変わったはずが変わらぬ日々
今朝の朝食は豚汁風の何かと、ごはん、卵焼きと野菜サラダである。
ごはん(米)だけはダンジョンコアに用意させて、他はおれが料理した。
モルフェさんも料理づくりに参加し始めたが、まずは包丁で指を失わないようにするところからだった。道のりは険しい。
そして、いつもの食卓。
朝の掃除(※できてない)のかいもあってか、よく食べるアテナ。
たくさん食べて元気に育って欲しい。あと下着もちゃんとはいて欲しい。
モルフェは何か危機感を感じながら食べていた。
なにか苦手なものでも入っていたか? と聞いてみたところ「おいしいのが問題なんだよ…」と良く分からない悩みをつぶやいていた。
…ちゃんと好き嫌いを調べておいた方が良いのだろうか?
そして何事もなく終了。
…アテナが何も言わないのなら、疑問に感じているのはおれだけなのか?
おれは緑茶を飲みながら、二人に向けて質問した。
「…それで?
モルフェの本体は、一体どんな姿をしているんだ?」
おれの望む姿になると彼女は言った。
…つまり、おれに出会う前は? という話になる。
「…やっぱり、気になるよねアルジィ?」
少し悲しそうな顔をしたモルフェの誤解(?)を先に解いておく。
「先に言っておくが、別におれはおまえの目が三つあろうが腕が六本あろうが一向に構わない」
「…本当に?」
「ああ。だが、それは事前に分かっていた場合の話だぞ?
我が家に『知らないやつ』を発見したら、逃走か排除か、即座に判断しなければならないだろ?
だから事前にどんな姿か教えておいて欲しい、心の準備が必要だ、と言いたいんだ」
「そ、それは確かに、排除されるのは困るかな?」
人を見た目だけで判断するのは損だ、というのは事実だ。
だが「まずは見た目」で判断するのが正解だ。
目の前で、血まみれの斧を持った男と遭遇した時に「でも中身は優しい人かも?」なんてことを考える間抜けは、五秒後にはひき肉に転職だぞ?
物事には、段階というものがある。
それで、モルフェの「本来の姿」は?
おれの質問に答えたのはアテナの方だった。
「カッコ良かったり、優しかったり?」
「アテナちゃん……」
………うん? 分かるけど、分かんないな?
それって今みたいな見た目ってことか?
「でも、あいつらにはグチャグチャだったり、モヤモヤだったりに見えるっぽい」
「………」
…? ますます分からない。
……いや、思い出せ。
モルフェは「相手の望む姿になる」って言ってたよな?
つまり、アテナの言う「あいつら」というのは、モルフェにそれを望んでいたわけで……
おれの理解が追いつく前に、勝手に結論に至る二人。
「でも、アルジィなら大丈夫」
「……うん。信じてるよ」
「まてまて、重い。信頼が、重いから」
それだけだと、どの方向にがんばれば信頼にお応えできるか分かんないだろ!?
せめてもっと、ヒントをよこせ!
だけど二人はニコニコするだけで、おれにヒントはくれなかった。話題終了である。
「…そうか。分かったよ。
そういうことなら、今後おまえがグニャグニャしたりモニャモニャしたりしたい時?
その時は遠慮なく、あらかじめおれにも教えてくれ」
「え。あ、はい」
「それともう一つ。今後は何て呼べば良い?」
「…? ……ボクは『モルフェ』だよ?」
いやいやいや! それは謎の性別不明全身包帯の生き物に雑に付けた名前だぞ!?
……かといって、また新しい名前を考えろとか言われても、もう無理だ。
くせっ毛、主が限界だぞ?
モルフェウスなんてマニアックな神話を覚えていたのだって、某薬物の語源らしいからというしょうもない理由だ。
いっそ初期パスワードみたいなランダム文字列の方がまだ奇跡的にステキな名前になる可能性が残っている。
「…ちなみに、おれの前世のあだ名は一貫して『陰険メガネ』だった。
せめてインテリメガネになりたかったよ」
「そ、そうなんだ?」
いまは裸眼で安心している。いや、それは今はいい。
話はもどるが、おまえ、おれに出会う前の姿や名前はどうしたんだ?
…おれが死んだあとに元に戻します、って話なのか?
ちょっと疑問と混乱ぎみのおれに対して、モルフェの方は……まるで裏表のないニコニコ顔で言い切った。
「ボクはずっと、モルフェだよ?」
…純粋にうれしそうなのは分かる。
だが、その言葉の裏も読んでしまって……
「…うん。そうか!
よろしくモルフェ! ずっと、ここにいてくれ!」
「うん!」
「………」
…そうか。
どうやら彼女にも、帰る場所がないということなのか。
◆ ◆ ◆
今日もボス部屋で待機だ。
おれの隣にいるのは、今となってはタンクトップ美少女となってしまったモルフェである。
そしてここまでたどり着く冒険者は、今日もいない。
「…魔女ばあさん以降、やっぱり誰も来やしねぇ」
「…魔女のおばあさんは、ふつうに魔術で登って来たと思うよ?」
監視画面の向こうで冒険者がまた一人、落下する。
今日の日替わりダンジョンは【らせん坂の日】ではなく、【細長い道の日】である。
深い大穴の上に続くただ細長い道をまっすぐに歩いていく、それだけの日だ。
バランス感覚と度胸があれば一気に踏破できる、はずだった。
「…やっぱり魔術か。魔女ばあさんは一体どんな魔術で登ってきたんだ?」
「アルジィなら、どんな魔術があれば登れると思う?」
「そうだな……
…床を削る、床に足場を増やす、手すりを付ける、縄梯子を付ける、吸着する何かを足裏につける、飛ぶ……飛ぶはともかく、何でもいいから足すか引くかできれば、どうとでもなりそうだな?」
魔術についてはおれも警戒していた。
だから道の「後半」では、魔術の効果を減衰させる術式を少しずつ付け足している。
最初はそれもできなかったけど、ダンジョンが成長するにつれてできることが増えてきた。
でも、減衰術式を付け足した他は、たいした改良はやってない。
それどころか難易度をどう「下げれば」良いのか、日々、頭を悩ませているのである。
せめて「前半」を、クリアしてくれ……
……また冒険者が落下した。
これでもう第一陣は全滅である………命綱くらい用意して来いよ、おまえらは。
「…もう少し魔女ばあさんにアドバイスとかもらいたかったな」
「また今度来た時に聞いてみれば?」
そうだな。次に来た時にでも聞いてみよう。
…あの人はおれよりも、アテナとモルフェを気にしているのではなかろうか?
あの様子だと「モルフェ」のことも知ってたっぽいし………孫娘を心配するおばあちゃんみたいなものだろうか?
…第二陣もさっそく一人落ちた。
「なぁ? こっちの世界には『命綱』というものが存在しないのか?」
「え。そんなことはない………………ある、かも?」
「え、ウソだろ、おい!?」
皮肉のつもりで言ってみたら、恐ろしいことに事実だった。
命綱はある、だけどふつうは魔術の方でどうにかする。
少しくらい高い場所なら身体強化系の魔術を使ってどうにかするし、魔術が使えない者たちはわざわざ危険な場所になんて行かない。
だから「命綱を使う」という発想に至る人は少ないんじゃないか? というのがモルフェからの説明だった。
「そうか、文化が違うと思考が違うのか……」
「…そうだね。前提や手順が違うんだろうね」
前世では、海外の人が「箸」を画期的なダイエット用品として使っていると聞いたことがある。
食べにくい、一度に少量しか食べられないのが良いそうだ。
実際、人は食べ始めてから10分くらいは経過しないと脳が「食べている」と感じないらしいから、時間をかけて食べるのは効果的なのだとか?
だけど、箸は「食べられなくする道具」ではない。逆だ。
文化が変わるだけで、考え方や視点が変わるらしい…………けど、なぁ?
「…それでも、命綱は………ああ! そうか!
拘束具なんてつけてると途中で襲われた時にかえって危ない、みたいなことか!?」
「うん、そっちが正解かも。
つけてる方が邪魔になっちゃうよね」
そんなことを話しているうちに、監視映像のむこうで第二陣も全滅した。
せめて、もう少しくらい……あと10分くらいは間をもたせろよ。
おれの脳が「冒険者が来たぞ!」って認識できるだけの時間をくれ……早過ぎて、いたたまれねぇよ、もう……
「…なぁ、モルフェ?
こっちの世界では『監視カメラをぼんやりながめているだけで、どんどん銀貨が増えていくステキなお仕事』は、一般的な職業なのか?」
「そんな職業は存在しないよ?」
そうか。
おれは存在しないはずの職業に就いているらしい。
今後もモルフェには、おれに常識を教えて欲しい。
このままではおれの頭がおかしくなりそ…………冒険者たちにもたまには自分を見つめ直す日が必要だろうということで、定休日を作ることにした。
休みの日は作る予定だったけど、実行に移すのをすっかり忘れていたのである。
それを言ったら、モルフェに、
「アルジィはちゃんと仕事以外の趣味を持った方が良いと思うよ?
茶室でぼんやりしたり床をからぶきしたりする以外の趣味も」
と言われてしまった。
ダンジョン入り口にむこう七日間の予定表を掲示しておいた。
掲示板といっても、【定休日】と【いきなりボス部屋の日】くらいしかまだ書かれていないけど。
もう穴に落下したくない人は、ボス部屋の日だけに来れば良いというダンジョンマスター側からの配慮である。
そして魔女ばあさんは【いきなりボス部屋の日】にしか来なくなった。
日替わりダンジョンについてのアドバイスはもう、もらえないらしい。
「…やっぱり予定表、はがしておこうかな?」
「今さらそれは、怒られるんじゃないのかな?」




