休日(5)
そして早速、問題発生である。
「いいから遠慮せず、こっちで俺達と一緒に飲もうや、なぁ!?」
「やめてください! 迷惑です!」
モルフェと二人での楽しい気分をぶち壊す、酒場に響く荒くれ者の怒鳴り声。
「なんだとぉ!? 俺達ゃ客だぞ!? お・客・様!!」
「迷惑ですから出ていってください!」
冒険者という荒くれ者たちが集まってくる以上、いつかこうなることは分かっていた。
だが実際に目の当たりにしてしまうと、ショックである。
「…平和な街が、ダンジョンのせいで、荒廃した都市に……」
「そんなにアルジィが落ち込むことじゃないよ? 色んな人が、どこにでもいるものだよ?」
こういう時に警察とか呼べない世界は大変だなぁ、とか考えつつも、我が家のせいでもあるので渋々おれは席を立つ。
「ちょっと、介入してくる」
「…そうだね。ボクは何をすれば良い?」
「身バレを防ぎたい。魔術でおれの服の色とか地味に変えられない?」
「それくらいなら……アルジィ? なにそれ?」
「つけ髭だ」
「なんで?」
こんなこともあろうかと用意しておいたモサモサひげを装着しながら、店の奥へと歩いて行く。
他の冒険者たちが手出しもせずに、ちらちらと視線を送る先を追えばすぐに分かった。
給仕の女の子にからむ男達……の横はそのまま通り過ぎて、さらに奥へ。
窘めるべき相手のもとへ。
一番奥で、目付きの悪そうな連中に囲まれて、イスの背もたれをギシギシいわせながらだらしなく座る大男の目の前に立つ。
「あれはおぬしのところの子じゃろ? 止めんのかね?」
「…なんだぁ、てめぇ?」
あっちの騒がしい男だけが迷惑客ではない、団体様だ。
それなら保護者、団体のトップに躾けてもらうのが一番だ。
子供の親でも、会社の上司でも、いっしょに来ている以上は責任を取れという話だ。
むしろ、こういう時に下っ端に文句を言えば「あ? うちの若い者にケチつけんのか?」なんてさらに暴れる理由にしかねない。
「おぬしがやらぬのなら、わしが躾けるぞ? よいな?」
「………」
先に筋を通しておくのが礼儀だろうと思った……のだが、
「まぁ、待ちなさい」
「…ッ!」
大男の額を指先でそっと押し戻す。
イスから立つには「まず顔を前に出す」、これを押さえれば立てなくなる。
「てめぇッ!!」
再び額を押す、大男の手を払う、また額、つかもうとする手をまた払う、蹴りを前に入って躱し、顎をクイッと持ち上げて……
「……!?!?」
「店内ではしゃぐでない。他の客に迷惑じゃろう?」
「「…………」」
…なんてやってるうちに、おれが営業妨害している状態になってしまった……
静まり返ってしまった酒場に、周囲の男共と冒険者たちのひそひそ話が漏れ始める。
「…おい、なんだあれ……!?」
「…ほら、あれだろ? 剣の達人なんかは敵の動きを先読みして──」
「──無茶言うな!? あんなの、先読みの魔術か何か──」
「──バカいわないで!? そんなのある訳ないじゃない!?」
……そんなに大袈裟な話じゃないが?
ためしにこの男の真似して「だらしなく座って」みろ。
一秒以内にとれる行動なんて、ほとんど無いんだ。
まず体勢を立て直す、それを阻止するおれ、だからおれをどかそうとして、それを邪魔するおれ。それだけだ。
もう捨て身でいくしかない、とでも思ったのだろう。
その体と呼吸の「溜め」に合わせて、大男の顔をグッと押し出す。
逃がさん。
「…ヒッ!!」
「動くな。 ……後ろに倒れる度胸があるなら、動いても良いぞ?」
後ろ二本足だけになったイスが抗議の悲鳴をギシギシ上げる……まるで木工親方の悲鳴に聞こえて胸が痛いが……
酒屋の備品を壊す前に、そろそろ話のけりをつける。
「…オホン。
わしの名はアル爺。
野山にまじりて竹を取りつつよろずのものをつくりけるを生業とする翁じゃ」
竹を取る物語、冒頭より抜粋である。
「「………」」
このテーブルのならず者に話す……つもりだったのに、酒場の全員に語りかけるような状況になっちまってる!?
だが今さら手は引けない!
静けさの中、申し訳なさと恥ずかしさを押し込めながら、周囲の視線に耐えつつそのまま続ける。
「そしてここ、サウスタウンの街はもともとダンジョンなんぞとは縁のない、静かで穏やかな街なんじゃ。
ここまでは、理解できるな?」
「「………」」
返事は無いが、待つ気もない。
「それでもなお、騒ぎたい、暴れ足りないというのなら……
…おぬしを、わしの庭の鹿威しの部品に任命し、骨の髄までわびさびの心を沁み渡らせてやることも吝かではないが……どうかね?」
「どうかね、じゃないよまったく!」
女の声。
大男のバランスに気を付けながらそっと振り返れば、おれのボケにツッコミを入れたのは女の魔術師だった。
…新手か? チッ、面倒だな。
あきらかにこっちの男よりも手練れの追加か?
まとう雰囲気があきらかに別種。
…短髪と長い二本の前髪……って、どこかで見かけた珍しい髪型な気がするけど……どこだっけ?
ゆらゆらと服の裾をなびかせながら、静まり返る観衆の中を、おれたちの方へと近づいて来る女魔術師。
そんな歩き姿だけで何だか妖艶に見えてしまうのは、あの女の服装のせいだ。
全身を包み込む暗色のローブが薄絹のような柔らかくなびいて、肩やら腰やらへそ周りやらの体の線をはっきりと主張してしまっている。
ファッションショーとかに出てくる系の、スタイリッシュ女か? それとも痴女?
そんなことを考えているうちに、ついにここまでやって来た色気多めのその魔女が、そのままおれを無視して大男の方に話しかけた。
「おい、あんた。
こっちの爺さんに『わびさび(?)』とやらをみっちり仕込まれるか、それともあたしと夜の魔術に勤しむか、好きな方を選びな!」
「お、おまえについて行く! だから、た、助けてくれ!!」
「「(夜の魔術……!?)」」
なんだかツッコミどころ満載な勧誘で、横から大男をかっ攫われた。
わびさびよりも、夜の魔術………なんだ、夜の魔術って?
そのまま魔女の姉さんに引きつられながらぞろぞろと大男たちが……って多いな!?
関係ないやつまで増えてないか!?
とにかく、大男、目付きの悪い連中、給仕さんにからんでた男、ついでに誘惑されたやつらを連行したまま、色気の多い魔女が酒場からゾロゾロと去って行った……
…ひそひそ話から徐々に喧騒が戻ってくる酒場。
おれもモルフェの待つ隅っこの席に戻って行った。
「おかえり。おつかれさま、アルジィ」
「ただいま。 …店の売り上げを大幅に減らしてしまった」
「そんなことないって。ほら、みんな安心したみたいだよ?」
そこにテーブルの上に二つ、頼んでいないエールが追加された。
「店主から! かっこ良かったよ! アルジィさん!」
「あ、はい。ありがとうございます?」
給仕の女の子が、なんだか楽しそうにクネクネした。
「ああ、謎の魔女に、謎の老人!
はたして次は、一体どんな英傑がこのサウスタウンに集結するのか……乞うご期待!」
「…次は謎のスライムあたりじゃないですかね?」
すらいむ!? 楽しみ! と言いながら給仕さんはスキップするように去って行った。
「…おれは、ご当地ヒーローみたいになるのか? さっきの美魔女と一緒に?」
「さっきの人、フォルトゥーナさんだよ?」
気付かなかった? とモルフェに言われるが……さっぱりである。
「…フォルトゥーナって、誰だっけ?」
「魔女のおばあさん」
……ああ! あの魔女ばあさん!?
言われてみれば、そんな名前だった!
…いやいやいや! 髪型くらいしか共通点なんて無かっただろう!?
まず、年齢! それと、色々!
そんな高度な間違い探し、おれには解けねぇよ!?
「えっ、なに! あれ!? 幻術みたいな魔法!?
じゃぁ、あれが本体!? それともニセモノ? どっち!?」
「……ヒミツ」
「なんで不機嫌なのモルフェさん!?」
そんな魔女ばあさん。
実は街の住民や一部の冒険者たちは彼女の正体を知っていた。
さっきみたいな感じで街に迷惑をかける連中は、ふらっと現れた謎の美魔女に誘われて森の奥へと消えていき……三日三晩、魔女ばあさんの工房で薬草鍋をかき回す労役を課されるのだという………って、なにそれ? どんな怪談?
◆ ◆ ◆
「ただいま。留守番ありがとう、アテナ」
「………」
頭にスライムを乗せたアテナに無言でお出迎えされた。
そんな一風変わった帽子のほうが、ムニョムニョと何やらおれに方向を指示した。
「ん? どうした? そっちに行けばいいのか?」
アテナが乗せてる変わった帽子に導かれるままに歩き、ついた場所は調理場の冷蔵庫。
明日まで持ち越すことを想定して多めに作った料理が、すべて完食されていた。
「………」
「…そうか、見事にやりとげたか。
おれはこれを褒めれば良いのか? あきれたら良いのか? どっちだ?」
「アテナちゃん、おみやげも買って来たよ?」
モルフェが渡した箱には硬めに焼いてクリームをとじたクッキーみたいな、サクッとした食感のおやつ。
中身のクリームの味が、シンプルなホイップミルク味や果物系、バニラ風味と色々ある。
うむ、とうなずいてから、その箱を受け取ったアテナ。
そのままトコトコと去っていった。
…冷蔵庫……には行かずに、箱を持ったまま部屋にGOである。
まさか今から全部一人で平らげるつもりか? ウソだろ、おい?
「…まあ、おれたちは二人で食べ歩いてたから、文句は言えないけれど……もう、夜だぞ?
なんだ、そんなに飢えているのか?
もしかして、実はふだんからぜんぜん食事が足りて無かったのか?」
「…ただ、食べるのが好きなだけだと思うよ?」
「それならいいけど………いいのか?
でも、こんなことなら他の食材も買って帰った方が良かったか?」
「明日の朝市でボクが買って来ようか? お店によっては朝早くから開いてるそうだから」
それならもう、お言葉にあまえてモルフェに行ってもらおうか?
…その時は、今度こそ留守番はおれで、荷物持ちはアテナだ。
アテナなら護衛としても申し分ないし、朝から床を水ぶきでビチャビチャにされるよりずっと良い。
「よし、自分で食べる分は自分で買って運ぶように、アテナに厳命しておこう」
「アテナちゃんも一度くらいは、街を見に行かなくちゃね」
彼女の部屋までそれを二人で伝えにいくと、アテナこと専業自宅警備員は無言の悲鳴を上げたのだった。




