迎撃
◆ ◆ ◆
ダンジョン調査隊の面々は困惑していた。
まさか本当に新しいダンジョンが見つかってしまうとは思ってもみなかったのだ。
帝国と魔王国の国境地帯であるクロスティア地方。
警戒地域であるがゆえに、彼らは「仕事」をやりやすかった。
多少の横暴は許された。
それよりも、魔族の拠点になりかねないダンジョンを見逃さないことの方が重要である……という言い訳ができた。
むしろ強引に言いがかりをつけてでも調査をおし進めていく姿勢の方が、帝都で報告を待っているお偉い様方にもウケが良かった。
実際に調査をしていた訳ではない。
調査隊が各地を巡って「書類上では」調査したことになっている。それだけでお偉い方は納得した。
お偉い方がそのさらに上司に説明するのは「書類上」でしかないのだから、そのまま転用できる「何も問題無しという報告」の方が彼らにも喜ばれるのだ。
その上で賄賂を受け取る。
賄賂をもらったから暴れるのをやめるのではない、善意の寄付を受けたからにはより丁寧な調査に切り替えるのだ。
もはや調査隊として機能してない……なんて本人たちも、とうの昔から自覚している。
それでも彼らは必要とされていて重要な任務についている、と思い込もうと、していたのだった……
そんな中、隊長が襲撃された。
サウスティアの街、町長の館で。
町長の証言では「ダンジョンマスターの手による犯行」という話だった。
調査する側が逆に狩られるという失態が起きた。
それどころか隊長がダンジョンマスターに手を出したせいで事態が悪化してしまったというのが町長側の主張である。
今すぐに、早急に手を打たなければ街が大変なことになってしまうと町長から訴えられた。
帝都にむけて救援要請を出しても良いくらいの事件であったが、それを行うにしてもより詳細な事態の把握が必要だった。
まさか「ダンジョンが見つかりました」だけの、子供でもできるような報告のみで済ませる訳にはいかなかった。
問題があるなら、何がどこでどのような問題が起きているのか、調べる必要がある。
ついに彼らに「本当に調査する日」がやってきてしまった。
さんざんやりたい放題してきたくせに、いま働かずにいつ働くのか?
ついにこれまでのツケを払う時が来た。
すでに隊長が襲われているというのもまずかった。
高価な武器を貸与されていたくせに、あっさり負けて敵前逃亡するつもりか? という話である。
かくしてダンジョン調査隊は、新たに発見されたダンジョンへと赴かざるを得なくなった。
◆ ◆ ◆
街の裏山と呼ばれる場所にある、ぽっかり空いた小さな洞穴。
入ってすぐ、およそ人の手で作り上げるのは一流の職人でも困難であろう立派な石造りの回廊へと変わる様子は、まさしくダンジョンのそれだった。
「…マジでダンジョンじゃねぇかよ! ここ!?」
「…俺、ダンジョンなんて初めてなんだが?」
「えっ、マジで? 俺もなんだけど?」
「おい、見ろ!」
調査隊が中へと進み、先頭の男が前を指さす。
まだ入り口からの明かりが届く程度の距離。
正面にはもう、壁が見えた。
「…は、ハハハ! おい、もう行き止まりだぜ!」
安堵と共に隊員の一人が嘲笑ったのもつかの間、
「違う、良く見ろ」
「…おいおい、何だよコレ」
「嘘だろ……なんの冗談だよ、おい……」
そこには天井から一本の縄が、はるか下に向かってぶら下がっていた。
その縄は、下へ。
床にぽっかり空いた、一度に一人ずつしか入れなさそうな大きさの、穴。
底の見えない暗闇の果てへと、その縦穴は誘っていた。
「「……」」
下? …真下……だと!?
奥では無く、階段でもなくて、縦穴!?
縄一本で、まっすぐに下!?
これでダンジョンって、おまえ、正気かッ!?
井戸だって、こんなに深く掘ったりはしないだろ!
「何をやっている!? さっさと進め!!」
最後方で怒鳴るのは彼らの上司であり、先日ダンジョンマスターに倒されたという隊長だ。
怒鳴られるまでもなく、彼らはしぶしぶ下へと進む。
一応はあらかじめ決めた隊列や陣形のようなものにそって、前衛の者が最初に降りるが……はたしてこれを「前衛」と呼んで良いのだろうか?
とにかく彼らは縄を使って、下へと降り始めたのだった。
魔氷と呼ばれる物質がある。
氷のように溶けてなくなる魔力の塊で、魔力で動かす道具や機器の動力源として利用されている透明な石だ。
ほんのりと光るそれは、密閉したガラス瓶にでも入れておけば簡易的な照明としても使うことができて……
…その魔氷が、このダンジョンの光源となっていた。
「…ダンジョンで魔氷が採れるってのは本当だったんだな」
「おい、採るなら帰り道にしろよ」
まさに氷のように壁に張り付いていたそれは、だいたいが拳くらいの大きさだった。
側面の壁の所々で淡い輝きを放つ魔氷。
視界の確保には十分だったが、それでもなんとなくこの薄闇の中、もっと光を欲してしまう……
「…これ、全部持って帰れば結構な金になるんじゃねぇのか…?」
「だから帰りにしろつってんだろ! 手ぇ伸ばすな!」
徐々に暗くなっていく縦穴のはるか下は、まだ底なんて見えそうにない。
光も、声も、そこに吸い込まれるようで。
奥へと誘われるようで。
引き込まれるようで……
…これに必死に抗うように、つい、大声を出し合う男達。
「お、おいバカ、押すな!! 踏むんじゃねぇっ!!」
「下見て進め!! 殺す気かっ!!」
石造りの縦穴に男達の怒号が響き渡る。
…いや、響かない。静かになった。
叫んでも叫んでも、スッと闇に呑まれるように消える声。
足下に、やがて手元にまで、まとわりつく闇。
「「………」」
代わりに騒がしくなってきたのは、それぞれの呼吸と胸の拍動。
じっとりと手に、背に、顔に、にじんだ汗が冷えていく。
…彼らの手の中で、ミシリと軋み鳴いた縄。
その縄と彼らの姿は、まるで一本の糸を奪い合う亡者達のようにすら見えた。
とある「ここではない世界」では有名な物語───蜘蛛の糸、という話を連想させるような光景だった。
そして、その結末もまた同様に、近づいていた。
「…は? おい、ちょっと待て!?
いま何人が一度に降りて来てんだ!?」
「…まさか全員を降ろしたのか!? バカかあいつッ!?」
その頑丈だったはずの心細い縄には、いつの間にか、隊長以外の全員がつかまっていた。
「引き返せバカっ!! 縄がもたねぇよ!?」
「上れッ!! さっさと上がれッ、はやくっ!!」
下からは引き返せという怒鳴り声、上からはさっさと進めという指示、そしてギシギシと縄が悲鳴を上げる。
ヤバイ、全員が青ざめる。
そんな彼らに止めを刺したものは、彼ら全員の体重をいよいよ支えきれなくなった細い縄……という訳では無く。
「「……は?」」
隊員達を絶望へと叩き落したもの。
それは、上から悲鳴をあげながら降ってきた隊長の姿だった。
◆ ◆ ◆
「………うそだろう?」
あまりにも上手くいきすぎた。
そして、あまりにも酷かった。
思わずおれは、両手で顔を覆ってしまった。
もう見てらんねぇよ、というのが正直な感想だった。
50メートルしかない距離で確実に仕留める、その解答としておれが選んだのは「高さ50メートルの縦穴」だった。
もちろん「途中で縄を切る」という選択肢も用意していた。
下まで来れそうな雰囲気だったら、その前に縄を切ってやる予定だった。
だが、おれとモルフェで笑いながら「さすがに途中で気付いて引き返すでしょ?」と予測していた。
そもそもふつうは、まずは斥候あたりが安全を確認しに来るのが定石だろうと。
それを一人ずつ、静かに確実に狩っていくつもりで作戦を立てていたのだが……
…ところが、例の隊長が「進め、進め!」と全員を穴の下へと進ませてしまった。
そこへ隠し扉から静かに現れたアテナ。
縦穴をのぞき込んでいた隊長のケツを蹴った。
身長だけなら子供にも見えるアテナが、やや太り気味の大人をちょっと宙に浮かせるくらいに強めのキックで、蹴り落とした。
落下する隊長に、巻き込まれた隊員たち。
そして全滅した。
まさかの完全勝利だった。
…ちなみに、ダンジョンの中で怪我をすると、白い炎になって蒸発する。
たとえば指に針とか刺せば、血が出てくるそばから白く燃えてダンジョンに「吸収」されてしまうのだ。
血肉が飛び散らない方がグロくなくて良いな、とか思ってたけれど。
一気に落ちてきた隊員たちが床に叩きつけられると同時に、あっという間に次々に白く蒸発していく光景は圧巻だった。
これはこれで世にも恐ろしき怪奇現象で……いかにもダンジョンが貪り食っている感じに見えて、ゾッとした……
「勝った……けど、いたたまれねぇよ、もう」
「…えっと、良かったね? アルジィ……?」
「良かった、けどさぁ」
こちらに被害が出なかったことをモルフェは称えてくれたけど。
それで良いのか、調査隊? とは思った。
なお、当初の計画では「自滅戦法」も使う予定だった。
侵入者が残り半分くらいまで降りて来たら、横からスライムたちが彼らの顔に飛びついて、一緒に落下するという狂気の道連れ作戦を決行する用意があった。
おれなんかのために命をかけてくれるスライムたちが「任せてください」と言ってくれている(ような気がする)姿におれは泣きそうになった。
そんなおれたちに、モルフェが苦笑しながら「えっと、ダンジョン産のこの子たちはダンジョンの端末……つまり分身で、同一人物みたいなものだよ?」と説明した。
スライムたちはダンジョンから生まれてダンジョンに還る。還った時に記憶を還元して、再び生まれる時に他スライムからの記憶も引き継ぐらしい。
そういう意味で「すべて同一個体のようなもの」なのだとか。
おれの「そうなの?」という問いかけに、スライムたちが同時にムニッと縦に揺れて、おれの涙は引っ込んだ。
…そんなスライムたちの尊い犠牲(?)を払うこともなく、アテナのケツ蹴り一発でケリがついてしまったダンジョン調査隊。
他人事ながら、本当に彼らに調査を任せて大丈夫なのか? と国の運営方針が心配になる結果に終わってしまった。
「あれって帝国から派遣されたんだよな? それこそ税金の無駄づかいなんじゃないのか?」
「心配するの、そこなの?」
とにかく、勝った。
全滅させたダンジョン調査隊については、あとで蘇生したり尋問したりする予定である。
今回の最優秀選手であるアテナが何か言いたげにおれの方をじっと見た。
「………」
…たぶん褒めろと言いたいのだろう。
おれは彼女の頭を撫でると、彼女は目をまるめて固まってしまったから、さらに抱きしめながらもっと撫でた。
「よーし、よし、よし! よくやった!」
「!? ……///」
「ぐぬぬ……!」
…べつにモルフェが活躍しなかったなんておれは思ってないからな?
モルフェが色々と教えてくれたおかげで、おれはこの作戦の決行までこぎつけることができたんだ。
何はともあれ、おれ達はどうにか無事に初戦を乗り切った!
「一緒に考えてくれたモルフェも、チャンスを逃さなかったアテナも、みんなありがとう!
勝ったぞ! 全員、無事でなによりだ!」
もう一度あらためて、おれたちは三人で勝利の喜びを分かち合ったのだった。
そして従業員たちもムニムニ喜んでいます。




