《鋼の体》と《鋼の心》
私は、刀が振り下ろされるのを見て、咄嗟に腕を顔の前に持ってくる。
腕が犠牲になるかも知れないけれど、胸をバッサリいかれるよりはマシだ。
腕を間に挟み、痛みに備えていると、確かな衝撃が腕に伝わり、甲高い金属音が鳴り響いた。
「……え?」
「……は?」
目を開け、刀が振り下ろされた腕を見てみると、服を切り裂いた刀が腕に当たって止まっているのが見えた。
「……手甲?」
「いや、そんなの付けてないけど…」
袖を捲って見ると、そこには傷一つ無い私の素肌がある。
…いや、正確には何か光のようなモノで覆われた、私の素肌があったといったほうが良いかもしれない。
「なにこれ…?」
「光の膜?これに阻まれたの?」
二人で、光の膜に包まれた私の腕を突いていると、おもむろにかずちゃんが刀を振り上げた。
それを見て、何がしたいのかを理解した私は、かずちゃんの方へ腕を伸ばす。
「…肝が据わってますね」
「さっき切れなかったし、今回も大丈夫でしょ?」
かずちゃんが、感心したように『肝が据わっている』と言うが、別にそんな事は無い。
ただ単に、この光の膜を信じているだけ。
さっき、私の腕を守ったのは、間違いなくこの光の膜だ。
なら、今度もこの光の膜を信じてみる価値はあるはず。
私は別に嫌がっていない事を理解したかずちゃんは、容赦なく刀を私の腕に振り下ろす。
そして、また甲高い金属音が鳴り響いた。
「おお!防いだ!」
「こうも簡単に防がれると…むぅ」
確かに、かずちゃんは相当な努力をしてきたんだろう。
両親を説得させる為に、小さい頃から剣の道を歩んできたに違いない。
だから、私の腕を切り落とせる自信があったんだろうね。
……でも、それって不味いのでは?
(防げたから、結果的にオッケーって事で…)
平気で人に刀を振り下ろし、切れなかったら普通に落ち込むかずちゃん。
この子もかなりイカれてるわね…
「《鋼の体》かな?この光の膜は」
「かずちゃんもそう思う?でも、26年生きてきて、一度もこんな事になったこと無いんだよね…」
「単に、これが発動するほどの危険に、遭わなかっただけじゃない?」
「それは…まあ、そうかも」
交通事故でも起きてたら、発動してたかも知れないけど、今までそんな事なかった。
それに、今まで大怪我をしたこともない。
発動する機会がなかったのかもね…
「《鋼の体》か…こう、体を固くするみたいなイメージかな?」
「……どっちかと言うと、透明な鎧を着るみたいなイメージじゃないですか?鑑定結果もそんな感じですし」
「鑑定結果…?ちょっと、それ見せて」
「え?…はい」
ステータスを開示するように、《鋼の体》の鑑定結果を見せてくれるかずちゃん。
《鋼の体》の内容は、以下のようなモノだった
―――――――――――――――――――――――――――
《鋼の体》
あらゆる攻撃を防ぐ、『硬化』の魔力を纏うスキル。
また、副効果として、毒、病気、栄養不足、睡眠不足などの、体に悪影響なモノに対する高い耐性を得る。
―――――――――――――――――――――――――――
「……それで、病気になったことが無かったのか」
「え?どういう事ですか?」
「いや、私って生まれてこの方、一度も病気になったことがないんだよね。軽い風邪はもちろん、インフルエンザで一家全滅した時も、私だけ無事だった」
「えぇ…?」
やたら病気に強くて、体に悪そうなモノを食べても全く平気だったのは、このスキルのおかげか…
まさに、《鋼の体》だね。
「この光が『硬化』の魔力なんだよね……私の体を守る、見えない鎧」
「良いですね。私もそのスキル欲しい」
「駄目よ。あげない」
「むぅ……じゃあ、《鋼の心》をくださいよ」
そう言って、かずちゃんは当たり前のように、《鋼の心》の鑑定結果を見せてくる。
――――――――――――――――――――――――――
《鋼の心》
精神負荷をリセットし、一定期間ストレスをシャットアウトすることが出来るスキル。
使用すると、感情を失いロボットのようになるが、永続ではない。
また、副効果として、一定以上の感情の抑制し、ストレスに対して鈍感になる。
―――――――――――――――――――――――――――
「なるほど…それで、よく肝が据わってるって言われるのか」
「間違いなくそれでしょうね。これくださいよ。私もストレスをリセットしたいです」
「いや、使ったこと無いって」
「自慢ですか?《鋼の心》のお陰でストレスに強いから、そもそも病んだことがないって自慢ですか??」
……なんでそんなに食い気味なのよ。
私、そこまで言われるような事したっけ?
「これ、ユニークスキルですよね?」
「さあ?」
「多分、ユニークスキルですよ。いいなぁ、私なんて《鑑定》と《魔導士》のスキルだけですよ?」
「充分強いじゃない」
「絶対、神林さんの方が強いですよ!」
まあ、確かに《魔導士》よりも《鋼の体》の方が強そうだ。
しかも、《鋼の心》で初心者が最初にぶつかる壁、『生物を殺すことに対する抵抗感』がほぼ無くなる。
スタートパックとしては、私のほうが優秀かも。
「でも、かずちゃんには《抜刀術Lv3》があるじゃない」
「……私の、14年間の血の滲むような努力を、馬鹿にしてるんですか?」
「そんな事無いわよ!というか、スキルレベルなんて、早々上がるものでもないわよね?レベル3は相当だと思うわよ」
スキルレベルは中々上がったりしない。
高くても5が限界で、それ以上は本当に凄い人達だ。
そんな中、その歳でレベル3になってるのは、凄いことだと思う。
今年17歳になるJKにしては、ね?
「……高校生で、スキルレベルが3もあるのは凄いこと。よく言われますよ。でも、私は14年という時間を掛けて、ここまでのレベルを獲得してるんですよ?みんな数字ばっかり見て、誰も努力を見てくれない……」
「世の中そんなものよ」
「そうです!そうですけど…!!」
「怒った所で無駄よ。努力は、誰にも伝わらないんだから。みんな、数字と結果しか見てないの」
それは、あのブラック企業勤めの日々で、嫌というほど分からされた。
成果を上げないとまるで評価されず、どれだけ努力しても見向きもされない。
それどころか、『まだやってるのか?』と、努力を馬鹿にされる始末。
あんまりだ。
正直者が馬鹿を見るとは、この事だね。
「……そうですね」
嫌なことを思い出して、それを忘れようとため息をついた私を見たかずちゃんは、文句を言うのを止めた。
…そんなに哀愁を漂わせてたかな?
いけないけない。
こんな子供の前で、そんな駄目な姿見せちゃ駄目じゃない。
「…まあ、諦めちゃ駄目よ?いつか、努力は報われるんだから」
「いつになるんですかね?」
「……数十年後とか?」
「本当に励ましてます?」
「傷を精一杯舐めてあげてるだけよ。慰めてはいないし、励ましてもない」
「私に期待しないでくださいよ。神林さんは大人で、私は高校生ですよ?」
全く笑えないけれど、話していると心地が良い。
人と楽しく話すのはいつ振りだろう?
少なくとも、少し前までは楽しく話す機会は無かった。
「女子高生と傷を舐め合う社会人って…恥ずかしくないんですか?」
「私は別に構わないよ。かずちゃんはどう?」
「私は困ります。弱みを握られて、脅された挙げ句――――こんな面倒事に、付き合わされてるんですから」
「それは申し訳ないと思っているわ。いざとなったら、私を置いて逃げて」
気が付いたら、悪意に塗れた下衆共に囲まれていた。
「おうおう。あの女、随分と可愛らしいヤツを連れてるじゃねぇか」
「とんだ鴨ねぎだな。今日はツイてるぜ!」
「痛い目を見たくなかったら、大人しくその刀を捨てな、お嬢ちゃん?」
「おまっ、お嬢ちゃんって……www」
「キモイにも程があるだろうがwww」
現れた下衆共の数は六人。
全員何かしらの武器で武装していて、防具も私やかずちゃんよりも充実している。
冒険者としての経験は、それなりに積んでいるんだろう。
「……逃げないの?」
「多分、逃げられませんよ。だったら、神林さんを肉の盾にして、反撃を狙います」
「怖いわね。まあ、盾役は任せなさい」
1回発動してるから、スキルの使い方はなんとなく分かる。
《鋼の体》の『硬化』は、相当な硬さがある。
きっと、かずちゃんの盾になれるだろう。
「ん?おいおい、アイツ俺等と戦う気だぜ?」
「せっかく、お姉さんが逃がしてくれるって言ってたのにな?」
かずちゃんが刀を抜いたのを見て、下衆共は嘲笑する。
それを見て、かずちゃんは顔を歪めると煽り返す。
「うるさいですね。言葉どころから、声すら汚い。なんて穢らわしい人達」
心底見下しているような声で、『穢らわしい』と吐き捨てるかずちゃん。
下衆共は、一瞬ポカーンと口を開いていたが、すぐに大笑いし始めた。
「聞いたか?俺達は『穢らわしい』んだとよwww」
「自分は潔白だってか?じゃあ、めちゃくちゃに汚してやるよwww」
「お前も『穢らわしい』人間になっちまうなぁ?www」
……確かに、こいつ等は穢らわしいわ。
何と言うか…典型的なカスどもね。
いや、カスというよりは小物か?
「かずちゃん、アイツに魔法を撃てる?」
「いけますよ。ただ、あんまり射程は無いので、もう少し近付かないと駄目です」
先制攻撃は無理と…まあいいか。
「いつまで笑ってるのよ。もしかして、いざ始めようとなると、怖くて足が竦むタイプの小物?」
「あぁ?」
「吠えるだけ?なんか脚も震えているし…やっぱり小物ね」
「……殺す」
私が煽ってやると、先頭にいたダンジョンに入る前にナンパしてきた男が、顔を真っ赤にして襲い掛かってきた。
なんて器が小さくて、バカなヤツだろう。
「オラァ!!」
男はナイフを振り上げる。
その瞬間、突然後ろから炎が男の顔に放たれた。
「ぐあっ!?」
顔を燃やされた男は、後ずさって顔を抑えている。
すると、後ろから怒ったような溜息が聞こえてきた。
「そんな事が出来たのね?」
「一応、使える魔法は事前に把握してます。何処かの女性と違って」
「私の事を馬鹿にしてる余裕ある?」
私はそう言って、顔を抑えてよろよろと歩いている男の腹に、本気のパンチを撃ち込む。
「がはっ!?」
レベルでは遥かに劣っているけれど、ギフターの身体能力は他の覚醒者よりも高い。
そして、今の私は《鋼の体》を使って、『硬化』の魔力を身に纏っているから、拳もカッチカチ。
多分、ガントレットを付けた人に殴られたのと、ダメージはそんなに変わらないはず。
……あれ?これ、メリケングローブ要らなかったのでは?
「アイツ!炎魔法が使えるのか!!」
「なんで刀なんか持ってるんだよ!?」
「知るか!飾りみたいなもんだろ!」
ようやく状況を理解した奴らが、口々に言い合ってかずちゃんを警戒し始めた。
確かに、レベル1の武器無し女よりも、武器を持っていて、魔法も使えるかずちゃんのほうが強そうだ。
逆に、私は大した脅威では無いと…
「お前らはあのガキを狙え!俺はこの女を殺る!」
「おお、怖い怖い。かずちゃん、一人で大丈夫?」
「何とかします。それよりも、自分の身の心配をして下さい」
かずちゃんは、手のひらの上に炎を出現させると、自分を狙う男を威嚇する。
3対1なら無視して突っ込んでも良さそうだけど、さっき仲間が顔を盛大に燃やされていたのを見ているためか、威嚇は効いている。
それに対し、私の方は全く警戒されていない。
二人の男が私の事を睨み、今にも襲ってきそうだ。
一旦、かずちゃんの心配をするのを止めて、目の前の相手に集中すると、私は手招きをして挑発する。
すると、二人の男は同時に襲い掛かってきた。