迎撃準備(3)
全長50メートルしかないダンジョンで、調査隊を迎撃しなければならないらしい。
「…って、おまえ……法定速度(60Km/h)で走ったら3秒くらいでゴールじゃねーかよ!?」
「…時速60Kmで走ったら、1キロあっても一分でゴールできちゃうよね?」
そうだね!? 計算早いなモルフェ!
…たしかに、100メートルを6秒で走ってくる侵入者なんてそういない……はずだよな?
ふつうはゆっくり徐行で進んでくるものだよな、侵入者って?
いや、そういう問題ではない。
「と、とにかく! 50メートルは無いだろ!?
おれ、魔王さんに騙されたのか!?」
「だましたつもりは無いと思うけど……
…えっとね、アルジィ? 普通はね、もっと時間をかけてダンジョンを作っていくものなんだよ?」
モルフェが説明してくれた正しい「ダンジョンの育て方」。
基本的にはダンジョンは、中に生き物を取り込むことで成長していく。
取り込むといっても消化する訳ではなく、「読み取る」だけで良いようだ。
入って来た人や動植物の魔力を読み込んで徐々に学習していく。
侵入者を完全に取り込んだ場合――つまり倒して食った場合は、さらに効率的にダンジョンは成長する。
取り込む者は同一人物を複数回でも構わないが、違う人物から読み込んだ方が学習効率は上がっていく。
…AI(人工知能)かな?
侵入者の情報を勝手に学習させちゃう、みたいなやつ?
そんなこんなで賢く成長したダンジョンは「大地の力」をより効率的かつ高度に使えるようになる。
基本的にダンジョンの燃料は大地から取り込む魔力である。
いわゆる風水的な地脈とか龍脈とかみたいな、そんなやつ?
この土地だと、周囲の山や森、近場の湖とかからも将来的には魔力を取り込むことになる。
「それでね、成長するまでの間は、ダンジョンが見つからないようにしなくちゃいけないんだけど……」
ダンジョンコアは貴重品だ。売れば一生遊んで暮らせるくらいの金になる。
だから皆がそれを奪いに来るので、その存在を隠さなければならない。
だが、その一方でダンジョンの成長には学習が必要。
野心ある魔術師やダンジョンマスターなんかはいち早くダンジョンを成長させるために、人を呼び込む工夫をする。
宝を置いたりして人を誘い込みつつ、罠や魔物で人を殺す。
だから最初はこっそり少しずつ人を呼び込んでダンジョンを成長させていく。
将来的には、巨大なダンジョンに大勢の冒険者を呼び込みながら、これをすべて迎え撃つのである。
「はやく育てたいのなら、その時のダンジョンの力に合わせながら少しずつ、人や生き物を呼び込まなくちゃいけないんだ」
少しずつ、将来的に。
どっちにしても、開店初日からガンガン戦うダンジョンなんて無いそうだ。
「…つまりモルフェの説明だと、やっぱり魔物や罠は必要なのか? 50メートル以内って件はさておき」
「50メートルのことはさておき、そうだね」
ダンジョンは魔物を、迎撃用の生物を創造できてしまうらしい。怖ぇ。
通常の生物とダンジョン産の魔物の違い。
それは、ダンジョン産の魔物がその生命維持にもダンジョンの力が必要なところだ。
ダンジョンから遠く離れたり、ダンジョンコアが奪われたりすればその魔物も死んでしまうのだとか。
それ以外の面では普通の生き物とあんまり変わらないらしい。
だからダンジョンの魔物の皮でカバンを作ったり、肉で料理を作ったりすることも可能である。
どうやら魔王さんはこれでおれに「酪農みたいなこと」をやるのを勧めたようだ。
たしかに便利だ。牛でも鶏でもつくれば良い。
やっぱり魔王さんは良い人だった。
…ただし、50メートルの件がある。
当然、作れる生き物にだって同じような制約はあるはずだ。
「…それで? 魔物というのはあれか、ミドリムシか? ミジンコか?」
「そ、そこまで切なくは無いよ? …スライムとか、フェアリーとか、かな?」
聞いたことのある、ファンタジーな魔物が出てきたな?
「スライムってのはあれか、穴という穴から人を犯して喰らい尽くすことでおなじみの、あのスライムか?」
「何情報なのそれ!?
…いろんなものを溶かすことでおなじみの、スライムだよ?
あと、小妖精は手の平くらいのサイズの、羽で宙を飛ぶ小人だね」
「思ったよりもまともだな?
それならフェアリーを百匹くらい用意して、侵入者を取り囲んで鋭利な刃物で斬りつければ……」
「フェアリーが得意なのは魔法だよ!?」
魔法。やっぱりファンタジーだ。
ちなみにこの世界では、人が使う「術を構成することで制御する」魔法はあえて「魔術」と呼ぶらしいが、細かいことはいまは置いておく。
「モルフェやアテナは、魔法や魔術は使えるの?」
「使えるけど、そんなには期待はしないでね?」
ゆくゆくは魔術の特訓や対策も必要か。
そもそもダンジョンコアの力であれこれやること自体が、魔法だし。
「それとね。ダンジョンは、誰も入っていない時間帯に構築するのが基本だよ」
侵入者に合わせてダンジョンを作る訳だけど、相手の動きに合わせて変更とかは難しいらしい。
他の生物の魔力が干渉すると、ダンジョン構築に余計な魔力が必要になってしまうから。
だから基本的にダンジョンの構築は無人の時にやる作業だ。
つまり、無人の時間を確保する必要があるわけだ。
「なるほど……じゃぁ、うちのダンジョンの営業時間は9時から17時までだな」
「営業時間!?」
ダンジョン整備のために人がいない時間を作るにはそうするしかない。
あと、おれも二十四時間営業なんてやりたくない。
たぶん「入り口とコアをつなぐ」制約も、入り口の外で通行止めにするくらいは見逃してくれるだろ?
ダンジョンが成長するまでその存在を隠すのだって、ある意味、ダンジョンの外で到達不可能な状態を作ってる訳だ。
もっと考えてみれば、他にも抜け道はあるかもしれない。
こうしてモルフェの助言を元に、少しずつ「ダンジョン調査隊の迎撃計画」がまとまってきた。
ちなみにその間も、アテナの方は特に何もせずにただおれの膝の上に陣取っていたままだった。
こいつ寝てるんじゃないのか? と思えば、たまにお尻をもじもじさせたり、おれの手の位置を置き直したりして、彼女なりに快適な座り心地を模索している様子が確認できた。
君はネコか? 本当にマイペースだな?
そんなこんなで、おれは「わりと、どうにかできそう」という結論に至った。
◆ ◆ ◆
「…ふむ。やはり、せまい通路で密閉空間が作れるというのは大きいな。
現状だと、粉塵爆発か大音響か、燃焼による酸欠、汚臭や腐臭あたりが狙い目か?
あとは床が棘だらけで刺さるとか、小さな鉄球だらけで滑るとか、地味な嫌がらせで積極的に侵入者の心を削っていきたい。
将来的には熱湯、油、催眠香とかも試したいけど、現時点では十分な量を確保できないのが残念だ」
「…良くそんなこと次々に思いつきますね?
アルジィのいた世界って、そんなに怖いところだったんですか?」
なぜか敬語になってるモルフェ。
怖い? 敵を討つんだぞ? 怖い手段にもなるだろう?
「何を言ってる、これでもかなり遠慮しているほうなんだぞ?
あ、そうだ! 倒した敵をその場で動く死体系の魔物に変えて同士討ちってのは可能なのか?」
「今はまだ無理ですが……将来的にも、やめておきませんか?」
「それと、宝箱の設置。
そこに入っている回復薬の中に、ハズレの瓶を一本混ぜる。
いざという時に使っても、なんかピカっと光る演出があるだけで、回復しない。
瓶が地味に重い、割れる、溶ける、実は瓶の中身が魔物でカバンの中身を食い荒らす、なんてどうだ?」
「サイテーですね」
「ダンジョンの壁に犠牲者の名前を彫っておくんだ。
日に日に増えていく大量の名前が地味に怖い。
失った者達との愛しき日々を思い出すとともに、それを見る者の将来を暗示して、どっちにしても暗い気持ちになってくる」
「さっき倒した人には蘇生料金を請求するって言ってませんでしたっけ?
蘇生、するんですよね?
…それはそれで蘇生してもらった人達が、壁の自分の名前を見てシュンとしちゃいますね?」
だんだんおれのヤル気が出てきて、モルフェは弱気になっていった。
それに、はるか天の高みから「こんなはずじゃなかったんじゃよー」という声が聞こえた気がしたが、気のせいということで無視することにした。
今は忙しい、後にしろ。
「なんだかヤレそうな気がしてきた!
のこのこやってくる愚か者どもを一匹残らず心胆寒からしめ……
…じゃない。
遠路はるばるやってきた我が家初めてのお客様に、心づくしの歓迎会をしてやろうじゃないか!
新居のお披露目パーティーだッ! フハハハハ!!」
おれに言葉に、膝の上のアテナがおれの手を取って天高く上にかかげた。
この子もヤル気である。
おもわず笑い声が上がってしまう。
そんなおれたちの様子にモルフェが生温かい笑顔を向けたのだった。




