勇者と腹黒ダンジョンマスター(3)
翌朝、女の子のことはモルフェに任せて、おれ一人だけ茶室で朝食をとった。
朝食くらいはおれの顔を見ずに落ち着いて食べたいだろうという、おれなりの配慮のつもりだった。
久々の一人の食事……そう、おれはずっと、一人の方がふつうだったな……
なんて一人の食事を噛みしめていると、食べている途中で、アテナがひょっこり現れた。
「どうした? 何かあったのか?
…違う?
もう食べ終わったのか!? 早いな!」
一人で食事するおれの様子でも見に来てくれたのか?
なんだか余計な気をつかわせてしまったようである。
「………」
「……でも、そうやってじっと見つめられるのは、なんだか食べづらいのだけど?」
「………」
「なんかしゃべれよ」
そんな朝食の後、おれは食堂の方へと移動した。
今度こそ、謎の女の子に事情を説明してもらうためである。
食堂にいたのは二人だけ。
アテナのために買ったワンピースを着て、その上にあの血なまぐさい外套をはおった女の子。
それともう一人いるのはモルフェ。
「…昨日のケモノたちはどうした?」
「…その、出さないように、してます。ご迷惑、おかけしない、ように……」
おどおど答える女の子をモルフェが助ける。
「えっとね、アルジィ。
ティアちゃんの精霊はいま弱っているから、彼女の中にしまっているんだって」
精霊を? しまう?
うん。謎が増えた。
昨日のクソ蛇とクソ猫、あとはヒヨコとカメだったか?
言われてみれば確かに弱っていたのか、ヒヨコは眠りっぱなしでカメは引っ込んだままだった。
そういうわけで今日はケモノ……精霊? とにかくあいつらの姿は無い。
「それなら……」
女の子の方に話を聞けると思ったけれど、こっちはこっちでどうも遠慮がちというか、おれにはしゃべり辛そうというか……
「…モルフェがおれに説明してくれる?」
「なんで? ティアちゃんに聞いても良いんじゃないのかな?」
「え、えっと……」
すると女の子……ティア(?)がごそごそと自分の影(!?)に手を突っ込んだ……!?
…そこから何か、ズルリと取り出す。
「タコさん、です」
「おや? もう私の出番ですか?」
「「……」」
取り出されたものは、なんだか丸いタコだった。
彼女の両手で胸に抱かれたタコさんが、おれたちの方を見てピタリと止まる。
「…………これは。
もしかして、絶体絶命ですかティアさん?」
おれ、モルフェ、あと部屋のすみっこでスライムを積み上げているアテナの姿になぜかキュッとおびえるタコ。
おれだって、いきなりタコが召喚されて戸惑っているのだけど……とりあえず状況を伝えてみる。
「彼女の事情を説明する係としてあなたが呼ばれました」
「ああ! そうでしたか!
初めまして。私の名は暗黒──……タコさんです」
「そうか。暗黒タコさんか」
どうやらまともなやつは一匹もいないらしい。
「さて、我々のことについて私から説明することも吝かではないのですが……ここは一つ、信頼できそうな方に代わりに説明して頂くことを提案します」
「信頼できる方?」
「はい。このサウスティア近隣に住んでいらっしゃる魔女様についてはご存知ですか?」
「ああ、『魔女ばあさん』のことか」
「そうです、そうです。その方です」
どうやら魔女ばあさんがこの子たちの身元を保証できるようだ。
「ではさっそくですが……こちらに飛行紙はありますか?」
「ひこうし?」
「通信用の道具だよ、アルジィ」
モルフェからおれに説明が入った。
手紙を遠隔地に届ける魔術、それ専用の紙がこの世界にはあるらしい。
うちのダンジョンコアでも作れるらしく、スライムがその紙をすぐに持ってきてくれた。
「ああ、ありがとうございます。
ではでは、ちょっとお手紙を書いてしまいますね………
…拝啓、麗しの魔女様。
漆黒の夜のごとく深まる愛と、流星のごとく儚きこの想いに身悶え続ける今宵、三日月のように素敵なあなたはいかがお過ごしでしょうか──」
タコのくせになんだおまえ?
それと今は朝だ、夜じゃねぇ。
…それに、その書き出し、あの魔女ばあさんが読めば本文に入る前に、ゴミ箱に入るんじゃねぇのか?
ちゃんと呼び出せるのか不安になってきたんだが……
書き終えたタコが、その八つ足で器用に手紙を折りたたんでいく。
そして完成したのは、まさしく紙飛行機。
タコが紙飛行機をひゅっと投げる、シュールな光景。
スィー…と飛んでいく紙飛行機が……半透明になってそのまま、部屋の壁を突き抜けていった……
…そうか。これがこの世界での通信手段か。なんだか、あまりに不思議すぎる……
こまったなー、まだ朝なのに今日はもうくたびれてきた。
「さて。手紙も出し終わりましたので。
恐れ入りますが、あのお方がいらっしゃるまで、どこか隅っこで待たせて頂いてもよろしいですか?」
「あ、はい。
…たぶん魔女ばあさんなら、来るとしても営業時間終了後だろう?
それまでこの二人のことはモルフェたちに任せても良い?」
「うん。いいよ」
今日の日替わりダンジョンは【円柱の日】。
底の見えない奈落から長い円柱が乱立していて、それを足場に跳びながら落ちないようにゴールを目指す日だ。
第一チェックポイント──そこの非常口から棄権できる──までたどり着いた冒険者たちは何人かいた。
だが、ボス部屋どころか、第二チェックポイントまでたどり着いた者は一人もいなかった。
今日も残念ながらいつも通り。
おれは一人、ボス部屋で石板端末を使って自習しているうちに、一日が終わってしまったのだった。
そして営業時間終了後に、予想通り、魔女ばあさんがやって来た。
「あんた、今度は一体なにをやらかしたんだい?」
「……いろいろやらかす前に、ご相談したくてお呼びしました」
そして魔女ばあさんは、部屋の片隅へと視線を移す。
「…それで、そっちの蛇はなんなんだい?」
それはティア、ネコ、タコのさらに隣で、キュッと結ばれて放置されているクソヘビだった。
業務中にモルフェから報告を聞いて、おれもそのまま放置していた。
「そのクソ蛇がこっそりダンジョンコアに向かっているところを、従業員たちとアテナに目撃されたそうです」
「わ、わらわただ! 道に迷っただけで!」
「我が輩はちゃんと止めたニャー」
「私も止めましたが、実際どうなるか体験した方が早いとも思いました」
その結果が、アテナによって捕獲、かた結び、放置である。
さすのモルフェも、今回はほどいてはあげなかったらしい。
「…それで? あんたがなんでここにいる? 暗黒卿」
魔女ばあさんに物騒な称号で呼ばれたのは、ネコではなくタコの方だった。
「つい先日、うっかり釣り上げられてしまいまして。
晩ごはんになる代わりに、仲間にならせて頂きました。
あと、私はタコさんです」
「…………そうかい」
「そうかい、って」
魔女ばあさん? あきらめずにもう少し事情聴取を続けて欲しいなー?
なんだよ、釣り上げられたって? 一本釣りか? タコを? どこで?
晩ごはんを、仲間に? どんな勧誘だ?
あと何だ、暗黒卿って。そんな名前のくせに、釣られるな。
さらに魔女ばあさんはモルフェの方へ視線を移す。
…なお、アテナは部屋の隅でスライムを縦に積み上げて遊んでいる。おまえもこっちに参加しろ。
「…おおかたティアをここに呼んだのはあんただろう?」
「……はい」
「別に責めちゃいないさ」
…モルフェが呼んだ?
…へー、そんなこともできるんだ? 魔術か?
そこからは、おれから魔女ばあさんにこれまでの経緯を説明した。
この子がうちの落とし物センターで眠っていたこと。保護すると一日ぐったり眠り続けていたこと。目覚めてすぐクソヘビ、クソネコと揉めたこと。
暗黒タコに魔女ばあさんを呼んだ方が早いと助言を受けて、結局、まだおれはこの子が何者なのか誰からも説明を受けていないこと……
…そんなおれの話を一通り聞いた魔女ばあさんが、ため息をついてから、おれに語り始めてくれた。
「…その子は、勇者ティア。
このクロスティアの名前の由来がこの子さね」
あー、勇者、来ちゃったかー……




