後始末(前編)
全滅させたダンジョン調査隊のうち、およそ半数くらいに「夢を見せた」。
覚えているだろうか?
うちに派遣された頼りになる仲間たちは「夢魔」である。
あえて半数にしたのは、調査隊を混乱させつつ口止めを狙うため。
あやしげな夢を存分に見てしまった者達が、他の者達に「一体何があった!?」なんて聞かれても、素直に答えることはできないだろう。
その夢を見せた者たち半分の中で、さらに半分くらいから情報を抜き取った。
これが今回の作戦のメインだった。
彼らが一体どんな部隊で、どんな経緯で、なんのためにここに来たのか夢の中で尋問するのである。
特に隊長は、モルフェが念入りに尋問した。モルフェは大活躍だった……らしい。
──クスッ……ほーら?
いっぱい、出しちゃえ……
ああああァァあ!
出ちゃう! 情報がっ!?
漏洩しちゃう!!
あっ───
……一体どんなマニアックな夢を見せたのかは分からないが、おれはドン引きだった。
「…一応、ボクはちゃんと彼らが望む夢を見せたんだからね?」
「………そうですか。お疲れさまでした」
「…隊長さんの望みは、軍服姿の女性のメガネ上司に──」
「──待て!? 言わなくていい! 個人情報ッ!!」
性癖は人それぞれ好きに持てば良いものであって、他人が踏み込んではならない領域だ………尋問には利用しちゃったけれど。
◆ ◆ ◆
そんなモルフェがマニアックなエロ尋問にはげんでいた頃、もう片方は別の作業に勤しんでいた。
バスケットボールより少し大きめくらいのサイズ感のスライムを、縦に三段つみ重ね中のアテナにおれは話しかけた。
「…作業中(?)のところ悪いけど、ちょっと良いか?」
「?」
無言でこちらに振り向いた彼女に、おれは聞いた。
「あっちはモルフェに任せっきりで良いのか? 結構な人数を一人で相手しているようだけど」
「………」
「…あー、うん。
二人でそういう分担にしたのなら、それでいいんだ。
おれは夢魔の仕事はよくわかってなくて……ただ疑問に思っただけだから」
「………」
そんなことがあった後、いつもの四畳半の茶室もどきにやってきたおれとモルフェ。
尋問の結果をおれに報告してくれるそうだ。
茶室にまるで似合わない、シャツと長ズボンのおれと、全身包帯姿のモルフェが対面で正座する。
そこに遅れて入ってきたアテナの………手には掛け軸?
おれが無駄にしつらえた床の間、アテナがおもむろに掛け軸を広げる。
簡素な和室の床の間に、美しく飾られた掛け軸の書。
「「………」」
淫靡、の二文字である。
…びっくりするほどの達筆と画数には思わず驚嘆したけれど───ちがう、おれが求めた仕事は、これじゃないッ!
「………書道はさっぱり分からないけど、ドン引きするほど見事な掛け軸だな?
その結果、今この部屋から癒しとわびさびが、お亡くなりになりました」
「…いっぱい練習したんだね、アテナちゃん」
「おい、分かってるのかモルフェ? これはおれの故郷の文字で、意味は──」
「──わかってる! 言わなくても良いよ!?
アテナちゃんに教えたのだってボク──」
「あ゛?」
「あっ!」
「………」
「………」
おれとモルフェが言い争う横で、掛け軸のかけぐあいの微調整を終えたアテナ。
ひと仕事やりとげたアテナは再び歩き出し………やっぱりまた無言でおれの膝の上に座った。
この子はやりたい放題である。
「………」
「なんだ、もうここが定位置か? それともおれのツッコミ待ちか?」
「…アテナちゃんがごめんね、アルジィ」
それでも、なんだかうれしそうなモルフェ。
なんだ? 何がうれしいんだ?
…そんなにうれしいのならもう、おれもこの混沌な状況を受け入れることにした。
そのままモルフェがダンジョン調査隊からの聞き取り調査(?)の報告に移る。
モルフェのおかげで、今回ダンジョン調査隊がこの街へとやって来た経緯が分かった。
「…なるほど。彼らがここにやって来たのは、おれたちの存在を知っていたからというわけでは無さそうだな?」
「アルジィはそれが知りたかったの?」
「そうだ。
それについての裏は、きっちりと取っておきたかったんだ」
そもそもおれがここにいるのは、人族の帝国の、変な魔法で召喚されたのが始まりだった。
そんなおれが隠れ住むところに人が派遣されて来たのだから、おれが目的だった可能性だって無くはない。
町長さんはおれとは無関係だと言ってくれたけれど、その町長さんもどこまで真相を知っているのかなんて分からないから。
「その件はもう、アルジィと魔王さんたちとで話がついたんじゃなかったの?」
「それを信じるかどうかと、自分でちゃんと調べるかはまた別の問題だからな」
そもそも神や人族の皇帝の「思い通りにならない連中」がいたせいで、おれがこんなことになっているんだ。
彼らがちゃんと制御できないくらいなのに、おれも対策なしでは安心できるわけが無い。
それに、人に頼らずに自分の身は自分で守れるようにしなくちゃならない。
だから情報を集める必要があった。
でも、ひとまずは安心できた。
いきなりおれ狙いで帝国が全力で攻め込んで来た、みたいな状況では無かったようだ。
「…さて。今回の結果をふまえて、次からどうするか」
「次?」
「もうおれたちのダンジョンの存在はバレちゃっただろ?
今後も継続して撃退する方法を考えないと」
「次もまた、今回の方法じゃだめなの?」
「縦穴作戦は初見殺しにはなるだろうけど、二回目以降は通じないと思った方が良い」
「…確かに、事前に分かっていれば、次からは作戦を立てて来ちゃうよね?
それなら……やっぱりダンジョンを守る魔物とか用意する?」
「魔物は……それも、なぁ……」
ダンジョンで生成した魔物の命は、ダンジョンコアと連動するという点でおれは引っかかっている。
おれはいざとなったらこのダンジョンを捨てて逃げるつもりでいる。
そのことは町長さんにも伝えていた。
ダンジョンコアを持って逃げる時には、このダンジョンは崩壊する。
その時にはダンジョンで作った魔物も死ぬことになる。
「…スライムくらいならまだしも、人型の魔物をつくった上に見殺しにしてしまうのは、ちょっと」
「うーん……それに慣れちゃうのは、良くないかもね?」
あと、侵入者達と戦わせるなら当然、それらが殺されることも覚悟する必要がある。
そもそも防犯どころか盾にするのが目的で、番犬を飼うようなものなので……
「…おれはペットや家畜を飼うのには向いて無いのかもしれないなー」
「ダンジョンマスターに向いてる人なんて、いるのかな?」
初戦は難なくこなせたものの、まだまだ道のりは長そうである。
◆ ◆ ◆
こちらの世界での代表的な貨幣は銅貨、銀貨、金貨の三種類だ。
特に銀貨と金貨は名前が金銀なだけで、実際には偽造防止のための混成金属に魔術が彫り込まれてできた特殊なコインである。
銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚の価値がある。
そんな仕組みについてはさておき。
ダンジョンで死んだ者たちの蘇生費用は、一人につき銀貨一枚にしておいた。
だいたい前世の世界で「一万円くらい」の価格設定だ。
蘇生費用の「今回の請求先」は帝国で、町長さんを経由して頼んでいる……というより町長さんが帝国の偉い人たちに、調査隊をさっさと回収するように抗議文を送ることになった。
そんな蘇生費用、あえて一人だけ別の価格に設定した。
あの隊長だ。
彼だけは「金貨百枚(およそ一億円)」で請求した。
その理由は、いやがらせである。
…表向きの理由は「高貴なお方の魂の蘇生にはそれだけの価値と手間ひまが必要」という名目の、いやがらせだった。
このいやがらせで少し揉めた。
帝国が公費によって金貨百枚も支払うことを拒むのは、まぁ、予想はしていた。
だが、隊長の実家やら所属部隊やらも含めて、誰一人としてビタ一文支払ってくれなかったのは、ちょっと想定外というか……なんか世知辛さを感じてしまった。
あんな嫌な奴でも、部隊長という重責を担ってがんばって(?)いたんだぞ? たぶん?
もう少しこう、誰か、どうにかしてやれよ?
だから隊長の蘇生費用は銅貨五枚(およそ五百円)に値下げした。
表向きの変更理由は「町長自らがダンジョンマスターと非常に困難な交渉を粘り強く続けた結果、今回に限り値切ってもらえた」ということにした。
本音としては、町長さんもおれもめんどくせーから、さっさとこいつを引き取れよ、である。
すると、隊長の実家から即座に「待った」がかかった。
金は必ず用意するから金貨百枚に戻してくれ、と。
ちょっとした(?)嫌がらせのつもりが、話は予想外の方向に転がってしまったのだった。
「このまま交渉が終わってしまえば、隊長やその血筋の価値が銅貨五枚として歴史に名を残すことになってしまうからだね」
と町長さんがおれに説明した。
部隊長はどこぞのお貴族様らしく、一族全体の問題として銅貨五枚は受け入れることができないらしい。
病床の身にある町長との面会は、今日も彼の寝室兼執務室である。
今日の彼はベッドから起きて、テーブルをはさんでおれの前に座っていた。
「そもそもアルジィ君、ダンジョンの蘇生が銀貨一枚って、おかしいからね?」
まぁ、一万円で生き返らせてあげるよ? って言われても、むしろ疑ってかかるべき話ではある。
いくら魔法がある世界でも、ちょっと価格設定を間違えていた。
「なるほど、確かにそうですね。
っていうか、蘇生の相場はいくらくらいなんでしょうか?」
「うーん、相場………相場?
いや、まず、蘇生なんてものは金貨百枚でもおかしくない上に、成功するかどうかも怪しい」
「…ですよね?」
「それにダンジョンで冒険者たちを生かしておくのは、見せしめや人質の意味あいの方が強いんじゃ無いのかい?」
「そ、そうでしたか……」
言われてみれば、そりゃそうだ。
せっかく捕まえた侵入者だ。骨の髄まで搾り取ってやるのが正攻法だとおれも思う。
「…でも、うちは地域密着型のダンジョンをめざそうと思います」
「そ、そうかい?」
あんまり派手にやり過ぎると、うちのダンジョンだけでなくサウスティア全体の悪評にもなりかねない。
今後も続けていくのなら、ほどほどくらいがちょうどいい。
テーブルの上に出されたお茶に口をつける。
麦茶とハーブティーの間みたいな風味?
不思議な味わいのブレンドだ。
香ばしさにの中にほんのりとした甘みがあって、これはこれでおいしい。
「…そうだね。君に聞いておきたかったことがあるんだ」
「何でしょうか?」
町長は居ずまいを正して、おれに問いかけた。
「私は君がやったことは支持している。
でも、その上であえて確認しておきたい。
君はなぜ、彼らを蘇生したんだい?」




