異変(4)
安らぎが欲しくて、おれは茶室にいた。
最近いろいろありすぎて、おれは、わびさびに飢えているんだ。
「…だけど、君たちまでおれに付き合う必要はないんだぞ?」
ティアがいる。モルフェもいる。
そして膝の上にはこいつもいる。
やんわりと一人にしてくれと言ったおれに、モルフェはニコニコと笑顔を返した。
届かなかったというよりも、届いた上で却下された。
だが、さすがにティアのお供のケモノたちは立ち入り禁止にしておいた。
ここは聖域だ。ハ虫類、ネコ科、海洋生物はお断りである。
スライムどもが入っておるでは無いか! というハ虫類からのクレームは無視した。
彼らはれっきとした従業員で、今日つくった「石庭」を仕上げてくれたのも彼らである。
石と砂利だけの、何もない庭。
…おれのような枯れた者にしか分からない美(偏見)。
そんな石庭の情緒を帳消しにするのは、いつもの掛け軸。
達筆な「淫ビジブル」。
おれの膝の上いるこいつの仕業だ。
おれの視線に、ティアまでつられて反応してしまった。
「………えっと」
「あの掛け軸は気にしなくていいぞ、ティア君。
あれは異国の言葉で、見えるとか無敵とか、そんな意味をあわせ持つ、淫らな造語だ」
「みっ!?」
「…本当に気にしなくて良いよ、ティアちゃん?
あれは、アテナちゃんの趣味? みたいなものだから?」
趣味? いつから趣味になっちまった?
朝の水ぶきやら、おれの部屋の探索やら、おれに迷惑かける趣味しかないのか、おまえには?
そんなインビジブルは見えなかったことにして、気持ちを石庭の方へと戻す。
せっかく作った石庭に、むりやり戻す。
なんだか最近、ダンジョンコアの魔力が余っていた。
思い付きだけで街の原寸大レプリカを作ってしまうくらい余っていた。
だから石庭も作ってみたのである。
「…おれには芸術みたいなものは分からない。
だが、石庭は良いものだ。
人も、生き物も、おれを苛むものは何も無い。
その事実が、おれの心を癒してくれるんだ……」
「アルジィ? 大丈夫?」
心配してくれてありがとう、モルフェ。自覚症状があるから、まだ大丈夫だ。
「…わかり、ます」
そうか。分かってしまうか、ティアさん。
それはそれで、保護者にでも報告しておきたい事案である。
「………」
そしてマイペースを崩さない、おれの膝の上の無敵さん。
「おれの手をシートベルトにするな。あと、パンツはけ」
「パっ!?」
「…アテナちゃんは特別だから、ティアちゃんはまねしちゃだめだよ?」
ティアのことは色々と心配だけど、膝の上のこいつと比較してしまうと、あんまり心配じゃなくなってくるのが不思議である。
そよそよと風が優しく頬を撫でた。
ちっとも静かにならない茶室に、一抹の静寂が訪れる。
…とても心地が良い。
「…んっ? 風!? 屋内なのにどこから!?」
「ダンジョンコアが、アルジィのために吹かせた風じゃないのかな?」
気づかいがスゴイ!?
じゃぁ、次は風にゆれる竹林もお願いします!?
そんなおれの、誰の利益にもならない欲望はさておいて。
「…コホン。
あー、ティア君」
「…?」
「君は何か望みは……欲しいものはありますか?」
「…ほしいものは…………ない、です」
慎重に言葉を選んでいるのだろう。
なんだか昔の自分を見ているようで、これ以上ふみこめる言葉が出てこない。
「…そうか、まだ、ないか」
「………はい」
「………」
「………」
ふと思い出す魔女ばあさんの、若いうちから細かいことばかり気にするんじゃないよ! という声。
それは、いまの彼女か、やはりおれか。
おれ自身が、ダンジョンは安全な場所でないとさんざん言っていたクセに。
愚かなおれは、ティアを甘やかせる時間の終わりが近いことに、ぜんぜん気付いていなくって。
◆ ◆ ◆
炎狼と氷狼は接触すると大爆発を起こすようだ。
物理的な破壊力はひかえめだけど、魔力的な波? 発生する衝撃波はかなりの威力だった。
小さい生き物や魔力抵抗の低い生き物が近くにいれば、死ぬ威力だ。
結果、モルフェにおれが怒られた。
「実験するなら安全に配慮しようって言ったよね?
そのためにダンジョンコアがあるって、アルジィも答えたよね?
死んでも復活できるって意味じゃなくて、ちゃんと防ぐって意味で言ったんだよね?
自分の魔力の高さに任せて真正面から受け止めるスタイルは長生きできないって、そろそろアルジィも分かってるよね?」
「はい。すみません」
いつになく、ものすごく怒られた。
正論は心を折る……ではなく、モルフェさんが本気でおれの心配をしてくれてウレシイナー。
それはさておき。
炎狼と氷狼は本来、生息域が重ならない。
ただサウスティアを調査するだけなら炎か氷の片方だけでいいはずなのに、あえて混ぜるな危険を投入したやつがいる。
爆発前に撃退、回収できたのは本当に運が良かった。
「もしかして、こちらの対応スピードはむこうも想定外だった?」
「町長さんも驚いていたんだよね?」
それを言うなら、町長夫妻の動きだってかなり早い。
街に送り込んだ密偵? それらをあっという間に特定、尋問、追放まで終えてしまっている。
だからおれもがんばって……
「…うん。おれじゃねぇな。スライムたちが優秀すぎるんだ」
おれは彼らをばらまいただけ。
あとは勝手にサウスティア全域に広がって、いい感じに情報を集めて来てくれる。
…現状、どこに何匹くらい散らばっているか把握できていないというのが、飼い主としての深刻な悩みである。
「…危険な外来種を野に放つ、無責任なペットの飼い主」
「…スライムさんは生態系を壊したりしないし、みんなちゃんと帰って来てるよ?」
おれの管理能力はともかく、彼らはすごい。
ステルス性能とか、増殖スピードとか、さわり心地とかいろいろヤバイ。
…こいつら、本当に『スライム』なのか?
「アルジィは任せっきりにしているつもりみたいだけど、アルジィのやり方は、すごいと思うよ?」
モルフェが意外な感想を口にした。
「スライムたちを小型化して、斥候ができる能力を与えたのはアルジィの研究成果だよね?
ダンジョンコアに指示を与えてるのは全部アルジィじゃない。
それに、別の実験も並行してやってるよね?」
「…ちゃんとスライムたちの人権にも配慮しているつもりだぞ?」
「そこは別に心配はしてなかったかな?」
ちゃんとスライムたちと相談しながらやっている。
ただ、やつらは基本的に首を(?)縦にしか振らないから、あんまりそれを鵜呑みにできない。
いまはスライムたちで「人文字」に挑戦している。
地上にたくさんの人を並べて、上空から見ると文字や絵に見えるあれだ。
捕まえた狼に、スライムたちで「バーカ」って書いて見せて、煽らせている。
「ほら、見ろモルフェ。やっぱり、狼が反応しているぞ。
同じ内容でも『おれの前世の文字』の方だと反応しない。
こっちの世界の、人の文字を理解できる敵が呪いの元凶なのが明らかになった!」
「変なところで凝り性だよね、アルジィって?」
「それに煽り文句は難しいやつよりも、バカとかアホとか単純なやつの方が反応が良い」
「よく色々と思いつくよね?」
おれとモルフェは、狼の目を通して誰かが見ているという予測を立てた。
だから煽った。いやがらせである。
今のところ他に良いいやがらせが思いつかない。
「せめて視覚ではなく、他の感覚を向こうに送れるならもっとダメージが与えられるのに」
「…うーん、どうだろ? うまくいかない気がするな」
ちなみに呪いには代償がともなう。
呪いで視力を支配した場合は、かけた術者も視力が低下あるいは失明してしまう。
狼が帰って来なければ、視力もそのまま帰ってこない。
と、モルフェ先生に教わったのだけど。
「ほらアルジィ、狼の髪」
言われるまで気付かなかった。狼なのに髪の毛がある。
「呪い……っていうより、もう改造かな? きっと洗脳されて道具みたいになってるよ」
眉をひそめるモルフェに質問する。
「狼が死んでも、術者側には痛くもかゆくも無いってことか?」
「制御するために使った魔力が戻って来なくなるだけ、かな」
どおりで狼にしては野性味がないというか、大人しすぎると思ったわけだ。
首輪をつけられた狼が、吠えもせずにじっとこちらを見ている。
…あれはもう狼の目というより、のぞき穴か?
あれの向こうから、術者本人がこちらをじっと覗き見ている……
「…だんだんと術者の人物像が見えてきたな」
「ほんと怖いね、アルジィ」
ん? それは「術者が」だよね、モルフェさん?
「狼にしても命を弄ることに躊躇いが無い、というより楽しめるタイプの変態。
わざわざ狼を使うところもいやらしい。
偵察に使うのなら、ヘビでもトリでもネズミでも、もっと効率の良いやつがあるだろう?」
「そ、そうかもね?」
わざわざ狼の変種みたいなものをたくさん送り込んできたのは、こちらの恐怖を煽りたかったからだろう。
こっそりと覗くのではない、自分が見ていることをあえてこちらに知らせている。
「…追いつめたい相手は誰か?」
「………」
サウスティアの住人が狙い……だったなら、おれならもっと「人」を送り込む。
いまならダンジョンがあるから、どれだけ冒険者を送り込んでも不自然にならない。
でも町長夫妻にあっさり見つかった。
…ああ、町長夫妻を警戒しているのか? つい最近、町長の呪いを解いたばかりだし。
「まぁ、答えは半分、わかっているようなものだけどな」
「アルジィ、目が怖いよ?」
いるじゃないか、一人でずっと逃げ回っていたという獲物が。
しかもクロスティアで英雄視されているという、逃亡者が。
どちらかと言えば、「その上に、サウスティアまで」呪いを破ってしまった。
あるいは安全になってしまったサウスティアに、獲物が逃げ込むと予測した。
いずれにしてもサウスティアを牽制せざるを得なくなった。
「町長の奥さんがいい気味だと言ったのもうなずけるな、ハッハッハ」
「…アルジィ?」
この際もう、喜んでおくしかないだろう?
マジメに悩めばストレスが胃にくる派なんだよ、おれは!
「笑うしかねぇな、次から次へと……」
「こんなところにおったのか」
失敗した。
部屋を防音にしたのが裏目に出た。
「…おい、クソヘビ。
今すぐ出ていけ、ここには来るなと言ったはずだ!」
「なんじゃと? 何かわらわたちに知られては困る、やましい企みごとか?」
クソベビ一匹ならアテナが結んで放置している。
だからクソヘビは、当然、誰かの首にでも巻き付いているわけで。
まずい。
振り向けば、狼とは思えぬ愉悦の声を、それは発した。
「見ィィツケタアァ───ギャゥ!!」
狼だったはずのそれの顔を即座に叩き潰したが、間に合わない。
白い炎となり跡形もなくダンジョンに取り込まれたものの、この事実は決して無くならない。
見られた。
ティアを見られたという事実を、ティアに見られた。
「………ぁ」
「…ッ!!」
…考えろ。
「…おい、落ち着け。
何も気にすることなんて無いんだぞ?」
考えろ考えろ考えろ考えろ……
「見ての通り、もう倒して……違う、そうじゃなくて。
そう、あれだ! どうせいつかは、決着をつける必要があったんだから!」
何も問題ないという言い訳を、今すぐにここでひねり出せッ!!
でないと、
「むしろ、ようやくダンジョンにおびき寄せるための算段が立った! 今!
だから──」
──だが、おれの言葉はもう届かない。
ティアの視線は斜め下、視界の中にはおれはいない。
「──……はい。大丈夫です」
大丈夫? どこがだ!?
一体、何が大丈夫なのか言ってみろ!!
あきらめたような顔しやがって!!
おれを、信じろ!!
そう言いながら肩でも襟でもつかんでやれる勇気が、おれには無くて──
──その夜。ティアは我が家から姿を消したのだった。




