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新米ダンジョンマスターの長い一日(2)

 落とし物センター(落とし物にはダンジョンで命を落とした冒険者たちを含む)は、従業員スライムに任せて、おれはボス部屋へと移動した。


 なお、落とし物センターには無料で利用できる小さな水場と、お手洗いも設置してある。

 水とか下水とかを含めた運用は、すべてダンジョンコア任せだ。



 そんなダンジョンコアが無い、もっと一般的なご家庭の場合。


 こちらの世界では、「水石」という魔石──強い魔力がこもっている魔術で利用できる石を魔石と呼ぶ──の中に水を()め込んで、貯水槽代わりに利用するらしい。

 サウスティアの街では、街の中央にある井戸に大量の水石が(しず)めてあって、毎朝住人たちが使用済みの水石と交換しに来る仕組みだそうだ。


 そして下水や汚物の処理には「(かえり)(ばい)」というものを使う。


 この灰は、あらゆる有機物をかなりの早さで乾いた土へと(かえ)してしまう。

 虫くらいなら溶かしてしまうし、人が触っても火傷(やけど)するくらいの浄化力だ。

 地下や半地下の低い位置にこの「還灰」をしきつめた石部屋をつくっておいて、汚水はすべてそこに集まるように家屋を設計するそうだ。


 そんな還灰は悪用できてしまう。

 誰かを攻撃したり、何かの証拠を隠滅(いんめつ)したりできる。

 だから還灰の取り扱いや売買については厳しい規制がかかっている、とか。


 ……そんな感じの、異文化のあれこれを、おれはモルフェやダンジョンコアから少しずつ学んでいる。

 受験生か留学生にでもなった気分だ。


 同じ世界のようで常識が違う、海外に移住したような心境で日々を過ごしていた。




  ◆ ◆ ◆



 ボス部屋でモルフェと二人、一応、待つ。

 ここを抜けるとダンジョンコアの部屋に(つな)がっているから、念のため、まじめに待機(たいき)している。


「…誰も来ないねー、アルジィ」


「…そうだなー」


 今のところは、あのダンジョン調査隊以外には、ダンジョン(わがや)に攻め込んで来た者は誰もいない。


 あまりに誰も来ないと、そもそもダンジョン(わがや)の存在について実は誰も知らないんじゃないのか? なんて不安も頭をよぎってくるが……


「…でも町長さんの話だと、そろそろ冒険者も街に集まって来ているらしいからなぁ」


 冒険者というのは、この世界でのあらゆる危険な任務を受け持つ職業だ。

 狩りや採取が一般的で、街でのおつかいから護衛まで、依頼があれば何でもやるらしい。


 あらゆる任務と言いつつも、戦闘関連に(かたよ)っている気はしているが。


 こっちの世界では街道を離れると野生の動物や、いわゆる「魔物」と呼ばれる猛獣の(たぐい)がいっぱいいる。

 それらを間引くのも冒険者たちの一般的な仕事らしい。


 地域によっては畜産農家みたいに、食卓に食材を届ける役割までも冒険者たちが(にな)うのだとか。


 うちのダンジョンの場合は、彼ら冒険者たちが一攫(いっかく)千金(せんきん)(ねら)ってダンジョンコアを奪いに来る。


「そして我が家でボコボコにされたあげく、びた一文(いちもん)()るものも無く去って行く……

 …というのはあまりに世知辛(せちがら)いので、ちゃんとお土産を用意した」


「…おみやげ」


 ダンジョンコアの力で「魔氷」という、魔力でできた石を用意した。


 魔氷は、魔石と違って時間経過で消滅する石で、いろんな魔術に利用できる便利石である。

 なにも考えずに放置しておくと氷のように無くなってしまうので魔氷という名前がついたらしく、氷のようにひんやりしている訳では無い。


 そんな魔氷はダンジョンコアの魔力が尽きない限り、いくらでもつくれる。

 魔石ではなく魔氷にしたのは、使い道が多くて、誰がもらっても困らないと町長さんに聞いたから。


 一方で魔石の場合は「水石」みたいに、石の性質と用途がそれぞれ分かれていて、ダンジョンで用意するなら種類と量をどうするのか、いちいち考えるのがめんどくさそうだった。

 

 だから、なにも考えずに魔氷「のみ」を産出すればいいや、と雑に検討し──…分かりやすい仕組みの方が冒険者たちもうれしいに違いないと思ったおれは、()えて、魔氷を選んだのである。


 つまり、魔氷(おみやげ)を採ってさっさと帰れ、さもなくば死んで銀貨一枚おいて行け、というシステムをうちのダンジョンでは目指している……



「…目指している、わけだけど……」



 だがこの日も、誰も来ないまま一日が終わった。



「…このままずっと誰も来なければ、それはそれで幸せかもなー」

「…それはそれで、さみしいかもねー」


「…おれはモルフェたちがいるから、さみしくないぞ?」

「ボクも、アルジィといて毎日が楽しいよ?」


「…冗談だよ」

「ボクは冗談じゃないんだけどなー?」


 モルフェと二人で、とりとめのない話をしているうちに営業時間が終了した。

 念のため、ボス用のそれっぽい勝負服を着ていたけれど無駄に終わったのだった。



 あと、昼休みの時間をつくらないと昼食が落ち着いて食べられない。

 今後の検討課題がまた一つ、確認できた。




  ◆ ◆ ◆



 夕方、ダンジョンの入り口に「準備中(営業時間9:00~17:00)」の札をかけてから、町長さんの家に向かう。


 ちなみにおれの服装は、木製ボタンの無地のシャツに長ズボンという「一般的な庶民の姿」だ。

 この軽装のままで「いきなり裏山から」現れるのは不自然すぎるので、腰鞄(ポーチ)をつけて、杖を持ち、冒険者か魔術師っぽい長衣(ローブ)をはおってから街に向かう。


 サウスティアの街の夜は静かだ。

 地元民でにぎわう酒場の喧騒(けんそう)が、そのまま街の端まで聞こえてくるくらいに静かである。


「おーい、おつかれさん」

「こんばんはー、ちょっと町長さんの所へ」


 住民たちと軽くあいさつを()わすのがこの街の流儀だ。


 よそ者であっても街の男たちがとりえあず声をかけるのは、きっと防犯のためだろう。

 だからおれも「最近、町長さんのところで雇われている冒険者」風に返事をするように心がけている。


 とはいえ、最初は街の住民が気さく過ぎて驚いていた。

 …実は今も、内心はドキドキしながらあいさつを返しているのは秘密である。




 町長さんの家で、情報を交換する。


 町長さんは商会とまめに情報を取引している。

 こちらの世界の商会は、いろんな商品を手広くあつかう大会社みたいなものだ。


 村長や町長、あるいは領主といった地域の長は、商会と契約しているのが一般的らしい。

 その理由の一つが「情報」の収集だ。


「ようこそいらっしゃいました、アルジィさん。

 どうぞこちらへ、旦那様(だんなさま)がお待ちです」


「お、お待ちしてました!」


「いつもご丁寧(ていねい)にありがとうございます、オットーさん、ソーニャさん」


 使用人さんと娘さんに案内されて、邸内(ていない)に入って行く。


 各地域の町長の家には商会から週一くらいのペースで「情報」が遠隔通信魔術で専用の機器に送られて来る。

 受信した情報は「情報石」へと刻みこんで、町長が必要に応じて住民たちに配るという。

 配られた情報石は、うちにある「タブレット端末(重い)」と似た感じの再生用機器で視聴できるのである。


 つまり、おれが元いた世界で言うところの、「インターネットからダウンロードした大容量コンテンツを、メモリにコピーして配っている」感じだ。

 もちろんこちらは違法配布ではなく、地域の長が住民に配布する前提での契約らしい。


 コンテンツには生活情報も娯楽もすべて含んでいて、月契約のサブスクリプション・サービスみたいになっている。


 町長から商会への支払いは、お金と「地元の情報」で行われる。

 特に重要な情報については町長は即座に商会へと送る義務があって、逆に何か緊急事態があると商会から町長のもとにすぐに情報が送られてくる。



 つまり町長は現地記者みたいなことをやっている。

 これがこの世界での一般的な情報の流通方式だ。



「特に新しい情報は無いよ、アルジィ君」

「そうですか。それは何よりです」


 何も無いのが平和で一番。町長さんの言葉におれは(よろこ)んだ。


 …ダンジョンでも、ここでも、なにもない。

 元社畜的には「そんなはずはない」と、心がざわざわして落ち着かないが。


 うちのダンジョンについての情報は、『町長だけが極秘でダンジョンマスターとの交渉に成功している』という、ほぼ真実の内容で商会へと流している。

 商会側は、ひとまず「サウスティアでダンジョンが見つかったらしい」という噂を広めつつ、問い合わせには『高額で売る』形で答える方針にしたそうだ……いずれはバレる話なので、せいぜい商会側で上手く情報をコントロールしてもらいたい。


「ところで、例の件の返事はもう少し待ってもらって良いかね?」

「ええ、もちろんです。じっくり検討してください」


 別に色々と悪だくみしている訳ではない。

 ダンジョンという物騒な施設を経営する上で、決めておくべきことがそれなりに多いのである。


「別件だけど、君のダンジョンの収益の半分なんて、やっぱりもらえないよ?」

「そうですか? 場所によっては税率50パーセントくらいはそう珍しくもないと思うのですが……」


 …思ったよりも、決めておくべきことが多くてダンジョンの準備は大変だった。



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