異変(1)
◆ ◆ ◆
いやだ。みんな、行かないで。
みんな死んじゃう。いなくなっちゃう。
私はもう、戦いたくなんてないのに。
だいじなみんなが、またいなくなっちゃう。
わたしのために、またいなくなっちゃう。
いやなのに。
わたしはただ、みんなとずっと一緒にいたい、
それだけ、なのに………
…いやだ、やだよ………
……誰か…………助けて……──
◆ ◆ ◆
「ちょっと来たまえ、アテナ君」
「………」
誰もいないところで、おれはアテナにこっそり依頼した。
「君に重要な任務を与える。
これから毎日、できるだけティアの近くで待機しろ」
「?」
首をかしげるアテナに理由を説明する。
「…人は、他人の痛みなど分かりやしない。できるのは、寄り添うことだけだ。
そして彼女にはきっと、それが必要……だと思う」
このまま放っておくと、そのまま消える。
…なんとなく、そんな予感がする。
「上手く説明できないが、彼女は危うい。これはおれの経験則だ」
「………」
納得してくれたのか、うなずくアテナ。
おれは礼を言い、彼女にティアを任せたのだった。
そのはずだった。
なぜか翌日から、業務時間以外のおれの側に常に「二人が」マン・ツー・マン・ディフェンスするようになった。
…二人の場合はマンツーマンって言わないのか?
とにかくアテナとティアが「おれを」見張るようになった。
…なるほど?
我が家でもっとも情緒不安定で危ういのはおれだからな?
だから二人はおれに寄り添ってくれているのか? ありがとうございます?
「それでティアさん? 君はこいつに、一体なんて唆されたんだ?」
「え、えっと、あの、その……」
なんだかどきまぎしてしまうティア。
答えづらい事情があるのは分かった。
「…いや、忘れてくれ。
深いことはあまり考えず、これからもこの子と仲良く遊んであげて欲しい」
そしてもう片方の、監視を頼んだはずが監視してきた問題児。
「………」
「…そんなにじっくり見つめても、おれは伸びたり縮んだり、点滅したりはしないんだぞ?」
「………」
「なんかしゃべれよ」
こうして、いつもしゃべるのをサボる子と、しゃべるのを戸惑う子、二人の無口ペアがおれをじっと監視することになってしまったのだった。
◆ ◆ ◆
その日の夜、おれとモルフェは街の住民会議に参加していた。
なにか問題ごとがある時には、こうやって町長さんの家に住民代表者たちが集まってくる。
そして今回の議題は「街の周辺で異常発生している魔物について」だった。
炎狼。名前の通りにその身に炎をまとっているという狼。
一匹くらいなら問題ない。刺激しない限りむやみに人を襲ったりもしない。
だが、彼らの縄張りに敵が侵入した場合、彼らは群れを成して襲い掛かってくるという。
そんな狼が、彼らの生息地とはいえないはずのサウスティアの街周辺に、しかも群れで出没するようになってしまっているという。
さらに問題がある。
氷狼。さきほどの炎狼の「炎」を「氷」にそのまま置き換えたような生き物だ。
炎狼と氷狼、明らかに生息地が離れているはずのそれが、同時にサウスティアに異常発生しているという話だった。
「…ここしばらく、ハンスにも調査をしてもらっているのですが、原因はまだ分かっていません」
町長さんが住民たちに説明した。
この街で一人だけの専業猟師の男、ハンス氏が町長からの説明を引き継ぐが、
「分からん」
「わからん、ってお前……」
「ハンスに分からねぇんじゃ、どうにもならねぇだろ」
言葉少なく眉間にしわをよせるハンス氏に、他の住民たちが文句を言う。
…なんだかハンスさんが悪いみたいになっている。
それだけハンスさんの腕を信頼しているからこその、期待の裏返しみたいなものか?
彼が何も分からないのならば、彼ですら分からないということが一つの情報になる訳で……
せっかくだから、おれも少し続きを聞いてみることにした。
「…あの、ハンスさん?
それって、何が何やらさっぱり分からない感じですか?
それとも怪しい点が多すぎてどれが候補か分からない、とかですか?」
「…後者だ」
おれが質問すると、ハンスさんはわりとすんなりと答えてくれた。
「つまり原因は複数考えられる?
それとも主要な一つの原因から派生している雰囲気がある?」
「前者だ」
「自然発生ですかね? 人為的に起こしたんですかね?」
「分からん」
「ハンスさんが知っている範囲で、過去に同じようなことがありました?
それともこんなのは初めてですか?」
「後者だ」
そんな風に、とりあえず分かる範囲で答えてもらおうと試みていると、町長さんも後に続いた。
「…あの、私からも良いですか?
その魔物の生態は──」
──そして、ハンスさんへの質問タイムが始まった。
みんなの質問が二択だからか、ハンスさんは次々に質問に答えていって、他のみんなも次々に質問して、情報がだんだんと集まっていった。
…始めたおれが言うのもなんだけど、こういう感じのクイズってあったよな?
それは赤いですか? 食べられますか? 果物ですか? ……答えはリンゴだッ! ブッブー、正解は血まみれのバナナでーす! みたいなやつ──
──だいたい意見が出尽くしたところで、住人の一人がハンスさんに言った。
「なんだよハンス、分からねぇって言っておいて、いろいろと分かってんじゃねぇかよ?」
「………」
あー、うん、そうだけど、そうじゃないよ、たぶん?
おれの感想も伝えておく。
「いえいえ、ハンスさんは『答えは』分からなかったと思いますよ?
それでも、皆さんがちゃんと話を聞いてくれたから、話せることを話してくれたんじゃないですか?」
「そうだ」
「「………」」
傾聴、なんて言葉があるくらい、人の話を聞ける人は少ない。
「それに口は災いのもと。
確証も無いことをうかつにしゃべると、後が怖いので」
「そうだな」
「…後が怖いって、一体なにが怖いんだよ?」
訝し気な目で見てくる住人たちに、おれが答えた。
「何が怖いって……会議という名の吊るし上げの場で、事情聴取という名の誘導尋問を浴びせられて、議事録という名の言質をとられながら、あらゆる矛盾や誤認で責め立てられたあげく、後に起こるすべての事象において『あの時おまえがああ言っただろう!』とすべての逃げ道をふさがれつつ、あることないこと全責任を負わされるのが、怖いんです」
「…そこまでは思っていない」
「「………」」
「…アルジィ? 黒いの出ちゃってるよ?」
なんだモルフェ、黒いの出ちゃってるって?
おれはあれか? 鷲づかみにでもされたイカか何かか?
町長さんが話を進めた。
「コホン、とにかく、ハンスさんのおかげで現状、分かっていること、分からないことが整理出来ました」
あと、炎狼と氷狼の生態についても詳しくなれました、と町長さんがまとめた。
こっちの世界にはいろんな不思議な生き物がいるようだ。
…結局、不思議な狼が異常発生した理由は分からない。
だけど……
「…仮に、おれがこのサウスティアを攻め滅ぼす側の立場だったら」
「「え゛っ」」
この件がいやがらせの一環ならば、有効な手だ。
謎だらけの生き物が異常発生、調査するのも大変だ。
そして、いやがらせは戦いの基本だ。
地味に相手の戦意と戦力を削ぎ続けるために、まずはいやがらから、そして最後までいやがらせである。
「…このいやがらせは本命? それとも陽動? これに隠れて別の何かを狙っている?
それをやるなら、今なら、雇った冒険者を送り込めば……」
「待って待って、アルジィ君! それについては一旦、先に私と情報を整理しよう!?
街のみんなが不安になっちゃうから!」
「「………」」
住民たちがみんなこっちを見ていた。
はい、ごめんなさい。
「…だが、アルジィ君に言われて、私にも思いあたる節がある。
つい最近、クロスティアで大きな出来事があった直後に、これだ。
無関係とも思えない」
町長さんの言葉に、住民たちもうなずき合う。
「…呪いの件か」
「解呪したことで、また別の手を打って来やがったか?」
「やつらなら、やりかねねぇな」
「まだ何も分からないが、この話はクロスティアやノースティアとも情報を交換しておこうと思う」
こうして街の住民会議は、しばらくの間は周辺の動向に気をつけてほしいという話で閉会した。
引き続きハンスさんと、元冒険者である町長の奥さんとで協力して周辺の警戒を続けるそうだ。
結局、うちで預かっている勇者ティアの件は、街の住人たちには言わなかった。
先に町長さんに伝えた時に、彼が無言で口の前に人差し指を立てたから。
伝える相手、隠す相手の判断は町長さんに任せておいた方が良さそうだ。
ちなみに今日の住民会議に、魔女ばあさんの姿は無かった。
魔女ばあさんはこの近辺に住んでいるらしいが、サウスティアの街の住人というわけではない。
ただ、こういう深刻な話し合いの時には、どこからともなくふらっと現れるらしい。
そういう意味では、まだそれほど深刻な状況では無いのだろうと町長さんは笑って言った。
…ところで、最近、魔女ばあさんが我が家にふらっと来るのだが?
つまり我が家はいろいろと深刻らしい。




