新米ダンジョンマスターの長い一日(3)
町長さんとの話し合いの中、今日は収益に関することで少しもめた。
ダンジョンから上がる予定の収益、つまり冒険者たちから巻き上げる蘇生代については、半分を町長に納める予定だった。
「やっぱり、半分は、我々がもらい過ぎではないかい? アルジィ君?」
「いえいえ、そんなことはありません」
これはおれからの税金、あるいは迷惑料みたいなものである。
もしも今後この静かな町に冒険者たちがいっぱい来るようになったなら、街は変わらざるを得なくなる。
その変化に対応する為の資金が必要になるはずだ。
逆にまったく人が来ないのならば、それはそれで、おれという危険物を抱え込んでいる町長さんに一方的に迷惑をかけることになってしまう。
あと、おれは街で買い物する必要が無い。
衣食住のぜんぶをダンジョンコアで補えるので、そうなるといよいよ、おれから街に還元できるものが何も無くなってしまうのだ。
…一応、ダンジョン唯一の産出物(予定)である魔氷があるけど、それはそれで、冒険者たちから魔氷を買い取るだけの資金が街側に必要になってくるわけで……
そういう色んな資金やら迷惑料やらをふまえて売上半分を町長に納める、という形にさせてもらった。
理由も含めて町長さんにはすでに伝えていた。
「…それでも、半分は多すぎるよ?
この前のダンジョン調査隊の規模では無いにしても、銀貨を毎日おさめるというのは、ちょっと」
「…受け取ってもらえない場合は、私の家にその多すぎるムダ金が、毎日たまっていくという恐ろしい事態に……
…その辺は、実際に営業が本格的になってきてから、改めて相談しましょう?」
じゃあ蘇生料金を下げろよ、って話になりそうだけど、蘇生料金が「安すぎる」という指摘も町長さんから受けている。
うちは「銀貨一枚で蘇生」だけど、ふつうはダンジョンで死んだ者たちの蘇生は不可能、あるいは身代金を金貨単位(つまり百倍以上の金額)で要求されるものらしい。
銀貨一枚では、回復魔法すらもかけてらえるか微妙な金額なのだとか。
…このように、営業前からすでに経営破綻の匂いを感じさせているダンジョンである。
「ダンジョン経営って、思ったよりも難しいんですね……」
「…私も身近にダンジョンを経営したことがある人は、誰もいなくてねー……」
今夜も町長さんと二人で頭を悩ませながら、いろいろと相談してから帰宅した。
帰宅してから、三人で夕食を食べる。
あまり朝食と変わりばえのない、ほぼ一汁一菜の食卓だ。
豆腐ハンバーグはつくった。モルフェとアテナにも好評だった。
だけど……
「…ねぇ? ほんとに君たち、おれと同じ食事で大丈夫なの?
本当はもっと食べたいものあるでしょ? 焼肉とか、すき焼きとか? プリンとか?」
「…朝も言ったよね、アルジィ?
アルジィの方こそ、ボクたちが左右からごはんを口に運んであげようか?」
その言葉にアテナが席を立とうとしたから、おれはあわてて制止した。
おれはユカイに食べさせてほしい派ではなく、食事くらい静かに食べさせてくれ派である。
夜、自分の部屋で就寝する。
一人一部屋ずつ用意して、足りないものは各自でダンジョンコアを使って勝手に作成して良いというルールにした。
おれの部屋にはベッドと作業机、あと服が入っているクローゼットがある。
そんなおれの部屋をみたモルフェが「えっ、これだけ…!?」と信じられないようなものを見る目を向けてきたので、おれは「後々ふえる」とだけ返しておいた。
でも、本当は増える予定はない。
フルコンプリート済みで、この部屋だ。
モルフェの言葉に、むかし前世で、酔っぱらったまま勝手に家まで押しかけて来た会社の同僚が「娯楽が何も無い!?」と叫んでいたのを思い出した。
テレビもマンガも趣味の置き物もなにも無いおれの家は、独房のように見えてしまったようだ。
…けど、そんなのは余計なお世話である。
おれにはラジオとノートPCがあれば、それで十分だった。
そんなあれこれを思い出しながら、PC代わりの「タブレット端末(重い)」を見ていたおれ。
この世界の知識をあれこれを詰め込むのが、おれの日課になっていた。
勉強中のおれの部屋に、勝手に入って来るアテナ。
まるでRPGの主人公のようにおれの部屋に堂々と入って来て、「ここか!」という感じでクローゼット開けるお嬢さん。「しらべる」コマンドである。
ある意味、彼女は勇者であり、そして無敵だった。
…それで? 開いたクローゼットから、おれも知らない何かが見つかったか? それはそれで問題だからな?
…と思ったら、なんか出てきた。
スライムだ。
アテナはスライムを手に入れた!
こうして彼女はおれの部屋から去って行った。
両手でスライムを抱えて去って行くアテナさんの背中を見ながら、おれは、じゃぁ、アテナが来なかったらスライムはそのままクローゼットに隠れたままでいたつもりなのか? と疑問に思った。
それもスライムの一日の業務内容に含まれているのか? 一体、誰が指示した?
もちろんおれは頼んでいない。
……机の下とか、ベッドの下とかも調べてみたけど、取りこぼしは無さそうだった。
なんだか疲れてきたので、今日はもう寝ることにした。
◆ ◆ ◆
「…アルジィはなんで、こんな朝早くから床掃除してるの?」
「…おはよう、モルフェ。まだ寝てても良いんだぞ?」
膝をついて床を雑巾で乾ぶきしているところにいつもの包帯姿のモルフェがやって来た。
なんで? と言われても……?
なんでだろうね?
「…最近、なぜか寝覚めが良いから、かな?」
「じゃぁ、ボクも──」
「──いや、良い。これは趣味みたいなものだから」
包帯姿のやつに床掃除なんてさせられない、というわけではない。
そもそも床掃除の必要が無い。
床に何かが落ちていたら、従業員であるスライムたち(雑食)が消化したり別の場所に移動したりすることになっている。
あるいはダンジョンコアが通路も部屋もまるごと再構築する関係で、ほとんど掃除の必要がない。
ではなぜ、おれが床をふいているのかと言うと、
「…むかし住んでいた家に、道場……の跡地みたいな建物があって」
かつて祖父が弟子に色々教えていたらしい道場。
もともとそういう性分では無かったそうで、おれが祖父母に引き取られる頃にはすでにその道場は使われていなかった。
「そこを毎朝、おれがこうやって床をふいていたんだ。
子供心に、祖父母が喜ぶのがうれしかったんだと思う」
「…素敵なお話だね」
「いや、ただの自己満足だよ」
円を描くように床を押しながら、説明する。
「こうやって、円運動を繰り返して手に動きを覚えさせるんだ」
「……ん?」
防御の基本は円運動。これが身についているだけで敵への対処が格段に楽になる。
「相手の攻撃を大きな円から小さな円に、あるいは、らせん状に巻き取ったり押し出したりするんだよ。
最短の直線か、受け流すような曲線か、どちらにするかは状況によって使い分ける」
「……(…あれっ? 良い話は、どこにいったのかな?)」
「それに、あらゆる動作の起点は地面になる。
重心を低くすることを意識しないと、動いているうちにすぐに腰が浮いてしまうんだ」
踏み込みが甘いと力が入らない。
おれみたいに体重が重くも無いやつは特に、しっかり腰を落とさないとあっさり力負けしてしまう。
フットワークとか飛び蹴りとかも使うけれど、あれはどちらかというと上下への揺さぶりをかけるのが目的で、基本は地を這う気持ちで動くくらいがちょうど良い……というのが祖父の戦闘スタイルだった。
「あと、地面なら叩いても押しても大丈夫だし。
いまの自分の体重をどれだけ支えられるか、感覚で分かっていれば──」
「………」
「………」
「…──あー。うん。
そういう訳で、床掃除は趣味みたいなものだから?
いっしょに掃除しなくちゃとか、気を遣わなくても大丈夫だよ?」
「……うん。アルジィってさ。
思ったよりも、ふつうの人じゃ無かったんだね?」
なんでだよ!?
失礼だな、おい!?
おれほど「背景の一部に溶け込むのが上手い一般人A」は、そういないからな!
その日の夜、町長さんの家で「いよいよ明日、冒険者たちがダンジョンへ押し寄せてくる」という情報を得た。
何も無い平和な日々は、どうやらこの日で終了らしい。




