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ムンドゥス戦記  作者: 桜橋 靖尭
第一章
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三話

 宿で一泊した翌朝、七人は宿の広間でテーブルを囲んでいた。


「昨日から宿の主人を見掛けないが、何処かに行っているのか?」

 朝食のスープを飲みながら、アウラがサリールに問い掛ける。


「王太子妃様たちを助けたことが露見すると、伯父夫婦の身が危険なので、納屋に監禁されていた、という事にしてもらっています」

「そうか……色々と迷惑を掛けるな。いずれ、機会をみて礼をすることにしよう」

「ありがとうございます。きっと、伯父たちも喜ぶと思います」

 沈んだ表情で、そう説明するサリールだが、実際のところ、コクレアの報復を恐れた伯父夫婦に協力を拒否されたので、飲めば三日は目を覚まさないと言われる、トゥザンの根から調合した薬を二人に盛り、納屋の中に放り込んだというのが真相である。アウラは、サリールの演技にすっかり騙され、罪悪感を感じているようだが、カタリナは、サリールの態度に違和感を感じているようで、彼女に対して訝しげな視線を向けている。


「それでは、皆様、私が用意した服に着替えてください」

 食事が終わったところでサリールがそう発言すると、それぞれ渡された服に着替えるために部屋に戻っていった。


「あなたは着替えないの?」

 昨日着用していたメイド服姿のままのサリールを見て、カタリナが声を掛ける。


「私は、この服が変装ですので」

「随分目立つ格好に見えるけど……」

「アウラ様と一緒なら普通に見えますので、問題ありません」

 サリールは当然のように、自分がアウラと一緒に行動するのだと宣言するが、それを聞いたカタリナが、殺意のこもった眼で彼女を見つめているのには気付いていないようだ。


「この格好は、ルベル教の司祭か?」

 部屋から出てきたアウラは、目以外の部分を完全に隠す服装をしていた。アウラの着ている服は、体を隠すのに徹底しており、手にすら白い手袋をはめている。しかし、上から下まで全身白一色なので、目立つことこの上ない。


「左様です。正確には、諸国放浪修行中の司祭ですね」

「“左様”だなんて、トマスみたいな口調だな」

 アウラより先に着替えを終えていたハンスが、苦笑交じりに話し掛ける。サリールは、師であり上司でもあるトマスに、最近は口調まで似てきているようだ。


「アウラ様、全員揃いましたので、発案者から一人ひとりの役柄について確認しましょう」

 商家の娘のような恰好をしたカタリナが、サリールを睨みながら発言する。王都内で、彼女にアウラを独占されることを納得していないせいか、視線にも言葉にも棘が見え隠れしており、三兄弟やハンスはカタリナから微妙に距離を取った位置に立っている。


「コホン、それでは説明いたします」

 咳払いをしてから、サリールが話し始める。その姿を見て、アウラはトマスを思い出し、口元がニヤけるのを片手で隠した。ハンスも彼と同じように吹き出すのを堪えているのがわかる。


「まず最初に、ウノ様、ドレ様、トエ様には農民の恰好になっていただきました。御三方には、市場に作物を卸しに来たのを装って、周辺を監視していただきたいと思います」

「了解した」

 引き締まった表情で長兄のウノがそう答えるが、農夫の姿が似合い過ぎているので、妙な可笑しさがある。


「監視というのは?」

 次兄のドレが疑問を口にする。


「後程、詳しく説明しますが、王太子妃さまたちが御隠れになっていると思われる場所は、市場の近くなのです。ですので、その付近でコクレア王子とキブス公爵の私兵を監視していて欲しいと考えています」

「了~解~」

 サリールの話を聞いた末っ子のトエが、気の抜けたような声で返事をした。それを聞いて長兄のウノがトエの頭を殴る。ウノはふざけた弟を叱っているが、ウノとドレの二人だけだと、緊張しすぎて失敗することがあるのをアウラは知っているので、トエの行動を好ましく思っている。恐らくトエも、兄二人の緊張をほぐす目的でおどけた態度をとったのだろう。


「ブルカーン様とバロー様には、商人親子の恰好をしてアウラ様の周囲を警護していただきます」

「成程、了解した」

 ハンスは、異存はないといった表情で頷く。


「サリール、あなたはどうするの?」

 笑顔だが、抑揚のない冷たい声音でカタリナが質問する。


「私は、アウラ様に従って隣でお守りいたします」

「護衛という事であれば、私の方が相応しいはずよね?」

「確かに、私はカタリナ様に比べれば、遥かに、か弱い乙女です。しかし、今回の任務は何よりも周囲に気付かれない事が大切ですから、筋骨隆々のカタリナ様が不自然なメイドとして傍にいるよりも、余程、自然に見えると思いますよ」

 サリールはカタリナに対して完全に喧嘩を売っている。二人とも笑顔だが、今にもキャットファイトが始まりそうな空気が周囲に漂い始めた。ピリピリとした空気を察して、三兄弟は既に部屋から退散してしまっている。残されたアウラとハンスがこの二人を止めなければならないが、下手に口を出すと状況が悪化しそうなので、動向を見守るしかない。


「アウラ様も罪作りな御人だ」

 成り行きを見守っていたハンスが、アウラに対して非難めいた声を掛けた。


「ああ……」

 アウラは、自身がこの二人の不仲の原因となっている事に気付いているので、申し訳なさそうにそう呟いた。


「私としては、姪の方を選んでほしいのですが、あなたはサリールに対しても気があるのでしょう?」

「……」

 図星のため、アウラは黙ることしか出来ない。彼にとって、二人はかけがえのない存在であり、どちらかを選ぶという事は出来ない相談なのだ。領地持ちの貴族であるアウラが、二十二歳で未婚である原因が、この二人との関係にあることは明白である。


「迷うのであれば、二人とも娶ってしまわれればよろしい。そうすれば、あの二人も今よりは落ち着くでしょう」

「そうは言うがな……」

 今度は、どちらが正妻になるかで揉める事が想像できるので、アウラは一歩を踏み出せずにいる。


「いずれにせよ、早いうちに決めておくことをおすすめしますぞ。王太子妃様と話すことになれば、必ずその話題になるでしょうからな」

 ハンスはそう言うと、三兄弟の後を追って、宿の外に出て行ってしまった。

 ハンスの言葉にアウラは身を震わせる。未だに妻を決めることもせずに、色恋沙汰で揉めていることを、あの母が知れば、確実に口を出してくることが想像できる。現在の状況程度を改善できないようでは、母親に対抗することは難しいと思ったアウラは、眼前の修羅場に口を出すことを決め、一歩踏み出した。


「カタリナ、サリール」

「はい、何か?」

 喧嘩の原因になっている人物に声を掛けられ、二人は同時に、不機嫌な声でアウラに返事をした。


「ルベル教の教会に入ることになるから、今回はサリールに護衛に付いてもらうよ」

 アウラの言葉を聞いて、サリールは勝ち誇った顔をする。それを見て、カタリナは悔しそうに唇を噛んだ。


「それと、今回の件が落ち着いたら、一度、三人でゆっくり話そう」

 いつになく真剣な表情のアウラに、二人は最悪な結果を想像して不安そうな顔をする。二人とは対照的に、何かの覚悟を決めたアウラは、にこやかな表情をしている。


「アウラ様、それって……」

 不安気な表情のまま、サリールがアウラに何か問い掛けようとする。


「サリール、その話は、今回の件が落ち着いてからだ。いつまでも、母上たちを待たせておくことも出来ないからな。目の前の問題を、さっさと片付けてしまうことにしよう」

「はい!」

 サリールの質問を遮って、力強い宣言をしたアウラに、二人は威勢の良い返事を返した。優先順位をハッキリさせる所は、アウラの長所である。二人ともアウラのそういった部分に惹かれているので、モヤモヤとした思考は一旦頭から追い出すことにしたようだ。

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