勇者と腹黒ダンジョンマスター(1)
◆ ◆ ◆
国境からやや西へ入った魔王領の、とある森の奥。
そこは呪いの氏族と呼ばれた術者達の本拠地があった場所。
今はもう一人の冒険者に破壊、制圧されてしまって、見る影もない。
「あれっ!? もう呪い、解呪できたの!?」
「だからそうだと言うておろう!!
術師は全員、強制解呪の反動で死んだッ!!
主様は我らを置いてどこかに行かれたまま!!
ここに残っておるのは、主様に逃げられぬ呪いをかけられた者達だけだッ!!」
「そっかー……結局、間に合った……で、いいのかしら?
…まぁ、メイヤーが無事ならどっちでも良いか……ハァ……
………さて、気を取り直して」
「…お、おいぃ!? もうすべて話しただろう!?
放せッ、もう放せぇ!!」
「すべて? まだ、肝心の主様の居場所を聞いてないわよ?」
「だからッ!! 我々も知らぬと言うておる!!」
「そ。要らないなら、まずは一本目」
女剣士がその刃を、法衣の男の肩口に添える。
「や、やめろ!! やめてくれ!!
本当に知らないんだ!!
も、もう許してくれ!!
『腕千切りのソニア』!!!」
「あら、失礼ね?
千切っちゃいないわ。ちゃんと斬ってるわよ」
◆ ◆ ◆
いつものように町長親子の家に報告、相談、上納金の納入(金額はいまだに係争中)に行ったら、その日はついに、町長の奥さんが帰って来ていた。
そしてそのまま、なぜかおれは頬をムギューとつねられていた。
「お、お母さん!?」
「…ソニア………ごめんねー、アルジィ君」
「にゃんれう、おえ?」
別にそんなに痛くはないけど、何ですか、これは?
そう思っていたら、次は両手をとられて、そのまま深々と頭を下げられた。
…ほんとに、なんで?
「…私の家族を守ってくれてありがとう。このご恩は決して忘れません」
「…えっと、お気になさらず?
町長さんにはおれもお世話になっていますので?」
どうやらこれ、以前、町長さんの呪いをダンジョン蘇生で強引に解呪した件についてだった。
奥さんのソニアさんは元上級冒険者で、さっきつねられたのは八つ当たりらしい。
彼女が魔王国に行っている間に、おれが勝手に解決してしまったことへのささやかな抗議活動だった。
彼女が魔王国へ行っていたのは、クロスティア地方に呪いをばら撒いたとされている『呪いの氏族』を探すため。
その一族を見つけ出して、呪いを「元から断つ」ことが彼女にとっての悲願だった。
…元から断つ? どうやって?
「えっと? それで、元から断つことには成功したんですか?」
「………」
答える代わりに、ニッコリほほえみ返されてしまった。怖い。
…娘さんがいる前では、続きを聞かない方が良いっぽい……?
すると、町長の奥さんが不満げな顔に変わった。
「でも、肝心なやつがまだ見つかってないの。
あいつがこのまま黙っているとも思えないから、あとはこっちで待つことにしたのよ」
あいつというのは、クロスティアの呪いの元凶とも言える魔術師だった。
その魔術師は、かつてこのクロスティア(旧ボーダーランド)の地で勇者に手ひどくやられて、それ以来ずっと魔王国側に隠れてしまっていたそうだ。
勇者の方もまた、その魔術師の襲撃によって仲間の精霊の大半を失ってしまい、今はその身を隠しているそうである。
「もちろん都市長も勇者を保護しようとしたのよ?
でもあの子……勇者のほうから姿を消してしまったのよ」
困り顔で話す町長の奥さん。
いろいろ事情はあるようだけど、そっちはおれが関わるような話ではなさそうだ。
なにせ魔王国と帝国に関係するような、政治がからむ話である。
かつてはボーダーランドと呼ばれていた、今のクロスティアのなりたちには勇者が深くかかわっている。
そのクロスティアの都市長? が、勇者をどう扱うのかは政治に大きく左右される。
極端な話、東西の国に「攻め込まれたくなければ勇者を差し出せ」と言われたらクロスティアを守るために差し出す、あるいは逆に「勇者をてめぇの国に攻め込ませるぞ!」と脅し返す、それをやるのが都市長の業務なのである。
だから、ポッと出のおれが口をはさんで良いような話ではない。
「…また何か企んでいるのかい、アルジィ君?」
「やだなぁ、町長さん。むしろ、無関係でいることに必死なんですー」
「またまた、そんな」
「いえいえ、そんな」
「あらあら、二人とも仲が良いのね?」
このまま夕食でもどうかと誘われたけれど、今日はおいとまさせてもらった。
夕食は我が家で(おれが)つくる必要がある。
最近はモルフェもがんばって料理をつくっているけれど、その成功率は半々くらい。
つまりふつうの初心者だ。
おれもかつては大量の失敗作を前に、もったいないから食べる、腹を壊しそうだから捨てる、そのギリギリの見極めに日々悩んだものである。
今は多少の毒物くらいは、スライムたちがモリモリ食べるからもったいなくない。
その点ではモルフェさんはとても恵まれている(?)のだろう。
◆ ◆ ◆
おれは後に「フラグの回収が早かったな」と回顧することになる。
毒物の方では無い、もう片方の話である。
朝起きたら、おれの上にアテナが乗っていた。
アテナが乗っていたから起きたとも言える。
深い。 …いや、ちっとも深くねぇな。
まだ寝ぼけているようだ……
頭が目覚める時間も与えられないままに、おれはスライムを頭の上に乗せなおしたアテナに手を引かれて歩いていた。
なんでスライム? とか、なんでアテナが? とか。
なぜ、どこに連行? とか……
ツッコムべき情報量に頭がまだ追いつかずに……ねむい……いま何時だよ?
まだ朝か夜かでいえば、判定勝ちで夜のはずだぞ?
地上へ向かう「落とし物センター行きエレベーター」に乗せられる。
営業時間外の来客でもあったのだろうか?
そういうことならちょっと、まじめに目を覚ましておかなければならない……
…深呼吸して、頭のスイッチを強制的に「臨戦態勢」に切り替える。
エレベーターが到着すると同時に、アテナを下げておれが前に出る。
感じた気配の位置、周囲を視認、他の敵影は無し。
二人。片方はモルフェ。
そしてもう一人は、モルフェの膝の上に頭を乗せて眠っている、アテナくらいの小柄な子。
清潔とはいえないくたびれた服の上に、ボロボロの赤黒い──たぶん血の匂い? そんな物騒なものをしみこませた外套をその身にまとう、耳のとがった………魔族? たしか魔王さんの耳もそんな形だったか?
そんな人族ではなさそうな女の子の眠りを見守っていたモルフェが、おれに気づいて振り向いた。
「……アルジィ」
「…その子に、怪我は?」
「あっ、それは、大丈夫だよ?」
「ここで寝かせる訳にも行かないだろう? 問題ないなら、下まで運ぶぞ?」
申し訳なさそうな顔をするモルフェには何も言わせず、ひとまずその子を保護することにしたのだった。
その女の子についてはモルフェとアテナに任せることにして、朝食後はおれ一人で通常業務につくことにする。
今日もダンジョンはふつうに営業日だ。
とはいえ、ボス部屋まで冒険者がたどり着く可能性は極めて低い。
おれ一人で待っていたところで、たぶん今日も問題ないだろうという悲しい現実があるのだけれど……今日ばかりは誰も来ないほうがいいなーなんて、初めて願ってしまっている。
冒険者たちよりもおれは、保護した女の子の方を警戒していた。
まだ子供に見える怪我人とはいえ、なにせ魔術というおれの理解を超えた武器があるのがこの世界だ。
この世界では老若男女を問わず武器持ちの、警戒すべき対象なのを忘れちゃいけない。
自宅の中に敵味方も分からない者を入れるのだから、決して目を離さないようにと二人に伝えた。
逆に怪我人である彼女の方も、目が覚めた時に得体の知れない部屋に閉じ込められていると思えば混乱するだろうから、どっちにしろ誰かが見守っている必要はある。
何かあったらダンジョンコアの魔力を遠慮なく使って、蘇生でも止めを刺すでも、判断は任せるとモルフェに伝えた。
「止めなんて刺さないから!? ……勝手なことして、ゴメンね? アルジィ」
「こっちこそ、任せきりで悪いな。おれは子供が苦手なんだ」
子供が苦手なのは本心だ。
だからモルフェに彼女を押し付けることに遠慮は無かった。
いつの間にやら昼になっていた。
やっぱり冒険者たちは、いつもどおり誰一人として来なかった。
こういう時に限って……みたいなフラグが立つことはなかったらしい。
昼食を持ったモルフェがボス部屋に報告にやって来た。
「アルジィのおかげで安心して眠っているよ?」
「おれのおかげ? 彼女を保護したのはモルフェだろ?」
あの後、一度目を覚ましたそうだが、モルフェが「ここは安全だからまだ眠っていて良いよ?」と伝えたところ、そのまま眠ってしまったそうだ。
彼女に怪我や病気はなく、ただ疲労で動けないのだろうというのがモルフェの見立てだ。
いまはアテナとスライムたちで、眠る姿を見守っているという。
「…無事なら良かった。
……んん? スライムたちってなんだ?」
見守るだけならアテナかスライム、どっちかだけで足りるだろう?
場合によっては、むしろスライムだけの方が安心だったりするのだが……?
「…アテナちゃんが、あの子の周りにスライムさんたちを設置して………二十匹以上、かな?」
「よし、すぐに行って片付けてこい!」
そんな寝起きドッキリ、目覚めた瞬間、悲鳴を上げて気を失うぞ!?
ベッドのまわりを可愛らしいぬいぐるみで、みたいなメルヘン風味にはなりやしない。
蠢きひしめくモンスターハウスを病人の部屋でつくるな! …うちはダンジョンだけど、つくるな!
「今すぐ戻って、アテナに『まじめにやれ!』と……
…いや、アテナではなくスライムたちに『まじめにやらないとダンジョンコアに制限をかけて減産するぞ!』と伝えておけ」
もっとも従業員を減産して困るのはおれだけど……おのれ、アテナめ……!
「…アテナちゃんにそう、伝えておくね?」
その後、冒険者達を待つボス部屋でおれは石板端末を見ながら「そもそも今、うちにスライムって何匹いるんだ?」と調べ始めて……………そして、頭を抱えたのだった。




