夢魔(前編)
街の人に渡された大量のおみやげ、肉とか野菜とかを前におれは腕組みをした。
「…そろそろ、ちゃんと自炊しないとな」
「えっ、アルジィ、料理できるの!?」
びっくり顔のモルフェにおれは答えた。
「煮物と炒め物くらいだけどな。
油で揚げたりとか、準備と後片付けがめんどくさそうなのはやらない」
むかしは一人暮らしで一週間分のカレーを作って冷凍庫に放り込んでいた。
毎週毎週、同じカレーの繰り返しでも、なんら問題を感じなかった。
目の前には大量の野菜。
なんとなく足が早そう(賞味期限が短そう)な食材から優先して消費しておくか。
「…根野菜はともかく、葉野菜とかは、どれくらいもつんだ?
冷蔵庫を用意しておいて正解だった……いや、冷蔵庫しか無いのも問題か?
野菜をつつむ紙なんて無いぞ? この家で冷暗所ってどこだ? 玉ねぎは何にくるんでどこに置けば良い?」
「主夫かな?」
幸いなことに、気のきいた街の人が追加で調味料まで持たせてくれた。
この街では塩は海ではなく岩塩が主流で……その岩塩周辺に咲く「花から塩が採れる」しくみらしい。
だから塩にちょっとだけ香りや甘みがついていて、甘み無しの純塩と使い分けるようにと説明された。
塩をふくめた調味料各種は街の食料品店で売っているそうだ。
「味噌……ではない味噌っぽいものが、三種類?
そのうち一つはどちらかというと、カレー? シチュー? なんだこれ?」
「…ごめんね? ボク、あんまり手伝えないんだ……」
モルフェも初めて見る食材らしい……まあ、サウスティアの文化に詳しいわけでも無いだろうから、当然か。
「たぶん、水に溶かして煮ればこれだけで成立するなにかだろう?
よし、とりあえず切って煮よう」
野菜はすべて生でも食べられる鮮度だと聞いていたので、ちょっとだけ切って味見をしながら、適当に鍋にぶち込むことにした。
タケノコとかウドとかのあく抜きが必要なものは今回は入ってなさそうだ。
根野菜や硬い野菜、キノコ類は良く煮込もう。
葉野菜、イモ類が煮崩れるのはあきらめて、安全重視で熱を加える。
肉も、もう溶かすつもりで煮込んでしまえ。
強火にならないようにコトコト煮込む。
味噌っぽい何かは少な目で。
味は濃くできるけど、薄くはできない。最初は気持ち薄味で様子をみる。
最後にコショウっぽい何かで味をととのえた。
ポトフっぽい何かが完成。
肉の食感は野菜炒めをつくって試す、こちらはシンプルに塩で。
「…アルジィ? 料理、上手だね?」
「食べる前から、それは早過ぎないか?」
──…子供の頃に、実はストレスで味覚障害だったことを祖母に隠し通す必要があった。
舌が治った後、ボロが出ない程度に「当時の味を覚えている」ことにするために、いろいろ作って味を覚えたのが料理を始めたきっかけだった。
いろいろ鋭いクソジジイにはバレていたかもしれないけれど……祖母を悲しませないように、あの世まで秘密を持って行ってくれたようだ──
なんだかんだで料理が無事に完成した。
結果、思った以上にちゃんとした夕食になった。
「…えっ? アルジィ? これ? おいしんだけど?」
「うん? ありがとう。 …たぶん素材のおかげだな、これは」
おれがいた「前の世界」。
ふつうに食べていた野菜が、実は品種改良を重ねまくったハイレベルなものだという。
電子レンジで温めただけの温野菜でもすごく甘くなったりするのは、きっと素材が良かったおかげだ。
そんな、「かつての野菜」に負けないくらいにおいしい、こっちの野菜。
ほぼ煮ただけ、焼いただけでこれだけおいしいのは少し予想外だった。
モルフェも震えるうまさである。
「……あ、アルジィ? ボクにも、料理を、教えてくれる、かな……?
ぼ、ボクの、立場が……」
「ん? いいけど? タンパク質が足りなかったか? 豆腐も入れるべきだった?」
「そういう問題じゃないんだよ……」
残念ながら豆腐は無かった。これはまだダンジョンコア任せである。
米はあったけど、こっちのは「違う米」だから今回は使わなかった。正しい炊き方を確認してからだ。
震えるモルフェの一方で、アテナは黙々と、まくまくと食べておかわりもしていた。
たくさん食べて、大きくおなり?
…そこそこ大きくなったら、もうおれの膝に座るのは無しだからな?
◆ ◆ ◆
夕食後、自室のイスに座ってつい、言葉が漏れてしまった。
「…ふぅ、どうにか形になった」
「なにが形になったの?」
開いた扉の前で聞き返してきたモルフェ。
ちなみにおれは、就寝中以外は部屋の扉を開くようにしている。
なぜ扉を開くことにしたか?
おれとモルフェが見守る中で、今日も「その元凶」が当たり前のように入ってきて、おれの部屋のクローゼットを無言で開く。
何も無い。おれの服以外は何も無くて、当たり前だ。
次はおれの座っているイス、その前の机の下をもぞもぞと確認する。
それからベッドの下。
発見。
入手したスライムを頭上にかかげる。
アテナはスライムを手に入れた!
そして退出………ほぼ毎晩、これである。
いつの間にかスライムが隠れていて、問答無用でアテナが探しに来るのである、ほぼ毎晩。
「…アテナちゃんが、いつもごめんね?」
「…あれは、もともとあんな子なのか?」
おれの言葉をモルフェは否定した。
「えっと……前はもっと大人しかったというか、ちゃんとした姿を求められていたから。
今はものすごくのびのびしていて、楽しそうだよ?」
「そうか。楽しそうなら何よりだ」
最近はおれにも何となく分かるようになってきた。
表情が控えめな上に何もしゃべらないから、こちらから察するようになって来ただけではあるが……
たしかに、彼女はのびのびしている。
もう少しちぢんでも良いくらい、のびのびしすぎて将来がやや心配なくらいである。
「…あー、えっと、それで何だっけ?」
「……なんだったかな?」
会話の途中だったはずだけど、忘れた。
その代わりに別件を思い出した。
「そういえば、モルフェに謝らなければならないことがある」
「ん? なに?」
「今後は街の住民と交流することになると思うけれど、モルフェが一番、リスクを負う形になってしまった」
「そうなの?」
「いつもおれと一緒にボス部屋にひかえてもらっているのはモルフェだ。
察しの良い冒険者なら、おまえの正体に気付いてしまうかもしれない」
街を歩いている時に、冒険者にもバレてしまうかもしれないということだ。
「えっ、ボス部屋の日なら、ボクはいつも隠し部屋の中にいるよね?」
「それは分からないぞ?
少なくともおれは、扉の向こうの敵を感知するタイプの妖怪爺を知っている」
だからおれは一人でボス部屋にいることも考えたけど、それにはモルフェが反対した。
その流れで、なんとなくモルフェに付き合ってもらうことになったのだけど……
…今になって思えば、戦力的にモルフェではなくアテナをボス部屋に置くのが正解だった。
「それに、子供の見た目で街にまぎれ込ませることのできるアテナに手伝ってもらうべきだった。
おれの判断ミスだ。本当に、申し訳ない」
「そんな、アルジィが謝ることなんて何もないよ?」
「出かける時は遠慮なくおれに声をかけろ、おれも背中を警戒しておく」
「そこまで過保護でなくて良いんじゃないかな!?」
違う、むしろ全然足りないくらいだ。
今のところは心優しい冒険者しか来てないようだが、このままで済むわけがない。
おれが「ダンジョンコアを奪う側」で、手段を選べないほど逼迫した状況になったなら、なんだってやるはずだ。
「ダンジョンの外で襲撃、街の者たちを襲撃、街の誰かを人質にとっておれたちを襲わせる……それこそ手段はいくらでもある」
「…その心配があって、今までアルジィは街のみんなに近づかないようにしていたんだね?」
「…その通りだ」
だが、今はもう街もこちら側に巻き込んだ。
あちらもこちらも、一蓮托生。
いまさら後戻りもできないだろう。
だが、これはこれで想定どおりの事態ではある。
ようやく街と距離が縮まって、これでモルフェたちを「ふつうの住民」にできる形になった。
いつかおれの手に負えない状況はやってくる。
いざとなったら「ダンジョンは崩壊させて逃げる」つもりなのも変わらない。
消えてしまえば、狙われる心配もなくなるはずだけど……
その時、モルフェやアテナはどうなる? その先どうやって生きていくんだ?
…だからこそ次は、今後に備えて街の者たちにモルフェの顔を知ってもらう必要が──
「──アルジィ? なにか余計なことを考えてない?」
「え、ああ? ぜんぜん?」
モルフェがおれの目の奥をのぞき込むようにしながら、諭す。
「あのね、アルジィ? ボクはアルジィを守るためにいるんだよ? ちゃんと分かってる?」
「ええ、わかってますとも?」
「…………」
こいつ分かってねーだろ? の目でおれを見るモルフェ。
…分かってますよ?
だからこそ余計に、君たちが無茶しないか心配な、おれの気持ちも分かって欲しい?
「…いつ言おうか迷ってたけど、ちょうどいいからいま言うね。
実は、ボクもアルジィに謝らなくちゃいけないことがあるんだ」
「お、おう? なんだ?」
モルフェが、自分の顔に巻き付いていた包帯に手をかけて、
「ボクが包帯で姿を隠していた理由」
「……体が崩れる、って言ってたよな?」
「うん。まだ確定していなくて、追いついてもいなかったから」
スルスルと、その体のほうの包帯も外したり、ゆるめたりしていくうちに……ついに、その正体が判明する。
「…ボクはね、アルジィの望む姿になるから……隠していて、ごめんね?」
相手の望む夢を見せる夢魔。
姿を隠していた理由。
おれに決めさせるため。
頭の中で、カチリとはまった。
「…はじめまして。モルフェ、だよ」
はにかむように、微笑む女神。
おれが息を飲んだことは言うまでもない。
その姿は……まさにモルフェが言った通りの、姿だった。




