日替わりダンジョン(1)
四畳半の茶室もどきに集結した我ら三名。
心を落ち着けたいときは、やっぱりここが一番だ。
そんな茶室にはまた、アテナ先生作の掛け軸──四字熟語(?)で「淫ドア派」。
……なんだ? 印象派とか、リベラル派とか、そういう主義主張か?
「つまり? 屋内が好きなのか? それとも扉が好きなのか? どっちだ?」
「思いつきで書いただけじゃないかな?」
おれの前に座るモルフェからツッコミが入った。
全身に巻いた包帯も少しずつ減っているようで、なによりだ。
ここは茶室でも、おれは抹茶を点てたりはできない。二人には急須とお湯でいれた煎茶の方をご用意しておいた。お茶請けは水ようかんである。
おれの分のお茶は無い。
今日も膝の上に座ったアテナが邪魔で飲めないからだが、まったく、ぜんぜん、問題ない。
「……いつもありがとうね、アルジィ」
「………」
「気にしなくていいぞ、モルフェ。
あとアテナ、おまえは少しは気にしろ」
始めは超かわいいアテナさんが小さなお尻を勝手におれの膝に乗せてくるのには、ドギマギした。
柔らかくて良い匂いがして、いろいろと問題が起きていた。
だが最近ではもう、この子はおれの中で「美人枠」から「おもしろ枠」へと無事に移籍を果たしてしまった。
だからおれも多少のことには動じなくなった。
ちなみにモルフェにとってのアテナは「ちょっと困った妹枠」に所属しているように見えている。
あるいは「要、通訳」だ。
「…もしかして、こいつが無口なのは、君が甘やかしすぎだからじゃないのか?」
「そんなことないよ!? …違うよね、アテナちゃん?」
「………」
「おまえは何か」
「しゃべってよ」
すると無言で、お腹の前におれの手をシートベルト代わりに装着した。
おれももっと甘やかせという主張だろうか? ……通訳は二人もいらないだろ?
いや、今日はその話がしたいわけじゃない。
大事な話し合いがあるのである。
「今後のダンジョン計画についてだが。
早速ですが、明日からは『いきなりボス部屋』はやめて、通常のダンジョンに戻します」
もともと長く「初手ボス」を続けるつもりは無かったけれど、あれは思った以上にアレだった。
…このまま毎日、次々にやってくる冒険者たちを棒で小突いて銀貨に変えるお仕事を続けるのは、きっと精神衛生上よろしくない。
このままだと変な経験値がたまっていって、魔王とか勇者とか、おかしな職業に転職か昇格でもしそうな予感がして怖くなった。
おれのそんな説明に、「えっ、もうやめるの!」というツッコミがくるかと思っていた。
だけど、モルフェはただ一言「そうだね」と答えただけで、おれの方が驚いた。
「…あれっ?」
「え? アルジィ? いきなりボス部屋なんて、どうかしてるって自覚なかったの?」
「……そんなこと……どうかな?」
「ただ広い部屋で一対一で戦うだけの場所なんて、そんなのはダンジョンじゃなくて闘技場とか道場とか、そういう場所だよ?」
「…なるほど。そういう手も?」
「皮肉だからね? ダンジョンマスターらしくない危ないことはやめよう、ってボクが言ってるの分かってる?」
「はい、すみません」
ちょっと笑顔が怖いモルフェに謝罪するおれ。
そういえばモルフェはずっと、ふつうに魔物や罠で迎撃することを勧めていた。
色々とモルフェと相談して、今後はひとまず「日替わりダンジョン」にして様子をみる計画に落ち着いた。
やっぱりダンジョンは基本的には初見殺しだと思っている。
何があるのか予測できない形にしておくのが最も効果的だろうと判断して、しばらくは「日替わり」にして様子を見ることにした。
もちろん、ダンジョン再構築にはそれなりの魔力を消費する。
それでも大がかりな仕掛けや魔術をつくるでもなく、単に道をつくるだけなら想定よりもずっと消費をおさえることに成功した。
営業時間を設定したのも正解だった。
無人の夜中にダンジョンコアが良い感じに仕事をしてくれた。
そしておれ達は、ダンジョン最奥のボス部屋で待つ。
ダンジョンコアを守らなければならないことは変わらないから、結局は待つしかない。
監視の魔術で冒険者たちの様子を見つつ、待ち構える。
…あと、急な来客に備えて入り口横の「落とし物センター」にはインターホンも設置した。
万が一、町長さんのところから誰かが来たら、こちらから呼んでもらうことにした。
「…なんだか、思ってたダンジョンとは違うんだけど? アルジィ?」
「きぐうだな。実はおれも、なんか少し違うな? とは思っている」
そんな感じで、準備万端な「日替わりダンジョン」が始まった。
◆ ◆ ◆
【細長い道の日】
下が見えないくらい深い穴の上を、ただただ直進していく一本の細い道。
曲がり角とか分かれ道とかは無く、ただ真っ直ぐ歩くだけの日。
道幅は、足の裏2つぶんくらい?
歩く場所が高所ではなく平地だったら、わりとふつうに歩ける幅である。
しばらく進んでいったところで、道の向こうからスライムが歩いて来る。
下手に倒そうとして剣とか魔法とか振り回すと、バランスを崩して落下するだろう。
別にスライムは攻撃してくるわけではない。
だから正しい対処法は「またぐ」である。
【だまし絵の日】
壁や床に、目の錯覚や錯視を利用した模様や背景画をびっしりと描いた、歩いていると気持ち悪くなってくるダンジョン。
視界一面、白と黒の二色だけの世界にした。
通路だと思ったら壁だったり、壁だと思った場所に通路があったり、見落とさないようにじっくり見ると壁に描かれた渦巻き模様にオエッとなったりするダンジョンだ。
そろそろ慣れてうんざりしてきた頃に、黒い床に見える奈落の穴に足を踏み入れて、落下していくシステムである。
【らせん坂の日】
ひたすら滑り台を逆走してく感じのダンジョン。
つやつやの石床でできた坂道を、上へ上へと登って行く。
直進ではなく螺旋構造にしたのは、まっすぐだと入り口から距離がどんどん離れてめんどくさいのと、視界を曲げて前後が見渡せない方がダンジョンっぽくて良いだろうという理由である。
らせん坂にすれば、ぐるぐる回って転げ落ちてくる姿がおもしろそう、なんて理由では無いのである。
そして坂の一番下、開始地点には大穴が開いている。
登ってすぐの場所で滑り落ちる分には、穴の手前でふんばるか、穴を飛び越えるかして逃げられる。
だが、上のほうから勢いよくゴロゴロ落ちてきた場合は、そのまま止まれず穴の下へと落下する仕組みである。
……方向性としては、だいたいこんな感じのダンジョンに落ち着いた。
だまし絵ではなく【鏡だらけのダンジョン】にしたり、ゴールまでひたすら【円柱渡り】をピョンピョンと繰り返すとかの応用もあるけど、だいたいが地形効果で侵入者を撃退する方針のダンジョンだ。
ほぼすべて、オチが「落下」というワンパターンなのだけど……落下エネルギーは偉大である。
他にも「粘液の部屋、パン粉の部屋、そして煮えたぎる油の上の吊り橋を渡る【から揚げの日】」とかも考えたけど……それ系の罠はモルフェが笑顔で却下してきた。
もっとも、大量のパン粉や油を用意するのはダンジョンコアの魔力を大きく消費してしまうから、どっちにしろ却下になるのだが。
定番なのであろう矢とか刃物とかが飛び出すタイプの罠は、まだやめておいた。
飛び出たあとの矢の後片付けがめんどくさそうだったから。
あと、うちはたいして大きくないダンジョンのわりに人が大勢やって来る。
冒険者が罠にかかっているところで、別の冒険者に目撃されてしまってはネタバレしてしまう問題がある。
だから、実は落とし穴はもっとも効率が良いシステムだった。
………やっぱり落下エネルギーは偉大だった。
あと、非常口もちゃんと用意した。
途中で棄権する人は、複数ある中間地点の非常口からダンジョン入り口に帰還できる。
もちろん、そちらからゴールには逆走できないように一方通行にしておいた。
非常口からの帰り道には、おみやげ用の魔氷が設置してある。
だから大怪我する前に非常口から帰るというのが、うちのダンジョンでは正攻法の稼ぎ方になる……ようにダンジョンをつくっておいた。
われながら完璧なダンジョンができたと思った。
モルフェもいくつか首をかしげつつも(?)、これなら大丈夫だと認めてくれていた。
そんな日替わりダンジョンが開始して、最初の三日が経過したのだが……
「…なんでっ、誰一人としてっ、ボス部屋までたどり着けねぇんだよ……!!」
「なんでだろうね?」
あまりに大きな誤算に、おれは頭を抱えていた。




