休日(2)
おれの収入は冒険者達から受け取る「蘇生費用」であり、いい加減たまり過ぎてきた銀貨の使い道をどうにかしなければと思っていたところで、本日は街へとやって来た。
いつもいつも、ダンジョンマスターであるおれがドン引きする勢いで奈落の底へと落下していく冒険者たちと、そんな冒険者たちに夢or悪夢を見せる係であるモルフェ。
夢をみせるのは「落下のトラウマ」を軽減するためであり、悪夢をみせるのは落下してもまるで懲りない馬鹿どもを削減するための苦渋の選択である。
つまり、これから買うモルフェの服は、冒険者たちの夢と血肉でできている。
…なんて言ったら怒られるから、絶対に言わないでおこう……
…そう言えば、モルフェとアテナに渡し続けた「これまでの給与」も、ようやく使えるようになったわけだ。
今後はモルフェも街で買い物とかするのだろうか?
でも一人で行かせるのは不安だな?
スライムたちを護衛につけるか? 百匹くらい。
あるいは巨大なやつを一匹つけた方が良いのだろうか? 上に乗れるし。
…家から頑なに出ようとしないアテナは、銀貨がたまっていく一方だぞ?
どうするつもりだ? 通販なんて無いんだぞ?
それとも積むのか? やっぱり縦に積み上げて遊ぶのか? 銀貨を。
いまのうちに部屋の天井を高くしておいた方が良いのだろうか?
…そんなとりとめのないことをぼんやり考えながら、晴れ渡る空を見上げる。
服屋の前で待ち続けるおれ。
やはりモルフェは出てこない。
一時間? それとも、やはり二時間待ちか?
吸い込まれそうな空。
ぼんやりながめていると、時間の感覚が無くなってくる──
◆ ◆ ◆
──たぶん二、三時間くらいが経過した。
店の中から出てきた店主に「あっ! いた! 早く早く!」と急かされて、店内に戻った。
「えっと、アルジィ? どれがボクに似合うと思う?」
「あ、はい」
モルフェの後ろにずらりと並んでしまった服の数々。
一瞬、並んでいることにすら気付かなかった。
「選んだ」にしてはあまりに多すぎて、ふつうに店に陳列されいるだけの品かと思った。間違い探しかな?
選ぶのか? ここから? おれが?
…選んだら選んだで「なぜ?」と理由を聞かれそうな気がしてならない。
ぜんぶ似合う、なんて言ったら言ったで「ちゃんと選べ」と言われる姿が目に浮かぶ。
よし。無理だ。
「おれ、こういうのは良く分かんな──あ、はい、選びます」
「「………」」
逃げられなかった。
二人の無言の圧に負けて、選ぶおれ。
とりあえず一つ一つ手に取っていく。
「…うん。良いんじゃないか?」
「どこ!? どこがどう、良いと思う!?」
「………」
どこ!?
どこもなにも、なんとなく全部だよ!? 店主!
モルフェもその目は何だ!? 期待の目か? 何を!?
…なんかそれっぽいことしゃべっておくか?
なんとなくステキな服について、なんか無難な内容(?)をしゃべってみる。
「えっと……赤は、力強さとか情熱とかを表す色と言われている。
着ると元気がわいてきて、人の注目も集めやすい目立つ色だ。某国の大統領とか社長とかのネクタイなんかはだいたいこの色になる」
「「………」」
「…青は、クールさ、賢さ、落ち着きを示す色だ。
使い回しが良い色だけど、場合によっては冷たい印象を与えてしまうこともあるから注意が必要だ。
そんな理由もあってかネクタイとかはだいたいが無難な青系統に落ち着きがちだな」
「「………」」
「紫は高貴な色なんて言われているけど、着こなしが難しい。
どこかの大司教とか高僧なんかがバシッと着るとカッコいいけど、一般人が雑に手をだすといやらしい印象にみえてしまう。
だからネクタイとかの差し色にするにも、ちょっとお高いスーツなんかに合わせるとちょうど良いんだろうな?」
「「………」」
「その点、黒と白は何にでも合わせやすい色ではあるけど、この二色だけに頼ってしまうとお葬式みたいな印象を──」
「「………」」
「──………。
…こっちは、裾が丈夫そう?」
そして笑顔のモルフェに怒られた。
「アルジィ?
服はね、色と強度だけで選ぶものじゃないんだよ?」
店主さんには質問された。
「ねぇ、ネクタイってなに?」
ネクタイについて説明すると店主の姉さんは「ああ、あれね!」と思い出したようだ。
こちらの世界ではお貴族様くらいしかつけないそうだ。
…そういえば前世で、サラリーマンではない技術屋の知人も、同じようなことを言ってたな?
あと、なにやらモルフェがご立腹である。解せぬ。
かなりまじめに回答したつもりなのだが……
「…ちなみにおれは、ネクタイは、言うことを聞かない部下や奴隷の首を締め上げるための懲罰具が発祥だと思っている」
「あ、私もそう思う」
「違うと思うよ!?」
そんなウソのネクタイ豆知識を披露していると、店主の姉さんが元気に話を戻して来た。
「そんなことより! アルジィさん! 結局、どれが良い!?」
「……アルジィは、どれが良いと思う?」
再びじぃー───っと見つめてくる二人。
…圧が強い。
圧力鍋の中の具材のような気分だ。
ブロック肉もスープと化すであろう圧である。
…あと厚切り大根が隣にいれば、おれもおいしくなれそうだ。
…ああ、言われてみれば「解説しろ」ではなく「選べ」がお二人からのオーダーだった。
「「………」」
言うか? 言わなきゃこれ、終わらないんだろうな……
…この手の話題は何を言っても、つまらないだの分かってないだの言われる未来しか想像できないのだけど……ならば!
同じダメなら、潔く、本音をぶつけてやる!
「……………ぜんぶ、だろ」
「「えっ」」
覚悟を決めて、もう、ぜんぶ言う。
「せんぶ似合うっ!
この右端から順に行くぞ!」
「「順?」」
「まずはこの服。一見、元気で明るい、それでいて軽やかにみえるワンピースだが……これ、スタイルの良いやつが着ないと、地味でのっぺりした感じに見えてしまう上級者むけの罠服だろう!?
さりげない色のグラデーションと絶妙な曲線がまさにモルフェのためにある服だ、似合い過ぎだ! ありがとうございます!」
「おっ! 分かります!?」
「!?」
「だが、こっちの淡くてふわっとしたやつは、やすらぎを感じる普段着としていい。
ちょっと和菓子っぽい甘みを感じる緑系の色合いで、さてはおれを萌え殺す気か?
それでいてこの目立たない位置にある切れ込みや折り目で、動きやすさにも配慮があって……やさしい見た目ながらも活動的、まさにモルフェのためにある服だ!」
「そう、そうなのよ!」
「………」
「こっちの暗色は夜向け?
少しシックな大人な雰囲気で、酒とか嗜むための服……と見せかけて、おまえッ!
この三段階に分離する仕掛けはなんだ!?
脱ぐ気か! 脱がせる気か!? どっちなのか言ってみろッ!?」
「ぐへへ、分かってるじゃないですか旦那ぁ」
「……」
だいたい、彼女は夢魔だ。
おれの欲望が服を着て歩いているのがモルフェなんだぞ?
少しは布で明るさを軽減するつもりが、ますます輝かせてどうする!?
おそるべし、プロの服屋。
「ようやくまともな服が出て来たな………ああ、そうか……?
モルフェの着やすさに合わせると、どうしても人目を引く形になりがちなのか?
かといって無理に一般的な形におさめようとすると、かえってちぐはぐに見えそうで……
…そのバランスをとって、あえて防御重視にしたならこうなる、と?」
「そうなんだけど、これ、ちょっと物足りなくない?」
「いや、こういう服も必要だろ? ちゃんと攻守のバランスをとってくれないと大変だ、おれが」
「……」
「……このタンクトップと、大き目シャツは、ほぼモルフェの普段着だぞ?」
「なんですって!? このエロダンジョンマスターッ!?」
「…」
「なんだこの服? 女神か? 一体、いつ着る服なんだ?」
「ん? …降臨する時?」
「」
話せば分かる店主で良かった。
これならモルフェのちゃんとした服が、ようやくそろいそうで…───
◆ ◆ ◆
「──って感じか?
…ふむ。そうだな。
……そう考えると、もう一、二着くらい別の普段着があった方がバランスが良くないか?」
「ひぇっ? アっ! アルジィ!?
もういい、ボク、一着でも十分だからっ!!」
なんだか顔が真っ赤なモルフェと、
「マジかッ!? あるある!! あるからまだ!!
出せなかったやつがまだあるからっ!!」
火に油をそそいだように燃え上がる店主。
「じゃぁ、追加で」
「ッしゃあ!! 任せなさいィ!!」
「ひぇ」
…もちろん、おれは着道楽ではない。
むしろ全く同じ服がずらりと並んでるのがおれのクローゼットの現状であり、惨状だ。
ただ、こうやって色とりどりの「モルフェに似合う服」をキレイに並べられてしまうと……かえって「わざと一色だけ抜いた虹」みたいな、美しいけど、そこはかとない物足りなさを感じてしまうんだ。
つまり、これが店主の策略。
そこにあえて、おれも乗る。
がんばれモルフェ。
まけるなモルフェ。
店主に連行されながら「まってアルジィ!? アルジィ――…!」と店の奥の扉へと消え去ったモルフェ。
そんな彼女を見送って、おれは再び店の外で雲の数をかぞえる業務に戻った。
空が、青い。
雲は…………白い。
「あれっ? アルジィさん!? こんなところでどうしたんです!?」
「…連れが」
「あー。 …半日は覚悟しておいた方が良いですよ?」
そうか。みんなそうなのか。
そうか……
…吸い込まれそうな青空が、とても平和な一日だった。




