実家の昼ご飯
実家に帰ってきてから少しして、昼食の時間がやってきた。
大広間の机には沢山の贅沢な料理が並べられ、食事をする準備が整っている。
各々自分の席に座り、静かにとある人の到着を待っている。
「…これ、なんの時間ですか?」
「私の祖父が来るのを待つ時間よ。今自分の部屋からここへ向かってるはず」
静寂に耐えかねたかずちゃんが、耳打ちで何の時間か聞いてきた。
これは、この神林家の当主である私の祖父を待つ時間。
一緒にここで待っていればいいのに、『家の伝統だから』と、わざわざ別の部屋で待っているのだ。
そして、食事の準備が整うとあとからやってきて、挨拶をする。
……正直、未だに理解できない風習だ。
「誰か来ました。あれが紫さんのおじいさんですか?」
そんな事を考えているうちに、大広間のふすまが開き、1人の老いた男性が入ってきた。
「そうよ。あれが私の祖父。現当主―――神林賢人」
祖父はもちろん上座へ向かい、空席となっていたその場所へ腰を下ろした。
深く息を吐き、力を抜くと、少し表情を柔らかくして口を開く。
「よく集まってくれた。では――――いただきます」
『いただきます』
「い、いただきます…?」
席についてすぐに手を合わせて『いただきます』を言い、それに一同が続く。
『挨拶をする』なんて言ってしまったから、少し話があるのかと思っていたかずちゃんは、1人だけテンポが遅れてしまった。
「ごめんね。すぐにいただきますを言うって伝えるの、忘れてた」
「…紫さんのバカ」
赤っ恥をかいたかずちゃんは、冗談や甘えるためでも何でもなく、普通に怒っている。
昔は長々と話をしていたらしいけど、最近では『話をしたらせっかくの料理が冷める』ということで、『いただきます』だけになった。
そうなる前の状況を、なんとなく想像していたであろうかずちゃんには、ちょっと悪いことをしたね。
大皿に盛られた色々な料理に、それぞれ手を伸ばす親戚一同。
かずちゃんも少し周りをキョロキョロ見たあと、目の前の刺し身を取って、醤油で食べ始めた。
「ジュース飲む?」
「リンゴ」
「わかったわ。コップかして」
かずちゃんのコップにリンゴジュースを注ぐ。
すると、近くに居た幸太くんがやって来て、コップを差し出してきた。
「オレもリンゴジュース!」
「は〜い」
幸太くんのコップを受け取り、半分くらいまでジュースを入れると、コップを返して上げる。
すると、幸太くんは嬉しそうに笑顔を見せ、自分の席に戻っていった。
それと入れ替わるように洋子さんがやって来る。
「ごめんね。あとでしっかり叱っとくな」
「気にしなくていいよ。小学生はあれくらい元気で遠慮がないくらいがいいんだから」
「そう?ありがとうな、紫ちゃん。ビールいれてきたろか?」
「じゃあお願い」
コップを洋子さんに渡し、ビールを入れてきてもらう。
横で、かずちゃんが『こんな昼間から』と言いたげな表情をしていたけど、見なかった事にした。
近くの大皿からサーモンの刺し身を取り、取り皿にワサビと醤油を注ぐ。
「んん〜!脂が乗ってて美味しいわね」
「ホントですね。やっぱり高くて良いモノを使ってるんですね」
サーモンの刺し身を食べて、少し元気が出たらしいかずちゃんは、唐揚げと竜田揚げを自分の取り皿に沢山盛っている。
…そんなにがめつくならなくても、まだまだ沢山あるのに。
「この唐揚げも、やっぱり高い鶏肉を使ってるんですか?」
「いや?普通にスーパーで売ってる鶏肉のはずだよ」
「え?刺し身は美味しかったのに?」
全部高級なものだと思ってたのか、普通の鶏肉と聞いてきた驚くかずちゃん。
「刺し身は美味しいのを注文してるけど、唐揚げとかそこの春巻きとか…あとはあのエビチリとか?あれは普通にスーパーで買ってるはず」
「なんか…意外です」
「うちのお盆は、親戚で集まって騒ぎながら、美味しいものをたくさん食べようって感じだからね」
お盆はそれはもう騒いで騒いで、飲んで飲んで、たくさん遊ぶのがうちのやり方。
正月はそうもいかないから、かずちゃんを連れてくるのがこの時期で良かった。
「お正月はかずちゃんの想像してるものに近いよ。だから…まあ、あんまりお正月に行きたくはないかな?」
「そうなんです――――」
「さみしいこと言うやないか、紫ちゃん」
かずちゃんとの話に割り込んできた男性は、洋子さんに渡したコップと自分のコップを持っている。
「久しぶりね、林次郎叔父さん」
「久しぶりやな。はい、これは紫ちゃんのビール。一葉ちゃんもするかい?」
「え?あ、はい…」
ビールがたっぷり入ったコップを受け取り、かずちゃんもリンゴジュースが入ったコップを持つ。
「「「乾杯」」」
3人で乾杯をして、私と林次郎さんはビールを一気に飲む。
「んん〜!紫ちゃん、相変わらず豪快な飲みっぷりやね〜」
「私を誰だと思ってるの?こんなの水だよ、水」
「流石やな!紫ちゃんには敵わんわ!」
私とお酒で勝負しようと思ってたのか知らないけど、それは無理って話。
20歳になった年のお盆で、親戚の男全員と勝負したけれど、誰も私には勝てなかった。
今思えば、《鋼の体》でアルコールに対する耐性は人外のそれだから、単にステータスを持つだけの親戚一同が、私に勝てるはずがない。
「一葉ちゃんはまだ酒は無理か?」
「はい。17歳なので…」
「ああ〜!そもそも未成年なんか。将来が楽しみやな!」
かずちゃんとふたりでお酒……いつか、高級レストランで夜景を眺めながら、かずちゃんと優雅に飲みたいね。
そんな光景を妄想し、少し困った様子のかずちゃんを抱き寄せ、林次郎さんから守る。
「普段はこんなに静かじゃないんだけど、やっぱり緊張してるみたいだからさ。あんまりイジメないであげて」
「すまんすまん。悪いことしたな。紫ちゃんの言う通り、うちのお盆は騒ぐもんやからな。楽しんでな」
そう言って林次郎さんは自分の席に戻っていく。
それを確認したかずちゃんは、取り皿に置かれた竜田揚げを食べて、目を丸くする。
どうやら、美味しかったようだ。
「ちょっとお酒取ってくるから、適当に食べてて」
「は〜い」
立ち上がって、色々なお酒が置かれている机にやって来ると、ちゃっかり日本酒を瓶ごと持っていく。
お酒はどれも良いモノを買ってるから、この日本酒も美味しいんだよね。
……独占したら怒られるかな?
そんな事を考えながら自分の席に戻っていると、祖父と目があった。
そしてすぐに意味を理解し、急ぎでかずちゃんのところまで行く。
「かずちゃん、ちょっと来て」
かずちゃんを連れて祖父の所へやって来ると、正座をしてお猪口に日本酒をつぐ。
「久しぶりだね、おじいちゃん」
「今は夏休みだ。正月はわかっているな?」
「わかってるよ。でも、正月は帰って来る気はない」
「そうか……そこは好きにしろ」
マグロの赤身を食べた祖父は、それを日本酒で流し込んだ。
机に置かれたお猪口にまた日本酒をつぐと、祖父の方から本題に入ってくれた。
「私に、言うことがあるだろう?」
祖父に言うこと……そんなの、1つしか無い。
「流石に、気付いてたんだね」
「彼等と同じ気配を、お前から―――お前達から感じる。気付いて当たり前だ」
チラッと後ろを盗み見ると、分かりやすく動揺するかずちゃん。
勝手に鑑定を使わないか心配しつつ、正直に話すことにした。
「やってるよ、冒険者」
「……いつからだ?」
「5月から」
「そうか……」
圧倒的格下のはずなのに、この私がストレスを感じる程の圧を感じる、静かな声。
空になったお猪口を指差し、またつぐよう祖父は指示してきた。
「詳しい話は後で聞こう。下がっていいぞ」
「はい」
許可をもらった私は、かずちゃんを連れて席に戻る。
少し元気が出て、いつも通りになりつつあったかずちゃんは、祖父の圧を前に意気消沈。
また小さくなってしまった。
仕方なく、私がご飯を食べさせてあげることでなんとか元気を与え、祖父の所へ行く前くらいまで治すと、親戚と段床しながら私も昼食の時間を楽しんだ。




