とある男の終わりと、延長戦(2)
「──そうか、おまえのせいか」
「えっ!? 何が!?」
神っぽい白装束の老人が、おれの人生を滅茶苦茶にした元凶だと思ってしまった。
だが、おれの予想は半分くらいは当たっていた。
目の前のじいさんは自称、神だった。
「君はこっちの世界に無理やり召喚されてしまったんじゃよー」
この白い老人が言うには、特殊な魔術とやらでおれは別の世界へと「誘拐される途中」らしい。
それをこの自称神様が横から割り込んだのが今の状況なのだとか。
こんな感じの誘拐事件が過去に何度もあったとか、被害者はもう帰れないとか、そんな説明が始まった。
本来ならば神として見過ごせない話(?)らしい。
だが、一度刻まれた魔術的な錨をきれいに消すには(?)それこそ一方の世界を破棄する(?)くらいしか方法は無く、仕方が無いから今回はこうやって神の力で強引に干渉した(?)らしい。
そうか。
なるほど。
さっぱり分からん。
ぜんぶお前らの事情で、おれには一切、関係ないことだけは良く分かったが。
そんな事情説明はもう一人いた「誘拐犯の国からの代表者」へと引き継がれた。
なんだか立派な身なりの男だ。
王様?
…が、おれに謝罪を始めたのだが……
「まず、このたびの事故は我々としても想定外の事態のため、誠に遺憾であり──」
あ、ダメだこいつ、と何となく察した。
これはあれだ。テレビやラジオのニュースに登場するやつだ。
偉い人達、特に政治家とかが得意な「言質を取られない謝罪風のなにかでうやむやにする儀式」が始まったのだと、おれは察した。
実際、あとに続く言葉がそうだった。
本件はあってはならない事態であり誠実に対応したいものの調査中のため詳細なコメントは差し控え(中略)具体的な方針については今後真摯に丁寧に議論を重ね(以下省略)。
むずかしいが、なかみのないことばがつづいた。
きいていて、疲れた。
それだけだった。
やがて一通りしゃべり終えたその男。
そのまま深々と頭を下げて終了! というところで、ついにツッコミが入った。
「おい、ヘイ坊。まるで言葉が足りぬぞ」
そう声をかけたのはもう一人の別の男。
こっちの誘拐犯代表よりもずっと貫禄があって、体格が良く、威厳も感じる……耳の先がとがった(?)男性だった。
「横から失礼する、渡り人よ。
俺は、そちらの皇帝の国と敵対する勢力である『魔術の一族』を与かる、長だ」
皇帝? 敵対? 魔術の一族!?
次々に謎を増やすなよ!?
だけどここでようやく、おれに理解できる言葉で説明してくれる人物が現れた。
こっちのおじさんは魔族の偉い人であり、つまり魔王であると自己紹介してくれた。
彼が言うには、あっちのおじさんは実は人族の皇帝陛下らしい。
魔王国と帝国は表向きはあまり仲がよろしくない。
だが、彼ら二人は個人的な知り合い同士で、友好関係にあるそうだ。
「私からの説明は後ほど、では続きは神とヘイ坊にゆずる」
魔王が話を区切って二人に戻すと、ゆずられた二人が悲鳴を上げた。
「えっ!? 魔王君が仕切ってくれないの!?」
「そうだよ!? 見捨てないでよ魔王君!?」
「………」
「「無言でにらまないで!?」」
泣く子も黙るであろう冷たい眼光で、魔王は二人をじっと見た。
「貴様ら、もっと彼に対して謝意をしめせ」
……あと、魔王の後ろにもう一人、女の子がオロオロしているがそっちにはまだ誰も触れないようだ。
だれ? お孫さんかな?
オホンとせき払いして、神が話を再開した。
「えっと、そんなわけで、君はこっちの世界でがんばってね?」
雑に話を終えた神。
なんだ、それで説明責任を果たしたつもりか?
そんなありさまに頭を抱える魔王。
どうやらここでまともなやつは彼一人だけらしい。
…がんばれ? なにを?
さらに神が疑問を増やしてくる。
「あっ、もちろん君には特典があるよ!
ほら、君の世界で流行ってる異世界チート?
すごい能力を君にあげるから!」
そんな神の言葉に二人の王と一人の女の子が目を丸めた。
……何か良いものがもらえるようだ。
だが、おれの望みはそれじゃない。
そろそろ話を終わりにしたい。
おれは、ため息まじりに神に答えた。
「…ハァ。それならチートとか要らないので、さっさとおれの人生を終えて下さい」
「えっ、なんで!?」
なんでも何も、おれにはこれ以上の延長戦など必要ない。
「ああ、でも望みをかなえてくれるのならば、来世はせめて『人の寄り付かない浜辺でひっそりと暮らす貝』でお願いします」
「すごくさみしい願望だね!?」
なんだと貴様!? 貝類に対して失礼だろう!!
浜辺で静かに暮らす生き物たちの何が悪い!
貝に謝れ! ついでにカニやアメフラシたちにも、今すぐ謝れッ!
…それになんだ、おまえ、異世界チートって?
虐げられる側から虐げる側へと華麗に転職か?
忌々しい………もうたくさんだ……
なるほどこいつが神ならば、この世は地獄で間違いない。
いよいよ不信感が高まったところで、ついに自称神がおれに告げた。
「君には、君のご先祖様の力を継承させてあげたよ?
…っていうか、君のおじいさんって一体、何者なの?」
◆ ◆ ◆
そう、その言葉で、ついにブチ切れたところだった。
本当に、どいつもこいつも、おれの人生を弄びやがって……
そしておれの前に立ちふさがったのが、魔王だ。
そこの自称神を叩きのめしてやろうとしたところで、割り込んで来た。
「──落ち着け!
いまの君は条件次第で神をも殺せる!
力に振り回されるな!!」
…厄介だな、こいつ。
たぶん、かなり強いぞ?
だが、よく観察すれば彼が優先して庇っているのは、その後ろにいる女の子の方だ。
もちろん、おれはその子に用はない。
おれが仕留める相手は、そっちの神だ。
そのまま魔王の横を通り過ぎようとすると、おれを引き留めるように魔王の手がサッと伸びて──
「待て!!」
──そこからは勝手に、おれの身体が動いていた。
伸びてきた魔王の手を、右手で巻き取るように動くおれ。
魔王が即座に身を引くが、
「グッ!?」
同時に、おれの左の下段蹴りが魔王の右膝裏を刈り取り、そのまま、左を引きつつ右の踏み込みと体捌きで一気に、身を捻りながら跳躍し──
──あ。これ、クソジジイが昔、
熊を倒したって言ってた連撃──
──膝刈りからの、飛び後ろ回し蹴り。
体勢を崩した魔王の後頭部に右蹴りを叩き込む。
そしておれは着地し、彼はそのまま膝と両手を地についた。
「グッ!! ……なん、だ、いまのは…ッ!?」
しぶとい。
魔王はクマより頑丈だった。