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とある男の終わりと、延長戦(3)

 むしろ熊より弱かったら()ってしまっていた。


 危ない。魔王が強くて助かった。

 それにおれのじゃないぞコレ、祖父(クソジジイ)の技だ。

 だからとっさにコレが出たのは、完全に神のせいである。もう許さん。


 両膝(りょうひざ)をついたままの魔王の姿に、神が「あわわ」と、かわいくもない声を上げた。

 …今すぐにそれを断末魔の悲鳴に変えてやるから、次は「ぎゃー」とでも鳴いてみせろッ!!



(ま゛)、で……」



 かすれた声で魔王が(うめ)き、そのまま……ゴロンと仰向(あお)けに倒れてしまった。


「……(おれ)の負けだ。君の望みを言いたまえ」


 そんな言葉に驚く残りの三人。


「ええっ!? ちょっと魔王君!?」

「ッ!?」

「…!」


 それぞれに目を見開いた神と皇帝。

 大の字に倒れたままの魔王の姿に、ハラハラしている女の子。


 …そして、それでもやめない悪党のおれ。


「本気でおっしゃってますか?」

「………」


 さっさと起きないと(とど)めを刺すぞ?

 それなら遠慮なく、今度はその顔をグリグリ踏みつけて泣かすぞ?

 おれは本気だぞ?



「………」

「………」



 ………そうか。


 大した野郎じゃねぇか。

 ここであえて引いてみせるのか。こいつは。


 ……その覚悟は()んでやるべきなのだろう、が……


「…でも、そう言われても。

 さっきも言った通りおれの望みは、海辺でひっそりと貝に……」


「………」


 おい!? 悲しそうな目で「それは無理」とおれに(うった)えかけるな!

 じゃあ何だよ!? おまえはおれに何ができるんだよ!



 …無意識に眉間に当てた指が空を切る。

 ……あれっ!? そういえばおれ、眼鏡(めがね)かけてないぞ?

 なのに、はっきり見えてる?

 なんでだ?



 少しの混乱と、正気に戻りはじめた脳で、おれはようやく前向きな意見が口にできた。


「……それなら。

 まず、あなたの口からちゃんと事情を話してくれませんか?」


「…(うけたまわ)った」


 おれの言葉に返事をしながら、魔王はその身を起こしたのだった。



 …実はあの()り、あんまり()いてねぇな?

 あれでクマを倒したって実はウソだろ? クソジジイめ。

 魔王はやっぱり頑丈だった。




  ◆ ◆ ◆



 こちらの世界(?)での謝罪の作法。


 謝意を示す段階として、頭を下げる、土下座、土下寝、土下埋めと順に悪化していくらしい(?)。

 特に後半は「さぁ、あとは首を()ねるだけです」という姿勢である。

 過去の歴史においてもそのまま斬首という流れも決して少なくはなかったのだとか。

 まさに異世界と異文化、わけがわからない。


 だからそこにいる正座おじさん、うつ伏せじいさんは無視することにする。


()める」を選べないのはこの謎の白空間では地面を()るのが大変だからだ。


「あ、あの? 良いんですか?」


 ここでようやく女の子が言葉を口にした。やさしい子らしい。

 だが、おれも魔王も冷たかった。


「なんのことだ? おれの視界には何も入らないな」

「構わない。放っておきたまえ」


 そのまま謝罪組二人を放置して、おれは魔王に話を聞いた。

 一体どこから用意したのかテーブルをはさんで席につき、おれと魔王と娘さんの三人が座る。


「君が住む予定の場所は、西の我が領域と東の人族の領域の境界の、そのやや南に位置するサウスティアの街になる予定だ」


「えっと、それってつまり、危険地帯ですよね?」


 その二つの国は敵対してるって、あんたさっき言ってたよな?

 そんなおれの疑問に、彼は女の子の方に視線を向けながら答えた。


「そして彼女は、その街の(おさ)の一人娘だ」

「ごめんなさい、危険地帯とか言ってしまって」

「あ、あやまらないでください!」


 おれが即座に頭を下げると娘さんは首をぶるぶると横に振った。


「わ、わたしの方こそ、わたしなんかが……」


「その街の(おさ)は……病床の身にあってな。

 代わりに彼女に来てもらっている」


(かさ)(がさ)ね、申し訳ありません」

「いえ、そんな……」


 そのサウスティアという街については彼女と町長から詳しい話を聞いて欲しいと魔王が言った。


「そして俺からは君に、これを贈ろうと思う」


 そう言いながら魔王がテーブルの上に置いたのは、手のひらサイズの水晶玉っぽい何かだった。


「これの呼び名は、創造の宝玉、(いつわ)りの神具などいくつかあるが、今は迷宮(ダンジョン)(・コア)と呼ばれるのが一般的だ」


「なんだか怖いもの渡そうとしていませんか?」


 手に取ってみれば、言い(がた)いような何かを感じる。


 きれいな玉というだけではない、なんというか、温かい? 熱い?

 でも温度とは違う不思議な感触が水晶玉を持つ手に伝わってくる。


「その道具は周囲の魔力からあらゆる事象を学習し、領域を広げ、やがては万物(ばんぶつ)を創造できるようになる」


「やっぱり危険物じゃないですか?」


 万物を創造って、あなた。

 そこにいる「うつぶせ」がやる仕事だろ、それは?


「危険かどうかは使い手次第だ。

 刃物ひとつだって料理器具にも武具にも化けるだろう?

 俺にとってそのダンジョンコアは便利な生活用品の一つだ」


「こんなものが生活用品コーナーに並んだら、社会が崩壊するだろ?」


 お掃除用品コーナーで、掃除機のとなりに火炎放射器やらミサイルやらを並べるようなものである。汚物は消毒ダァー、って。


「それに君には特に、おすすめだ」

「特に、おすすめ?」


「うむ。渡り人である君はまだ、こちらの世界の常識が分からないだろう?

 きっと日々の食料を調達するのにも難儀(なんぎ)することになるだろう。

 そこでこのダンジョンコアだ。

 これさえあれば、こちらの常識の範囲内で、君の願う食べ物だって創造できる」


「…カレーライスとか、作れるんですか?」


「ふむ? その食べ物がこちらに存在し、その土地で作ることが可能ならば即座に。

 こちらに存在しないものならば、類似した代用品で時間をかけて。

 それが料理ならば、構成する素材次第で作成が可能だ。

 それに今すぐは無理でも、ダンジョンコアが成熟したあとなら作成が可能になるかもしれない」


「なるほど……」


「ただし残りの魔力には気をつけたまえ。

 時間経過とともに大地の魔力を取り込むが、()まった魔力を使い果たせば、そのダンジョンは崩壊する」


「やっぱり危険物じゃねーかよ!?」


 それに加えて、ダンジョンコアは話の内容からも非常に希少なアイテムらしい。

 ダンジョンコアを奪い合い、争いが起きてしまうほどの希少品だ。


 だからこれの所持者は、これを奪われないように必ずと言って良いほどにまずは防衛施設(ダンジョン)を構築しようとする。


 すると今度は、ダンジョンのせいでコアの存在が発覚する。

 やがてそれを求める冒険者達と、彼らを迎え撃つ迷宮主(ダンジョンマスター)との熾烈(しれつ)な戦いが幕を開けるのだとか。


 つまり、命がけのカレーライスである。


「…馬鹿の一つ覚えみたいに一週間分のカレーを作りだめしていた頃が、もう、遠い日々のようだ……」


「…そうか。いつかその『かれー』というものを俺も食べてみたいものだな」


 なお、冷凍庫もダンジョンコアの力ですぐに作成できるらしい。

 氷のように周囲を冷やす「魔法のアイテム」は、一般家庭にも流通しているそうだ。


 ……やったね、これで一週間分の料理を作りだめできるゾ!

 もちろん、問題はソコじゃない、現実逃避なのは自覚しているヨ!



 結局、魔王さんとの面会はほぼダンジョンコアについての取り扱い説明だけで終わってしまった。



 他にも色々と聞くべき話はあったのだろうが、気が動転して、特に自称神とのやりとりのせいでおれは(つか)れ果てていた。


 もっとも冷静であろうがなかろうが、今のおれに選択肢はない。


 だからこそ魔王さんもおれを気の毒に思って、破格の初期装備(?)を渡してくれたのだろう。

 よし、カレーライスの前にまずは和室だ。

 まずは何もない四畳半(よじょうはん)でもつくって、一日中ぼんやりして過ごそう。まずは現実逃避だ。



 疲れとあきらめでぐったりしていたおれは、その時、自称神の「わしからも頼りになる仲間を送るんじゃよー」という言葉をすっかり聞き流してしまっていたのだった。



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