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町長の最期?(3)


  ◆ ◆ ◆


「──は? あたし?

 バカ言っちゃいけないよ、あたしは魔術師だよ!

 摂理? 道徳? 他人の口から出てくるそんなもんは寝言と同じさね!

 見極めるのは他人じゃない、あたしだ。

 なにが正しいのかは、あたしが決める!」


 その言葉に皆が沈黙し……そして一斉に笑い声を上げた。


 やがて彼も、老魔術師の言葉に賛同した。


「ならば我々もまた、自分達の目で見極めようじゃないか。

 ……だが、危険を承知であえて我々にその選択肢を与えてくれたのは(まぎ)れもない事実。

 そして我々の街はまだ平和にはほど遠い。

 だからこそ、私は………」


 集まった者達の視線、それぞれがうなずく姿を見て、彼は言い直した。


「…私達は、その選択に()けてみるべきだと思う」



  ◆ ◆ ◆




 ボーダーランドの住人にとっては、魔王国も帝国も、奪い続ける略奪者である。

 そして魔王国側の住人から見れば、ボーダーランドは奪うには良い獲物(カモ)だった。


「カオスティアはまだ見つからないのか!!

 まじめに契約を果たせ! 呪いの魔女!!」


「はぁ、言われなくてもやってるわよぉ?

 そのうち、どれかの呪いが当たるはずよぉ?」


 それぞれの国の行いを理由に、それぞれに攻め込んでくる二つの軍隊。

 軍隊などとは呼ばれちゃいるが、それぞれが雇いかき集めただけのならず者の集団だ。


 そして彼らは軽い気持ちで、ボーダーランドに襲い掛かるが……



 のちにクロスティア大戦、あるいは精霊戦争とも呼ばれる戦い。

 魔王国から逃亡した生贄(いけにえ)……であったはずの彼女は、ついに彼らに牙をむいた。



「おのれぇ、カオスティア!! 我々の精霊を返せッ!!

 ……なっ!? や、やめ……ギャアアアアア!!!」


「…ちょうど良い(おとり)がいなかったら危なかったわ。

 せっかくばら()いた呪いが、精霊達のせいで台無しじゃない。

 ……はぁ、つまんない。もう帰ろうかしら?」



 その戦いを終わらせたのはカオスティア、たった一人の少女だった。

 一人の少女と───彼女が(ひき)いる「大家族」。精霊軍団だった。



 その少女は、彼女を(した)う精霊達のほとんどを失うことになった。

 三日三晩つづいたと言われる彼女の慟哭(どうこく)が、ボーダーランドの住民達への罰だった。



 声も涙も枯れ果てて、それでも彼女は泣きや止まなかった。



 魔王国、帝国だけではない。

 彼らもまた、彼らの都合を一人の少女に押し付けてしまった。


 その罪を忘れぬために、ボーダーランドはクロスティアと名乗るようになったというのが、この地に残る裏の歴史である──



「──我々は、つねに誰かの犠牲(ぎせい)にあることを、決して忘れては……ゴホッ、ゴホ!」


「お父さん! 無理しないで!」


 ベッドにその身をあずけたまま語って聞かせたのはこの街の町長であるメイヤーという男だった。


 サウスティア町長という、まったく(がら)にもない仕事を引き受けてしまった。

 それでもどうにかやりとげて、今、ここにその最期を迎えようとしている。


 呪いが体を(むしば)んでいた。

 …こればかりはもう、どうにもならなかった。


 この家の使用人であり、町長の腹心の部下でもあるオットーが(くや)しさをにじませた。


「…せめて、この街にもクロスティアのような魔術防壁があれば」

「ははは、それは無理な相談だよオットー」


 交易都市クロスティアの魔術防壁。

 それはあらゆる呪いを防ぐ代わりに、莫大(ばくだい)な維持費がかかってしまう術式だ。

 予算規模だけなら帝都にもおよぶクロスティアが、その何割かを失うほどに大喰(おおぐ)らいな術式だった。


 金銭面だけで言うなら、それこそ違法な奴隷でも買って呪いの人身御供(ひとみごくう)にした方がはるかに安価だ。

 もちろん、そこに手をのばせばもう、人道的におしまいである。

 …生贄ならば、せめてメイヤーのように自身が納得した上で、引き受けるべきで……


 …それに魔術防壁内部では、治癒魔術や生活道具なども使えなくなるという弊害もある。

 はっきり言って、かなり使い勝手の悪い魔術だった。


「いまさらですが、ノースティアのように呪いを分担する訳にはいきませんか?」

「それはもう、相談して決めたことだろう?」


 ノースティアの街では町長の「一族」が呪いを分担して受けることになった。


 5年で死ぬ呪いも、5人で受ければ25年まで生き残れるという単純計算。

 だがそれは25年間苦しみ続けるということでもある。


 呪いを一人で受け止めたサウスティア町長と、ノースティアの一族、どちらの方がマシなのかは、誰にも論ずることはできない。


「せめて、ソニア様が間に合えば」

「オットー、それは言わない約束だ」


 少し強い口調でたしなめた町長に、オットーは頭を下げて謝罪した。


 メイヤーの妻であるソニアは元上級冒険者である。

 病床の夫に寄り添うことより、彼女は「根本から解決」することを選んだ。


 西の魔族領で「呪いの氏族」を根絶やしにせんと暴れ回る冒険者の活躍はこのクロスティア地方にも届いている。

 だが、いまだに呪いは解呪できない。


「…それにソニアはまだあきらめていない」

「…はい」

「お母さん……」


 町長が死ねば、次に呪いを誰かが引き受ける必要がある。

 順当にいけば、その娘であるソーニャである。


 メイヤーはうすうす、オットーが身代わりを引き受けるであろうことは察している。

 それはメイヤーも止めてはいたが、彼の死後のオットーの行動まではどうすることもできないのだ。


 だからソニアが呪いの根本を断ってくれることを引き続き祈るしかなかった。


「…さて、そろそろ約束通り、()()行くのを手伝ってくれるかい?」


「「…!!」」


 メイヤーの言葉に二人は息を飲んだ。


 彼との約束、せめて最後は我慢していたワインを浴びるほど飲みたい、という言葉。

 それが彼のささやかなわがままだった。



 つまりいよいよ、その最期の時が来てしまったのである。




 町長の家の地下にあるワイン蔵。それは何も町長の趣味のためだけに用意されたものでは無い。

 これは非常時に備えた「保存のきく水分」という役割も()ねていた。


 街の中央にある井戸がいつも使えるとは限らない。

 天災か何かで使えなくなる可能性は常にある。

 多少の汚れなら「水石」経由でろ過もできるが、そもそも水が()れた場合は水石だけではどうにもならない。


 ともかく、そんな諸事情(しょじじょう)により蔵には大量のワインが並んでいた。


 その中でもとっておきを選び、グラスに()いで、メイヤーはその香りを十分に楽しむ。


「…なつかしい。うん、これだよ、これ」


 そしてもう一つ別の、空のグラスをソーニャに渡してメイヤーは言った。


「気分だけでも一緒(いっしょ)に付き合ってくれるかい、ソーニャ?」

「…うん、お父さん」


 まだあどけなさの抜けない娘の姿を見てメイヤーは目を(ゆる)ませた。


 自分もお母さんの名前が良い! と泣きだす娘に困ってしまい、ソニアの娘はソーニャになった。


 いまとなっては妻の代わりに、この瞬間のために彼女はソーニャになってくれたのではないか……なんて、娘に余計な(ごう)まで背負わせてしまいそうになる。


 今は妻が間に合わなかったことを悲しむよりも、最後まであきらめずに戦い続けていることを喜びたい。

 願わくば、彼女もまた私の死を(なげ)くことなく、最後まで戦い続けたことを(ほこ)ってくれると良いのだが……



 まるで人形のように真っ白な顔色の町長メイヤー。

 この病状で立っているなど、いっそ奇跡に近いくらいだ。

 だが、それは消える直前の(ともしび)ゆえの明るさか、あるいは意地か。



 メイヤーは美しい立ち姿で、優雅(ゆうが)にグラスをかかげて見せた。



 言いたい言葉はあふれてくるが、ここで未練(みれん)を残してはいけない。

 この()におよんで余計なことを言えば言うほど、娘を傷つけてしまいそうだ。


 だからサウスティア町長はその後継者に、ただ一言だけ言い残した。



「サウスティアに、乾杯」




「「っ!?」」


 二人の目の前で、彼は白い炎となって蒸発した。

 そこにはもう、影も形も残らなかった。



「………っ、あ……」



 あまりにもあっけなく、一瞬で、彼は()った。

 ようやく状況に頭が追いついて来て、ソーニャの手から(すべ)り落ちたグラスが(くだ)け散り、彼女の(のど)から嗚咽(おえつ)が、そして慟哭(どうこく)が、地下ワイン蔵へと響き渡った。



「あ……ああああ!!

 お父さん!! オットーさん!! おとーさんが!!

 あああアアアーーー!!!」



 …ええ、気が動転しているのは分かりますが、私が死んだみたいに聞こえるので一度落ち着きましょうお嬢さま? なんて空気を読まないことは言わないオットー。

 ……それにまだ、()()()()()()()


 確信は無い。

 だからこそ彼女にも期待させるようなことは言えなかった。


 それでも彼は期待した。

 上手くいったと、思いたかった。



 いくら呪いによる死であったとしても……

 …人は、白い炎と化して消えたりはしない、はずだ……ッ!!




 そうですよね!? アルジィさん!!!




 それからどれだけの時間が経ったのか、あるいはそれほど経っていなかったか。

 オットーにとっては、日が暮れて夜が明けるまでを待つような、長い長い時間が経過する。



 じっと見つめた地下ワイン蔵の、そのさらに先。

 増設された通路の「奥を」じっと見つめて待ち続けると──




 ──ついに、ワイングラスを片手に持って現れた男。

 その足下には、案内役のスライムを一匹、引き連れて──



「──ハハハ。

 実はまだ、一口も飲んで無かったのに……

 …私のとっておきのワインの一杯目は、ダンジョンに飲まれてしまったようだね?」



 みごと蘇生を果たした彼は、その姿に目を丸める二人に、こう告げた。



「すまないが、二杯目を()いでくれるかい、オットー?」



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