んで差し上げましょう!」
「もう逃がさないわ、だから──」
「だから遠慮はいらない、さぁ──」
「「泣いて悦べ」」




