六話
「ユリウス司祭、お客様をお連れしました」
「どうぞ」
牧師が部屋の中に呼び掛けると、ひどく簡素な返事が返ってくる。数年ぶりに会うが、こういったところは変わっていないようだ、とアウラは思った。
「叔父様!」
部屋前で牧師と別れ、中に入った途端、誰かに急に抱きつかれてアウラは面食らった。
「ヒストリア、顔も確認していない人間に急に抱きつくのはやめなさい」
抱きついてきた人間が姪であることに気付き、アウラは苦笑する。
「だって、司祭様が叔父様が訪ねてきたに違いない、と仰るのですもの」
「先生、私がコクレア方の刺客だったらどうするつもりだったのですか?」
アウラは、姪の後ろにいるユリウス司祭に非難めいた口調で問い掛ける。
「フリーデン牧師が不審に感じるような者が、刺客のはずがありません。怪しい修行僧と聞いて、すぐにあなた事が頭に浮かびましたよ」
アウラとしては、ごく自然に振舞ったつもりだったが、牧師の眼には怪しく映ったらしい。
「姿、振舞というよりも、その眼が原因ですね。虹色の虹彩をした人間など然う然う居ませんから」
アウラの考えを読んだように、ユリウス司祭は話した。遠目からでは気付く者はいないと思われるが、対峙してみると、彼の瞳の色は目立つものであると言える。光の具合によって変化する瞳の色は、他者からは、ひどくミステリアスに見えるのである。
「私は、叔父様の瞳大好き」
アウラは、妙な慰められ方だなと思いながら、顔を覆っていたフードとマスクを外した。
「相変わらずの美形ですね。これで、浮いた話一つ聞かないのは不思議なことです」
カタリナとサリールとの関係は、彼女たちがアウラをめぐって勝手にヒートアップしているもので、彼が二人に手を出したりという事実はない。寧ろ、近しい間柄だからこそ、一歩を踏み出せずにいるという状態なのだ。周囲の人間はそのことを知っているので、彼女ら二人をアウラの女性関係に含めていない。
「先生の物言いも変わりませんね。聖職者とはとても思えない」
「おやおや、口論については多少の進歩があるようですね」
懐かしいやり取りに、アウラは口元が緩むのを感じる。
会話に加わってこないことを不思議に思い、アウラが姪のいる方向に目を向けると、彼女は熱っぽい視線で彼を見つめていた。
「ヒストリア姫にも、あなたのような身内ではなく、外に目を向けてほしいものですが、この様子では当分の間は無理そうですね」
そう言って、ユリウス司祭は溜息をついた。
「彼女は、まだ十四ですよ」
「貴族、それも王族であれば、婚約者がいてもおかしくない年齢です。あなたのせいで、今までの婚約者候補殿たちは全員玉砕しているのですよ」
兄のマクシムスが、本気でヒストリアの婚約者を探しているのであれば、とっくに彼女は婚約しているだろう。きっと、兄はまだヒストリアを手放すつもりがないのだ、とアウラは思う。自分のせいではないと主張したいところだが、師も、その様なことはわかっていて愚痴を言っているのだ。きっと、王太子家の縁者として、日々、新たな縁談を整えることに嫌気がさしているのかもしれない。そう思ったアウラは、無言で司祭に会釈を返した。
「そういえば、母上たちの姿が見えないのですが、何方にいらっしゃるのですか?」
ユリウス司祭の書斎には三人しかおらず、ヒストリアと共にいるであろう王太子妃と、ヒストリアの母の姿が無かった。
「お二方は、既に王都にはいません。意外でしたか?」
とんでもない話を、あっさりと、ユリウス司祭が告げる。
「予想はしていましたが、一番可能性が低いと思っていたパターンですね」
一瞬、苦々しい表情を見せたものの、アウラも淡々と答える。王都から無事に抜け出せた方法についても予想がついた。コクレアの手下に、ヒストリアが市場で買い物をしている姿を見せるか何かをして、自分たちへの監視が緩んだ隙に、素知らぬ顔をして王都から抜け出したのだろう。まさか奴らも、孫や娘を置いて祖母と母親が一緒に逃げるとは考えないはずだ。
「ヒストリアはそれで良かったのか?」
「叔父様が来て下さると信じていましたもの。全然、気にしてないですわ」
無邪気にそう答えるヒストリアの髪を、アウラは優しく撫でる。彼は気付いていないが、王都脱出の案を祖母と母に提案したのは、ヒストリア自身であった。愛する叔父の元に一人で行くために、敢えて、彼女はそうしたのである。
「さてさて、居場所もバレていて、常に監視を受けている状態から、我が弟子はどうやって逃げ出すのでしょうか」
「我が師よ、ご心配なく。既に手は打ってありますので」
芝居がかった態度でおどける師に、アウラは不敵に答える。彼の想定通りならば、今頃、サリールと三兄弟がコクレア一味を驚かせる仕掛けを、街中に仕掛けているだろう。身内に意表を突かれた腹いせに、出来るだけ派手に王都で暴れてやろうと、アウラは悪童染みた笑みを顔に浮かべるのであった。