四話
宿の前に集合していた三兄弟に、サリールが監視についての細かい指示を伝えると、彼らはアウラたちよりも一足先に流民街へと向かった。
「ウノに説明した内容からして、コクレア一党の目星はついているということで正しいか?」
「はい、三人に渡した水晶があれば、私が目星をつけた破落戸どもを見つけることは、難しくないはずです」
サリールが三人に渡した水晶は、本来、鉱山内でミスリル鉱石を見つけるために使用するもので、水晶から近い位置にミスリルがある場合、水晶の色が赤く変化して、近くにミスリルが存在することを知らせる魔道具である。
「本当にそんな目立つ格好で、探していたの?」
カタリナが疑問を口にする。目立つというのはミスリルの事で、鎧や武器の素材に使われる希少金属だが、磨いたりしなくても眩いばかりに輝く金属なので、隠密行動を必要とする部隊などでは、嫌われる傾向のある素材なのだ。
「私も驚きましたが、ミスリルの鎧を着た人間が、流民街で聞き込みをしていたのは間違いありません」
「ミスリルの鎧を揃えられる貴族など、王族か公爵くらいのものだ。サリールの見た騎士たちが、コクレアかキブス公爵の部下なのは間違いないだろう」
「王都から、王太子妃様方を炙り出すことが目的ですかな?」
「恐らくな、詰めの甘いコクレアの考えそうなことだ」
ハンスの問いに、アウラは吐き捨てるように答える。恐らくコクレアも、王太子妃たちの居場所は、ある程度目星がついているのだろう。敢えて追手を目立たせて、相手にプレッシャーを与え、王太子家族が王都の外に出たのを確認したところで、事故死に見せかけて殺すつもりだろう。自分に悪名が付くことを怖れる、小心者のコクレアの考えそうなことだ。
「詰めが甘いと?」
「そうだ。そもそも、父上が亡くなった時点で、王太子暗殺の罪で王太子妃である母上を処刑してしまえばよかったのだ。他の家族も何かの理由を付けて処刑するか、事故に見せかけて殺してしまえばいい」
「アウラ様は、恐ろしい事を考えられますな……」
「簒奪を目指す者が悪名を恐れてどうする。王太子一家が居なくなれば、コクレア以外に継承権を持つ者はいなくなるのだから、形振り構わず鏖殺してしまえば、今頃、この国は奴の天下だったろうさ」
「国民や他の貴族からの反発が凄そうですな」
「国民や貴族の支持など、後でどうとでもなる。簒奪後の国政が彼らの望むものであれば、王太子殺しの悪名すら畏怖と敬意に変化するだろうよ」
アウラは簒奪を悪とは見なしていない。コクレアの野心も彼は嫌っていないのだ。アウラが嫌っているのは偽善である。出来るだけ自身の名声が傷つかない様に、コソコソと動く小心者をアウラは毛嫌いしているのだ。
アウラの隣に立つハンス・ブルカーンは、主君の考えに驚愕していた。二人の女に振り回される、気の優しい青年の何処に、このような残酷な思考回路が存在するのだろうかと。
「まぁ、奴らが小心だからこそ、母上たちを救出する事が出来るのだ。素直に感謝するとしようか」
失敗する可能性など、微塵も考えていないといった様子の主人を見て、多少の不安を抱えていたサリールとカタリナも安心する。
その場で、流民街での行動について幾つかの取り決めを行うと、商人親子に扮したハンスとカタリナ、ルベル教の修行僧とその従者に扮したアウラとサリールは、別々に王都へと向かった。
「上手くいきましたね」
「そうだな」
王都の門衛に呼び止められることなく通過できたアウラとサリールは、声を潜めて成功を喜んだ。
「何だか、懐かしいな」
流民街への道を歩きながら、アウラはサリールに話し掛ける。
「覚えておられましたか」
「忘れるはずもないだろう」
二人は王都のことを懐かしんでいるのではない。お互いが出会った時の事を思い出しているのである。
今から八年前に、アウラとサリールは出会った。出会った場所は流民街であり、不良貴族に絡まれていたサリールを、微行で流民街に出掛けていたアウラが助けたことで縁が出来た。最初の出会い以降も、流民街で出くわす機会が多くあったため、アウラの微行を好ましく思っていなかったトマスが、彼のお目付け役としてサリールを雇ったことで、現在の関係が始まったのである。
「今回と同じように修行僧の恰好をしていたのに、何故かサリールには見破られていたな」
「あそこまで若い修行僧なんていませんからね。ほとんど微行になっていませんでしたよ」
アウラが見破りやすい格好だったことは確かだが、出くわす機会が多かったのは、サリールが意図したものだ。彼女は、最初の出会いの時に、アウラの素顔を見て一目惚れをしており、何とか彼に近付こうと流民街に入り浸っていたのである。多感な思春期の少女にとって、美貌の王子との出会いは、その様な行動をとらせるほど、強烈な出来事であったという事だ。
「まぁ、今は年相応であるし、見破られることもないだろう」
バレバレであったと知らされて、アウラは少々ばつの悪そうな表情をした。
「まぁ、今回は従者もいますし、まずバレることはないと思いますよ」
清貧を旨とする、ルベル教の修行僧に従者がいるというのは奇妙なことに思えるが、貴族や商家の子弟がルベル教徒に扮して、諸国を見聞することはよくあることなので、従者の居る修行僧というのは珍しい存在ではないのである。無力なルベル教の僧を襲うことは、法の外で生きる者たちにとっても不名誉な事とされているため、滅多なことでは賊に襲われることもない。よって、国外の人間が多く集まる流民街のような場所では、結構な頻度でアウラのような修行僧に出くわすのだ。たとえ、コクレア王子やキブス公爵がアウラの侵入に気付いていたとしても、彼らを見つけることは難しいだろう。
「そういえば、もう、ユリウス司祭には会いに行ったのか?」
アウラが名前を挙げたユリウス司祭とは、流民街のルベル教会を取り仕切っている人物で、幼少のアウラの家庭教師を務めていたこともあり、彼とは何かと縁の深い人間である。王太子家に出入りしていた事から、王太子夫妻とも面識があるので、恐らく、王太子妃一行が頼る可能性が最も高い。
「いえ、コクレア王子の眼もありましたので、直接会いに行くことは避けました」
「そうか」
「ただ、顔見知りのルベル教徒に言付けを頼んでおきましたので、こちらの状況は伝わっているはずです」
人に頼んだことから、自分たちについての直接的な表現は避けたと思われるが、ユリウス司祭であれば、サリールの言付けがあった時点で、アウラが直接王都に出向いている事に気付いただろう。
「流民街に出入りしていることから考えて、居場所については奴らにバレているだろうな。なら……あれを使うか」
「アウラ様?」
ボソボソと独り言をするアウラに、サリールが心配そうな顔で話し掛ける。
「サリール、教会に着いたら頼みたいことがある」
「はい、何でもお申し付けください」
方針は決まったと言いたげなアウラの眼を見て、サリールは元気よく返事をする。この人が、こういう眼をする時は、従っておけば間違いはないのだ。絶大な信頼を寄せる主人の表情は、白布に隠れて見えないが、きっと、悪巧みをしている時のように口の端を曲げているに違いないとサリールは思うのだった。