休日(4)
武器屋の親方のまえで、おれが作って欲しい武器……に近いそれを借りて、使い方の実演をして見せた。
試し斬り用の丸太に、深々と刺さった投げナイフを見た親方が目を丸めながらおれに言った。
「……おいおい、ウソだろ。
おまえ、それ……たしかに俺の作ったくぎぬきだよなぁ?
それで……ナイフを、投げた?」
「はい。形状はほぼ、この釘抜きと同じで。
あとは強度と、重心調整をおれに合わせて欲しいんです。
…近接戦の場合は、こうっ!」
横に振り抜いたそれが、こめかみ……じゃなくて、丸太の横にガッと刺さった。
「…この場合は、釘抜きの先のひっかけ部分で剣とかも搦めとれる強度が欲しいです」
「……いいだろう。詳しく聞かせろ」
結局、気が付けばおれは親方と小一時間くらい相談して、鍜治場を出た頃にはもう日が暮れ始める時間だった。
「ごめん! モルフェ! こんなに話し込むなんて思わなかった!」
「いいよ、アルジィが楽しそうで良かったよ?」
「…それと、大事なお願いだ。
さっき見たものは全部、アテナには黙っていてくれ」
「えっ? いいけど。
でも……あれってただの工具なんだよね?」
「そう、ただの『バールのようなもの』だ」
銃のようなもので脅し、バールのようなものでこじ開け、バイクのような物で犯人は逃走。
そんな古き犯罪者の三大神器(?)の一つが『バールのようなもの』である。
クソジジイは「宴会芸の小道具だ」「鉄製の孫の手だ」なんて、幼いおれに言っていたけれど……今なら分かる、絶対に違う。
「…ちょっと、いろいろ検証したいことがあって。
ただ、人には絶対に使わない予定だから、アテナはそのまま知らないで良い」
「う、うん? アルジィがそうしたいなら、そうするけれど?」
アテナがこれを知ってしまえば、両手に持っておれに襲い掛かる姿が、目に浮かんでしまう………おれもそろそろ泡だて器で戦う練習をした方がいいだろうか?
◆ ◆ ◆
新しく建築中の酒場兼宿屋は街のはずれに用意されていた。
これは冒険者という荒くれ者たちを一カ所に隔離しておくための施設でもある。
そんな扱いでも冒険者たちには不満どころか「分かりやすくて好評」らしい。
もともとサウスティアの街には酒場くらいしか娯楽施設がないので、ある意味、ここは正しく憩いの場になっている。
ここの酒場の主人や従業員たちが、冒険者にとっての「街のガイド役」も兼ねていた。
冒険者側で要望があった品は、ぜんぶ酒場で買えるように街側で手配する。
酒場というより、プチ冒険者組合みたいな総合施設を目指している。
実はまだ建設中のはずなのに、すでに営業中でもある、そんな酒場。
増え続ける冒険者たちに対して仮設でも良いから宿を用意するのが最優先だった。
寝泊りできる建物を先に建てつつ、飲食は屋外にイスとテーブルを並べるだけで済ませてしまった。
野宿よりはずっと良いと冒険者たちは笑ったそうだが………雨の日はさすがに泣いたそうだ。
…最後の手段として、うちのダンジョンコアの力で地下に宿くらいはつくれることを、酒場の主人には伝えておこう……
「…ただ、その場合はダンジョンに寝泊りすることになるわけで。
自宅と職場の往復どころの話じゃないよな?」
「完全にダンジョンの住人になっちゃうね……」
しかも、本人たちは気付いてないのが余計に罪深い。
酒場の店内? 屋外? とにかくモルフェと二人でそこに入った。
店員さんに手をふってから、隅っこの空いてるテーブルに座るおれたち。
「いらっしゃい!」
「えっと、オススメは?」
メニューが無いから、給仕の女の子に聞いてみる。
「エールが冷えてるよ! お酒が苦手なら果物ジュース!
食べ物は、何が食べたいか教えてね! 肉? 野菜?
ガッツリ食べたいか、おつまみで良いのか言ってくれたら店主が作るよ!」
どうやらおまかせスタイルらしい。
「それなら、まずはエールで。あと──」
「──ボクも同じので!」
「あいよ!」
なにか食べ物を頼む前に、給仕の女の子が元気に去って行ってしまった。
そして、すぐに戻って来た。はやい。エールが二つテーブルに置かれる。
「ごゆっくり! いつでも呼んでね!」
せわしなく給仕の子が去って行った。はやい。たぶん呼んだら飛んできそうだ。
「…えっと。じゃあ。
楽しいサウスタウンの街に」
「すてきな一日に!」
「「乾杯!」」
モルフェと二人でコップをかかげて、エールをグッと喉の奥へと流し込む。
あ、おいしい。
甘めのビール? シャンディーガフみたいなビール系カクテルとか、柑橘系のクラフトビールみたいなやつを思い出す味わいだ。
「こっちだと木製のコップが主流なのか?」
木製らしい温かみのある手ざわりのコップを持ちながらつぶやくと、モルフェが教えてくれた。
「きっと土地によると思うよ?
ガラスのジョッキでも、金属製のゴブレットでも、手に入りやすい素材で作るんじゃないのかな?」
「やっぱりこれも、魔術で強化加工するのか?」
「うーん、どうだろ?
コップくらいなら壊れる前に新しいものを作るんじゃないのかな?
魔化は丈夫になるけれど、それなりに加工に時間がかかっちゃうから」
「一つのコップに何か月もかけるのは効率が悪い、か。
…木製のものでも、丈夫に加工する方法なら、いくらでもあるらしいしな」
「くわしく」
「「わっ」」
なんかおれたちのテーブルに男が一人増えていた。
「あ、失礼。おれは木工工房のランバーです」
「裏山に引っ越して来たアルジィです」
「その家族のモルフェです」
「ああ、アルジィさん! その節はどうも!
それはそれとして、いまの、丈夫に加工するなんとやらを、詳しく!」
「あ、はい」
なんだかさっきの服屋の姉さんと同じ空気を感じつつ、木工工房の兄さんに説明する。
「…と言っても、おれもそんなには詳しくないですけれど。
たとえば木の板も、頑丈な一枚ではなくて、薄めの柔らかい板を合板にして圧縮すれば丈夫になる、みたいな?
薄い板なら種類によっては曲げたり、整形したりしやすいですし。
専用の工具や型なんかも用意して、グッと力を加えて同じ一定の角度で曲げたりして」
「…合板を、曲げる」
「あと、手間がかかっても良いのなら、釘を使わずに組み合わせるとか?
凹凸を作って差し込むんです。
その時に、丸や四角ではなく台形に切って、こう──」
──両の手の平で、指を直角に交差させてみせながら、
「──縦ではなく、横からなら台形の凹凸でも差し込めますから。
特に、小物よりも大きな物、家みたいな大きさだと時間の経過で木が変形するので。
わずかだけど木が膨らんだり縮んだり曲がったりするから、組木にした方が丈夫になる場合もある、とか」
「…なるほど」
年輪とか、木目にあわせて木を切ったり組んだりする必要があるから難しい。
まさに勘と職人芸の世界らしいけど。
「…そういう加工方法って、あんまり一般的ではないんですかね?」
「いや、おれが知らないだけで他の街ならやってるかもしれねぇ!
…ただ、言い訳になっちまうんだがなぁ」
木工職人の兄さんが説明する、この街の諸事情。
「そもそもおれ、木工職人じゃなかったんだ」
ただ手先は器用な方だったから、街で必要な小物全般を注文されるままに作り続けていたそうだ。
すると、この街で足りない「木製道具全般を扱う担当」に、気が付けばなってしまっていた。
彼に限らず色んな技能、職業がとにかくこの街には足りていなかった。
一人一人が必死になって、やれるやれないじゃねぇ、やるしかねぇんだ! みたいなノリで街をどうにか支え続けていたという。
彼には木を加工する魔術の心得があったものだから、次々に注文を受けるうちに技術もそれなりに身についてしまって……
「…それで、今回、この酒場の家具全般を作った頃にはもう……
おれは『木工工房の親方』になっちまっていたんだ……」
「…なんだかスミマセン」
その原因はダンジョンと冒険者のせいなので、間接的におれのせいである。
「ああ! 別にそれは良いんだ!
だが、専門外なのに勢いだけで始めちまったから……いまだに日々、手探りで、やってるんだよ…」
「分かります分かります。おれも日々、手探りでダンジョンを作ってます」
「でも、このイスもテーブルもステキですよ?」
「本当かい、お嬢さん!?」
モルフェの言う通り、手探りで作ったとは思えないような、かなり丁寧な作りである。
…色つやだけでなく、ちゃんとテーブルの角で怪我しないように丸く削ってたりの配慮まであって、細部まで気合いの入った仕上がりだと思う。
「はい。ステキです。
このコップも作られたんですか?」
「そう! それなんだよ!!
…いきなり急ぎの大量の発注がきて、朝から晩までひたすら、イス、イス、テーブル、コップ、コップ、コップ、皿、皿、皿……
……夢の中でも、木くずの海で溺れかけたぜ……」
「「…なんだかスミマセン」」
「…けど。楽しかった」
工房の若い親方が、持参した酒をグッとあおった。
「…これまでずっと、つまらなかった。
帝国が壊しただの、魔族に備えろだの、作っていてうんざりだったぜ。
だから、久々の……前向きな仕事ってやつ? 街が良くなるための仕事、ってのができてよ。
作ったものが喜んでもらえるっつうか、どうしておれが職人になったのかっつうか。
……だから、感謝してるっつうか、よ」
空になったはずのコップを、再びあおる。
「…だから!
おれの口から直接、言っておきたかったんだ!
また、よろしくな! ってよ!
悪い、邪魔したな!
またなっ!!」
早口気味に言い切って、彼は自分がいたテーブルへと去って行った。
あちらのテーブルには彼と同世代なのであろう仲間たちが、こちらに手を振ったり頭を下げたりしている。
そして戻って来た彼の背中を皆で笑いながらバシバシと叩いて、彼は「叩くな!」と声を上げている。
…視線を戻せば、ニコニコしながらおれを見るモルフェ。
「…なんだ? にやにやして?」
「喜んでもらえて、うれしいな、って」
「…きぐうだな、実はおれもだ」
エールを飲み干すと、苦味と甘みがじわじわと口に、胸に広がっていく。
初めて飲む酒の味……きっとこれも、魔法か何かで仕上げた美酒に違いないと、思い込まずにはいられなかったのだった。




