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第50階層

「ここが第50階層……なんだか、肌がピリつくような気配を、いくつも感じるわね」


咲島さんに連れられ、やって来た第50階層。

辺りを見る感じ、どうやらここは坑道のようで、一面岩壁に覆われている。


だが、壁に設置された沢山のたいまつのお陰で、視界は良好だ。


そんな密閉空間で、私は思わず鳥肌が立ちそうな強者の気配を、いくつも感じ取る。


「格上のモンスターしかいませんね……これは、おばさんから離れたら本当に死にそうです」

「…わざと置いていっても良いんだよ?」

「その歳でまともに約束も守れないんですか?恥ずかしいですね―――ぴぎゃっ!?」


まーた咲島さんに対して、生意気な態度を取るかずちゃん。


叱る程度に拳骨を落とすと、頭を下げて謝る。


もちろん、謝りながらも周囲の警戒は怠らない。


なにせここは、私達だけで来たら生還はほぼ不可能な魔境。

少しの油断が命取りだ。


「ちゃんと、その子を守ってあげるのよ?見るからに、あなたを頼っているようだからね」

「……そんな事も分かるんですか?」

「長く冒険者をやってるからね。その目は伊達じゃないよ」


流石は最強格の冒険者だ。

実力だけじゃなく、観察眼も超一流と…


同じ冒険者として敬意を持って接しようと、改めて思った直後、咲島さんの警戒心が一段階上がる。


それに続くように、背筋に吹雪を受けたような寒気が走る。


「かずちゃんっ!!」


私は急いでかずちゃんを抱きしめ、全力で『鋼の体』を使用する。


次の瞬間、背中に強烈な衝撃を感じ、『鋼の体』の鎧がごっそり削られた。


「嘘っ!?全力でやってこんなに…?」

「どれくらい減りましたか!?」

「一発で七割……化け物ね」


衝撃で吹き飛ばされたお陰で、咲島さんの後ろに逃げることが出来た。


急いで振り返って、私を襲ったモンスターの顔を拝む。


そこには、犬と猫を足して、二足歩行にしたような、奇妙なモンスターが居た。


「神林さん、鑑定結果です」

「ありがとう―――って!?なにこれ!?」


耳打ちをして、鑑定結果を見せてくれるかずちゃん。

私は、その内容を見て、思わず声を大きくしてしまった。


―――――――――――――――――――――――――――


種族 ホラアナイヌジシ

レベル60

スキル

  《暗視》

  《超嗅覚》

  《立体聴覚》

  《斬鉄爪》

  《砕石牙》


―――――――――――――――――――――――――――


レベル60!?

私達、まだレベル40にもなってないんだけど!?


「か、かずちゃん…流石に私達じゃ無理だ。今からでも階層を変えてもらおうよ」

「なに言ってるんですか?『虎穴に入らずんば虎子を得ず』。危険を承知で進んでこそ、お宝が手に入るんですよ」

「『君子危うきに近寄らず』って言葉知ってる?」

「……知りませんね。そんな言葉」


うん、絶対に知ってるね。


知っててここに来たよね?


「こんな化け物がいるなんて、聞いてないんだけど?しっかりと情報共有してよ」

「情報共有したら、絶対に行かせてくれないじゃないですか」

「当たり前でしょ!?こんな危険な所に、かずちゃんを連れて行くなんて…」


そこまで言って、私は口を閉ざしてしまう。


かずちゃんが、泣きそうな顔をしているからだ。


これが嘘泣きだってことは、私だって分かる。

でも、そんな顔されると私は何も言えなくなる。


だって可哀想だから。

かずちゃんにそんな顔してほしくないから。


「いつまでもお話してないで、構えなさい。一体くらいは倒してみる?」


かずちゃんを叱る事ができず、困っていると咲島さんが声を掛けてきた。


見ると、さっきのモンスター――――ホラアナイヌジシが、4体まで増えていた。


そのうちの1体を、私達が倒してみたらどうだ、という提案。


私は、かずちゃんを後ろに隠し、《鋼の体》の鎧を纏い直して拳を構える。


「お願いします」

「了解」


咲島さんは、そう一言返事をして、まるで瞬間移動のような動きを見せる。


一瞬にしてホラアナイヌジシの前に立つと、そのうちに1体を掴んでこちらへ投げてきた。


「ガルルル……」


ホラアナイヌジシは、猫のような軽やかな身のこなしで着地すると、自分に殺意を向けてくる私達を警戒する。


「一発だよ。二発目は死ぬから」

「だから、それまでに倒せと?ふふっ、めちゃくちゃな注文ですね」


かずちゃんは刀を抜き、魔力を全身と刀に纏わせた。


いつでも攻撃出来るよう、ホラアナイヌジシの動きを注意深く観察する。


ホラアナイヌジシも、こちらの動きを観察し、隙を見せるのを待っているようだ。


一応、格下だという事はバレてるはずなんだけどね?


「用心深い獣ね…だったら、こっちから行かせてもらうよ!」

「援護します!」


仕掛けてくる様子がないから、こっちから攻撃する。


私が動き出すと、それを待っていたかずちゃんが、炎魔法で援護してくれた。


ホラアナイヌジシに向け、炎の鞭が高速で迫る。

当たれば、全身を毛で覆われているホラアナイヌジシには、大きなダメージになるだろう。


体毛が減れば、私の攻撃も少しは効きやすくなるはず。


そう期待して、私を抜いてホラアナイヌジシに迫る炎の鞭を追い、拳を握りしめる。


しかし―――


「チッ…流石に当たりませんか」


ホラアナイヌジシは、その圧倒的なステータスに裏打ちされたスピードで、炎の鞭を躱してみせた。


かずちゃんは避けられる事が分かっていたのか、既に次の攻撃の準備をしている。


私はその時間を稼ぐためにも、一気に距離を詰めて、手数重視の軽打を何度も放つ。


しかし、ホラアナイヌジシは、その軽打を全て外し、私が隙を見せるのを待っている。


(想像以上に頭が良い…それなりに、知能はあると見た方が良いかもね…)


モンスターが攻撃を躱す事自体は、別に珍しい事でもない。


ダメージを受けることを一切顧みず、ノーガードで突っ込んでくるほど、モンスターだって馬鹿じゃないからだ。


しかし、ここまで少ない動きでこちらの攻撃を外し、更には確実な反撃のチャンスを伺ってくるモンスターは、見たことがない。


私は、かずちゃんが次の攻撃をするまでの時間稼ぎから、隙を見せない戦いへ方針を転換し、一方的にホラアナイヌジシを攻める。


「はああああっ!!」


当たらない軽打を、それでも振り続けてホラアナイヌジシに反撃のチャンスを与えない。


何度かかすりはしたものの、その程度ではまるでダメージにはならないし、そもそも体毛が邪魔で肉まで攻撃が達していない。


そんな攻撃を続けていると、かずちゃんが魔法を使った。


「稲妻っ!!」


左手から雷光がほとばしり、一直線にホラアナイヌジシへと飛んでいく。


ホラアナイヌジシは、雷撃を避けようと後ろへ飛んだ。


私は、それを追って前に出て、回し蹴りを振り抜きホラアナイヌジシを狙う。


そんな事をすれば、当然かずちゃんの雷魔法が私を直撃するが……かずちゃんの魔法では、私の《鋼の体》の鎧を突破することは出来ない。


それに、避けられることや私が突っ込むことが前提の魔法だったのか、それほどの威力がなかった。


私は、ノーダメージの自爆をしながら、回し蹴りをホラアナイヌジシにぶち当てた。


「キャイッ!?」


脇腹に蹴りが直撃し、情けない悲鳴が聞こえる。


いくら格上でも、全力の回し蹴りは効くらしい。


痛みで怯んだ所へ、顔面に連続パンチの追撃を仕掛けた。


パンチは全て命中し、ホラアナイヌジシはフラフラと目眩でも起こしているかのような、千鳥足を踏む。


「シイッ!!」


そこへ、かずちゃんが容赦なく刀を振り下ろし、ホラアナイヌジシの体を斬り裂いた――――ように見えた。


「なっ!?」

「切れて、ない…?」


かずちゃんの攻撃は、確かに直撃したものの、その体毛を切り裂くだけに終わり、薄皮すら切れなかった。


諦めず、今度は首を狙った横薙ぎの一閃を振るうも、首を断ち切る事は出来なかった。


「硬すぎる…」

「かずちゃん!そんな所で止まらない!」


呆然として、動きを止めたかずちゃんを叱責すると、ホラアナイヌジシの顔を殴る。


そして、強引に前に出た事で、なんとか事なきを得た。


―――私が、かずちゃんの代わりに攻撃を受けることで。


「くっ!?」

「うわっ!?」


ノーガードカウンターで殴り返され、かずちゃんもろとも吹き飛ぶ。


更に、隙だらけになった私に対し、ホラアナイヌジシは追撃を仕掛け、その鋭い爪を振り下ろしてきた。


「いっ―――!!」


殴られた直後ということもあり、私の《鋼の体》の鎧は薄くなっていた。


鋭い爪は、私の体を鎧ごと切り裂き、返り血を浴びて赤く染まった。


それを見たホラアナイヌジシが、ニヤリと嗤うが――――その直後、首が消し飛んだ。


「不味いかと思って攻撃したけど……余計だったかしら?」

「咲島さん…!」


首を失い、少しずつ煙になり始めたホラアナイヌジシの死体の向こう側に、何の変哲もないただの剣を持った咲島さんが居た。


他のホラアナイヌジシは、ずっと前に倒し終わったようで、全身煙になって消えている。


話しぶりからして、少し前から私達の戦いを見ていたものの、気を遣って手を出さないでいてくれたみたいだ。

   

「流石に背伸びが過ぎるわよ。今からでも、階層を変える?」


アイテムボックスから取り出したポーションを私に掛けながら、咲島さんは階層の変更を提案する。


しかし、起き上がったかずちゃんがそれを拒否した。


「嫌です。私はこの階層がいい!」


さっきまで、攻撃が効かないと唖然としていたのに、もうこの様子だ。


無理だと分かってるのに、諦め悪くやろうとする精神。


挑戦しようとする意志は素晴らしいけど、今みたいな状況では、危険なだけだ。


私からも他の階層にしようと説得しようとすると、かずちゃんは『意志は固い』という事を表情で訴えかけてきた。


こんな顔をされると、私は何も言えない。

どうしたものかと、困り果てて頭を抱えそうになっている所に、咲島さんの溜息が聞こえてきた。


「はぁ…まあ良いわ。少なくとも、私が助けに入れる状態でない時は、死なない事を意識しなさい」


呆れたようにそういうと、咲島さんは魔石を拾って私の手の中に置いた。


それをアイテムボックスに入れると、わたしとかずちゃんを起き上がらせ、次のモンスターを探して歩き始めた。

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