後始末(後編)
隊長だけは「金貨百枚で蘇生」した。
金貨百枚は高額とはいえ、そもそも蘇生があり得なかった。
「私は君がやったことは支持している。
でも、その上であえて確認しておきたい。
君はなぜ、彼らを蘇生したんだい?」
真剣なまなざしでおれに問いかける町長。
「それは……人質にもせず、処分が甘い、それはなぜ? ということですか?」
「……」
組んだ手で口元を隠したまま、町長が無言で返した。
なぜ?
なぜか、と言われると……
「言われてみれば、それはそうだ。
……私は、ぜんぜんサウスティアの住人たちの気持ちが分かって無かった。
私なら、私が日々襲われる側の立場だったなら決して……フフフ」
「…えっ? ちょっと? アルジィ君?」
許すわけがない。
おれだって、本心では敵を痛めつけたい。
モルフェに尋問させる? なにを甘っちょろいことをやってるんだ?
おれが直々にやるべきだった、手を汚すのはおれであるべきだった。
やつらの目を無言でじっと見つめながら、毎日毎日、拷問にかけてやるべきだった。
それで死んだら、ようやく蘇生の出番だろう?
「手足を縛ってスライムに襲わせるなら、まずは耳と鼻。自力で閉じられない穴から狙わせて──」
「──アルジィ君、出ちゃってる!!
真っ黒な心の声が、出ちゃってるから!?」
青ざめる町長の言葉に、我に返った。
「──…コホン。失礼。
ですが、私が敵を痛めつけたいのは、ただの醜い嗜虐心からです。
街を守るためだとか正義のためだとか、そういう理想や理念はありません」
「そうなのかい?」
負の感情なんて誰にでもある。
それこそ映画やゲームでいくらでも解消すれば良い欲望だ。
心の中をいくら黒く染めようが、人に迷惑をかけなければまったく問題ないだろう?
ただし、それを人に対してむけるのは間違っている、はずである。
それは法的な話だけではなく……
「…そう、街を守るためにとるべき戦略としては非効率なはず、なんです」
「非効率な戦略……?」
そうだ。非効率だ。
「…恐怖を与える側と、受ける側。
おかしな話ですが、、それは互いの信頼あっての戦法なんです。
相手がいつか引いてくれると信じているからこそ、攻撃する。
耐える側もまた、いつか相手が引いてくれると心のどこかで信じているんです」
「……」
先の展望について相手への期待がある。
ある意味、コミュニケーションの一環としての殴り合い、とも言える。
「もしこれが、天候とか害虫とか、まるで信頼できない相手だったならどうです?
いちいち一喜一憂せずに、さっさと回避か排除を選ぶはずです」
「…な、なるほど?」
雷雨が来たら、すぐに安全な場所に逃げるべきだ。
害虫を見たらすぐに逃げるか殺すか選ぶべきだ。
それが信頼できない、期待できない相手にとるべき行動で……人が相手でも同じである。
「それに、恐怖はあくまで短期間でのみ成立する戦略です。
なぜなら人は、痛みや恐怖に麻痺するようにできている」
「……そ、そうだね」
弱点を克服、とかではない。
麻痺するだけ。あるいは心身が壊れて無反応になる。
人はそういう仕組みになってる。
…地震が多発する国に住んでいるイカれた民族だっているだろう?
毎日のように落雷が落ちる村、いつ噴火するか分からない山に暮らす人々だって大勢いる。
生きるために、痛みを切り離す必要がある、とも言える。
だから恐怖や苦痛は、実際それほど長くは続かなくて……
「その一方で、恨みや憎しみは永遠に消えない」
「……」
こっちは永久保存である。
それは歴史だって証明している。
「ゆえに戦いが始まった時点で、双方が敗者です。
勝てる勝てないは関係ない、永遠に憎しみあい命を狙いあうのだから。
指導者が『勝利』を喧伝するのは自分の立場を守るためです。
実際のところは、ほぼ全員が敗者です」
「…耳が痛い話だね」
指導者や独裁者は失脚が死を意味する。だから戦い続けるしかない。
むしろ遺恨で煽って他の政治的失敗を隠すのにさえ利用してみせる。
もう二度と平和なんて訪れない。
それでも、争いは決して無くならない。
「それが分かっていて、それでも人はあえて戦いを望む。
なぜだか、分かりますか?」
「…………なぜだい?」
「愉しいからですよ、人を痛めつけるのが」
利害とは別の、欲望の問題だ。
将来より刹那、倫理よりも愉悦。
それに巻き込まれる者たちは、迷惑なことこの上ない。
「…ともかく。
恐怖は、短期的には有効であっても、長期的には非効率な戦略なんです」
「…な、なるほど?
そういう意味で、非効率、ということですか」
「はい。
だからダンジョン調査隊の人たちも、ほどほどに痛めつけたところで、返却するしかなかったんです」
……すこし話がそれたけど、ダンジョン調査隊を蘇生して逃がした理由にはなった、と思う。
話の途中では得体の知れない何か見るような目をしていた町長さんも、最後はうなずきながら同意してくれた。
「……うん。
うん、そうだね。アルジィ君の言う通りだよ。
街のことを良く考えて、アルジィ君はそうしてくれたんだね。
ありがとう、本当に助かったよ」
きっと町長さんだって、ダンジョン調査隊に対しての積年の恨みもあっただろう。
復讐の機会を奪ってしまって、本当に申し訳ない。
………。
…うん。
だましてる気分になってきた。
「…ごめんなさい、嘘です」
「ウソなのかい!? いまの、全部!?」
「というか、さっきの話は、ただの体験談です」
「体験談!?」
「話自体は事実ですが、本当の理由はぜんぜん別でした」
「……そっちの理由も聞いて良いかい?」
おれはもう、街の人々を巻き込んでいる。
口先で煙に巻いたりせずに、ちゃんとした理由を伝えるべきだ。
「……クソジジィ、こほん。
かつて、我が師は言いました」
「……」
「敵であればこそ、逃げ道を一つ用意してやれ。
それが戦いの作法であり、心意気だ、と」
「…心意気」
そう、心意気。バカな理由でしょう?
あれはそういうクソジジイだった。
「…不慮の事故によって、私は師匠の技を余すことなく受け継いでしまいました。
なればこそ、その礼節もまた、受け継がなければならないのです」
だから真似して逃がしてやった………笑って逃がしてやれるどころか、イライラしながら追い返してるから、ぜんぜん真似できちゃいねーけど……
「………なるほど。そうでしたか」
「はい」
だから町長には、謝らなければならない。
「そんな理由にもならないようなわがままで、おれはあなたの仇を見逃して──え?」
──町長が一枚の紙を取り出して、こちらに差し出す。
「──…これは?」
「あの隊長からだよ。君にもぜひ、読んで欲しい」
「あ、はい。拝読します?」
少し強引に手渡された手紙。
ダンジョンコアからの情報以外では初めて読むことになる、こちらの世界の文書だった。
…なんだか受験勉強でつめ込んだ外国語の長文を読解するような気分だ。
読めるけど、違和感。書くのは、おれにはまだちょっと難しそうだなぁ?
そんなダンジョン調査隊長からの手紙の内容は、想定外のものだった。
「…これって。
えっと……感謝状、ですか?」
「そう! 感謝状なんだよ!?
あの隊長が、感謝状だ!」
すこし興奮気味で町長が声を上げた。
ダンジョン調査隊の隊長からの感謝状。
なんと「金貨百枚で蘇生」のおかげで、事態が丸くおさまってしまったらしい。
「書いたのか書かされたのかは別として、感謝しているのは間違いなさそうだね。
結局、これが彼らが想定する状況の中でも、最良の結果だったんだよ」
最良? あんなのが? なんで?
…いや、待てよ?
じゃあ、他にどんな状況があるのかと言えば……
「想定できる……他の状況……?
…あー、もしかして……なるほど?
無傷で生還しても、全滅しても、どちらにも問題があったから?」
「そう、もう彼らは後には引けない状況だった」
ダンジョン調査隊の悪事はもう、世間にバレてしまった。
これについてはサウスティアだけでなく、ノースティアと交易都市クロスティアの都市長も同調して攻勢に出たらしい。
これまでの彼らの悪行を余すことなく報告書として各方面に開示したのである。
そんな罪深いダンジョン調査隊が、のこのこ帝都に帰っていった。
彼らは帝都の民に許されて、受け入れてもらえるものなのだろうか?
そんなわけは無い。これを許せば、他の人々だって明日は彼らの被害者になりかねないから。
いっそクロスティアで全滅してくれた方がありがたかったくらいなはずで……
…では逆に、彼らが全滅して誰一人として帰還しなかった場合は?
ダンジョン調査隊は自然発生した組織ではなく、帝国が作った組織である。
その悪行の責任をとるのは? もちろん帝国だ。
当事者たちがいないのならば、その尻ぬぐいのしわ寄せは他の者へといくだけだ。
全滅しました? それは責任の消滅ではなく、むしろ恥の上塗りだ。
「そこに、金貨百枚で蘇生なんて、彼らには思いつかない絶妙な落としどころだったんだ」
なにせ表面上は、死刑の上に罰金刑。ちゃんと責任者が大きな罰を受けた上での帰還となった。
これで関係者たちも少しは溜飲が下がって、事後処理も円滑に行われた。
隊長の実家や所属派閥もちゃんと責任をとることで、かろうじて未来につなげる機会を得られた。
なお、今後分割払いで支払われていく金貨百枚は、町長からクロスティア地方の各地へと寄付するそうだ。
被害者達への慰謝料、みたいなものである。
意外な結末に、おれはイスの背もたれに背中をあずけて、天井をあおいだ。
「…なんです、それ?
もっと悪い事態を想定していたのに」
「ハハッ! ひどいな、アルジィ君!?
うれしい誤算でなによりじゃないか!」
とても上機嫌で町長が笑う。
そんなに病人がはしゃいで大丈夫ですか、と心配にもなるが……本当に楽しそうである。
「なにより君の本音が聞けたのがうれしいね!」
「っ!」
思わず顔が熱くなる。
さっき、おれ、何を熱く語った?
…なんだよ!? 最初からその手紙を見せてくれたら、おれも余計なことは口にしなかったぞ!?
「私には、彼らを倒すことも、許すことも、できなかった。
私は君が、彼らを許さなかったことも、許したことも、その両方がうれしかった。
私たちのためにありがとう、アルジィ君」
「………」
町長がうれしそうにおれの手をとって、握手した。
「あらためて、サウスティアへようこそ、すばらしいダンジョンマスター!
我々は君を歓迎するよ!」
なんとなく、おれはこの瞬間に本当に、サウスティアの住人になったような気がしたのだった。




