クズ v.s. クズ、最下位決定戦(前編)
もう疲れてしまったのか、歩けなくなったティアを背負って家路へと急いでいた。
「アルジさん、アルジさん?
最初の主さんと、いつもの主さんと、さっきの主さん、どれが本当のアルジさんニャ?」
そのおれの背中とティアの間にはクソネコ。
ティアの首周りにいつものクソヘビ。
こいつらまで無賃乗車である。自分で歩け。
しつこいクソネコに、めんどくさいから「さっきの口調」で答えてやる。
「ナマ皮はがれて楽器にされたくなけりゃ、ぴゃーぴゃー囀るな」
「………」
ちなみにネコは三味線、ヘビは三線にそれぞれ転職だ。
「おれの故郷には、風が吹けば桶屋が儲かる、なんて伝承がある。
桶だけではない、その過程で多くの猫も犠牲になることでおなじみの格言だ……風と桶には気を付けろよ?」
「なんて恐ろしい伝承だニャ!?」
「…なぜかわらわも、寒気が」
「………」
ティアは無言だ。ずっとおれの背中にギュッとくっついている。
きっと不安なのだろう。
…不安にもなるはずだ。
周囲の空気がかなり悪い。
夜の森を進むのなんて初めてだけど、なんだか怖気がひどすぎる。
スライムたちからの調査報告では、この一帯は「ふつうの森」だったはずなのに……空にのぞく星々までも、赤く禍々しく輝いているように見える。
「主さん、主さん?
我が輩たちをどうやって見つけたんだニャ?」
そんな中でも無駄に陽気なクソネコ。
でも、うるさいので今度は「夜食」を口にねじ込んでやった。
「んニャ!?」
「暗黒タコの足だ。よく噛んでお食べ」
「ギニャー!?」
「あやつめ……」
タコ足にぴこぴこ指示されながら一人暗い森を走らされたおれの気持ちを察してみろ。
そしてしつこく、今度はクソヘビが耳元でささやいてくる。
「…おい、そなた気付いておるのか? もう囲まれておるぞ」
「うるさい。分かってる。それに囲まれてはいねぇ」
この怖気、たぶん魔法か魔術の類なのだろう。
まるで夜の黒がさらに深くなっていくような、視覚ではなく心を侵して来るいやな気配。
生ぬるく絡みつく淀みと、刺すような冷たさの入り混じる風。
心が弱いやつなら発狂しかねない気味の悪さが、肌を撫でまわしてくる質感をもったような、この感触。
それらが周辺から押し包むように徐々に狭まり、濃くなってきている。
…そこにあえてうっすら、一方向だけ開けている嫌らしさ。もちろん、そっちは無視している。
「ティアにゃん、大丈夫かニャ? タコ足でも食べるニャ?」
「…平気。あったかい」
…そうか。おれの背中で暖がとれたようでなによりだ。
あと毒物をすすめるな。それはおまえに渡したエサだ。
「…ちょっとぉ?
ずっと呼んでいるのにどうして無視できるのかしらぁ? つれないわぁ」
「「!?」」
「そうか。あいにく耳が遠くて、聞こえないな」
上から降ってきた、女の声。
なんだ、新手のお化け屋敷か、ここは?
「ふうん? 悪い子にはお仕置きが必要ねぇ?」
「「………」」
「そうか。鏡でも見ながら好きなだけ一人で楽しめ」
「…アルジさんは、心臓に毛でもはえてるニャ?」
「…おい、あやつの声をまともに聞くな。魅了されるぞ」
あー、やっぱりこの声も魔法かよ。
声が耳よりも、心に直接とどくようなゾワゾワ感が……
…だが、今はそれ以上の問題が発生中だ。
足を止めて腰をかがめると、うすうすティアと二匹も察していたのだろう、何も言わずともおれの背中から離れる。
取り囲むようにゾロゾロと現れた影は、狼。
「最悪だニャ」
「おい、どうする気だ!?」
「………」
「頭を低くして、そこを動くな」
炎と氷の二色の狼……だったモノ。いまは真っ黒。
「…やむを得ぬ、ここはわらわが」
「邪魔だ、引っ込んでろ」
「なんじゃと!?」
「待つニャ、待つニャ、きっとアルジさんには作戦があるニャ」
作戦? そんなもん、無いに決まってるだろ!?
…急に家出、あわてて追跡、むりやり説得、いそいで帰宅、そして今、襲撃中だぞ?
この状況で「フッ、ここまでは作戦通り」とか言い出す参謀がいたら、たぶん、そいつを殴る。
そもそもこういう状況にならないための作戦が欲しかったんだよ、おれは!
それでもおれは、嘘をつく。
「…まぁ、想定のうちではある」
「…ウソをつくでない」
「アルジさん、ニャにそれ?」
「……アルジィさん」
弱気な姿を見せて、またティアに家出でもされたらたまらない。
護身用の武器がわりに腰に差して来ていたそれを、手ににぎる。
「秘密兵器だ」
「……それは、釘抜きという道具であろう?」
「まぁ、見てろ」
嘘のコツは、事実も少しまぜること。
自信ではなく、思い出し笑いの力で無理やり口角をあげてみせる。
「あんなものは、ものの数にもならん」
……そう。あのクソジジイならば。
◆ ◆ ◆
野山を歩く時に、クソジジイがいつもその手に持っていた「バールのようなもの」。
その先端で器用に小石や枝を引っかけては木の実なんかを打ち落として見せるものだから、あいつの「宴会芸用の小道具」なんて言葉を素直に信じちまっていた時期もあった。
だが、それが大嘘だってことが、やがて確信に変わっていく。
心無い飼い主が野山に捨てた外来種の生き物が、そのまま野生化して人を襲うという事故が多発していた時期があった。
そもそも動物の大半は、その爪と牙によって、人くらいならあっさり殺せる。
そんな元ペット、現あわれな被害動物たちの噂を聞くたびに、「…仕方ねぇな」とつぶやきながら、クソジジイがふらっとどこかに姿を消していた………その手には、バールのようなものを持って──
「──市販のバールを曲げたり打ち直したり、この変人、また何やってんだ? と思っていたが……」
先端にひっかけた小石を振り抜き、最後の狼の額を穿つ。
「…投げるにせよ、打ち飛ばすにせよ、微妙な調整が欲しかったわけだ。
手の延長として遠心力を活かしたい。でも長すぎると制御が難しい。それで、この形と長さ」
指でクルクルと弄んだり、宙で回転させてみる。
手に馴染む。鍛冶屋の親方ゴードン氏の仕事は完璧だった。
「そして打撃で肉に食い込む形状と、乱戦や屋内でも取り回しがきく長さと……
…まさかクソジジイ、あの孫の手も、実は特製の武器だったんじゃねぇのか……?」
ただしこの「宴会用の小道具あらため武器」、当たれば勝ちの刃物と違って、急所を狙う必要がある。
…狼の急所って、本当はどこなんだ? ひとまず全部、頭を狙って振り抜いたけれど……?
「………」
「…もう怖さを通りこして、気持ち悪いニャ」
「…本当に、秘密兵器だったのか」
「あ? んなわけ……そうだ」
銃火器じゃねぇんだ、バールだぞ?
だが、こちらをじっと見るティアの視線に合わせて、秘密兵器ということにして話を盛る。
「…かつて、古の神が手にしたという三種の神器。
銃のようなものでその威を示し、
バールのようなもので困難をこじ開け、
バイクのようなもので地平の果てまで駆け抜けた。
その偉大なりし一つを模したこの武器こそが、幻の『バールのようなもの』だ」
「ウソじゃろう」
「壮大な話に見えて、コソ泥みたいなことやってる神だニャ」
「……ほしいです」
うるせえ。だまれ。分かってるなら最初から聞くな。
ここから偉大なる武神バールの話までがんばって捏造するところだったじゃねぇかよ。
あとティアは信じるな。ウソだから。
…バイクのようなものの代わりに、巨大スライムでも用意してやるからそれで我慢しろ。
そんな会話をしつつも、決して和やかとは言えぬこの状況。
周囲にばらまかれた狼だったモノたちから、とめどなく流れ出てくる赤が地面をどくどくと染め続ける。
徐々に立ち込める血肉と死臭の匂いによって、目鼻にさらなる不快が押し寄せてくる。
「あらあら、ワンちゃんたち、かわいそうねぇ」
「そう思うなら、今すぐ謝罪しに逝ってこい」
そして相変わらず上から響く女の声。
「その必要はないわ。まだ、ここにいるもの」
「「!?」」
「…これだから、魔法のある世界は」
石や枝、あるいは打撃によって頭を穿たれ倒れ伏していたはずの狼たちが、再びムクリと起き上がる。
「…もう良い、ここはわらわが!」
「待つニャ、待つニャ! きっとアルジさんには作戦があるニャ!!」
だから邪魔だ! 無責任に言うな! お前らホント黙ってろよ!?
頼んでも無いショートコント中の二匹に向けて、女の声が鳴り響く。
「ほうら? この子達も怒ってるわ?
…ビャッコ、セイリュウ。
そのアルジさんとやらが動く屍に仲間入りする前に、はやく混沌の雫の中に入って、こちらにいらっしゃいな?」
「「………」」
夜の闇と黒の霧にまぎれこみながら、女が警告する。
青ざめた顔でおれの方を見るティアの、その頭を撫でながらおれは……気のきいた慰めも思い浮かばず、ただ事実で返した。
「肉、骨、関節、すべてある生き物が相手で助かった。
関節一つ、四つ足のうちの一つ二つを奪えば良いだけの簡単な仕事、だが……
死なない? そういうことは先に言え。
それなら最初からそう処理したのに、余計な手間を増やしやがって、まったく」
「「………」」
「…あなた、正気?」
半分ホントで、半分ウソ。
ここからはもう、おれが狙う首は一つだけだ。
状況が、不利過ぎる。
なんだよアンデッドって……
「…仲間入り? 冗談じゃない。
遺体にまで残業させるようなブラック企業に就職するほど、おれはタフじゃねぇ。
おまえこそ、その首が無事なうちに労基と労組に謝罪を済ませて、さっさと帰れ」
だが、戦って分かったこともある。
あれらはもう野生の狼ではない。操られている。
連携がいやらしかったが、そこがまた、野性味よりも人間味にあふれていた。
十数匹が個別に同時に動いていない、一人の思考で順に動かしているのを隠せていない。
「…そ。いらないのね? その命」
ならば「そいつ」が、操るのに手がふさがったところで、
「ニャッ!?」
視界の隅で、クソネコが取りこぼしたのは、おれが渡したタコの足。
それが地面に「ポチャンと沈んで」。
一斉に、地面からワッと現れた、触手の群れ。
そして──
──でかした、暗黒タコ。
良く分からんが、おまえのおかげで──
──とった。




