新米ダンジョンマスターの長い一日(1)
いつも三人で集まる和室と違って、我が家の食堂はテーブルとイスの洋風スタイルにしてみた。
一応、調理場はあるけれど、まだほとんど利用できていない。
料理はまだ丸ごとダンジョンコアに用意してもらっている状態だ。
いまは食料を調達に行ける状態では無かった。
いつダンジョンコアを狙う侵入者がやって来るか分からないし、街で何かを調達するにも、定期収入のめども立っていなかった。
いろいろと町長さんとは相談中だけど、うちの生活のおはようからおやすみまで、現時点ではほぼダンジョンコアまかせである。
ダンジョンコアに思念を送ると、その答えが水晶の板に表示される。
エメラルドタブレットというか……そのままの意味で「タブレット(石板)端末」である。
重くて持ち運びは難しいが、入力が音声どころか思念という、便利なのか不便なのかよく分からない携帯情報端末だ。
そんな端末で検索した結果、この周囲の地形が「おおざっぱに」で把握できた。
近くには山、森、湖がある。そこで山菜や動物、魚、藻類、岩塩などが調達できるらしい。
そんな素材の調達難易度で、ダンジョンコアが料理を出すのにかかる時間が決まっていく。
カレーは十二時間。
みそ汁は二十四時間。
海外から空輸でもしてるのか? ってくらいの配達時間(?)だ。
それでも作成不可能では無いのは、この世界に類似した素材や調理方法が存在している証拠だった。
みそではなく「お吸い物」にしたら三十分間で調理可能と表示された。
米はあった。
モルフェの話だと、モチや煎餅に近いものあるらしい。
コメは、他の素材と混ぜて加工することで、ノリ、塗料、紙、薬など幅広く利用されるのだとか。
つまり、おれの元いた世界よりも活用方法の幅がある?
そんなお米は「木」で採れる。
バスケットボールサイズの大きな木の実にぎっしりと米が入っている。
冬前になると「コメの木」から大量のコメの実が落下してくるから、その前に収穫しないと被害が出てしまう。
はるか頭上からの物理的な危険性だけではない。落下して地面に落ちて飛び散ったコメの中で、1パーセント弱の「色の濃いコメ」から発芽する。
1パーセントといっても大量のコメだ。それらが一斉に発芽したら、その土地をコメの木で覆い潰してしまうのだ。
だからコメは厳重に管理されて、人の手が入らない土地では栽培しないルールになっているという……
…なんか、おれの思っていた米とは違うコメだった……味は米そのものなのに……
なんにせよ、おれの望む食事はダンジョンコアが出してくれた。
衣食住は予定通りにダンジョンコアがどうにかしてくれるようでホッとしている。
三人で食卓につく。
アテナさんが迷わずおれの膝の上に乗ろうとしたので、さすがにそれはおれとモルフェの二人で阻止した。
おれに何も食べさせない気か君は? それともおれに「あーん」して食べさせろと?
なんでそこまでおれの膝の上に座るのかとアテナに聞けば、「…良い匂いがするから?」と疑問形で彼女は答えた。
…自分の臭いは分からないから、風呂も毎日しっかりダンジョンコアに用意してもらうことにする。
今日の朝食は、ごはん、お吸い物、サラダと豆腐。
豆腐が焼き魚に変わったりするだけで、今のところ毎回毎食、これである。
「…モルフェたちも、要望があったら言ってくれよ?
おれは他の人よりも粗食らしいから、二人はおれに遠慮せずに言うんだぞ?」
「大丈夫だよ?
アルジィの好きな料理、すごくおいしいよ?」
「…ちゃんと栄養のバランスは考えているつもりだけど、もっとステーキとかフルーツとか、ごちそうが食べたかったら言うんだぞ?」
「アルジィの方こそ、ボクらに気を遣いすぎだよ?
子供じゃないから、大丈夫だよ?」
そんな会話をする中で、自由人であるアテナのほうは箸を問題なく使ってまくまくとごはんを食べている。
こっちの子はふつうにおかわりとかするので、遠慮など一切ないことが分かっている。
いっぱい食べて、大きくおなり?
「…モルフェ、おれの豆腐をあげよう」
「なんで!? 足りてるよ!?」
「君はもっとタンパク質をとらないと、その怪我が治らないぞ?」
「だからケガじゃないってば!」
全身包帯が少しずつ減り始めているが、治るとわかればこそ、ちゃんと食べて元気になって欲しい。
「…カルシウムもとるなら、やっぱり牛乳?
それともいっそ、お相撲さんみたいに毎朝ちゃんこ鍋とか用意するか?」
「…アルジィ?
それならボクも毎朝、アルジィのひざで、あーんして食べさせてあげようか?」
「…はい、黙って食べます」
それはさぞかし味のわからないエキサイティングな食事になりそうだな。
「夕食は豆腐ハンバーグにしようかな。
あと、さつま揚げっぽいのが作れないか試してみるか」
「お豆腐なのに、ハンバーグなの?
アルジィの食文化って、不思議だね?」
おれ一人だったら、鍋に適当な食材をぶち込んで煮るだけなんだけど。
毎回、毎食、「煮込んだ何か」で済ませるはずだ。
豆腐ハンバーグなんて、まず作らない。
…誰かのために毎回メニューを考えるなんて、主婦(主夫?)って大変なものなんだな……?
朝食後、廊下を歩いて移動する。
つやっとした大理石っぽい床と壁。
静かで上品な仕上がりが、おれの中では「展示物ゼロの博物館」みたいなイメージだった。
照明は天井全体が光っている。
原理は分からない、たぶん魔法だ。
はじめは壁と床も光っていたけど、なんだかそれは落ち着かないから、天井の照明だけにするようにダンジョンコアで設定を変えた。
そしてエレベーターもどきに乗る。
水道管の中をゆっくり移動するピンポン玉、みたいなものを想像して欲しい。
つまり、縦穴からロープで箱を吊るすスタイルではなく、液体か魔力かよく分からない謎物質の中で球体が移動するエレベーター(?)だ。
だからこっちは上下だけでなく、横や斜めにも移動できるところがふつうのエレベーターと異なっている。
エレベーターの中も球体だった。気持ち悪かったので、床くらいは平面にしてもらった。
扉は無い。到着したら壁をすり抜ける。
…やっぱり気持ち悪いけれど、隠し部屋にした方が防犯面では良さげなので、わざわざ扉をつけるのはやめておいた。
到着した場所は、入り口横に併設しておいた「落とし物センター」。
落とし物には「命」を含む。
つまり、ダンジョンで死んで白い炎になった人は、ここで復活させて帰宅してもらう。
帰る前に銀貨一枚の罰金。
払えるまでは次回以降、うちのダンジョンには出入り禁止になる。
「お疲れ様。異常は無かった?」
落とし物センターに常駐していたスライムが、おれの問いかけにムニっと縦に曲がった。
うちの職員はダンジョンコアが生成したスライムたちだ。
両手で抱えるサイズの、バスケットボールより少し大きめの、まるい水ようかんみたいなやつらである。
彼らはまる二日間くらいぶっ通しで勤務した後、ダンジョン内に吸収されて(帰宅して?)ダンジョンコアに全ての情報を還元する。
その後、再びNew・スライムとして復活、すぐに勤務を再開するらしい。
ある意味、激務どころではない社畜。
そして無味乾燥な日々である。
「…学校と家、勤務地と自宅を往復するだけの人生。
まるでおれの前世みたいじゃないか?
おまえ、本当に、それで大丈夫なのか?」
心配すると、ムニっと縦に曲がった。大丈夫(?)らしい。
勤務時間外はちゃんと自分の時間を大切にするようにとスライムさんに告げて、おれは再びエレベーターもどきに乗って降りて行った。
こちらは彼に任せて、おれはダンジョンコアを守るための最後の砦──「ボス部屋」で、待機しなければいけないから。




