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神隠しのおよめさん  作者: 月城月華
2/5

始まり2

 その日もいつも通りの日だった。

 いつも通りに家から出ると井戸端会議中のおばさま達がこちらをちらちら見て何やら言い出す。

 全ては聞こえてこないのだが、ちらちら内容が漏れ聞こえてきてそれが気持ち悪い。それらを無視して今日もぶらりと辺りの散策に出た。

 公園のベンチでぼんやりと空を見上げる。

 今回、浮気をしたのは母の方だった。いろいろ引っかかるところはあるものの、父がかわいそうで付いてきたが、間違えだったかもしれない。

 父にとっては、この旧社会的な考えの場所は居心地がよくても、女性のカテゴリーに入る私にとってはとても居心地が悪い場所だった。

 以前から若干そういった男尊女卑の思想を感じさせるところがあったのは、こういった環境で父が育ったからなのかもしれない。

「よしっ」

 私は一つ心に決めて、ベンチを立ち上がった。

 晴れ渡った空を見上げてこれからのことに思いをはせていたら、あたりの様子がいつもと違うことに気が付いた。

いつもは井戸端会議をしているおばさん達や 暇そうにぶらぶらしているおじさん達が集まったと思うと、しばらくすると四方八方に散らばって大声で誰かを探し出したのだ。

 もうしばらく観察していると、急に町内放送が流れ始めた。

「赤いシャツに紺色のズボンの5歳の女の子が迷子になっています。もしお心当たりがある方がいたら〇〇までお声掛けください」

 町内放送なんて、記憶のある限り初めて聞いたが、これのおかげで大体の状況は理解できた。

 なるほど、子供がいなくなってしまったからこんなにバタバタしているのか。そして、私はその子と関わったことがあった。

 昼雷天花ちゃんのことだと思う。

 この辺りは子供の数がそもそも少なかった。 その中で、天花ちゃんは五歳なのにたった一人で公園で遊んでいることが多かった子だった。

 こんなに周囲の人につま弾きにされている私にもニコニコと話しかけてきてくれた優しい子だ。

 ただ、気になることがあった。

 五歳ならある程度周囲のことがわかる子もいるので、一応私はその子に、『私はあなたの家族とかに避けられているから近寄らないほうがよい』と言ってみたことがあったのだ。 そうしたら天花ちゃんは一層嬉しそうに顔をほころばせて『お姉ちゃんは私といっしょだね。嬉しいな、私もお姉ちゃんもこれで独りぼっちじゃないね』と言っていたのだ。

 その顔が本当に嬉しそうにほころんでいて、それが逆に私にはとても悲しかったのを覚えている。

 そんな子がいなくなった。もし、誘拐とかに巻き込まれていたら……。とてもじっとはしていられなかった。


「天花ちゃんーー、どこー?」

 大声をあげてそこらじゅうを走り回る。いつもだったら漏れ聞こえてくる嫌味も、今ばかりは何も聞こえてこなかった。

 一日中走り回ったが、結局その日は見つからず帰路に就いた。

 帰り道、なぜか集会場にご近所のみんなが集まるのが見えた。その中には父もいる。

 なんとなく気になって、私は裏手に回ってこそっと忍び込み聞き耳を立てた。古い日本 家屋風の集会場は忍び込みやすいのだ。

「ーーかねえ」

「んにゃ。そうかものう」

「いや、しかし、本当にあるのか?」

 深刻な声色をしてなにやら話しているご老人がたと、半信半疑な比較的若い人々の声がした。

 私は何としてもこの会話を聞き逃してはいけない気がして、ばれるリスクを冒して、窓辺ににじり寄る。

 今度はもっとはっきりと会話の内容が聞こえてきた。

「やはり、神隠しかねぇ」

「うんにゃ、時期的にも間違えないだろう」

「……いや、千ばあ、その話は聞いていましたが本当にそんなものあるんですかね? 私はいまいち信じれなくて」

「いや、あるよ」

 意外なことに断定したのは私の父だった。

「幼いころにね、仲が良かった男の子がいたんだ。その子は俺の目の前で霧の中に消えて行った。霧が出る気候ではなかったのにだ」

「……そんなことが。他にもあるんですか?」

「ーーこの地域ではな、数十年に一人子供が行方不明になっておる。もちろん、被害届を出してはおるが、見つかったことはないんじゃ。……なぜか警察もうごかんしの」

「それより、だ。神隠しが起こったということは祟りの前兆だ。急いで神饌と神事の用意をせねば」

「三池の、おぬしも覚えておるじゃろう。その子がいなくなった後、神饌や神事など古いといわれやらなかった結果を」

「……はい、あの土砂崩れでご近所の方が何人もなくなりました」

「そうじゃ。しかも、その土手はついこの間補修をしたばかりじゃったのにな」

「とりあえず、その神饌と神事の用意を手配するか……」

「ああ。そうじゃ、三池の。娘御にはいうでないぞ。あやつはこの土地のことを理解せん愚か者じゃ」

「……わかりました」

 そこまで聞いて、私はできるだけ物音を立てずに集会所を抜け出した。

 集会所を出て、遠くへ遠くへ走って結局戻ってきてしまった公園のベンチに寝転がって、もう半分以上闇が覆っている空を見上げる。

 ーーそうだ、私が本当に小さいころ、まだ五歳ごろの時、ここに里帰りしてきたことがあった。

 その当時の母の顔が日に日に険しくなっていったのでそれが気になって他のことはあまり気にしていなかったが、当時一緒に遊んでいた女の子が行方不明になったことがあった。

その子は数日で戻ってきたが、何も覚えていなかった。暴行等の後もなかったそうだ。

 その話を聞いた父が険しい顔をして、その翌日にはこの地から家に急に帰宅することになり、それ以降ここには訪れていなかったから忘れていたが、確かにそんなことがあったのだ。

 その時に、父にも母にも言えなかったことがあった。

 女の子がいなくなる直前、私は不思議な声を聴いていたのだ。それは誰かに呼ばれているような、誘われているような不思議な感覚だった。決して怖いものではなかったのを覚えている。ただ、その声に従おうとしたらふいに父と母の顔が思い浮かんで、そうしたら聞こえなくなったのだ。


 私はベンチからがばっと飛び起き、家へと走った。

 そうして、家で適当な食料と水、お菓子をスポーツバックに詰め込み、『ちょっと遠出してきます』という書置きを残して家を飛び出した。

 向かうは、昔呼び声を聞いた神社だ。

 どうしてか、そこの存在を今の今まで忘れていた。けれど、今は鮮明に思い出すことができる。

 普段は通らない細い畑道をこえ、お地蔵さまが立ち並ぶ道で一礼し、横道にそれ、小さな祠がある横のけもの道に近い道を上っていくと、急に視界が開けるのだ。

「……ここだ」

 そうだ、私はあの日、あの女の子がいなくなった日、この神社で一緒に遊んでいたのだ。そして、気が付いたら公園にいた。

 どうして、今の今まで忘れていたんだろう?

 雨ざらしのはずなのに、欠けてもいない石造りの鳥居に重なるようにもう一本煌々と紅く輝く鳥居がこの世のものではない風情を醸し出していた。

 私は唾を飲み込んだ。

 意を決して一歩を踏み出す。

 遠くから父の声が聞こえた気がした。


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