勇者と腹黒ダンジョンマスター(4)
かつてこの地はボーダーランドと呼ばれていた。
魔王国と帝国が争うこの国境の地に、魔族にその身を追われた少女がやってきた。
少女は魔族と人族、双方の軍を退けた。
そして都市長は『勇者ティア』の名にあやかって、この地を『クロスティア』と改名した。
それは帝国への牽制だった。
この地と勇者を認めぬのならば改名だけでは済まさない、魔王国へと寝返るぞ、という。
同時にそれは魔王国への牽制でもあった。
この『帝国の勇者』を狙うのならば、本格的に帝国も巻き込んだ戦争になる、と。
そしてクロスティア都市長は再び帝国と魔王国の緊張状態を作り出すことに成功した。
こうしてこの地に再び「つかの間の平和」が訪れた。
つまり、目の前にいるこの子(勇者)は、特大の爆弾である。
「なるほど、つまりおれの手にあまる、と」
「んなこと言っちゃいないよ。おい、蛇」
この地の歴史についてのおさらいを話しながら、魔女ばあさんはクソヘビの結び目をほどいてティアの頭の上にそっと乗せた。
「今からこの子の耳を塞いでおきな」
「なんじゃと? ティアに聞かせられぬ話でもするつもりか!?」
「…警告はしたよ」
「!」
クソヘビがサッとティアの耳をふさいだ。
ヘッドホンみたいだな? 器用なやつめ。
そして魔女ばあさんは声を落として、おれに語った。
「…クロスティア大戦。
魔族と人族の軍からその子を守るために、その子を慕う精霊たちの大半が消滅した。
これが今、その子が一人を選んでいる理由さね。
クロスティア都市長の保護からも逃れて、その子はまだ、あえて一人を選び続けているのさ。
……おい、もういいぞ蛇」
「「………」」
クソヘビがそっと耳から離れて、ティアが瞬きしながらきょとんとした。
…それはつまり、自分に巻き込まれて他の者達が死ぬことを、この子は恐れ続けているということか?
「あとは任せたよ」
「まかせたよ!?」
いやですよ! …なんて本人の目の前では言えない、けれど──
「──それは、ここがダンジョンで、万が一の時も蘇生できるからですか?」
「…………………そうだ」
「いま、もうめんどくせーから同意しとけ、って思いましたね?」
「その通りだよ! 良いからあんたがなんとかしな!」
「逆ギレからの丸投げ!?」
むしろおれが魔女ばあさんか町長さんに丸投げしようと思ってたのに!
…おれだって、この子を助ける「手伝い」くらいはするつもりだったぞ?
でも、女の子の保護とか、うちみたいな一般家庭(?)で引き受けるような話じゃねぇだろ!?
もっと街ぐるみの、しかるべき施設で責任もって保護するべきで……
…という保護に失敗したのが、このサウスティアの親分である、クロスティア都市長か。
「…この子を、町長さんにあずける、というのは?」
「足りないね」
足りない。
安全面か、政治的配慮か、それ以外か。
それはこの女の子が勇者様だからか?
国にとっての英雄、象徴、あるいは敵。
彼女を歓迎する者だけでなく、いなくなって欲しい権力者たちも大勢いるはずだ。
そうとなれば、一般家庭どころか街で匿うのだって難しい。
「彼女がふつうに歓迎されるなら、いまごろは帝国の首都あたりで悠々自適に暮らしている、ってことか?」
「そういうことさね」
それができないから、今のこの状況。
やっぱり特大の爆弾だった。
「…彼女を『隠す』ならダンジョンくらいしかないだろ、ってことですか?」
「ちゃんとわかってるじゃないか、安心したよ」
うん。詰んでる。
おれが町長さんの立場だったら、ダンジョンに隠しておいてくれない? って言いたくなる。
「ぐ、ぬ……」
「………」
でも、おれはおれで、こっちの問題だって色々とあるんだ!
おれが子供が苦手とか、おれに人を養うだけの度量が無いとか、うちはダンジョンだからこそ危ないとか……特に最後!
「…うちはダンジョンだぞ? 分かっていて、おれにあずかれと?」
「それでもここが一番、安全なんだよ」
ダンジョン調査隊やら冒険者やらにひっきりなしに狙われ続けるここが、最も安全?
ダンジョンコアなんて得体の知れない動力に頼りっきりのこの施設が、安全だと!?
……あんた、正気か!?
おれの心を見透かすように、魔女ばあさんがニヤリと笑う。
「そこが危険だとあんたが恐れているうちは、安全さね」
「…どういう屁理屈だよ、それ」
ここまで話して、ふと思い出す。
こいつを引き取るのはイヤだ、と聞こえてしまうような会話をずっと続けていたことを。
血の気が引いて、ティアの姿を横目で探して………ホッとした。
「……そうか。いつものやつか」
「……なにやってんだい、あれは?」
部屋のすみっこに、ティア、アテナ、モルフェの三人がいた。
二人にティアは見守られながら、三段重ねのスライムの上に、そーっと慎重にクソネコを乗せようとしているところだった。
「…ぷよぷよしたものを四つ積み重ねると、消滅するんです」
「なんの邪法だい、そりゃ?」
邪法ではない、いにしえの対戦パズルゲームである。
…とにかく、こっちの会話をティアに聞かれていなくて良かった。
きっとモルフェがそっとあっちに連れ出しておいてくれたのだろう。
ふりかえると、魔女ばあさんはおれを見ていた。
「………」
「…おれの顔になにか?」
「…ティアよりも自分の心配をしたらどうだい」
なんだか急に神妙な顔の魔女ばあさんが、らしくない態度で言い出した。
「これは、私のわがままよ」
「…はい?」
「私が手を出せば、摂理が曲がる。
だからといって、あなたに押し付けて良い話なんかじゃない。
…彼女がどんな末路を迎えようとも、それは人の世の摂理であって、私たちが手出しして良いものじゃないのよ」
「………」
「でも、あなたなら。
人族、魔族、神族それぞれの無法に巻き込まれたあなたが無理を通すのならば、いまさら文句は言わせない。
…あなたの迷惑を顧みずに、私の無法にあなたもまた、巻き込もうとしているわけね……フフ」
「……なんですか、そのスケールの大きな話?
まったく想定外なんですが?」
この人、一体どの種族を代表して言っちゃってるんだ?
謎がまた増えちまったぞ?
…ただ、この人の望みは単純だ。
その無理を通してでも、彼女をどうにか救いたい。
たったそれだけの話なのだろう。
あのスライム&ネコ積みに一生懸命な子に、幸せな明日を迎えさせたい。
たったそれだけが……できない。
…チッ。やむを得まい。
「…ティアが、あの子が救われたのなら、サウスティアの人たちも喜びますか?」
「勇者ティアに恩義を感じていない住人なんて、クロスティアにはいないわね」
「じゃぁ、もう、その理由で良いです」
「?」
深いため息をつく。ため息くらいは許して欲しい。
「…彼女をしばらくの間、あずかります。
これはダンジョンマスターである私の気まぐれと独断であって、サウスティアには一切、関係ありません」
クロスティアや勇者の事情は知らん。
ただ、ダンジョンマスターは、侵入者たちを迎え撃つ……それが魔王国や帝国であったとしても!
…っていう設定!! それでいいんだろ!? もう、やけくそだっ!!
「なんだい、その矛盾だらけの理由は?
…若いうちから細かいことばかり気にするんじゃないよ!」
「…歳くってりゃ何言っても許されると思うなよ、クソババア」
「!」
おれの憎まれ口に魔女ばあさんはしかめっ面を返そうとして……そのまま失笑したのだった。




