フラグ
渋谷ダンジョン第26階層
「ねぇ、かずちゃん」
「なんですか?」
いつもよりも多くモンスターと遭遇し、少し疲れた私達は、隠れるのにちょうどいい家屋に入り、一休みしていた。
「かずちゃんの誕生日って、いつ?」
私の膝の上に座り、赤ちゃんのように私に甘えてくるかずちゃんに、私は誕生日を聞く。
すると、かずちゃんは急にニヤニヤし始めて、くねくねと体を左右に曲げながら、上目遣いで答えてくれる。
「7月16日。来週の土曜日です!」
「そうなの?じゃあ、今のうちから、プレゼントを用意しておかないとね」
「えへへ〜…私、夜ご飯は、神林さんの手料理が食べたいです」
「分かったわ。何か希望はある?」
「ハンバーグが食べたいです!」
かずちゃんの誕生日は、7月16日。
来週の土曜日らしい。
これは、今からでも、プレゼントを用意しておかないといけないし、どんなお祝いをするかも考えないとね。
とりあえず、夜ご飯は、私の手作りハンバーグだとして…お昼は何にしよう?
何処かに、遊びに連れて行ってあげたほうが、いいのかな?
それとも、昼間は家に帰ってもらって、一家団欒してもらうか。
まあ、かずちゃんの事だから、私と一緒に居たいって言い出しそうだけど…
「神林さん。もっと、私のことを抱きしめて下さい」
「ん?いいよ。ギュー」
「ムギュ〜」
誕生日を知ってもらえた事が、よほど嬉しかったのか、かずちゃんは私にハグを要求してくる。
嬉しそうに抱き着いて、顔を胸に埋めて遊ぶ。
私もかずちゃんを可愛がっていると、なんだか嫌な予感がして、警戒心を強める。
すると、かずちゃんも私の様子の変化から、異変に気が付いたようで、抱きつくのをやめて、いつでも刀を抜けるように、構えている。
「…“はぐれ”、かな?」
「どうでしょう?でも、変な気配を感じますね…」
今までに感じたことのない気配を、そう遠くない場所から感じる。
こっちに近付いて来ているかどうかは、分からないけど、まだ気付かれては居ないはず。
窓際に移動し、外から見つからないように、隠れながら様子を伺う。
「今のところ、変なのは居ない……いや、なにあれ?」
「ホネノキシ……ではなさそうですね」
ホネノキシは、胸部を守るプレートアーマーを装備した骸骨で、鎧はボロボロだし、武器の剣も刃こぼれだらけの、オンボロ。
見た感じだと、あまり強くは見えないようなモンスターだ。
外の様子を伺った時、鎧を着た骸骨が見えたから、ホネノキシが居るのかと思ったけれど…違った。
何故か、ヘルメットは無いものの、他のホネノキシとは違い、フルプレートアーマーの骸骨。
鎧はそこまでボロボロには見えず、状態は良さそうだ。
しかし、手に持っている、見るからに強そうな剣は、いくらかボロボロになっている。
「特殊個体?…でも、そんなの居るの?」
「一応、居るらしいですけど…遭遇率は、交通事故に遭うようなもの、だそうですよ?」
「随分と低確率だね……で?強いの?」
私がそう聞くと、かずちゃんは少し頭を出して、特殊個体と思われるホネノキシを見つめる。
すると、一瞬目を見開いて、すぐに顔を引っ込めた。
「どうだった?」
おそらく、《鑑定》を使ったんだと思う。
そして、想像以上にステータスが高かったと見た。
かずちゃんは、私の手を引いて家屋の奥に隠れると、周りをキョロキョロと見回しながら、話し始める。
「強いです。ワーウルフの倍ぐらい強いです」
「…マジ?」
やがて、裏口を見つけたかずちゃんは、足音を立てないように裏口へ行くと、手招きしてくる。
私もそれに付いていくと、鑑定結果を見せてくれた。
―――――――――――――――――――――――――――
種族 オチタキシ
レベル43
スキル
《剣術Lv3》
《魔闘法Lv2》
《生命力吸収Lv1》
―――――――――――――――――――――――――――
「強っ!?」
「レベルはそんなに変わりませんが、スキルがヤバいです。真正面から戦ったら、100%勝てません!」
スキルで考えるに、《魔闘法Lv2》を持ってるかずちゃんだ。
魔法は使えないみたいだけど、それを差し引いても、全く問題ないくらい強い。
「最悪、神林さんの《鋼の体》を突破されかねません。さっきの《鑑定》で、居場所がバレたかもしれない。逃げますよ」
「分かってる。分かってるけどさ?」
「言わないで下さい。私も、薄々感じてます」
何度も第26階層に来てるから分かる。
この方向は、出口から遠ざかっていく方向だ。
かと言って、引き返すとさっきの…オチタキシに見つかる可能性がある。
ぐるっと一周して、安全にッ!?
「危ないッ!!」
「えっ!?」
私は、かずちゃんを突き飛ばし、全力で《鋼の体》を発動しながら前に飛ぶ。
すると、背中に《鋼の体》越しに伝わるほどの、大きな衝撃を受けた。
その衝撃は、まるで後ろから大男にぶつかられたような、激しいもの。
「うっ!?」
直接ダメージは喰らわずとも、その衝撃で吹き飛ばされ、私は数メートル飛び、地面を転がった。
「神林さん!!」
かずちゃんが駆け寄ってくる。
その背中を、眼球のない目で、じっと見つめるオチタキシ。
…なぜ襲わない?
「大丈夫ですか!?」
「怪我はないから安心して。それよりも、目の前の敵に集中」
「はい!」
かずちゃんは刀を抜き、オチタキシに対して油断なく構える。
私は、そんなかずちゃんの前に出て、盾になれるように、《鋼の体》を張り直す。
さっきの一撃で、半分近く削られた。
連撃を食らったら不味い。
「…行くよ!」
「はい!」
私は、かずちゃんに声をかけ、走り出す。
できれば近付きたくないけど、多分走っても逃げられない。
なら、前に出て戦うしか無いよね!
全力で走って、距離を詰めようとする私を迎え撃つべく、オチタキシは剣を振り上げた。
「それは……見えてる!!」
オチタキシが、剣を振り下ろす動作に入ると同時に、横に飛ぶことで剣を回避する。
私のすぐ真横で、空を切った剣の音が聞こえた。
背筋が凍るような寒気に襲われたが、気を強く持ち、前に出る。
「風よ!」
風の魔法を発動したかずちゃんの声が聞こえ、私を避けるような形で風の塊が、オチタキシを殴る。
しかし、オチタキシは特に痛痒には感じていない様子。
「でも、注意は引けた」
懐に潜り込んだ私は、かずちゃんのお陰で拳を握り、振りかぶる時間を手に入れた。
全身を使って、鞭のように腕をしならせ、《鋼の体》によって硬化した裏拳が、オチタキシの顎を捉える。
「シィッ!!」
確かな手応えを感じ、オチタキシは軽くよろめいた。
その隙を突くように、体勢を立て直して、拳を振り下ろす。
「オラァッ!!」
古びてはいるものの、傷の少ない鎧を殴りつけた。
鍬で石を打ったときのような、甲高い金属音が鳴り響き、オチタキシは後ろに少しだけ飛ぶ。
鎧が重すぎて、大して吹き飛ばなかった。
「やっぱり、鎧を殴っても無駄か…」
私が殴った場所は、確かに凹んでいるけれど、相手はスケルトン。
鎧が少し凹んだくらいでは、ダメージにはならない。
となると、鎧を着ていない、頭部を破壊するしかないか…
でも、それも苦労しそうだ。
「チッ…あれだけ本気で殴ったのに、ヒビ割れすら入らないとか…硬すぎでしょ」
「あれで駄目なら、打つ手がないですよ…」
かずちゃんも私も諦めムードだ。
今の私達じゃ、勝てない。
「こうなったら……喰らえっ!!」
「なにそ―――わわっ!?」
私は、アイテムボックスから大きな黒い布を取り出し、オチタキシに投げつける。
何度も練習したかいあって、布は上手く開き、オチタキシの視界を潰した。
……というか、ずっと倒れたままだから、上に布を被せた感じ。
布を投げると、すぐに切り返してかずちゃんを抱きかかえると、全力で走って逃げる。
表通りに出て、舗装された道を、一人の女の子をお姫様抱っこして走る。
「こ、こんなので逃げられるんですか!?」
「無理に決まってるでしょ!少しでも距離を取るだけ!」
出口を目指しながら、少しでもオチタキシから距離を取る。
オチタキシの気配を探りながら走り続けていると、前からホネノキシが現れた。
「チッ!今は相手してられない!」
急いで裏路地に飛び込み、少し走った所で家屋の中に隠れる。
そこで一息つくと、目につく家具全てをアイテムボックスの中へ、放り込んでいく。
「窃盗ですよ、それ」
「今更何を。これまでだって、何度でも住居侵入してるでしょ」
「……バリケードのつもりですか?正直、そんなので防げるとは思えませんが」
家具でバリケードを作る。
原始的だけど、確かに効果的な方法だ。
……相手が、人外の化け物じゃなければね!
「よし、次の家に行くよ」
「え?あっ、はい」
一通り家具を回収し終えると、私は次の家に転がり込む。
そこでも家具をアイテムボックスへ入れ、また次の家に逃げ込んだ。
それを繰り返していると、ついにオチタキシがそこまでやって来た。
「ちょっと、あのまま逃げてたら良かったじゃないですか!!」
「しー!私に考えがあるから、静かにしてて」
家屋の中で息を潜め、オチタキシが入ってくるのを待つ。
冷や汗が流れ、緊張で心拍数が上がっていく。
玄関の前まで、オチタキシの気配がやって来たと思えば、礼儀正しくノックが聞こえ、ドアが開かれた。
そこへ―――
「――――シャラァァ!!!」
「――!?」
雄叫びを上げた私が、アイテムボックスから取り出した机を、思いっきり投げつけた。
オチタキシは、驚きつつも冷静に腕で頭部を守り、机を防ぐ。
更に、私は椅子を2つ投げ、オチタキシにぶつける。
それをオチタキシが防いだと同時に―――
「頭上注意、ってね?」
「なっ!?」
オチタキシの上に、横に積み重ねられたタンスを出現させ、落としてやる。
このタンスは、どれもこれも衣類がびっしり詰まってる。
その重さは、きっと大の大人の男が、何人集まっても持つのが大変な程だ。
脳筋ギフターの、私でさえ持つのを諦める程のタンスを、5つ重ねて落としてやった。
「そのまま―――埋もれてろッ!!」
「うわぁ〜…」
その上に、次から次へと家具を落とし、家具の山でオチタキシを押し潰したタンスを埋める。
やがて、部屋がいっぱいになる程の家具を落とすと、かずちゃんの手を引いて、二階の窓を突き破って外に出た。
「どうよ?私の作戦勝ち!」
「何と言うか………発想は良いですけど、脳筋ですね」
「それ、褒めてないよね?」
「神林さんにしては、頭が回ったほうだと思いますよ」
むぅ…褒められてない。
というか普通に貶されてる。
せっかく、頭をフル回転して作戦を立て、見事オチタキシを埋めてやったのに。
「まあ、これで一件落着。後は急いで逃げるだけっ!?」
「ちょっ!?フラグ建てないでくださいよ!!」
オチタキシを埋めた家から、爆発音のような音が聞こえ、私達は冷や汗を流しながら、走るスピードを上げる。
「なんで!?確実に埋めてやったのに!!」
「だからそれがフラグなんですよ!もしかして、アイツが現れたのも神林さんのフラグのせいじゃないですか!?」
「んなわけ!!………あるかも」
「ほらやっぱり!!」
そう言えば、『この探索が終わったら、かずちゃんに沢山プレゼントを買ってあげよう』とか、考えてた気がする。
どうだろう?これ、フラグ含まれるかな?
「ねぇ!『この探索が終わったら、沢山プレゼントを買ってあげよう』って、フラグになる!?」
「なるんじゃないですか!?文脈が、『この戦争が終わったら、結婚するんだ』と一緒ですからね!!」
確かに……あれ?これ、私のせい?
「ごめんかずちゃん。あなたと会えて嬉しかったよ」
「口じゃなくて足を動かして、やばっ!!」
「うわっ!!?」
またもや、背筋が凍りつくような悪寒に襲われ、私達は左右に飛んで回避行動を取る。
その刹那、オチタキシの剣が、私達が走っていた場所に振り下ろされる。
振り返ると、骨だから変わらないはずのオチタキシの顔が、怒りに染まっているように見えた。
「が、ガチギレじゃないですかぁ…」
「し、知らないよ…魔法でどうにか出来ないの…?」
出口まではそう遠くない所まで来てる。
でも、ここから逃げられるかどうか…
オチタキシに睨まれた私は、《鋼の体》を発動し、かずちゃんの方へ注意が向かないよう警戒しながら、一歩後退った。




