休日(1)
定休日におれとモルフェは街に出かけることにした。
アテナはお留守番だ。
留守番をかたくなに死守したアテナである。
何もない我が家でじっとしているより、たまには街におでかけして、気分転換でもしてはどうかと誘ってみたが、
「………」
「そうか。
むしろ何もない家で、誰ともかかわらず静かに過ごせる平穏にこそ、幸せを感じるか」
「それってアルジィの本音だよね?
アテナちゃんはただ、外を歩き回りたくないだけだから」
そうか。
実はそれはそれで、おれの本音でもある。
おれも彼女も、紛う方なきインドア派だった。
「アルジィも、本当は出かけたくないなら無理しなくても良いと思うよ?」
「大丈夫だ、おれは、やれる……!」
「なに? その悲壮な覚悟?」
どのみち留守番が一人は必要だったので、アテナがアウトドア派だったのならば、おれが留守番する予定だった。
だが、我が家にはインドア二名と中立一名、あとはスライム(外には出せない)しかいない。
おれはともかく、モルフェとアテナのどっちかは街を「歩かせる」必要があった。
いざという時、彼女らが街を知っていて、街の人たちが彼女らを知っている、そんな状態にしておきたかった。
町の住人が全員敵、という状況にしてはならない。
「……大丈夫、今度こそ、おれはやれるはずだ」
「え、どうしたの、その緊張感……?
…街におでかけするだけ、なんだよね……?」
だけ!? その「だけ」が、非リア充派には決死の決断になりかねないんだよ!?
そして外出当日。
入り口でじっと見つめ合うおれたち二人のインドア派。
おれがではなく、彼女がおれたちの前に立ちふさがったのである。お見送りだろうか?
「………」
「………」
「…二人とも、何かしゃべろうよ?」
それはおれではなく、アテナさんに言って欲しい。
無口というより、こいつは「しゃべるのをサボっている」だけっぽいと、おれもそろそろ理解した。
「………」
「そんなにじっくり見つめても、おれは薄くなったり濃くなったり、点滅したりはしないんだぞ?」
「アルジィ、そうじゃなくて……
…アテナちゃんは『おみやげ』を期待しているんじゃないのかな?」
なら、そう言え。しゃべれ。おまえは翻訳機能に依存し過ぎだ。
あと翻訳機能もおかしい。
「日本語 -> 英語」どころか「無言 -> 言語」だぞ? むしろ恐怖だ。
帰り道で石ころ(=おみやげ)でも拾って帰ろうと思いながら、おれとモルフェの二人は道を下って街へと向かった。
ここはもともと人がほとんど入らない裏山で、道らしい道もつくられて無かった。
さいわい、足を奪うような草や藪みたいなものはほとんど無い。
それでも小雨や朝露だけでも十分に登る気が失せてしまう程度には、草木の茂った道のりが続いていた。
だけどここにも、今はちゃんとした道ができている。
途中までは「ダンジョンコアの力で」つくった道。
そこから先は「街の住民が」つくってくれた道。
…この道の変わり目が、おれたちが街に受け入れられた証拠のような気がして、うれしいような少し落ち着かないような、不思議な気分になってしまった。
「楽しみだね、アルジィ!」
「お、おう。そうだな!」
モルフェには「街を案内してよ!」と頼まれた。まだ彼女は街に行ったことが無いからだ。
だが、それを言うならおれもまだ町長さんの家しか行ったことが無い。
…なんて正直にモルフェに答えてしまえば「職場と家を往復するだけじゃだめだよ?」とか言われそう気がして、言えなかった。
今日は、ぶっつけ本番で街を案内……というよりも徘徊する。
サウスティアは長閑な街だ。
娯楽施設といえば居酒屋くらいしか無いような、刺激や興奮とは無縁の街である。
北にある交易都市クロスティアは大都市らしく、そこのおかげでこの街で作った生活用品はすべて、クロスティアに運べば売れるそうだ。
ほぼクロスティアの経済に依存する形で、サウスティアはそこそこ豊かな街だった。
もっとも、クロスティアの方もこのサウスティア、北のノースティアに必需品を依存している部分があって、この三つの地域はまさに一蓮托生で支え合っている。
商業的な交流はあるとはいえ、西の魔王国と東の帝国は互いに敵国。
その東西の国の争いに巻き込まれる形のクロスティア地方。
そんな背景もあって、クロスティア地方の三つの街は東西の国には依存せずに、三つの地域で支え合えるような戦略をとってきた……という難しい事情も抱えている。
サウスティアの街もいまでこそ平穏に見えるが少し前までは大変だった、と町長は言っていた。
そんな背景もあってかこの街の建物や道は新しく、古い街並みというものが存在しない。
それでも街の住人たちは明るい雰囲気で、元気で前向きな印象が強かった。
「おう、アルジィ! そっちは嫁さんか!」
「こんにちは、この子はおれの家族です!」
「はじめまして、モルフェです!」
道行く人にあいさつしながら、紹介したりされたりする。
おれも住民とは町長さんの家でしかまともに話していないので、昼間の街であいさつを交わすのは少しドキドキしてしまう。
おれとモルフェはほぼ同じ色合いの服装で、夫婦というより兄妹にでも見えるのだろう。
おれが誰でも着てそうな無地のシャツと長ズボンで、モルフェはスカート。
タンクトップはやめろと言ったら、それなら服をつくってくれと言われて、こうなった。
だから今日は、ちゃんとした服をモルフェに……
「…モルフェ? 顔が赤いけどどうした? 大丈夫か?」
「えっ!? な、なんでもにゃいよ?」
なんだかもじもじしながらモルフェが答えた。
「…ただ、家族っていうのが、うれしくて」
「…おい、やめろ、おれまで落ち着かなくなるだろ」
おれが祖父母に育てられた過去については、モルフェも知っている。
だからおれには美人の嫁どころか、キレイな姉もカワイイ妹もいなかったことは知ってるはずだ。
だから本音を言えばもう、隣におれには不釣り合いな美人がいるだけで、おれはちっとも落ち着かない。
そんな危険物の取り扱いについて、嫁・姉・妹・従姉妹・愛人、どの設定で答えるのかを決めかねて……結局、「家族」なんて不自然な設定のままでにごしてしまって……それでもモルフェはうれしそうで……
「…アルジィは、どれになって欲しいの?」
「だからやめろ、耳元でささやくな」
耳はよせ、脳がとけるだろ。
「なんだアルジィ! 朝っぱらからアツアツじゃねぇか!」
「こんにちは、この子は家族です!!」
「モルフェです! アルジィの家族です!」
なんだか良く分からない自己紹介をしながら、おれたち二人は街を歩いた。
◆ ◆ ◆
こちらの世界では銅貨一枚で大きなパンが一つ買える。だいたい百円くらい?
銅貨十枚が大銅貨、銅貨百枚が銀貨一枚と等価。
そして銅貨だけは半銅貨という半分に割った価値(五十円)のものもある。
それ以上のこまかい通貨は無い。
どちらかというと、銅貨一枚に合わせた大きさのパンをつくるような感覚だ。
あるいはサウスティアくらいの規模の街だと、物々交換もふつうにやるらしい。
おれの収入は、冒険者たちから回収する「蘇生費用」の銀貨である。
だから銅貨はあらかじめ町長さんに頼んで、銀貨と両替してもらっておいた。
…ちなみに、銅貨も銀貨もダンジョンコアでいくらでも作れる。
銀貨に仕込まれているはずの偽造防止術式も、なんのその。
もちろん、そんな経済が崩壊するような犯罪なんてやらないけれど。
二人で買った菓子パンをもぐもぐしながら、ぐるっと一周するつもりで街を歩いて行った。
今日は散歩日和の穏やかな陽射しで、なによりだ。
「…あ。ここがたぶん、今日の目的地だ」
「…服屋さんかな?」
おれたちが店の前で立ち止まると、店の中から店主が迎え撃って来た。
「…おっ、うわさのダンジョンマスター! …って、これ言っちゃだめなんだっけ!?
いらっしゃい!」
明るい女店主に迎えられながら、おれは「今日はこの子の服を買いに来ました」と彼女に伝えた。
するとモルフェを、爪先からてっぺんまで二度見した店主が……
「あら? …あらあら? あらぁ!?
わっ! ちょっと! やだ!? やった!!
ついに来たッ!?」
「「…ついに来た?」」
なんだが琴線に触れてしまったらしい店主が、大喜びでモルフェを連行していったので、そのまま任せることにした。
「えっ、なに!?
ちょっと、店員さん?! アルジィ!?」
「ごゆっくりー」
「あとは任せなさい!!」
この世界では服は「高い」。
ふつうの服でも銀貨一枚から十数枚、つまりおれの感覚だとスーツ一式の値段でシャツ一枚しか買えない計算だ。
というのも、服に限らず「長く使う生活用品」にはたいてい魔法がかかっていて、丈夫で長持ちするからだ。
一般的には、自動修復術式がかかっている。
軽微な汚れや傷くらいなら、放っておいても元通りになるような魔術をかけているそうだ。
この世界では、魔術はそれほど特別ではない。
なにせ普段着にまで、魔術である。
自動修復術式を服にかける場合は、術式を刻んだ収納箱に完成した服と魔氷を入れておく。
そのまま数か月ほどおいておくことで服が「服化(?)」するらしい。
…服化。なんだか別の新しい生き物が生まれてきてしまったような感じがする、違和感がある。
「…むかし、初めて『形状記憶シャツ』なんて見た時は、未来を感じたものだったが……
あのままあと百年くらい進化すれば、自動修復機能もついたのだろうか?
……異世界。異文化。自動修復シャツ。
思えば遠くへ来たものだ……」
……そして、店主に連れていかれたモルフェが、そのまま戻って来ない。
店の外でぼんやりと雲の数をかぞえる。
通りすがる人々と「おー、どうしたー」「連れが」「ああー、あと半日は覚悟しとけー」とあいさつを交わす。
…この辺は、どこの世界でも同じようだ。




