異変(2)
おれの指令を曲解したアテナによって、おれはアテナとティアの二人に密着、観察されることになった。
だが、これによって初めて自覚した事実。
おれの生活は思った以上に、忙しなかった。
町長さんの会合に出席する仕事だけでなく、我が家でも色々とやっていた。
落とし物センターをはじめとしたスライムたちの様子を見たり、作成したダンジョンを視察したり、ダンジョンコアとスライムから情報をもらって、その情報をもとに次の指示を出したり……
特に最後のダンジョンコア関連は、重要施設と機密情報なのでティアを連れて行くわけにはいかなかった。
それ以外も限られた時間ですべての確認を終える必要があるので、わりと早いペースで二人を連れまわすことになってしまって……
そんな中で、おれたち三人がようやく落ち着いた場所。
それは、おれが我が家を攻略せんと奮闘する冒険者たちを待ち受ける最後の砦、ボス部屋だった。
…おれの最も重要な業務が、「一番ヒマ」って、どういうことだ?
ちなみに今日は【らせん坂の日】だ。
らせん状に延々と続く坂道を、一番上のボス部屋めざして登っていく日である。
いつもなら、ダンジョンの監視映像を横目で見ながら「今日も誰も来やしねぇなー」と思いつつ自習する日なのだけど。
「…とはいえ、どうしたものか。
さすがに見せる訳には行かないし……」
「なんじゃ? おぬしの残忍な本性をティアに見せる訳にいかぬというのか?」
今日もティアの首まわりという定位置で、おれを無駄に煽ってくるクソヘビ。
べつにダンジョンマスターが侵入者に対して残忍なのは普通のことだし、その世知辛い現実をティアに見せて、知ってもらっておくのも良いのだけれど……
監視映像をオンにすると、巨大スクリーンに映像が映る──
──…むくつけき野郎共が、今日も我先にと鼻息荒く奇声を上げ合い、坂を登る。
汗だくになりながら、滑り落ちまいと床にねっとりとその筋肉を貼りつかせる、熱気まみれのその集団。
そんな中、やはり上からザザーッと滑り落ちてくる、ひときわ大きな男の、むさいケツ。
それを顔にもろに食らった男が、他の男たちを巻き込み奇声を上げながらくんずほぐれつゴロゴロと坂を転げ落ちていき──映像をオフにした。
「──感想をどうぞ?」
逆ギレするクソヘビ。
「汚らわしいものをティアに見せるでないッ!!」
「おまえが見せろって言ったんだろ!!」
「一生懸命なぶん、余計におぞましく見えるニャー」
「冒険者さんたちも頑張ってるんだから、おぞましいなんて言っちゃダメだよ?」
「………」
クソネコを抱きながら、衝撃映像にティアは目をぱちぱちさせていた。
理解が追いつかなかったか、と思ったのだが……
「…登るのはたいへん、だと、思います」
「ん?」
どういうことだ? と思うおれにモルフェが説明した。
「えっと、実はあのコース、アテナちゃんがティアちゃんを連れて一度、上からすべり降りたんだよ」
「すべり台じゃねぇんだぞ?」
たしかにそういう作りにはなっている。
降りる速度にさえ気を付ければ、楽しいアトラクションになるかもしれないけれど……
「…待て、あの坂の最後、落とし穴が開いてるだろ!?」
あの男たちと同じ末路をたどるはずだ!
まさかもう「蘇生後」なのか!? とティアを見ると、そうではないと彼女は答えた。
「あの、アテナちゃんといっしょに、飛び越えました」
タイミングはアテナが教えてくれたらしい。
……危険な遊具で我が子が遊んでいたことを後から知って血の気が引く保護者の気持ちって、こんな気分なのだろうか……?
「…とにかく、このボス部屋で見る中継映像が、とても一般人にはお見せできないものだってことは分かっただろう?
かといって監視しないわけにもいかないから、二人はもう別の場所に……」
スライムを抱えたアテナと、クソネコを抱えたティアが二人並んで抗議の視線を送って来た。
「「………」」
「なんだ二人とも? そんなにじっくり見つめても、おれは増えたり減ったり、点滅したりはしないんだぞ?」
「…そんなスライムさんみたいなこと、アルジィに期待してないと思うよ?」
するとアテナの腕の中の本家の方が、なにやらおれに主張してきた。
「ん? なんだ?」
するとスライムが、じんわりと黄色く光って、そのまま今度は赤い光へと変色した。
「…まさか、それで冒険者の接近を知らせてくれるってこと、なのか?」
パッと元のやや水色の透明色に戻った彼が、縦にムニっと曲がって肯定した。
そうか、そんなに器用なことまでできるのか。
…そこまで器用で、気配りもできるのなら、おれに忖度して二人を追い出す方向で協力してくれたって良いんだぞ?
二人を追い出しそびれてしまったおれは、なぜかそのまま、二人と一緒に「スライム積み」に付き合わされていた。
スライム積み。
それは、この透明で丸いやつを順番に一つずつ、縦に積み重ねる謎の儀式である。
崩した者が負け。だが、わりとあっさり崩れ落ちる。
崩れるがゆえに、再び積み上げる。
「…そう、罪の数だけ。それがこの賽の河原の」
「アルジィ、違うから。そんな罰ゲームじゃないから」
モルフェはそう言うが、三番目のおれの番にスライムを積み重ねると、あっさり崩れる。
…これって、スライム側のさじ加減で勝敗が決まるシステムじゃないよな……?
そして……そのまま続けてティアに勝利したアテナが、敗者であるおれの膝の上に座った。
「おい、そんなルールは今まで無かっただろ? 横目で見てたから知ってるぞ?」
「………」
おれの異議など認めないアテナは、そのまま第二試合を開始する。
「…え、えっと、失礼します」
「…どうぞ」
こんどはティアがおれの上に座る。なんだこれ?
「……じーっ」
モルフェが仲間になりたそうにこちらを見ている。
「そうか。そろそろ交代するか?」
「交代じゃなくて、参加するよ?」
うん、知ってた。
おまえがやりたいことも、予想できた。
だから全力でモルフェにだけは勝ってやった。
「スライムさんに殺気を飛ばすのとか、ズルくない!?」
「うるさい、だまれ、最下位も優勝も許されない接待プレイを強いられているおれの立場を少しは察しろ」
こうなるともう、黙っていないのはモルフェの方だ。
彼女もわりと、負けず嫌いである。
「…ぐぬぬ、スライムさんだと私の魔法も効きにくい……!」
「おれが正面で中和しているようなものだしなぁ、ククク……!」
「な、なんだニャ! あそこだけ魔力が、世界がヘコんでるみたいだニャ……!」
「…ちょっとティアを避難させて来る」
気が付けば、なぜかおれとモルフェで連戦しているのを、真ん中でアテナがじっと見ているという別の種目に変わっていた。
「やったー! やっと勝ったー!」
「…うん、とても良くがんばったね……スライムさん」
おれとモルフェにプレッシャーをかけられまくって、最終・マナーモードみたいにブルブルと低周波を出し続けていたスライムたち。
このまま続けるとパァン! と弾けるんじゃないか? なんて心配してしまったら……とうとうおれが負けてしまった。
「それじゃ、失礼しまーす」
「…やっぱり座るのか…………って、対面かよ!?」
対面座位ともいう。ごほうびか?
いっそ胸でももんでやろうかと思ったが……ティアの目の前でそれをやったら色々と終わる。
「えへへ」
「…おい、もう良いだろ? そろそろ降りろモルフェ。
…おれの周りをぐるぐる回るなアテナ、いっしょに座れそうな場所を探すな! 満席だ!」
そろそろ業務に戻らせろ、実はこれでも仕事中だ! 今!
…とはいえ、そっちの業務の方は、結局スライムたちがたまにちょっと黄色くなりかけただけで、赤にはピクリとも近づかなかった。つまり、いつも通りである。
それでも、油断するわけにはいかない。
少なくとも………「ティアは」まだ、安心などしていないのだから……
「アルジィ?」
「…いや、なんでもない」
「なんでもない、って顔じゃないよね?」
ティアの服装。ダンジョンとはいえ屋内なのに、赤黒い外套はまだ身につけたままだ。
「…大丈夫、ボクもアテナちゃんもいるよ?」
「耳元でささやくな。
…その言葉はティアに言ってやれ、と言いたいところだけれど……」
「…今はまだ、やめたほうが良さそうだね」
おれが気になるくらいだから、おれ以上に気配りができるモルフェはもっと気にかけているだろう。
「ティアちゃんには、時間が必要なんだと思うよ?」
「…その時間があるのかどうか、心配だ」
「…アルジィのそういう勘って、外さなさそうで心配だよ」
「………」
「………」
「………」
「……はわわ」
おれたち二人のこそこそ話を、じっと見つめていたケモノ二匹とアテナとティア。
おれたち二人のこの姿が、いやらしいポーズで睦み合う二人がイチャつきながら愛か何かを囁き合っている光景のように、第三者からは見えていると理解できたのは……しばらくあとのことだった。




