勇者と腹黒ダンジョンマスター(2)
女の子が目を覚ましたとモルフェに話を聞いたのは、今日の営業時間が終了した時のことだった。
おれとモルフェで、彼女が休んでいた部屋へと向かう。
そこでおれが、目にしたものは……
…自分の寝ていたベッドの上に、せっせとペット(?)を並べている女の子の姿だった。
抱えるくらいの大きさの白い子猫?
それと同じ大きさの、縮尺がおかしいオレンジ色のヒヨコ?
手足を引っ込めて置物みたいになっているカメ?
「お、おい、ティア」
…それと、女の子の首周りにゆるく巻き付いているヘビ……小さな鹿の角みたいなのが生えた青いヘビ?
……しゃべったな、ヘビが、いま?
こっちを見ているヘビの言葉に、振り向く女の子。
そして、固まった。
なんだか森でクマにでも遭遇してしまった女の子か、石化する魔物ににらまれた勇者みたいに、目を見開いたまま動かなくなった。
「………」
「あ。お取込み中みたいなので、また後で来ます」
「なんでアルジィが逃げるの?」
止めるなモルフェ。こういう時は逃げるに限る。
これでうっかり泣かれでもしたら、問答無用でおれのせいになっちまうんだぞ!
おれは子供が苦手なんだ!
だが、そんなおれの不安をよそに、女の子ではなくその首に巻き付いていたヘビの方が口を開いた。
「そなたがこのダンジョンの主か?」
その眼光は魔術だった。
「わらわ達を保護してくれたこと、ティアに代わって礼を言おうぞ」
すぐに分かった……毎日欠かさずとは言えないが、この世界に来て以来ずっと訓練は続けている。
特に魔術はみっちりと、モルフェ先生から実戦形式で習い続けている。
「ところで、急な話だが。
そなた、ティアの身の安全を保障せよ」
だから、その程度の洗脳魔術は、まるで効かない。
「…弱者を保護するのは強者にとって、当然の権利と義務。
弱者を庇護できる強者たることは、誉れじゃろう?
そなたが真のダンジョンマスターであるのならば、この娘を守れ。責務じゃ。
強者ゆえに、人の上に立つ者には為さねばならぬことがある。分かるじゃろう?」
…本来であれば、鼻で笑って許してやるくらいの度量を見せれば良いのだろう。
強者なら、な。
たとえ自分に牙をむいても、一撃くらいは多めに見てやれるのが強者の優しさだ。
こうまでせねば守れない。
このクソヘビは、もう後が無いことを自白している。
必死に危機を逃れようとしている。
それを察して、助けてやるのが大人だろう。
「おぬし、この娘が不憫だとは思わぬか?
かわいそうだとは思わぬのか?
なればこそ、そなたが善行を積み、この娘を導く機会と栄誉を今ここに授けよう!」
だが、おれの心は広くない。
「…へぇ? それで?」
「あッ、アルジィ!」
肩にかかる前に、モルフェの手をよけた。おまえは引っ込んでろ。
おれの殺気に反応したのか、ヘビの瞳孔がキュッと閉まる。
「…………それで、とは?」
そうか、やはり自分の言動に疑問は無いのか。
「……なるほど、確かに『か弱い』者を守ることは大切ですね?
一説には『かわいい』とは『か弱い』が語源だとされています。
母性や庇護欲をそそることは生存手段として正しいのでしょう」
「…そ、そうか?
ならばこそ、そなたが……」
「だが、そのか弱いがニセモノだと感じた時、その感情は裏返る」
「は?」
「懐で大事にかわいがっていたものが実は毒蛇であると疑ったなら、もう抱きしめてやることなどできやしない。
かわいがるとは、強者のわがまま。
自分に牙を立てられぬ無害な相手だからこそ、何も考えずに愛せるのです。
獲物を狙う眼光を、自分に囁きかける悪意を、はたしてあなたは、愛することができますか?」
「……そ、それ、は」
「それに、誤解がありますね?
ここは決して、安全では、無い。
良いのですか? …カワイイとは限りなき無知か、たゆまぬ努力のいずれかのみによって完成する技です。
こんな危険なダンジョンで、この先も命がけでカヨワイを演じ切るなんて……とても正気の沙汰とは思えません」
「………」
「すでに剝がれ始めた化けの皮が、あまさず財布や靴に加工されてしまう、その前に……
…この私からみごとカヨワイ地位を勝ち取って、安息の日を、守り続ける自信は、覚悟は………あなたに、ありますか?」
「ッ!!」
「…………………」
「…」
「…………………」
「…わ、わらわは……ただ……」
「…情に訴えたくば、相手と言葉を吟味しなさい。失格です」
「………」
「まぁまぁ、二人ともちょっと落ち着くニャ」
そこに割り込んできた、もう一匹。
…今度は子ネコ? …子虎?
ずんぐりむっくりしたそいつが、ヘビを首周りに巻いたまま目を丸めている娘めがけて飛んだかと思えば……消えた?
娘の「中に入った」?
そして娘の頭にぴょこんと現れたケモノ耳。
娘の身体を乗っ取った、のか?
黒髪だった女の子が、ネコの毛色と同じ白へと、みるみるうちに変化する。
「主さんも、これを見て落ち着くにゃ」
そのままいそいそと娘の声と身体を借りて、床に仰向けに寝そべる猫耳娘(?)。
「…それは、なんの真似だ?」
「服従のポーズにゃ」
……そうか。そうか。
本当に、貴様らは……
「へぇ? なるほど?」
怒りのあまり、再び脳がサッと凍える。
「たしかにそれをうちの二人にやられたならば、私の理性も消し飛ぶでしょうね?」
「…その角度からじっと見つめられると、恥ずかしいニャ」
「アルジィ、ぜんぜん熱がこもって無いよ?」
「それで? いま、あなたはなんと言いましたっけ?」
「……ふ、服従のポーズにゃ」
「服従? 抵抗の意思はない、という解釈でよろしいでしょうか?
その娘の身も心も、良いように弄ばれる覚悟ができたということですか?」
「も、もてあそばれるのは困るニャ!」
「目の前の飢えた猛獣を前に、降伏宣言?
なるほど、マニアックな自殺志願者が、ドMでしたか。
ですが、あなたお一人ならばまだしも、二人ご一緒に?
言葉一つで道連れなんて、なかなか貴方も罪なお方だ」
「……どちらかというと服従よりも、謝罪の意味だったニャ」
「ほう? 今度は、謝罪?
謝罪する側、される側、双方にひと欠片の信頼なり思慮なりがなければ、それは成立しませんよ?」
「まるでかけらも信じて無いみたいな言い方だニャ?」
「信頼のない他者の謝罪に求めるものなど、謝意ではなく、娯楽です。
誰かを吊るし上げ、下に踏みつけることで得られる優越感と愉悦。
立場弱き者をつくりだしては袋叩きにする醜い興奮。
いつの時代も生贄の儀式は、楽しいですからねぇ?」
「そ、そんなつもりではニャ…」
「…ですが、われわれの謝罪は、そうではない」
「ッ!?」
「この誇りと尊厳と引き換えに、おまえは何を譲歩して見せるのだ? という恫喝。
この恨みを、この憎悪を、その目と耳に焼き付けろ! という誓い!
楔はもう、打ち込まれた。
たとえこの身が朽ち果てようとも、おまえの顔は忘れない。
おまえと、おまえの仲間、家族、子孫、おまえに関わるもの全て、逃がしやしない。
この先、未来永劫、末永くナカヨクシマショウというご挨拶の、その第一歩です!」
「………」
「する側、させる側、双方が相応の覚悟を以て行うべき儀式。それが謝罪です」
「びっくりするほど重い謝罪だニャ」
「…それで? 服従と謝罪、それはどちらのポーズでしたっけ?」
娘の体の中からサッと子ネコが飛び出す。
そしてそのまま、子猫が一匹、床にコロリと仰向けに転がった。
「我が輩からの謝罪だニャ! ティアにゃんは関係ないニャ!!」
「…その身を捧げてでも守りたいという、心意気だけは認めましょう。
ギリギリ及第点です」
「で、できれば捧げたくはないニャ。もう許して欲しいニャ」
ああ。
…あああ……どうしようもなく……苛つく……!!
この娘が哀れで、このケモノどもが腹立たしくて、自分の心のせまさが苛立たしい……!!
初手で襲い掛かって強者のふり、失敗とみるや手の平返しで弱者のふり、どちらも縊り殺したい……
「…でも、貴方たちは何も間違ってはいませんよ」
「「は?」」
そしておれ。こいつらから見る、おれという脅威。
絶体絶命の時に必ず現れるもの、それは救いでは無く、「止めを刺す係」だ。
弱った獲物の叫び声を、やつらが見逃すはずがない……
「……次はもっと上手く騙しなさい」
「「!!」」
「………」
誰も信じるな。
一人になりたい。
その部屋の連中を放置して、おれはその場を立ち去る。もう、むりだ。
吐き気がする。たえられない。
「ただ一言、助けて欲しいって言えば良かったと思うよ?」
遠くに聞こえるモルフェのその言葉は、まるで遠き日々に向けて放たれたようで……「言えるわけ無いだろ!!」と泣き叫ぶ子供の姿を幻視してしまったのだった。




