神の社2
事情は大体聞いたが、このままだと、天花ちゃんが溶けてしまう。
そういうことで、私は彼女を連れて早々にここを抜け出そうとしたのだが、何度通ろうとしても、必ず鳥居の前に戻ってしまうのだ。鳥居をくぐることができない。
そうしてチャレンジし十回目で疲れたところに、二人の男がけらけらと笑いながら現れた。
ほんとにいい性格をしている。
「通れなかろう?」
「勝手に俺の嫁を連れて行こうとするからだ」
けたけたと笑う人外二人に、なぜか恐怖を感じなくなってきていた。むしろうざい。
白けた目で見つめていると、ひとしきり笑って満足したのか、スクナが近づいてきた。
「なあ、三池ほのか、われの贄」
暗いくらい瞳がほのかをとらえた。
「一度この地のものになったものを奪うというなら、対価が必要だ。果実なら果実を。日なら火を。そして命なら命を。もし、そなたが本当にそこな娘を現世に連れてゆきたいのなら、そなたが代わりに幽世に残りわれの嫁になればよい。どうじゃ?」
うしろでヒノさんが叫んでいるが、なぜか聞こえなかった。
真っ暗闇とらわれたかのようにその黒い黒い瞳から目が離せない。
後ろからぎゅっと天花ちゃんがだきついてきて、ようやく目を離せた。全身に汗が伝っている。
「くくく、よもや神の花嫁を奪っていくのに何の対価もないとおもうたか? 未だ人の身といえ、その娘はまさに神饌の娘。神に魅入られた娘。われら神の悠久の無聊を慰める天からの贈り物。一度そうと定められたものを覆すのなら、同じ対価をささげなくてはならない。その覚悟がそなたにあるのか?」
スクナとならびヒノも人ならざる瞳で二人を見やった。視界がぐるぐる回る。
ーーやはり神様だったか、とほのかはおもった。
どうりで、どこかで聞いたことがある声だと思った。昔聞いた声はあんなにも優しかったのに、今は怖れが勝る声だ。
ぎゅっと抱き着いてくる天花ちゃんを見て、思考をフル回転させる。どこかにここを抜け出す手掛かりはないか、考えるが見つからない。
やがて、ほのかはふうーーっと息を吐いた。
天花ちゃんをおいて一歩二歩とスクナの元へと歩き出す。
彼女の顔が泣きそうに歪んだ。
「ごめん、やっぱ今はいけないわ!!」
パンッと両手をとじてスクナを拝んで神頼みする。
突然のほのかの行動に毒気を抜かれたのか、きょとんとする神々をじっと見てほのかは言った。
「ねえ、スクナ、スクナは私の旦那様になるはずの神様なんでしょ?」
「……そうだが、なにをかんがえている?」
そのまま二礼二拍する。
「私はまだ現世で生き足りません。一緒には暮らしてないけどなんだかんだ母のことも心配だし、一応父のことも。それに、現世で恋人とかとデートとかしてみたい。と、いうことで、スクナさん、私の夫として、旦那様として現世に来てくれませんか? そうして、母や父を見届けて、しばらくしたら今度はこの身をもって幽世に戻り、あなたと悠久の時を過ごしましょう。これが対価でこれが願いです。どうか、神様、人の子の願いを受け取ってください」
一礼。
いつの間にか隣に並んでいた天花ちゃんが私の見様見真似をして、ヒノさんに同じように願いと思いを告げた。
「ーーーーっ、ひとの子はずるい!!」
「ほんとにな……」
頭を掻きむしって悔しがるスクナと、あきれたため息をつくヒノを私たちは期待大で見つめる。
やがて、二人とも私たちに向き直った。
「本当に悠久の時をすごしてくれるのか?」
「うん、私の魂が尽きるまで」
「ーーふん、契約は成った。いいだろう。ここにも飽いたところだ、久方ぶりに現世に行ってやろう」
「まっ、しゃーねえな」
そうして、私たちはその場で神前式を執り行い、現世に戻ったのだった。